第八話 悪しき魔女
一方、魔女という存在の登場に声を失っているアルストールとは逆に、隣にいたアイシャが声を発した。
「ま、魔法使いが何の用ですか!? ここは祝いの席、穢らわしい魔女が出て良い場所ではありませんわ!」
思わず耳を疑う台詞に、ヴェスティアだけでなく皆がアイシャを凝視した。この国の影の実力者へ喧嘩を売るような発言、まさに正気ではない。
そう詰られたノエス、もとい、魔女ラライアは、ケラケラと笑った。
「あたしが出てきて随分と怯えているようだねぇ、小娘。あたしがこうして出てきた理由、あんたなら知ってるんじゃないかい?」
「な、何を……だ、だいたい、今はお姉さまの悪事を明るみにする場なのです! 貴方の出る幕ではありません!」
「出張られちゃ困るんだよねぇ? あんた達の大嘘が、こうして明るみになっちまうからさ」
相手が二の句を告げる前に、ラライアは黒い煙を天井へ放った。
それは大広間の天井を覆い、そこへスクリーンのように、とある光景を映し出す。
……それは、彼らが如何にしてヴェスティアを貶めていったかという、情景。
『はじめまして、血も繋がらぬ、お父様。わたくしの瞳をご覧になってくださいませ。ええ、聖女の如き金の瞳でしょう?』
アイシャの前には、ナーゼス伯爵の姿がある。訝しげな彼へ、瞳を煌めかせるアイシャは指を突きつけて言う。
『さあ、わたくしを貴方の娘にしなさい。王子様の婚約者、その義妹にね。ふふふ……』
アイシャの体より、桃色の輝きが満ちて伯爵へとまとわりつく。
途端、伯爵は呆然と自失したように、ただ頷く。
『縁も所縁もないわたくしが、これからナーゼスの人間になります。そして貴方の本当の娘から婚約者を奪いますけど、問題ありませんわよね? だって、わたくしはナーゼスの人間なんですから』
意味不明のそれに、しかし相手は唯々諾々と頷くだけ。それに満足げに微笑むそれは、美しいがどこか空恐ろしくもある。
と、そこで光景が一瞬で変化する。
次に現れたのは、どこかの個室で互いの肌に触れ合うアイシャと王子。
『ねぇ、アルストール様。わたくしはお姉さまが恐ろしいのです』
『おお、そうかアイシャ。俺もあいつが邪魔だと思い始めていたところだ。だが、あいつが婚約者だというのは王家のしきたり、変える事はできん』
『では、わたくしが殿下の婚約者になれば問題ありませんわよ。だってわたくしも金の瞳、後はお姉さまが婚約者の座を降りねばならないくらいの醜聞を働けば』
『流石はアイシャだ、ならばお前の父親や陛下には、俺から話をしておこう。学園の連中にも、な』
悪巧みをするかのように仲睦まじい両者は、甘い空気の中で邪悪な計画を練っている。そこに躊躇は微塵もない。
『あら、お姉さまったら、そんな所にいらっしゃったのね。気づかずに花瓶の水を掛けてしまいましたわ』
屋敷の中、雑巾を手に見窄らしい衣服を纏い、水びだしで座り込むヴェスティアへ、アイシャだけでなく周囲の使用人からも嘲笑の声が向けられている。
ヴェスティアは顔を俯け、一切の反論をする事もなく、痣だらけの腕を庇う。
そんな彼女へ、アイシャは執拗に足で蹴り上げ、踏みつける。
『ほんっとに無様な人! その格好の方が貴方にはお似合いですわ。ふふ、ほら早く掃除をしなさい。日が暮れてしまいますわよ』
その笑みは酷く醜悪で、悪意に塗れて歪んでいる。
場面は変わり、次はアイシャとその取り巻きの姿が見える。
『ねぇ、実はわたくし、お姉さまに虐待されていますの。家では毎日のようにぶたれ、昨日も青痣ができるほどに……、ああ、もう耐えれられませんわ』
『まさか、殿下の言っていた事が本当だったなんて。なんと酷いことを……ヴェスティア様がそんな酷い人だとは思いませんでしたわ』
