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第九話 魔女の顔


「いやぁ、素晴らしき大捕物でしたなぁ、皆様方。やはり我が国の顧問魔女様は偉大なるお方のようだ!」


 と、そこで拍手をしながら声を上げたのは、玉座の側に佇む男、ナーゼス伯爵。

 実父の言葉に、ヴェスティアは眉を顰めて見遣るも、相手はヴェスティアへ粘性の高い笑みを浮かべてくる。


「ヴェスティア、よくやった。お前があの魔女に気づき、ラライア様を連れてきてくれたのであろう。流石は我が娘だ!」


 ドクン、と、心臓がこれ以上にないほどに跳ねる。今まで生きてきた中で、一度たりとて聞いた事のない台詞だった。


「此度の騒動は全て、あの邪悪な魔女の仕業だったのだ。私を操り、王太子であるアルストール様をも洗脳し、ヴェスティアを貶めるためだけに、このような狂態を晒したのだ。まさに国家の一大事でございましたなぁ、陛下」

「……」


 無口な王は、冷たい目線でただ、ナーゼスを見やる。

 そんな王へ、伯爵は笑みを浮かべて手を擦る。


「しかし、我が娘の勇敢なる行いによって、我らは晴れて洗脳から解き放たれました! あの邪悪な魔女の行いのせいで、あのような所業をなせてしまったのです。ああ、我が事ながら恐ろしい」

「そ、そうだ、そうなのだ! 父上、全てはあのアイシャ、いや、魔女の仕業によるものなのです!」


 言い訳がましいナーゼス伯爵に乗っかるように、アルストールも必死の形相で言う。


「お、俺はヴェスティアを愛しておりました! しかし、かの魔女の力のせいでその愛を封じられ、奴を愛するように仕向けられただけ……全て俺の意志などではなかったのです!」

「そ、そうだ、我々は知らなかったのです!」

「すべてあの魔女の仕業なんですわ!」


 アルストールと同じく、あの映像に出ていた者達が、口々に言い出す。

 誰も彼も責任逃れのために言い募るそれに、表情を消したヴェスティアは、耳の奥で声を聞く。


『たしかに、彼らが操られていたのは事実よ。

 でも、ならどうして今ここで、彼らは私に謝ろうとしないのかしら。罰を恐れて必死に権力者へ弁明するくせに、被害者の私へは何も言わずに無視している。

 つまりは、彼らにとって洗脳如何に関わらず、その程度の存在なのよ。

 謝罪しなくてもいい、取るに足らない、お人形。それが、彼らの中の、私よ』


 胸の奥から囁きかけてくる、気持ちの悪い感情。

 それを抑え込もうと胸を押さえていれば、父親が堂々とした所作で近づいてきた。


「さあヴェスティア、帰るぞ。お前を勘当など、この私がするわけがないだろう? 我が家の娘は、お前だけなのだから」

「そ、そうだぞ、ヴェスティア。俺の婚約者はお前だけ、決して他の誰かではないのだからな! だから明日からまた王城へ来るといい。共にお茶でもしよう」

「うむ、殿下の婚約者はお前だけだ。なんといっても、お前は私が育てた大切な娘なのだ。殿下にふさわしいのは、お前以外には存在しない!」


 喉元まで迫り上がってくるそれは、喜びだろうか。心の奥底で歓喜に叫ぶ、小さな自分が咽び泣いている。

 ずっと、欲しいと思っていた。

 お前は自慢の娘だと、お前だけがふさわしいのだと。

 一緒にお茶をして、話をしよう、と。恋人のような触れ合いを、何よりも望んでいた。


 つまり、今ここで頷けば、それは叶えられるのだ。

 今まで自分が死ぬほどに欲してきた全てが。


 今、目の前に――



「ヴェスティア」



 ――うるさい周囲とは裏腹に、魔女の声だけは、はっきりと響いた。


 ラライアは、一切の感情を抱かない瞳で、ただヴェスティアを見ていた。

 静かに、自分で決めろと言わんばかりに、真剣に。


 その眼差しに、自分とよく似た金の色合いに……ヴェスティアは呆然と、思う。


 確かにここで頷けば、今までより改善された生活を送れるかもしれない。ご飯の量も多くなるかもしれないし、使用人に混ざって屋敷の掃除も、ゴミ捨ても、しなくても良くなるかもしれない。

