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第十一話 四大魔女


 空の果て、世界と世界の境目には、白い空間がある。次元の狭間と呼ばれるそこは、唯人では決して至れない結界となっているのだが、そんな場所に紛れる様に、一つの建物が存在している。


 世界を見下ろせる天上の空中庭園、花咲き乱れる、穢れを知らぬ虫や植物たちが自由気ままに永遠を生き続けるそこで、一人の魔女が現れた。

 黒髪金瞳の美しい魔女、ラライアである。

 彼女は東屋に座ってから、煙管を一振りして、テーブルの上に様々な料理を出現させた。


「記録した物を再現する魔法。便利っちゃ便利だけど、自分が出すと、どうにも味気ないんだよねぇ」


 自分の記憶の中の味ではあるのだが、何かが足りないと思う。きっと再現できぬ何かが存在しているのだろう、と、ぷかぷか浮かぶティーポットに紅茶を入れさせながら、煙管を咥える。


「幸せになるケーキとかお菓子とか、まだまだ研究が足りないねぇ。……それとも、新弟子に研究させてみるのもいいかもね。新しく見識が広げられそうだ」


 などと言っていると、不意に庭園で赤く燃えるような輝きが現れ、人型となって降り立った。

 その人物は周囲を見てから、ラライアへ目線を合わせて、口を開く。


「うむ、時間前だな。急な招待にいささか驚いたが、何用なのだ? ノエス(黒き)・ラライアよ」

「お、やっぱ一番乗りはあんたかい、ヴォレスティエラ」


 くしゃくしゃの真紅の長い髪を翻すそれは、まさに益荒男のような女性。厳めしい顔に、朱色の瞳、傷だらけの鍛え上げられた体躯。どだい、女性には見えないが、彼女はれっきとした魔女である。

 赤い巨大な槌で地面を付き、長身というよりは巨体を縮こませながら、自身の席へと座る。

 彼女こそが、

 『リュ・エヴェ・ドレア(輝ける紅槌)=ヴォレスティエラ・(にして灼炎)クルーア・ヴェナ(鴉の魔女)』。


「相も変わらず真面目だねぇ。時間きっかりに来なくとも魔女なら少しは遅れてもいいのに」

「生憎と、約束事を破るほど耄碌はしておらぬ。ラム(白き)・キンラカンティではあるまいに」

「ま、そうだね。あれくらい不真面目なら、人生楽しそうだとは思うよ」


 紅茶を出せば、ヴォレスティエラは礼を述べて、茶を飲み始める。何百年生きても謙虚なそれを、ラライアは好ましく思っていた。どうにも人は長く行き過ぎると図々しくなるというか、感性が削れていくものだ。


「あ~ら、今まさにこのアタシちゃんの噂話をしてたでしょう!? そうでしょう!? ふっふ~ん、さすがはアタシちゃん! 魔女の間でも噂でもちきり~!」


 と思っていれば、まさに人間性が削れまくった問題児が到着したようだ。

 ボボボンっと派手な爆発とキラキラエフェクトで現れたのは、星を抱く蝙蝠リュックを背負い、白髪をポニーテールにした、ロリータファッションの幼い美少女である。

 彼女は決めポーズしながら、どこぞの魔法少女のように口上を切った。


「キラキラ綺羅星キンラカンティちゃん、満を持して大登場~! 貴方のドたまに、星を投げつけちゃうぞ☆ あ、お二人さんやっほっほ~!」


 星マークを物理的に飛ばしながらやって来たのは、

 『イスノ・ラム・アスタ(夜なる白指に)ス=キンラカンティ(して宝星)・ベルシャ・ヴェナ(蝙蝠の魔女)』。

 年を感じさせぬ少女はニシシッと笑みを浮かべて、ふわふわ浮かびながら人の肌とは思えない白い指で、ラライアの髪を触る。


「あ~んもう、ララっちったら今日もキレイなカラスの濡れ羽色~! 一方、見てよアタシちゃんの白い髪! 今日は白いクリームを塗ったくってきたからフワフワだけどベットベト!」

「また変なことをやってるねぇ。髪が痛むよ」

「いいんです~、アタシちゃんの指の一振りで綺麗さっぱりなんだから! それにこれは健康に宜しいような気がすると良いなって感じのアレの一環よ!」

「つまりは気まぐれだな。バカげたことをしている」


 茶を飲みながらのヴォレスティエラの簡潔な一言に、キンラカンティはぷくーっと頬を膨らませる。


「その点、ヴォレっちは相変わらず痛みまくってる髪してる~! (髪は女の命です……もうちょっと手入れをしてあげて……)って前世のアタシちゃんがナヨナヨしてるわよぅ! 手・入・れ! 手・入・れ!」