『今日も家に帰れば、きっと屋敷中の掃除をさせられるに違いありません! だから皆様にはお願いしたい事があるのです……』
そして語られる、冤罪を仕掛けるというそれに、難色を示す者は幾人もいたが、
『ねぇ、わたくしの目を見て。さぁ、いい気分になってきたでしょう? ……ね、わたくしを助けると思って、一つ手を貸してはくださいませんこと?』
アイシャの瞳が瞬けば、それを見ていたすべての取り巻きの目が、霞がかったかのように曇り始める。
そんな正気とは思えない相手へ、アイシャな毒を注ぎ込むように、言葉を囁いた。
『皆様は、わたくしの言うことだけを聞いていれば宜しいのです。だって、この世の全ては、わたくしの奴隷なんですから』
弧を描いて吊り上がったそれは、どこまでも暗く、邪悪な笑いだった。
天のスクリーンにそれを大写しにされたアイシャは、顔を真っ赤にして震えている。常の余裕のある笑みはなく、それは憎悪に等しい光を持って、ラライアを睨め付けていた。
そんな相手へ、ラライアは楽しげに笑う。
「まさか洗脳の力を持つ魔女とはねぇ。まったく、あんたが余計なことをしなければ、キンラカンティにくれてやっても良かったんだが」
「こ、こんなの、まやかしです! 全部嘘っぱちの光景じゃない! この光景だって、魔女の貴方が作り出した偽物に違いありませんわ!」
「ほぅ、顧問魔女の魔法に対して、その真偽を求めるってのかい? いい度胸だ」
ラライアは煙管を振り、広間中の床へ行き届かんばかりの魔法陣を広げ、宣言する。
「スノ・ノエス・セラ=ラライア・アマルティア・ヴェナの真名に掛けて、この光景に偽りがないと断言しよう! もし僅かでも虚偽が存在するのならば、我が心臓を砕くことを許す!」
その瞬間、ラライアの周囲に黒い煙が吹き荒れ、彼女の心臓の上に黒き魔法陣が浮き上がった。それは鼓動のようにゆっくりと明滅し、そして何事もなく消える。
一方、真名に掛けて、という宣言に、周囲の貴族達がどよめき、ヴェスティアは口を押える。
しかしただ一人、それが理解できないアイシャは首を振って笑った。
「ま、真名だかなんだか知りませんが、そんな宣言に一体なんの意味が……」
「あらあら、まさかこの国の貴族で、魔女が真名に掛ける意味を知らない者がいらっしゃるとは……」
と、そこで呆れた口を出すのは、王妃である。
扇で口元を隠しながら、目を細めてアイシャを見やる。
「魔女にとっての真名を掛ける宣言とは、命を失う絶対の宣誓です。故に、王家との契約において、彼女は必ずこの宣誓を行うのですよ」
「そ、そんなの……う、嘘かもしれないじゃない!」
そう叫ぶアイシャへ、ラライアは嘲笑でもって言い放った。
「じゃあ、あんたも宣言してご覧よ。今、この広場は魔女限定で誓約を課す事を『世界』に申請し、受理された。あらゆる真名を掛けた誓約に、絶対の効果が発揮される。そして魔女のあんたなら、真名の宣言は有効だ」
ラライアはじっくりと、獲物を追い詰めるかのように、指を突きつけた。
「さあ、アイシャ。ナーゼスですらない平民の娘。あんたが魔女ではないと言うのであれば、今この場で真名に掛けて宣言しな。もしそれが偽りならあんたは死に、真実ならばあんたの心臓の上に魔法陣が現れる。魔女という種族の証、真なる心臓を持たぬあたし達は、それを破壊されない限りは決して死なない。そして言うまでもないが、あんたが普通の人間ならば、何も起こることなく終わる……さあ、宣言を!」
黄金の瞳を煌めかせるラライアは、艶やかな唇を歪めて、弧を描かせる。
その、絶対の圧力に、全身から汗を噴き出しながらも、アイシャは喘ぐように口を開閉させた。
「わ、わたくし、は……わたくし、は……、…………」
