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第四話 性転換した転生者の悩み


 数奇な経緯によって、日替わりバーなる場所に保護されたヴェスティア。

 下宿として与えられた個室でボーっと目が冴えて眠れない中、何故かやってきたメルルに笑顔で手を引かれて連行された先はおそらく更衣室で、あれよあれよと言う間に服を渡されたヴェスティアは、何故か着替え中である。


「うっふふ~! やっぱり貴女って何着せても似合うわねぇ~! でも黒髪だから、今がトレンドの青が主体の方が良いかしらぁ? それとも紫? やっぱり女子らしく華やかな感じの方が客受けして良いわよぉ!」

「……あ、あの」


 姿見鏡の前に立たされ、渡されるドレスを次々と着せられながら、ヴェスティアはどこか目を回しながら尋ねた。


「その、私は行き倒れていたそうですけど……」

「そうらしいわねぇ」

「……なんで接待をすることになってるんですか? そもそも、さっきの説明ではスナックバーって……じょ、女性と男性が、はは、破廉恥な事をするのでは……!?」


 顔を真っ赤にするヴェスティアへ、あらまぁと女装男、もとい、メルルはウィンクする。


「安心して、想像してるのとは全然違うから。あ、でもお触り禁止だけどすれ違いざまに触ってくる野郎共はいるから、それとなくガードしたり受け流したりは必要よねぇ」

「ふ、普通に破廉恥な行動では!?」

「ええ、だから酷い奴は出禁よ。多少は大目に見るけど、一線を越えた奴は容赦なくBANよ」


 やや色の強い接待業務ということは理解できたが、しかし、いきなりそれをこなせと言われると、ヴェスティアには自信がない。


「メ、メルルさんのような露出過剰な服を着て、殿方に見られるのでしょう? そ、そんなの、私は……」

「だいじょーぶよ、大丈夫。今日はお試し研修期間って事でアタシが付いててあげるから。言っておくけどアタシの目の黒い内は、指一本触れさせないから安心して?」


 うっふふふ~、と不気味に微笑むメルル。その目がどこか光っていた。

 そんな相手にドン引きしつつ、されども現状から拒否権は無いと思い至り、ヴェスティアはため息交じりに話題を変えることにした。


「……メルルさんは、どうしてこの職についているのですか? 私の知識では、身を売る行為とは下層の方々が行うもの、と聞いておりましたが……メルルさんは、その、どこか品がありますし、見た目と違って知識も豊富そうでしたし」

「あら、お褒めの言葉に感激だわねぇ。そうねぇ、アタシってママに保護されるまでは、貧乏な一平民に過ぎなかったのよね。ちょっと幼少期に頭をゴッツンコした際に前世の事を思い出したら、いろいろな知識が手に入っちゃった程度で」

「前世、ですか」


 前世、この世界では人は死して生命の環に戻り、新たに生まれ直すという。極稀に、前世という記憶を薄っすらと保持する人間がいるというのも、聞いた覚えがある。中にはこの世界では稀有な知識を携える者もおり、人によっては賢者とも呼ばれる。