 きっとアルストールも、自分を見てくれるようになるだろう。良い婚約者のように振る舞って、待たされる事もなくなるかもしれない。モノを隠されたり壊されたり、傍の者とこちらを指差して嘲笑することも、なくなるだろう。


 だって、ヴェスティアの背後に魔女ラライアがいると、彼らは知ったから。その魔女を恐れて、待遇はきっと改善されるだろう。

 それを喜ぶ幼い自分、人形の自分が、腹の中の黒い思いを否定している。


 復讐なんてくだらない、感情に振り回されるなんて、子供のすること。きっと皆が怒って、怒鳴って、石を投げて嗤うだろう。

 馬鹿なヴェスティア、愚かなヴェスティア。

 いつものように蹲って耐えればいい。今までずっと、そうしてきた。そうすれば必ず、他人の怒りは、別のどこかへ消えていく。

 もっと大人になるべきだ、だって、感情を爆発させたところで、何の解決にもなりはしないんだから。

 妥協して、諦めるべきなのよ。


 そう叫ぶ人形の声に、しかし、別の内なる声が嘲笑した。


『外へ出された豚は、自分から檻の中へと戻りたがるもの。そういう風に、躾けられているからよ』


 魔女のおかげでやっと枷を外せたのに、それを無碍にしてまで戻る価値のある場所だと?

 目の前のアホ面を晒した馬鹿どもの尻拭いをする為だけに、再び養豚場の豚に戻れと?


 その声は叫ぶ。憎悪を振りまくかのように、怒りと憎しみを抱いた声で。


『ああ、もう、たくさんよ。どいつもこいつも馬鹿ばかり!

 私は魔女、人外の存在、生まれながらの超常の者。

 なのにどうして我慢しなくちゃいけないの? どうして私だけが、我慢を強いられるの?』


 そうあるように言われたから、そうあるように恭順する、お人形な自分。

 しかし、腹の底から沸き溢れるこの感情は、決して人形では抱けない代物で。


『私は魔女、貴方の中の、魔女の仮面(本当の自分)

 彼女が解放してくれた感情で、私はこれから、利己的で自分勝手な魔女となるわ。

 これこそが、魔女ヴェスティア、新たなる私自身。


 ――だから、自分を偽るのは、もうおしまいにしましょう?』


 その声に、ヴェスティアは息を吐いてから、頷くように目を伏せる。

 新たなる自分(仮面)を見つけ、それを受け入れる様に、微笑みを広げた。


 そして目を見開き、清々しい笑みを浮かべて、かつて愛していた存在へ毒を吐く。


「貴方たちってどうしようもない馬鹿よね。その程度の甘言で私を籠絡できるって、心底から信じている。ねぇ、どこまで私を馬鹿にすれば気が済むの?」

「な、何を言っている、ヴェスティア! 私はお前の父親だぞ!?」

「父親? まあ! 劣悪なボロ小屋に住まわせて古着しか与えず、殴る蹴るの暴行を加えてくる男が父親だったなんて! 私、初めて知りましたわ!」 


 わざとらしく驚けば、目の前の男は目を白黒させてから、顔を真っ赤にさせた。


「き、貴様! いったい何を言い出す……!」

「確か、我が家には王家から多額のお金が入っていたと思いましたけど、私の記憶するところ、ドレスを買うだけでグチグチと言われましたよね? お前のような穀潰しのために我が家の資金を使うなど勿体無い。働けないゴミ虫風情がありがたく思えと、そんなお言葉をいただいたと思いましたけど」