「興味がないな。我は武に関わらぬ事には気が向かん」

「ほらもう~この脳筋メスゴリラは~マジでありえないと思わない~? ねぇララっち! 魔女なら手入れはしなさいって説教してあげてよね~! うちらの最年長者さまなんだから~!」

「やっぱ、あんたが来ると賑やかだねぇ」


 場の温度が十度くらい上がったような気がする、と、ラライアは呆れながらケーキを口に運んだ。やはりどこかが物足りない。

 一方、キンラカンティは席についてから、テーブル上のお菓子というお菓子を摘み始める。チョコパフェにキャラメルケーキ、クリームたっぷりカスタードプディングという虫歯になりそうなそれを頬張る姿は、どこから見ても子供である。そもそも、彼女のリクエストがあるからこそ、こうして好きでもないのに出しているのだが。


「さてさて、一方、遅刻は常習犯のセイラーノかい。こりゃいつもみたいに呼ばなきゃダメそうだね」

「どうせ今日も昼寝三昧に夢三昧、叩き起こしたところで問題は無いでしょ〜! でもよく寝るわよね〜あの人! 一日二十四時間は寝ないと体調悪くするってやつ?」

「目覚めているほうが珍しい女子だからな、あやつは」


 ラライアが面倒臭そうに煙管を振れば、泡を飛ばしながら凍れる美女が現れる。波間に漂うかのように、氷の中でプカプカ浮かんで眠るのは、長い青髪の美しい淑女。

 一切の反応がない彼女は、

 『タル・ルーナ・ドウ=(明けの青杖に)セイラーノ・シ(して夢幻熊)シュア・ヴェナ(の魔女)』。

 そんな眠れる氷が席についてから、ラライアはまったく気にも止めずに話し出した。


「それじゃ始めようかね、四大魔女をこうして招集したのは他でもない。魔女の手によって、国家を揺らがす事態が起こったからさ」

「だってさ〜、聞いてる? セイラっち?」


「……」


 ポコポコと泡が漏れて微かに目が開く。泡の浮かぶ群青の瞳は、微睡みながらもラライアを見ていた。


「起きてるようだから続けるけども、ついでにあたしの後継魔女もできたから、その報告も兼ねて」

「えっマジマジ!? ララっちの後継者が遂に出たってぇ!? うっわ〜おめでたじゃ〜んおめでと〜!」

「うむ、めでたいことだ。これにて、ノエス・ラライアもようやく隠居できるわけだな」

「うちらの中で唯一、俗世に関わってるのってララっちだけだったしね〜! やっぱアレよね、黒の魔女って生まれにくいっぽいのよね〜! で、明度はどんなもん?」

「真っ暗」


 魔女の性質、それは『獣』や『煙』、『星』や『夢幻』のような形質と、属性を表す色、そしてその心の明度によって表される。形質は生まれ持った魔力の形だが、明度とはつまり心の良し悪しである。

 当然、暗いほど心は破壊願望を持つ、悪に近い。


「わっほ〜! アタシちゃんの同類が現れて、しかも顧問魔女とかマジうれぴー! ねぇねぇ名前は? 歳は? 好きな物と好きなお菓子と好きな人の特徴とあとそれと」

「落ち着きなっての。あんたとは似ても似つかないから安心しな」

「え〜!」

「ふむ……ラム・キンラカンティ。ノエス・ラライアが保護する以上は、貴様は手出しできぬ。間違っても攫おうなどと思うでないぞ」

「な〜にその言い草〜! アタシちゃんだってねぇ! 人様の子を洗脳して自分のものにして閉じ込めようなんてヤンデレ思考はしませんよ〜!」

「しかねないのが、お主の性格であろうに」


 ため息まじりのヴォレスティエラに、キンラカンティはニマーッと笑みを深める。


「でもねぇ、その子が自発的に来るのは問題ないんでしょ? 同じ暗き闇を歩く魔女同士、通じ合うものがあると思うのよねぇ。アタシちゃんは来るもの拒まず去るもの許さず、一度手に入れた子は永遠に大切にしちゃうんだからねぇ」

「やってみな。あたしの目の前で、できるものならね」


 挑発的なラライアの物言いに、キンラカンティはしばし無言で目を細めてから、破顔するようにクスクスと笑った。


「ウソウソ、冗談よ〜ん! いくらアタシちゃんでも大好きなララっちの機嫌を損ねるなんて、怖いことしないのよね〜! それに、アタシちゃんが惚れ込んでるのはララっちだけなんだから〜!」