 メルルは着替えたヴェスティアを化粧台の前に座らせ、髪を結いあげて整える。その手つきは手慣れていた。


「ちなみに、アタシの前世は日本に住まう、華の女子大生だったのよねぇ。それがどういうわけか、気づけば鼻垂れたゴッツイ坊ちゃんになってたってわけ」

「ジョシダイセイ……というのは、学生ですか? ということは、メルルさんは貴族だったのですか?」

「いいえ~? うちの国はお金はかかるけど、頑張れば誰でも大学に行けるのよぅ。あと、皇族はいるけど貴族はいなかったわ」

「ええっ!?」


 異世界カルチャーに衝撃を受けるヴェスティアへ、メルルは楽しげに前世という話を教えてくれる。

 日本とはこの世界の外、すなわち異世界にあり、ノエス曰く魔女がたまに遊びに行くこともある豊かな世界だ、とのこと。

 そこから死んで、この世界へやってきたメルルは、この世界の常識に大いに悩まされたようだ。


「驚いたわよぅ、貧乏人は死ぬ気で過労死ギリギリの労働を頑張るか、飢えて死ぬかしかないんだもの。力仕事が出来る丈夫な野郎は良いけども、それだって丸一日働いても大した額じゃないし、女性はもっと悲惨。顔が良ければ大店の看板娘、学があれば会計業務、愛想が良ければ市場の売り子とかに就職できるけど、食い詰めれば身を売るしかなくなる。就職口の数が野郎に比べて圧倒的に少ないのよねぇ。そもそも女は職人になれないし」

「そう、なのですか?」

「ええ、女職人ってこの国じゃ違法なのよ。商業組合が職を女性にとられるのを嫌がったとか、男尊女卑主義な貴族の嫌がらせだとか。まあとにかく、アタシから見ればこの世界って遅れてるのよねぇ」

「その……すみません……」


 ヴェスティアの前に回って化粧をはたくメルルは、しかし豪快に笑い飛ばして否定した。


「アンタが謝るこたぁないわよぅ、だいたい今のアタシは肉体的野郎だし。ま、男は男で大変なんだけどね? 家庭の不始末は全部男の責任にされるし、親の介護だって男が引き取って面倒を見るのが当たり前。奥さんが不倫でもすれば、世間は公然と男側を指さして笑うわけよ。女に逃げられるなんて甲斐性の無い情けない奴だ、ってね。まったく、不倫はする側が全面的に悪いに決まってるじゃないの、どんな夫が相手でも不倫する前に三行半を叩きつけてケジメを付けてからしなさいっての。夫をキープしつつ新しい愛人を味見することで乗り換え相手を決めようとしているとか、貞淑な妻が聞いて呆れるわ。寄生虫とどう違うのかしらねぇ」


 予想外に早口で詰るような物言いに、ヴェスティアは、


(誰か身近な人が不倫していたのかしら……)


 と思ったりする。おそらく、その予想は正しいのだろうな、という妙な確信も得た。

 そこで、はたと止まってから、メルルは苦笑して話を戻した。


「あら、話が脱線したね。で、アタシがこの職に付いた理由だけど……アタシね、女に戻りたかったのよ」


 不意に呟かれる言葉は、意外なほど真剣味を帯びている。


「前世でアタシは女だった。けど今は男、この身体は女にふさわしいとは口が裂けても言えないわ。でもね、だからといって、自分の女としての心を誤魔化す事なんて出来ないの。どうしても我慢できずに女の恰好をして、そんな自分を始めて鏡で見た時、その似合わなさに絶望したわ。思わず命を絶とうと思ったくらいに」


 思った以上にヘビーな話だった。

 ヴェスティアは、自分が大男になってしまったらどう思うのだろう? と想像してみるも、想像すら出来そうにないと首を振る。そもそも、男の肉体とは何なのか、ヴェスティアは理解できない。

 メルルは、ヴェスティアの頬に赤い化粧を施しながら、しかし意外に柔らかく笑った。


「でもね、いざ自殺しようと崖の上に立った時に、ママが拾ってくれたの。で、アタシが恨み節を吐いたら彼女ったらね、『女装するってんなら、どうせならバーでも経営するかい? あんたがバーのママにでもなれば意外と似合うんじゃないかね』とか言っちゃうわけよ。そりゃもう天啓が奔ったかのような衝撃に感動したわ! ついでにママも同じ世界出身だって言うし、これはもう神様の采配に違いない! ってね。で、その勢いでバーを開いて、ついでに貧乏な女性や食い詰めてる青少年の受け皿になっちゃいましょうって感じに出来上がったのが、ここなわけ」