「な、そ、そんな事を言った覚えは」


「ああ、言ったね。あたしはその記憶を見たことあるよ」


 横合いから口を出したラライアは、煙管を一振りして天井に映像を映し出す。


『良いか、この役立たずの人形め! 貴様のせいで家計は火の車だ、ドレス一着を買うだけでも有り難く思うのだな!』

『その怪我を見られないような服しか認めん。夏場だろうと薄着は許さん。小さな傷程度を周囲が騒ぐだけで我が家の品位が疑われるのだ。そして自宅では古着だけを纏え、服が汚れでもしたら金がかかるのだからな!』

『わかったら返事をしろ!』


 そして振るわれる暴力的な音に、見ていたご婦人方が思わず目を背けていた。紳士たちも、あまりの光景に言葉が出ないようだ。

 一方、ヴェスティアはそれを見ても表情を一切変えず、自身のドレスの袖を捲った。

 そこには、未だ癒えきれぬ幾つかの跡が無数に残る、黒斑らな腕があった。


「家では娘にボロ着を着せて、自分は外で贅沢三昧。これが父親のやることだ、と? では、この場にいらっしゃる皆様方、この所業が普通だと思われるのならばお声をあげていただきたいですわ。このような、実の娘を虐待するような、狂った所業を」


 しん、と沈黙だけが支配する空間で、伯爵はますます顔を真っ赤にして、ヴェスティアを射殺さんばかりに睨め付けてくる。


「こ、の、育ててやった恩を忘れよって……!」

「あら、育てた、だなんて。私の環境って養豚場の豚とどう違いますの? 劣悪な囲いの中で飼い葉のような粗末な餌を与え、目につくときだけ暴力を振るい、年頃になったら出荷して、それまでに与えられた国からの費用は横領する。これにどう恩を感じろと? それに、私が殴られる理由の中で、一番に多かったのは目障りだとか、目についただとか、そんな感じの理由が多かったですね。大方、外で他貴族の皆様方に苛められたのでしょう? だから憂さ晴らしに私を殴って発散させていた」

「そんなものは躾に過ぎん! 子供をどうしようとそれは親の勝手だ!」

「まあ、お聞きになりまして? 嫁に出す娘を傷物にすることが躾だそうですわ! では婦人会の皆様方はひょっとして、私のように見えないところが傷だらけですの? あらあら、この国の殿方ってみんなそんな野蛮な方ばかりでしたのね」


 そんなわけがない、そんな男と一緒にされてはたまらないぞ! という声が方々で響く。

 野次に追い込まれる伯爵は、息も絶え絶えにヴェスティアへ指を伸ばす。


「ふざけるのも、いい加減にしろ……! 貴様は私の言うことだけを聞いていれば良いのだ! 口答えは許さんぞっ!」

「どうして貴方如きの許可が必要ですの? ただの凡人の癖に」


 次の瞬間、重い音が響き渡った。

 悲鳴の上がる中、拳で殴った伯爵へ、ヴェスティアは何事もなかったかのように慣れた所作で微笑む。口端から赤い血が流れた。


「今日は顔ですのね。いつもはお腹や腕ですのに」


 余裕の笑みを浮かべるそれに、更に伯爵が激昂しかけた時、


「それまで、近衛兵!」


 その一言に、一瞬で王の側近たちが動いてナーゼスを拘束し、地面へ乱暴に引きずり倒した。


「なんという男だ……年頃のご令嬢を殴るなんて!」

「男の風上にもおけん奴だ! 叩っ斬ってやろうか!」


 一連の流れにかなり義憤が溜まっていたのだろう、伯爵が悲鳴を上げるのも構わずにきつく縛り上げている。悲鳴がうるさいと思ったのか、更に猿轡までされて完全に拘束されていた。