「ほら、どうした、たった二、三の宣言をするのに、どれだけ時間をかけてるんだい。これはあんたが言い出したことなんだよ。あんたが魔女か否か、あたしの魔法が真実か否か、言うだけで全ては暴露される…………さあ、さっさとしな!!」
「わたくし、あ、あ、アイシャの、真名に、掛けて……」
荒々しく息を吐きながら、アイシャはブルブルと震えて口を開き、
「…………こ、これが、この映像が、嘘だと…………せ、せ…………」
最後の一呼吸。
口を開いたアイシャは、しかし、長い沈黙の後、遂に何も言えずに、膝を屈した。
死の恐怖に打ち勝てなかったのだろう。崩れ落ちた彼女の前に魔法陣が現れ、それは明滅する事もなく、すぅっと砂のようにアイシャの中へと消えていく。
「……いったい、どういうことなんですか?」
痛いほどの沈黙の最中、思わず漏らしたヴェスティアの言葉へ、ラライアは悠然と煙管を吸いながら答えた。
「どういう事も何も、こいつは魔女なんだよ。生まれながらの、ね」
「私と……」
同じか、という言葉は口の中に消え、次いでようやく腑に落ちたように、息を吐く。
「おかしいと思っていました。彼女が現れてから、皆が次々と彼女へ好意を持ち始め……彼女の嘘が真実になっていく。その光景はまさに、魔法としか説明できない代物でしたが……まさか、本当に魔女だったなんて」
「一応、真名に掛けて宣言しておいてやるが、ヴェスティア・ナーゼスは正真正銘、ナーゼス家の血を受け継いだ一人娘だ。そしてそこの魔女は、貴族ですらないただの平民だよ。ナーゼス家に取り入って、お姫様なんていう頭の湧いた妄想に取り憑かれた、ただの馬鹿さ」
「っ!!」
その宣言に、アイシャは顔を上げて睨め付け……次いで、全身から桃色の輝きを溢れさせた。
目を見開く皆の前で、ラライアは、
「……往生際が悪いっ!!」
一喝、それだけでアイシャの輝きを、自身の黒い光で消し飛ばしたのだ。
魔法を使おうとしたのだろう、それを防いだ顧問魔女は、心底から軽蔑したように睥睨している。
「このあたしの前で、二十年も生きていないひよっこが図々しい。せめて桁一つ稼いでから反抗するんだね」
「どうして……どうして、邪魔をするの!? もう少しでストーリー通りに全てがハッピーエンドだったのに! アンタはわたくしの世界をめちゃくちゃにするつもり!?」
いきなり意味不明なことを言い出すアイシャへ、ラライアはなんとも言えない顔で肩を竦めた。
「一つ、聞いておきたいんだがね。過去の映像は思考までは読み取れないから、確認したい……あんた、前世持ちだろ?」
「っ、さてはアンタもそうなの!? アンタもわたくしと同じ転生者!?」
唐突なそれに、ヴェスティアを置いてけぼりに両者の話が展開される。ただ、前世持ちという話はメルルから聞いていたので、理解できたが。
「どうして邪魔するのよ!? 金の瞳を持つゼータシアのヒロインが悪役令嬢の義姉を追放して、婚約者だった王子様とハッピーエンドになる、それが本来のストーリーじゃないの! どうしてわたくしを幸せにしようとしないのよ! 穢らわしい魔女のくせに、わたくしに成り代わろうとしているつもりなの!?」
「……」
「だいたい、悪の魔法使いはラスボスじゃない!? 山の向こうで攻略対象に呪いをかけようとしている筈なのに、早すぎるのよ! どうしてシナリオ通りに進めないのよ! おかしいわ!」
「……っぷ、くっくっく、あっはははははっ!!」
堪えきれないかのように、ラライアは腹を抱えて大笑いした。品のないゲラゲラとした笑い声にも関わらず、彼女の美貌は翳ることなどない。
「あっはっはっは!! ……いや、まさかまさか、国の名前だけでそこまで思い込んじまうとはねぇ。あんた、思い込みが激しいって言われたことないかい?」