「えっと、ノエスさんも二ホン、という国の?」

「そうそう、アタシと同じとこね」


 メルルはウキウキと話しているが、ヴェスティアはどうしてそういう思考になったのか、理解できない。そもそも、バーのママとは何なのだろうか。

 

「その、女装をされる殿方は、バーのママさんと呼ばれるのですか?」

「いいえ? スナックバーを経営するのがママ。で、中にはその手の趣味の人たちが集まるバーもあって、アタシみたいに身体は野郎でも心は女子な人たちが接客してたりするのよね。そこでもオーナーはママって呼ばれたりするのよ」


 その手の趣味とはいったい何なのか、もはやヴェスティアのキャパシティを大きく超えようとしていた。

 しかしそんな彼女を気にもせず、メルルはしみじみと思い出話を続ける。


「で、いっそのこと異性愛同性愛もまるっと含めて日替わりでバーを変えちゃおうって話になっちゃってね。今日みたいなスナックバーに、ホストみたいな男の子ばかりが接客する日、女装好きな子の日、男装が似合う子の日、そんな子たちが日替わりでカウンター越しに接客するのよ。今日は女子の日だけど、たまーにアタシやボーイが居ることに文句言ってくる奴もいるわ。でも業務上、男手が必要になる場面もあるし、それでも嫌ならお帰りいただくのよ。一見さんお断りの強みよねぇ」


 ぶっちゃけ、日本のスナックとは形態が全然違うかもしれないけど、異世界なんだから名前なんてアバウトでいいのよ、とメルルはカラカラと笑う。

 一方、聞き捨てならない単語にヴェスティアはあたふたしている。


「あああ、あの、その……同性愛、とは……」

「あらぁ~、初心ねぇ。つまりは百合とか薔薇とかそう言う奴よ。この世界にもあるじゃないの」

「ぞ、存じ上げません……」


 少なくともヴェスティアの勉強内に同性愛は存在しなかった。しかし字面から意味は理解できるので、頬を赤く染めて溜息を吐いている。


「なんだか、純粋な話ですね……貴族の結婚観では女は子供を産むべし、逆を言えば子を為せないのなら人としての価値すらない、とまで言われているそうです……」

「そうねぇ、やっぱり貴族って男尊女卑というか、血統主義って感じよねぇ。アタシから見れば、神様とかの特別な血が入ってないんだったら血筋なんて大した代物じゃないんだし、有能な後継ぎを見つけて養子にすればいいのにって感じなんだけどね~。だからお上は同性愛はアレな目で見るわけだけど、逆に下に行けば行くほど奔放になるのよ。宗教で禁止されてないから平民にそこまで忌避感がないお陰で、うちは大繁盛してるわけだけど、っと」


 化粧を終えたメルルは、ヴェスティアを立ち上がらせて姿見鏡の前へと連れていく。

 

 鏡の中には、黒いフリルが広がる、紫を基調としたドレスを纏う、黒髪の淑女が佇んでいた。

 シルクのような光沢、開かれた胸元を飾るのは黒い大きなリボン。

 袖は肘下のフリルを境目に広がるように流れ、首にはレースチョーカー、結いあげられた髪には小さな花飾りが色どりを添えている。


(なんだか……魔女みたい)


「う~ん! やっぱ魔女見習いなら魔女っぽい衣装はお約束よね! アンタって鼻梁がスッとして頬もシュッとして瞳がドーンッな顔立ちだから、大人っぽいメイクがとってもバッチグーじゃないの!」

「確かに、いつもより……」


 いつもは、明るい系統のドレスで化粧も可愛い系だった筈だ。化粧や衣服の趣味など持たないヴェスティアでも、この系統はどこかしっくり来る佇まいだと感じた。

 

「さーて、それじゃ装いもパーペキって事で、一仕事いきましょうかしら〜!」

「え、ええと、お、お手柔らかに……」


 という訳で、身支度を終えてファーショールを巻いたメルルと共に、酒場へと出る事になった。


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