 そんな近衛兵たちにやや面食らうヴェスティアへ、兵の一人がハンカチを差し出した。


「ヴェスティア嬢、ご無事ですか?」

「あ、いいえ、大丈夫です」


 ハンカチを受け取りながらも、慣れてますから、という淡々とした言葉に、相手はなんとも言えない痛ましい様子で顔を歪めた。

 見れば、周囲の貴族たちもザワザワと騒めいている。


「なんて方……ヴェスティア様はいつもあのような暴力を……?」

「そういえば、学園でも常に肌を晒さないドレスばかり身に纏っていましたわ。きっとお怪我を隠すためでしたのね」

「あんなのが実の父親だなんて、まさに地獄だわ……」


「ナーゼス、運よく金眼の子供を授かった程度で大口を叩いていたようですが、まさかここまでとは」

「凄いのはその血を引き出した彼女だけであって、伯爵家自体ではないようですなぁ。いやはや、流石に公衆の前で手を上げるなど……」

「いつもはお腹を殴られていたと言っていたが……女性にとって腹は大切な部位だぞ。本気で何を考えているんだ、あの男は。ありえない」


 その声に、ヴェスティアはなんだか不思議な気分になった。いつもは悪評ばかりの貴族たちが、今は同情的な目で見てくるのだ。なんとも非現実的な光景だなぁ、と他人事のように思う。


「ヴェスティア」


 と、そこでラライアがヴェスティアへ近づき、指先で頬を撫でた。

 すると、一瞬で殴られた痛みと痣が消える。魔法だ。


「悪いね、まさか手を出すとは思わなかった。怒ってくれてもいいよ」

「……いいえ、私がそうするように仕向けたので。むしろ、これであの男を貶められるのなら、安い代償です」

「我が身を安いと言うんじゃないよ、おバカ」


 ペしん、と額を叩かれる。

 これまた初めて掛けられた言葉に、ヴェスティアはやはり目を瞬かせた。

 そんなヴェスティアへ肩を竦めながら、ラライアは気乗りしない様子で続ける。


「とりあえず……この男の所業を知っているからには、話さなきゃならないだろうね。あんたも、心して聞きな」


 ラライアは、場を仕切るように手を叩いて衆目を集め、国王へと口を開く。


「陛下、今ここでナーゼス伯爵の罪を、白日の元に晒したいと思います。この愚か者が何をしたのか、皆に知らしめる必要がありましょう」

「よかろう、許す」


 王の言葉に礼をしてから、ラライアはナーゼスの元へと近づく。

 そして虫を見るかのような目で、男を睥睨する。


「ナーゼス、あんたは二十一年前にアトラーゼの前身である某国から、決死の覚悟で脱走してきた奴隷の一人を捕まえ、それを妻にするべく囲い込んで閉じ込めた。そうだね?」


 それはきっと、ヴェスティアの母の事だろう。

 思わず息を呑むヴェスティアを尻目に、ラライアは淡々と続ける。


「当時、あの国は魔女の血を色濃く引く者へ懸賞金をかけてまで集め、非道な実験の材料にしようとしていた。中には魔女の力を持つ者もいるからね。各国から集められた者達の中で、一部の者が脱走することで事態は露見した。しかし、あたし達でさえ脱走者を全員、見つけることはできなかった」

「魔法では、無理だったのですか?」

「時を覗くにしても、かなりハッキリとした時間や場所を知らないと難しいのさ。方々に散った脱走者がどこへ逃げたのか、あたし達でさえ知ることはできなかった。……そんな中、他国人の娘を、あんたは捕まえて……妻として拘束し、監禁した。舌を切り落とし、物言えぬ身にして、顔を決して晒さないようにして、ね」


 それは、醜悪な所業だった。逃げてきた亡命者を報告もせずに攫ったなど、それだけで大問題である。

 しかし、話はそれだけではない。


「わかるかい? その娘は魔女の特徴……あたしと同じ、あたしの血を引く娘だった。金の瞳、黒い髪の、美しい娘だった。あんたはね、この国のしきたりである金の瞳の子供を手に入れるためだけに、その娘を捕らえて利用した。瞳を知られれば王家に取られるから、顔を隠して誰にも見せないようにして。そして金眼の子供を作り出すまで、何度も何度も子供を産ませては……殺した」


 あまりにも酷い話に、思わずヴェスティアは口を抑える。

 では、もし自分がこの瞳でなければ? 