 ラライアへ抱きつきながらも含み笑う小さな魔女に、ヴォレスティエラは心底から呆れたように眉を歪めている。


「偏愛嗜好は理解できん」

「慣れれば苦でもないさ」


 さらっと言い放つラライア。流石は最年長、落ち着き具合が半端ではない。

 と、そこでポコポコっとセイラーノが泡を発した。声なき声を読んで、ラライアは思い出したように口を開く。


「そうさね、セイラーノ。うちの国を騒がせた魔女の方についてだけど」


 概要を掻い摘んで話しながら、煙管を振る。

 すると、真横に黒い檻が現れ、その中に二人の人間が捕らえられていた。

 一人はアイシャ、もう一人はボロボロのナーゼス伯爵。


「こ、ここはどこよ……だ、出してよ、ここから出して……!」

「く、こ、ここは……まさか……!」


「……へぇ〜! 国家転覆を図る悪しき魔女! その性質は如何ほどなのか・し・らっと!」


 席から浮遊したキンラカンティは、ジロジロと檻の中を眺める。面白いおもちゃを見つけた時のように、無邪気に輝く星を宿す瞳は、無遠慮にアイシャを観察する。

 その視線に、目の前の相手に、アイシャは怯えながら身を縮こませた。


「だ、誰、アンタは誰よ……!? わ、わたくしをどうしようっての!?」

「……ん〜、んふっふっふ! 桃色で、形質は無し、できるのは魅了の魔法だけねぇ。ん〜〜ダメ! ぜ〜んぜんダメ! 魔女としては未熟すぎて涙が出てきそうなほどにショッボい能力だわぁ。これが国家転覆ぅ? その辺の犬の方がまだ頑張れば権力者を殺せそうじゃないのぉ?」

「な、何よアンタ……!! この、わたくしを……そんな目で見るんじゃないわよ!」


 アイシャの目が輝き、桃色の魔力が放たれ、


「…………ん〜! ゲロマズっ!」


 それを、キンラカンティは綿飴のように指一つで絡め取ってから、パクリと食べて一言。 

 舌を出すその評価に、アイシャは開いた口が塞がらない。


「な、何を、したのよ……わ、わたくしの魔法を、今……た、食べた?」

「なな何をしているのだ小娘が! このお方が誰なのか貴様は知らんのか!?」


 アイシャの行動に目を剥くナーゼスは、何も知らない彼女へ血相を変えて怒鳴りつける。


「星堕としの魔女、八百年前に世界を滅ぼそうとした最悪にして災厄の魔女だぞ! そのような魔法が効くわけがなかろう!!」

「え、え……?」


「あぁら、その名前は好きじゃないわねぇ。アタシちゃんが星を落として世界をドーナツ型にしたのは事実だけどぉ」


 ニマリ、とキンラカンティは笑みを浮かべて、檻越しにアイシャの頬を撫でる。


「それで、アンタはこの魅了の魔法で、世界を好き勝手できるって思ったの? ねぇ一つ聞いておきたいんだけどさ、アンタと同じか、更に強い力を持つ存在がいないって本気で信じてたの? それって他人を舐めすぎじゃな〜い?」

「そ、そんなの、だって、そういうのがテンプレじゃない……神様に力を貰って、別世界でハーレムを作るのなんて、ありふれてるわ。き、きっとわたくしだけじゃないわよ、こういう事をしてるのは」

「ふ〜ん? 神様に力を貰って、ねぇ。それって魔女と似てるわよねぇ。だってアタシちゃん達は、この世界から魔女としての権限を貸し与えられているんだからね。でも、ハーレムなんて悍ましいことを、よく考えるわね〜。どうせバケモノだらけになるのに」

「え、な、何を言ってるのよ……」

「あれ、知らないの〜? 魔女はね、契約者、つまり異世界のバケモノとしか、交わうことが出来ないのよ」 


 アイシャは呆然とした顔で、今聞いたことを理解しようとしている。しかし何度反芻しても理解できないようで、更に青褪めていく顔で、口端を引き攣らせた。


「ど、ど、どういうことよ!? ば、バケモノとしか、交わえないって……」

「だから〜……あそっか、そもそもだけど、魔女ってなんで女しかいないと思う? それすら知らないんでしょ?」


 魔女とは、人の形をした人外の法則を持つバケモノだ。肉体を破壊した程度で死ぬことはできず、老いも病も無い。

 どだい、人間とは言えない存在。それが魔女。

 

