最終話 スナック・グランメルルの日常
――それは、遥かな過去の話。
扉を荒々しく閉めたラライアは、息つく暇もなく部屋中の棚を倒し、それを次々と扉の前に置いてはバリケードにする。かなり心もとないが、無いよりはマシだ。
途端、扉の向こうから、けたたましい怒声が響いてくる。
幾度も叩かれるその音に、息を荒げながらも、彼女は自嘲気味に笑った。
「はっ、まさか……婚約者に裏切られるドゥータス令嬢とはね……生まれ変わっても尚、同じ事の繰り返しかい……」
暗い声色は、どこまでも深い絶望と諦観を乗せている。幾度、このような目に遭えばいいのか、ラライアは自身の運命を呪った。
しかし、ここへ閉じこもったは良いものの、脱出口は無い。先ほど裁判所で死刑を宣告された身であり、なんとか隙をついて逃げ出してきたが、このままでは逃亡罪によって即座に処刑されてしまう。
菫色の瞳を陰らせながら、部屋へ視線を巡らせて、次いでそこが何なのかを悟る。
「窓一つない地下に、この召喚陣……まさか、ここは召喚部屋、か?」
この世界では、魔法具と呼ばれる特殊な道具を用いた、超技術が存在している。人を癒したり、瞬間移動したり、まさに魔法のような事を行える夢のような道具が存在しており、誰もが扱うことが出来るのだ
教科書でも見たことのある召喚陣と、その隣に鎮座する機械にも似たそれは、おそらく異世界から生物を呼び寄せる魔法具であろう。
それに近づいて、眉を顰めながらも、首を振ってから装置を動かしてみる。
「異世界の存在、果たして人間か、それとも化け物か……」
知性ある存在は賢者とも呼ばれ、その知識を求めて呼ばれることもある。当然、相手を帰す方法は無いので、事実上の人攫いに等しい行為だったが。
だから、召喚装置の使用は既に国際条約で禁止されている。
にも拘らず、ここにそれが存在する事に、ラライアは思わず皮肉げな笑みを浮かべた。
「選民思想の強い誉れ高き王国も、所詮は非人道的な実験を裏で行う下種の集団だったか。まったく、従兄弟殿も人が悪いねぇ。可愛い妹分のあたしに教えてもくれないなんて、ね!」
最後にスイッチを叩き押せば、それは不可思議な音を発しながら発光し始める。
「所詮、これから殺される身だ。だったら、ただ死ぬなんて可愛げのある死に方は柄じゃない。あのクソッタレな妹に一矢報いてやらなきゃ、死んでも死にきれない」
血の繋がった妹、愛らしくも蟲毒の美貌を披露し、ラライアと同じく前世を持つ、異常なる魔女。
かなり用意周到な準備をしたのか、婚約者であった男を篭絡し、彼と共に王太子殺害の罪をラライアへ被せ、世界全てを滅ぼしてやると言い放ったあの女は、あまりにも邪悪だ。
もっとも、世界の事などよりも、ただ単純に、ラライアは気に食わない。
「なんでもいい……奴らをぶっ飛ばせる力を持つ存在を、強大なる化け物を……!」
やられっぱなしは性に合わない。
あのいけ好かない小娘の鼻っ柱を殴り飛ばさないと、自分自身のプライドが許さない!