 きっと、生まれた時点で殺されていたのだ。それまでの兄弟姉妹と同じように。


「ど、どうして、そんな事を……王家に、嫁がせるために?」

「そうさ。ナーゼス家の地位を盤石にし、更に王家に嫁いだ家として家格を上げる事を画策した。それが、この所業。ナーゼス家のボロ小屋の床下を掘り返してみな。死んだ赤子の骨がゴロゴロ出てくるよ」


 まさしく胸の悪くなるような話だった。

 周囲だけでなく、ヴェスティアも、アルストールでさえ、言葉を失っている。


「だが、そこで計算外が起きた。ヴェスティアが生まれると同時に、度重なる出産によって衰弱していた娘は死んだが、目的の子供が生まれたから、あんたはそれでも良いと思っていたんだろう。問題が起きたのは……ヴェスティア、あんたが五歳の時の話だ」

「え」


 不意に蘇るのは、我儘を言い出したと聞いた話。

 しかしその時の事は思い出せない。記憶にない。


「生まれた時から次期王妃になることが決まっていた子供へ、ナーゼスはやりすぎなくらいの躾と、教育を強いた。当然、それに耐え切れる幼児なんていやしない。だからヴェスティアという幼児は感情のままに暴れ……そして、屋敷がめちゃくちゃになったのさ。魔法のせいで、ね」


 ああ、と、ようやくヴェスティアは合点がいった。 

 男は執拗にヴェスティアを人形にしようとしていた。感情を封じ込めるように、心に枷を施し、人とは思えぬ生活をさせ、飼い主が絶対であると服従させようとしていた。

 それらは全て、ヴェスティアの持つ予想外の力を、恐れたが故だったのだ。


「つまり、ヴェスティアは生まれながらの、魔女だったのさ」


 生まれながらの魔女、本日二人目の登場に、流石に周囲がざわめいた。

 ただし、と、ラライアは付け足す。


「あたしの真名に掛けて誓うが、この娘が魔法を暴走させたのは五歳の時と、昨日、あたしが目覚めさせた時の、二回だけ。それ以外で魔法を使った形跡はない。ヴェスティア、そうだね?」

「っ……、我が真名、ヴェスティア・ナーゼスの名に誓って、それは真実です」


 途端、ヴェスティアの体を熱い輝きが満たし、心臓の上に黒紫の魔法陣が現れる。

 美しいそれは鼓動するように明滅してから、肯定するように消えた。

 魔女の証を見せられて、周囲だけでなくナーゼスですら、顔を白くさせている。


「わかったね? もし魔女が生まれれば、それは全ての権限を上回って、顧問魔女たるあたしが引き取る。例え王族であろうとも、魔女を育てるのは魔女だという取り決めがあるのさ。その力を抑えられるのは、同じ魔女しかいないからだ。だからこそ、ヴェスティアが魔女だと知ったナーゼスは焦った。もし魔女だと知られれば、せっかく生み出した金の卵があたしに取られちまう。魔女を排出した家は名誉だが、王家へ嫁げなくなる方がマイナスだ。だから、あんたは、ヴェスティアを徹底的に教育した。感情を閉ざし、人形のように従順に、ご主人様の言うことだけを聞くように、暴力でもって屈服させて飼い殺しにしたのさ。……まったく、反吐が出るね」


 ラライアの総括に、誰も何も言えなかった。

 ただ、これだけの醜悪な所業を行なったと言う男へ、誰もが軽蔑の眼差しを向けていた。


「……そして、魔女であることを隠して、我が王家へと嫁がせようとしていた、か」


 ゆっくりと、王は重々しい口調で言う。


「それはつまり、魔法を暴走させる可能性のある娘を送り込み、王族やこの私を害そうと、そう画策したとも取れるな?」

「そうなるね」


 それに拘束されているナーゼスが反論しようと呻くのだが、猿轡のせいで何を言っているかはわからない。

 それをまるっと無視しつつ、両者は台本のように続けた。


「王家へ嫁いで後に魔女であることが発覚したとして、その場合、王太子は独り身となる。もし王位を継いだ後であったら? もし子を成す前であったら? その損失は計り知れん」