「なっ、ど、どういう意味よ!?」
「どうしたもこうしたも……ふぅ、あんたの言うストーリーっていうのは、前世で有名な乙女ゲーの事だろ? 魔女と眠れる姫君の塔って名前の」
唖然とする空気の中で、魔女は確信を持って、馬鹿にしたかのように続けた。
「あんた、ゼータシアっていう名前を聞いて、思わずそのゲームを連想した。で、この世界はゲームの中だと思い込んじまった、だろ?」
「そ、そうよ! ヒロインは黒髪と金の瞳を持つ、特別な才能を持つ聖女なのよ! それこそまさに、わたくしの事……」
「違うよ。あたしが契約の際に金の瞳をリクエストしたから、この色になっただけで。その子孫のあんたに、この色がたまたま発現したってだけさね」
「え」
「あたしもファンだったんだよねぇ。魔女姫の。でさ、魔女になれるって時に、瞳の色とか髪の色を変えられるって聞いてさ。それで魔女姫のコスプレな気分で、黒髪金目にしたんだよねぇ。今思えばあたしも若かったよ」
「……え?」
唐突なカミングアウトについて行けず、間抜け面を晒すアイシャ。
そんな相手へ、ラライアはとても良い笑顔で宣った。
「つまり、あたしの子孫が先祖返りとして金の瞳になるのは、当然の結果ってことさね」
「で、でも……ええと、く、国の名前、そう! 国の名前が同じじゃない!?」
「そりゃそうだよ、ゼータシアの名前はあたしが付けたんだし」
「え、え、え……」
「初代国王が即位する際に、国名を何にするか聞いてきてさ、何も思いつかなかったから咄嗟に出てきたのが、前世で好きだったあのゼータシア。で、それが正式名称になって八百年経ったのが、今のこの国さね」
主人公の名前は自由形式だからともかく、攻略対象の王子の名前は全く違うし、他の攻略対象も居ないじゃないかい、とラライアは心底から呆れた様子で笑っている。
目が点になっているアイシャへ、ラライアはそういう事だから、と、止どめを刺した。
「つまり……あんたの言うゲームの世界云々っていうのは、あんたの痛い妄想の産物でしかなかったんだよねぇ。勘違いでこの世界はわたくしの物とか、いやぁ〜恥ずかしい恥ずかしい。思わず大笑いしちゃったよ、あっはっは!」
「――――!!」
カァッと顔を上気させながら、アイシャは震えるように食ってかかる。
「ま、紛らわしいことを……! そ、それもこれも、全部、全部アンタのせいじゃないの!! あ、あ、アンタのせいで私はいらない恥までかかされて……ふざけんじゃないわよっ!」
「おっと、素が出てきたねぇ。たかが転生した程度で自分だけが特別だと思いあがり、フィクションを理由に人を洗脳し、次々と貴族達を籠絡して国を騒がせた悪しき魔女。……の割に、その体たらくは三流もいいところだけども。ま、ご愁傷さん」
次いで、ラライアは煙管を杖のように振りながら、朗々と唱える。
「黄昏の魔女たる我が命ずる! 悪しき魔女の力を削ぎ、真なる牢獄へと閉じ込めよ!」
「あ、な!?」
アイシャの足元から吹き荒れた煙は一瞬でその体を拘束し、出現した黒い檻の中に閉じ込められる。
アイシャが桃色の輝きを発するも、その全てが檻に吸い込まれるように阻害されていた。
それを見たヴェスティアは思わず呟く。
「な、何をしたのですか!?」
「まだ命までは奪わないよ。けどね、魔女が魔法を用いて国に害意を齎したこと、それは軽く見て良い話じゃないのさ。特に王家、その王太子へ魔法を使ったこと、それは顧問魔女として決して看過できない事態だ」
魔女だからこそ、魔女の罪は魔女が裁くのだと、ラライアは言う。
そしてその法は、人間の世界のものよりも遥かに残酷だ、と。