実に利己的なそれに己の全てを掛けて、ラライアは陣へ向かって叫んだ。
「誰でも良い! このあたし、ラライア・シェザル・ドゥータス=レムシールの命と引き換えに、ここへ、あの魔女をぶっ倒す存在を!」
――刹那、その声に呼応するかの如く、部屋中に雷が嵐の如く吹き荒れた。
叫ぶラライアが吹き飛ばされ、壁にぶつかって落ちる合間にも、召喚陣はすさまじい轟音を奏でながら、何かを生み出していた。
ラライアは、菫色の瞳を見開いて、それを目にした。
雷光と共に現れ出でたのは、朝焼け色の鱗を持つ、大きなドラゴン。
既に絶滅寸前な筈のそれは、異界の門を通り抜け、この場にて降り立っていたのだ。
……ドラゴンはゆっくりと赤い瞳を見開いて、その恐ろしい形相でラライアを睥睨した。
『……この俺を呼び出したのは、貴様か。身の程知らずの人間よ』
脳裏で声が響く。それが眼前の存在の声だと、本能で理解した。
ラライアは、相手から溢れる強大な威圧感に後れを取るまいと、震えながらも立ち上がり、不敵な笑みを浮かべた。
「そうさ、化け物。あたしが召喚したからには、言う事を聞いてもらうよ」
『……貴様のような存在が? この俺を使役するだと? 馬鹿も休み休み言うのだな、小さき者よ。今この場で、貴様を脳天から食い殺してやろうか?』
「じゃあ、あたしの命と引き換えだ。それを対価に、あたしの願いを叶えてほしい。なぁに、大したことじゃないさ。この後ろの小うるさい連中と、あたしのいけ好かない妹をぶっ殺してほしいのさ」
ラライアの言葉に、ドラゴンは少し怪訝な顔をしたが、しかしすぐに笑った。
『ふん、尊大な娘だ。だが、貴様は想像以上に美味そうな気配がする。ならば……』
「ああ、やってくれた後に、あたしの体を好きに食いな。抵抗はしないし、約束を違えるつもりはないと、このあたしの魂に掛けて宣言してやる」
双方は睨み合うように見つめ合い、そしてドラゴンが先に首を傾げる。
『ドラゴンと取り引きをするとは、面白い人間だ。ならばよかろう。貴様の望み通りに人間共を殺しつくし……そして、』
咆哮を上げるドラゴンは、気圧されもしないラライアへと近づいて、グルグルと喉を鳴らしながら顔を寄せた。
『そして、貴様を食い殺してやろう』
その言葉に、ラライアは、二度目の死を前にしても尚、笑った。
「ああ、楽しみにしているよ、化け物」
・・・
――ここはスナック・グランメルル。
開店準備に奔走する店内では、いつもの姿のラライアが煙管片手に帳簿を付けていた。
そのすぐ傍で棚を整理しながら話を聞いていたヴェスティアは、老婆のラライア……もとい、ノエスの言葉に仰天していた。
「え、使い魔って契約すると、人化ができるようになるんですか?」
「そうさ、必ず覚えることになる」
なんでも、魔女とは異世界の契約者との間に子を成すのが役目で、この世界の人間とは子を成せないらしい。ならばどうやって子を成すのかというと、契約者である使い魔を人型に落とし込んでしまおう、という訳である。
女王であった過去を思い出し、ノエスはアマルを見ながらしみじみと呟く。
「こいつはこの通り、人の姿になっても人の世の理なんてなーんにも知らないからさ。星落としの後、国起こしをする段階になって誰が王になるかってんで、満場一致であたしが女王になったってわけ。で、世継ぎも必要だからって、面倒なことに子供もこさえることになった。まったく、腹に子供なんて抱えたまま政務なんてするもんじゃないねぇ」
政務関係はこれっぽっちも役に立たなかった、とノエスは愚痴る。
同じくグラスを磨くアマルもまた、天を仰いでポツリと呟く。
「カティエスとシャンサール、優秀な息子達だったな。カティエスの背には俺と同じ翼があったせいで、王にはならなかったが」
「そういや、周囲から竜王とか言われてたね。ブレスを吐いたり喧嘩したりと、ヤンチャばっかりだったが、まさかドラゴンの女王と番いになるとは思わなかったよ。あたしの血がドラゴンにも流れてると思うと、なんとも不思議な気分だねぇ」
そのせいか、時折、ドラゴンから生まれつき人型の姿を取る者もいるという。八百年も経てば、その血がどこまで広がったのか、もはや魔女でもわからない。
そんな話を聞かされて、ヴェスティアは遠い眼差しでため息を吐く。
「はぁ、使い魔かぁ……私も契約するのかなぁ。もっと大勢の使い魔を見てから、選んでみたいんですけど」
「本来、こことは少し違う座標にある、魔女の集まる世界で学んで契約していくものなんだけどねぇ。あんたは隠されたままこっちで育ったし、その性質じゃあっちへは行けない」
魔女の世界という物があるのだが、その発祥は五百年程度。四大魔女が作り出した世界は、されど魔女の卵を狙う外部からの脅威を恐れ、魔女の評議会が認めた存在しか入ることを許されない。未だ、名前に闇が付くヴェスティアでは、性質が危険すぎるとして許可が下りないのだ。
「ま、あたしがフォローしてやるから、あんたの好みで見つけりゃいいんじゃないかね。召喚方法を教えるから、あたしの監督の元でいろいろ召喚してみな。でも、人型になりたがらない奴らも居るだろうから、そこは交渉でハッキリさせときなよ」