「離婚経験ありの王様とか、くだらない隙を見せた途端、他の国が何を言い出すかわからないからねぇ」


 独り身となれば再婚をせねばならないのだが、ゼータシアに金の瞳の娘は他にはいない。いきなりフリーとなった王への猛アタック祭りが開催されるわけであるが、問題はそこではない。

 不倫と同じく、死に別れでもない男性側のバツイチへの視線というのは、この国だけでなく厳しい見解になるものだ。

 メルル風に言えば、


「離婚された王様とかマジうける〜。え、うちの長女を嫁に? バカ言わないでよ〜三女で十分っしょ」


 と言う風に、各国から侮られるのである。

 だからこそ、国王は非常に渋い顔でナーゼスを見やった。


「我が王家、我が国家への安全を脅かし、あまつさえ他国人を拉致し、魔女の身柄を隠蔽したというその所業。到底、この男の首一つで済む話ではない」


 王は立ち上がり、朗々と宣言する。


「この時をもって、ナーゼス家は廃絶し、ナーゼス伯爵は処刑……否、これまでの所業を鑑みるに、それすらも生温い! 我が顧問魔女の元にて、悪しき魔女と同じ刑罰に処する! 皆の者、異論はなかろうな?」


 その内容に、ヴェスティアは瞳を揺らしてから、大きな、とても大きなため息を吐いて俯いた。

 実父を処刑よりも酷い目に遭わせることになった。それを望んではいなかったが、不思議と後悔はなかった。

 

 しかし、


「……陛下、一つだけ、温情をよろしいでしょうか」


 気づけば、そのような声を上げていた。

 

「よかろう、申せ」

「……一発、その男を殴らせていただけませんか?」

「…………は?」


 どだい、令嬢とは思えない物言いに、周囲だけでなく王自身ですら目を丸くした。

 魔女のヴェスティアは、不思議なくらいに罪悪感を抱かず、実父を見やった。

 父親という強大な恐怖を前に泣き喚く幼い自身を抑えつけ、冷酷な自分は口を開く。


「今までの行いと、私の母への所業。もはや、血の繋がりなどどうでもいい程に、怒りと憎悪しか感じないのです。この憎しみはきっと、この男が消えたところで無くなりはしません。だからこそ、魔女となる前に、自分の手で……ケジメを付けたいのです」