「生きたまま無数の怪物に食われるか、それとも契約者を呼ぶための生贄として腹を掻っ捌かれるか。どっちにしろ、その程度で魔女は死なない。延々と生き地獄のような苦しみの中で、精神が崩壊するまで玩具として遊ばれるのさ。それが、力に驕った魔女の末路だ」
「そ、それは、ラライア様がなさるのですか?」
「いいや、四大魔女を招集してから、その処遇を決める。が、魔女ってのは残酷な遊びが好きでねぇ。長生きだから退屈凌ぎに最悪なことをやらかす。幼子が虫の手足をもぎ取るように、ね」
ひどく美しいが邪悪な、人間とは思えない笑みを浮かべる相手へ、ヴェスティアは初めてぞっとした恐ろしさを抱いた。
これこそが魔女、数百を生き長らえる、人を超越した存在。
「そ、そんなの、私は聞いてないわ! も、もしそんな法があるんだったら、こんなことしなかったわよ!」
話を聞いていたのか、ブルブルと震えるアイシャは舌を絡れさせながらも訴える。
「馬鹿をお言いでないよ。法があろうがなかろうが、やって良いことと悪いことの違いすらわかんないってのかい? 人を操って好き勝手ハーレム作って無実の人間を処刑させようとする事が邪悪でないなんて、前世持ちのあんたが知らないはずがない」
が、ラライアはそれを一刀の元に切り捨てる。
「魔女の力は超常の力、だからこそ人の世界の法規が通用しない。が、だからといって、悪事に使って良いと思う時点で虫が良すぎる思考さ。前の世界風に言えば、超能力を使って好きなだけ人を操ったり殺しても良いっていうくらい、滅茶苦茶な物言いだよ。そして、そんな論法が通用するほど、あたし達は温厚でも無能でもない」
ラライアは冷徹な顔で、アイシャへ別れを告げるように、腕を振った。
「地獄で永遠に反省するんだね、愚か者」
「まっ……!」
最後まで言わせる事もなく、アイシャの姿が煙と共に掻き消える。
まさに瞬きする間もない、一瞬の喪失であった。
……そして満ちるのは、沈黙。
誰も身動きすらできないその中で、ラライアは肩を竦めて、王と王妃へと顔を向けた。
「以上が、事の顛末でございます。国王陛下、並びに王妃殿下、当演目をお楽しみいただけたでしょうか?」
どこまでも丁寧で、されど小馬鹿にしたかのように、わざとらしい。
顧問魔女のそれに、国王は初めて重々しく頷いた。
「此度の大捕物、大義であった、魔女ラライアよ。我が王太子に付いた虫を排除してくれたようで何よりだ」
虫と言い放つそれは、どこまでも冷たく、どこまでも無関心だった。
魔女は人間ではない。故に、人の世界では人とすら扱われない。
人が自力で排除することが難しい魔女という存在は、後ろ盾がなければ、これ程までに冷徹に処理されるのだ。
その声に、最後のアイシャの姿に、あり得る自身の末路を想像して、ヴェスティアは思わず身を震わせた。
「力を持つ事には責任が発生しないが、それを振るうのならば全ての責任は自分で取らなければならない。当たり前のことさね」
そんなヴェスティアを理解しているのか、囁くようにラライアは言う。
「責任を取るのが嫌だとぬかすのならば、最初から表舞台に出てくる事もなく、大人しくしときゃ良かったのさ。だからこそ、力を振るって他者を傷つけるときは、よーく考えな。それは真に必要な事なのか、自身が責任を取れる範疇なのか、ね」
ここにきて、ヴェスティアはようやくラライアの意図を悟る。
悪しき魔女の末路、自分がこうならない為にも、それを反面教師として糧にしていけと、彼女は言っているのだ。
村娘としての道を拒絶したヴェスティアは、力を振るう道を既に選んでいる。それは輝かしい栄光の道などではなく、自身の力を使いたいという欲求を抑える忍耐と、何かを得て何かを捨てる選択の連続なのだと、ラライアは言いたいのだろう。
だからこそ、ヴェスティアは師匠の教えをゆっくりと噛み砕いて、頷いたのだ。