「う~ん……ドラゴンと契約すれば、スムーズに人型になってくれるんでしょうか」
ヴェスティアが見れば、ドラゴンのアマルティスは気にもせずグラスを拭いていた。神経質なのか、曇っているのが気になる様子である。
どだい、ドラゴンという種族らしくない姿に、意外な目線を向けるのだが、当人は気にもしない。
「アマルはドラゴンだが、この世界のドラゴンとは種族が違うからねぇ。よく似た、別種の生命体だよ。ドラゴンだからって必ずしも人型に抵抗が無いとは限らないし、知能が低い場合もある。ほら、ワイバーンとか、そういうのも召喚できるから」
魔女が異世界の存在を召喚する目的は、契約以外だと日常の手伝いというケースもある。大勢と空を飛ぶ為にワイバーンを召喚したり、凍れる湖を溶かすために炎の魔人を呼び出したり。
魔女の召喚に応じる存在は、対価として魔女からエネルギーを貰い受けているらしい。魔女が『世界』と呼ばれる存在から受け取る強大なエネルギーを、召喚物へ与えているのだ。
だから、召喚物は魔女の命令を聞き、気に入らなければそのまま帰るだけだという。召喚時は機嫌が良いので魔女を襲う心配もないと聞き、ヴェスティアはちょっとホッとした。
「できれば可愛いのがいいですね。もふもふっとしてて、犬みたいな子が」
「あらぁ、犬って良いわよねぇ。この世界の犬って長毛種ばっかりだから、ちょっと違和感あるけど」
酒を仕入れてきたメルルがやって来た。流石は肉体的男性なだけあるのか、両手で酒瓶の箱を楽々と持ってくる。
「それはそうと、ママ。あれ、ほっといていいの?」
そのメルルが指差す先には、テーブル席で喧々囂々と言い合う男女の姿。片方は情報屋のサッツである。ノエスの遮音の魔法によって声は聞こえてこないが、かなり激しく言い争っているようだ。
それを眺めて、ノエスはプカリと煙を吐いた。
「前世の言葉に、夫婦喧嘩は犬も食わないってあるし。ほっときゃ良いのさね。いつもの事だし」
「いつものこと、なんですか」
それは元気だなぁ、と呆れながらも、こうなった経緯を思い出す。
そもそも開店前だというのにサッツがここへ来ていたのは、魔女ヴェスティアの誕生の噂を聞きつけて来たからである。当然のようにノエスの正体を知る男は、魔女の卵を拝もうと興味津々でやって来て、その正体に納得し、ついでに根掘り葉掘りヴェスティアから話を聞き出そうとしていた。
その代金代わりに、取り潰された実家の使用人たちの話を聞いたのだが、誰も彼も、碌でもない結末を迎えるらしい。魔女ヴェスティアをアイシャと共に苛めていた光景が大写しにされていたので、魔女を恐れる貴族達から徹底的に干されるだろう、とはサッツの言である。
彼らのあまり宜しくない顛末を耳にし、未だに抱く罪悪感と、同時に留飲が下がる思いがするという、複雑な心境をヴェスティアは抱いていた。まだ、魔女にはなり切れていないようである。
そんな話を開店前にしていた最中、殴り込んできたのは、彼の妻だという女性。かなり嫌な顔をしたサッツへ、彼女は眦を上げて食ってかかったのだ。
その時の言い合いは、以下の通り。
「いつもいつも家にも帰らないで何ほっつき歩いてんのよアンタ! うちには腹を空かせた可愛い子供がいるんだからね! とっとと帰って来なさい!」
「成人してて可愛いもクソもあるか! だいたい金は入れてんだからどこほっつき歩いてても問題ねぇだろ!? こっちにも付き合いってもんがあるんだよ! 女が男の行動に口出すんじゃねぇ!」
「はぁ!? 家庭を女任せにして戻ってこない男はただの碌でなしじゃないのさ! 口出しされたくないのならもっとシャッキリしな! だいたいね、二言目には男だなんだと言い訳ばっかりしてるけど、アンタはただ家から逃げてるだけじゃないの! 男のくせに逃げてばっかりでみっともないんだよ!」
「女のお前がうるさいからだよ! ガキ共ももう成人してんだから、てめぇの事くらいてめぇでやりゃ良いだろ! 俺が帰ろうが帰るまいがどうでもいいだろうがよ!」
「どうでも良いわけないだろう! 血の繋がった父親のくせにその程度のこともわからないってのかい!? これだから男は!」
「なんだと!? お前だって女のくせに!!」
という言い合いの最中、ノエスの魔法で聞こえなくなったので、以降は何を言っているのかはわからなかった。
が、聞いていたヴェスティアとしては、
(男、女……性別で相手を貶しているみたいだけど、結局はその人の人間性の問題なのでは)
という意見しか出ない。
男でも女でも、嫌な奴は嫌な奴だ。アイシャにアルストール、父や家庭教師のご婦人方に、自身へ嫌がらせを働いた者達も、皆性別に関わらず嫌な奴らだった。
(傍から聴いていれば、男のくせに、女のくせにって、不毛よね。相手を簡単に貶せるから、相手も同じように返すだけで堂々巡りだし。やっぱり、ピンポイントで相手のダメなところを指摘した方がダメージが大きいと思うわ。殿下にはっきり『気持ち悪い』って言った時の顔、あれが一番ショックが大きかったようだし。うん、やっぱり時代は急所を一撃、ね!)