「…………、よ、よかろう」


 少し間があったのはともかく。


 王の命令にて、近衛兵達によって立たされたナーゼス。

 自身の進退が極まり、あまつさえ、魔女である実子へ恐怖の色を湛えた眼差しだけを向けてくる。

 懇願するようなそれに、しかしヴェスティアは一ミリの痛痒も感じなかった。


「あら、お父様。これではいつもと逆ですね。私を殴ったり蹴ったりする時、私はきっと今の貴方のような目をしていたことでしょう」


 ショックから立ち直ったヴェスティアは、じわじわと湧き上がる怒りに感情が支配されつつあった。

 封じられていた感情を惜しみなく迸らせながら、今聞いた胸糞悪い話と自身の出生、そして半生を顧みて、その全てを目の前の男に向ける。

 飽くなき憎悪はギラギラと黄金の瞳を煌めかせ、黒き影がブワリと彼女の体から溢れ出た。

 感情のままに溢れ出たそれは、人狼の姿を取って、ヴェスティアの横に現れる。

 恐ろしき体躯と威圧感、その姿に周囲からいくつもの悲鳴が上がっているが、彼女の耳には入らない。


「貴方のせいで、私の人生は滅茶苦茶。お母様を苦しめ、私を苦しめ、そして大勢の人へ迷惑をかけた。そんな貴方に、ふさわしい最後ですね」


 ヴェスティアが指を振るえば、プチンっと猿轡が切れて外れる。不思議とそうすれば出来るのだと、本能で悟っていたのだ。

 口が自由になったナーゼスは、哀願するかのように情けない声を出す。


「ゆ、許してくれヴェスティア! そんなつもりはなかったのだ、この父は間違いなくお前を愛して……」

「まあ、今更そんな戯言を信じてくれると本気で思っていらっしゃるの? 幼児くらいしか誤魔化せない幼稚な言葉で私を籠絡できると思うなんて、貴方、どれだけ私を馬鹿にすれば気が済むのかしら?」

「っ……! そ、そうだ、ヴェスティア! ナーゼス家をお前にやろう! 貴族の位も特権も何もかもがお前のものだぞ!」


 それに、国王は更に渋い顔をし、王妃は呆れたように首を振った。この国で貴族位を与えられるのは国王の存在する王家のみであり、譲渡であろうともそれを許可できるのはやはり王家だけだ。

 勝手に渡したり貰ったり出来るものではない。子供でも知っていること。


「……貴方、本当に空っぽですのね。家とお金しか持っている物が無いなんて」


 もはや哀れみの念すら感じてしまうレベルだった。

 瀕死のゴキブリを見るかのような彼女へ、これはまずいと思ったのか、ナーゼスは冷や汗塗れになりながらも必死に叫ぶ。

 

「ヴェスティア……わ、私はお前を愛していた、やり方は普通とは違ったかもしれないが、それは真名に掛けてでも真実なのだ!」


 真名を掛けられるのは魔女だけであって、人間では言葉以上の意味はない。

 しかし、最後の蜘蛛の糸を掴もうとするかの如く、男は懸命に訴えた。 


「お前を蔑ろにしたのは謝ろう! だが、確かに私は父親としてお前を愛していたのだ! お前へ振るった暴力も何もかもが、私にとっての愛情表現なのだ! 世の中にはそんな倒錯した人間が存在するのだよ! そ、それに、お前が初めて生まれた日、私はお前の誕生を心から祝福した。赤子のお前を抱き上げて、死した妻に代わって頬擦りしたのだ……ああ、あの愛しい子が、こんな」

「ではお尋ねしますが、私の誕生日を答えられますか? 季節でもよろしいですよ」

「…………え?」


 間の抜けた顔で、男は固まった。


 それが答えだった。


「ふふふ……ほんっとに、どこまでも人をコケにした野郎ですね……殺してでも飽き足らないですわ」

「え、ヴェスティア? その、隣のそいつを、どうして私に向けるんだ……!?」

「いいことを教えて差し上げましょう。この世界で、父親は、可愛い我が子の誕生日、あるいは季節程度は覚えているのが普通ですの……わかったら、」


 ヴェスティアの感情に呼応するように、ムキムキッと隆起した人狼の剛腕が振り上げられて、


「地獄で苦しみもがいて反省しなさいっ!!」


「ぐほああぁぁぁぁっっ!!?」


 クソ親父を腹パンどころか腹ドゴォォッ! という勢いでブチ抜き、垂直に飛来したそれは派手に壁へ激突してめり込み、止まった。見ている者はその凄まじさに顔面蒼白だ。

 黒い影の人狼は、それを見て喝采を上げるかのように遠吠えを上げてから、感極まるようにヴェスティアに纏わりついて尻尾を振っていた。

 自身の魔法の形である人狼にじゃれつかれ、呆然としていたヴェスティアは、されるが儘にラライアへ視線を向ける。

 それに、ラライアはニヤッと良い笑みで返した。


「い〜い拳だったよ、ヴェスティア。こりゃぁ二つ名は拳の魔女かねぇ」

「私の拳ではないのですが」


 少し憮然とした様子で言うヴェスティアへ、ラライアは実に痛快そうに笑うのだ。


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