サッツには「男のくせに」よりも「家庭を顧みないせいで居場所が無い、うだつの上がらない浮浪者予備軍のダメ人間」と言った方がきっとダメージを受けるだろうに、と、ヴェスティアはうんうんと頷いていた。オーバーキルが過ぎる。
そんなヴェスティアを眺め、ノエスは(また、変なことでも考えてるんかねぇ)などと思いつつ、痴話喧嘩を無視して続けた。
「ま、あいつらは置いておいて。ヴェスティア、明日はメルルと似たような連中が出る日だから、あんたは休業日だ。渡した魔導書の復習するから、きっちり覚えておきな。できれば、仕事中にも浮遊の魔法をできるようになってもらいたいからね」
ヴェスティアを店に出す理由としては、他事をしながら魔法を扱う魔力操作の向上目的や、彼女自身の人生経験を積ませる為、あとは自分の食い扶持を稼がせる為である。軽い仕事ではあるが、その分、魔女としての座学はみっちりやるつもりである。
なんといっても、彼女は自分の後継者なのだから。一人前になるまで教育とアフターケアは万全にしなければ、魔女ラライアとしての名が廃るのだ。
「それと、魔力の循環は常日頃から出来るようになると、魔法を使うのが楽になるんさね。明日、教えてやるから自分でも試してみな」
「あ、はい。魔力の循環……まだ感覚は掴めてませんが、頑張ります」
軽く教わった座学の内容を思い出しながら、ヴェスティアは魔力のなんたるかを理解しようと努める。パーティでの感覚を思いだせば、その内にわかるようにはなるだろう。
と、そこでドアベルがカランコロンと鳴って、誰かが入ってきた。
それは、緑帽子の金髪エルフである。
「やあやあ、噂を聞きつけてやって来たのだよ諸君。ここは相変わらず穏やかな魔力の循環をしているねぇ。まるで故郷の森のようだよ」
森とはかけ離れた痴話喧嘩が真横で繰り広げられているが、クオンは気にしていないようだった。
吟遊詩人エルフの登場に、ヴェスティアは喜色を広げて出迎えた。
「クオンさん! ノエスさんから聞きました。あの杖、作って頂いてありがとうございました!」
「ああ、どうやら気に入ってくれたようだね。あれは我が森の聖域に生える、神樹の枝を手折って作った物さ。我らエルフ一同、魂を込めて魔女のために削った杖。きっと君の生涯の相棒となろう」
「はい、ずっと大事にしますね」
そう言って、ヴェスティアは自身の指に嵌まった、黒い指輪を撫でた。
ヴェスティアの黒杖は、いつもはノエスの形質変化の魔法によって、指輪となって指に収まっている。黒い指輪は念じるだけで、魔女の杖となるのだ。
その指輪を見て、クオンは満足そうに微笑みを浮かべる。
「顔色も良くなったようだ。綺麗さっぱり過去を清算できたようで何より。これからは君のために人生を歩み、一つずつ美しい物を見つけていくといいさ。そうすればきっと、暗い想いも消えて無くなるだろうね」
暗い想いと言われ、ヴェスティアは小首を傾げた。
……しかしその胸中の奥深くで、魔女のヴェスティアは、暗い瞳で世界を見ている。彼女の無意識の奥底に澱む、厭世的で破滅願望を抱く、嘆きの塊。
他者の都合で失われた自身の時間、世の理不尽を嘆くそれは、決して表には出てこないヴェスティアの本心の一部だ。
クオンはそれを悟っているのか、いないのか、取り出したハープをポロロンっとかき鳴らす。
「では、祝杯代わりに一曲。少し早いが宜しいかな?」
「好きにしな」
ノエスの言葉に、クオンはステージの上に立って、楽曲を弾き始める。まるでバラードのようにしっとりとした歌声で奏でられるそれは、貴族のパーティで披露されても遜色ないレベルだろう。
それを、瞳を輝かせたヴェスティアは夢中になって聴いている。今まで聞くこともできなかったそれを、子供のように幼い顔で。
「美しい物、ね」
それを眺めながら、手が止まっている事にあえて注意もせずに、ノエスは煙管を吹かして自身の相棒を見やる。
アマルティスはその視線を受けて、少しだけ眉を上げた。
「どうした」
「いや? ……あんたが、あたしの相棒で良かったって実感しているところさね。ま、初対面で食い殺してやる、なーんて言われたけどねぇ」
「……若気の至りだ」
ノエスは、冤罪と前世との違和感によって全てに絶望し、諦め、自暴自棄に自殺をしようとした、かつての若い頃を思い出す。
当時、まだ文明が崩壊する以前に存在していた召喚装置にて、自身を食い殺すような怪物を望んで召喚したのは、恐ろしいドラゴンだった。死刑を言い渡され、追手のかかる最中、装置から現れたそれは、ラライアの命と引き換えに理不尽の全てを吹き飛ばしてしまった。
あまりにも短絡的すぎるそれは、各国が彼女を悪しき魔女として断定するのに、無理もない流れであっただろう。
ついでに、ラライアが無意識で契約をしてしまったせいで、ドラゴンと魔女の命が同化してしまい、食うに食えなくなったというオチもある。
そこから、黒き魔女とドラゴンの物語が始まった。
――その出会いから、もう千年。
「裏切られ、陥れられたあたしの暗い想いは、未だに消えることはないが、それでも灯火を見つけることはできた。倦怠や退屈の中でもそれを見失わなかったのは、あんたの光さ、アマル。改めて、装置から出て来たのがあんたで良かったと、そう思うよ」
「……それまで見下していた人の世も、思った以上に愉快な物だと、ここへ来て知った。お前と共に世界を歩み、美しい光景を見つける事は存外、俺にとって有意義だったようだ。人という生物が悪くないと思えたのは、お前が呼び出してくれたからだろう」
「はは、それじゃ、そう思い続けることが出来るよう、踏ん張るとするかね。あんたがいる限り悪堕ちもできやしないんだから」
そう言って屈託なく笑う老婆を、アマルは目を細めて見つめる。
外見などどうでも良い、姿形などに意味はない。
ただ、星の魔女すら救わんと手を伸ばす姿に、どこまでも強くあり続けるその精神に、ドラゴンは恋をしたのだ。
夜明けのドラゴンが愛する黄昏の魔女は、新しい目標を見つけたように、輝ける瞳で明日を向く。
「それじゃ、あたしのような女が生まれないように、これからを歩くひよっこ魔女のため、美しい光景を見つける手助けでもしてやるとするさ。新しいことに挑戦するのは、いつだって楽しいもんさ。なぁ、アマル」
「そうだな。次の美しい物を見ることができるのならば、やる価値はあるだろう」
そう言い合い、一人と一頭は密かに笑い合う。
そして老婆は、今日の仕事をすべく、明るく手を叩いた。
「さあ、あんた達! 遊んでないでそろそろ開店するよ! サッツ、痴話喧嘩は外でやりな! クオン、歌は結構だが妖精共の悪戯には注意! メルルとヴェスティア達は席の用意! ほら、チャキチャキ動く!」
「あ、は~い!」
「さ〜てみんな〜! 今日もブリバリ頑張るわよぉ〜!」
鶴の一声のように、我に帰った一同は慌ただしく動き出す。
そのどこか明るい喧騒に、暗い闇など見えるはずもない。
『スナック・グランメルル』
その看板は、本日も王都セカンドストリートの、とあるドアノブに、ひっそりと掲げられている。