「アタシちゃん達はこの『世界』に、魔女としての力を与えられているってのは、さっき話したっしょ? この世界はとーっても不安定で、いつ破裂して壊れてもおかしくないくらいに歪んでて、でもそれが普通なのよ。ほら、歪みって聞いた事ない? 土地が一瞬で歪んで消えて、別の土地に捻れてくっつく、アレ。で、この世界はね、そんな歪みで人間がどんどん死ぬせいで生産が追いつかなくて、遂には外からの助力を求めることにしたのよ」


 キンラカンティの語るところ、魔女とは世界が外へ差し向け、契約者という名の異形を引き込む釣り針だという。

 そして魔女は異形と交わり、必ず魔女と似た容姿を持つ、人に近しい存在を生み出す。

 魔女と契約者の強力な力を受け継ぐそれは、血を薄めながらも人々の間に侵食し、歪みによって消し飛ばされずに戻ってくるような、ある種の加護を受けた人間を生み出す。

 そして、その加護を持つ者が広がりきっているのが、現在の人類。

 つまり、魔女とは。


「この世界の人間を強化するためだけの、手っ取り早く言えば産む機械としての役割を与えられたのが、アタシちゃん達なのよね〜。わかったぁ? そんな釣り針が、この世界の人間と交わっても何の意味もないの。だってアタシちゃん達の役割は、人間の血の強化だから」

「な、によ、それ……!」

「だから、普通の人間と交じり合う事が出来ないように改造されてるのよ。人間に色恋を抱いて使命を忘れられても厄介だからね〜。いやもう、ほんっとにクソったれなムカつく世界でしょ〜? 勝手に引き込んでおいて産む機械扱いとかぶっ殺すぞオラァって感じ〜?」


 顔に似合わぬ罵倒を吐き出しながら、されど口は閉じることを知らずに回り続ける。 


「ああでも、愛情だけなら共に存在する事はできるわよ? 体を重ねることはできずとも、子供を作ることはできずとも、愛する者同士が共に居続けることはできるわ。ま、人間がお相手だから、必ず先立たれるわけだけど! そういうわけで、魔女のハーレムってのは肉欲を満たす事もできない下等生物を侍らせるか、契約者というバケモノを率いることを差すのよ〜! 契約者の姿って千差万別よぉ? 蝙蝠や熊くらいならいい方で、中にはしゃべる虫とか爬虫類とかも多いし〜」


 楽しげに言われるそれに、アイシャは震えながらガクリと地面に手を付く。

 爬虫類や虫と交わる?

 それが魔女の役割?

 そんなものは求めていない、そんな悍ましい存在などと聞いていない。

 そう言わんばかりの相手へ、キンラカンティは一切の表情を変えずに笑い続ける。


「だいたいねぇ、転生したからって世界が全て自分のものだと思う方が、傲慢だと思わないの? この世界がアンタの物? 勘違いも甚だしすぎて笑っちゃうけども、この世界はアンタの物じゃないの」


 キンラカンティは、アイシャの髪を掴み、顔を上げさせた。

 アイシャの瞳に写るのは、どこまでも闇を湛えた、星屑の瞳だけ。


「この世界はね、『世界』と呼ばれる意志が握っているの。あいつがアタシ達を生み出したように、その気になれば自由にアタシ達を滅ぼせる。そんな気まぐれで残酷な、巨大な化け物の腹の中なのよ」


 静かな、どこまでも静かな、空恐ろしい声。

 冷や汗が流れるアイシャの耳元で、キンラカンティの声が響く。


「だから、この世界の在り方は間違っているのよ……全ての人間が幸せを得られない世界なんて、あまりにも遅れているわ。そんな理不尽、間違っているもの。全ての存在が平等に、均等に、愛と幸せを補填される幸福の世界にさせなきゃいけないの……そう、アタシの世界のように」


 目の前から降り注ぐ気配に、ガタガタと、アイシャは歯の根が合わないほどに震え始めた。

 眼前の小さな怪物に、その莫大なまでの暗い力の奔流に、魔女としての本能が全力で警鐘を鳴らしているのだ。


「人類はすべて、脳を取り出してカプセルに詰めて保管しなきゃ。ネットワーク上で他人と会話し、多幸感を与える薬剤を定期的に投与するだけで、人間は必ず幸せになれる。戦争も争いも起こさない。定期的な幸福、定期的な交感、何も不安に思わない、痛みも苦しみもない世界」


 どこか恍惚とした、されど飢えているかのように、ギラギラとした瞳が躍る。


「人形のような世界だとアンタ達は言うけども、アタシから見れば遅れているのはこの世界の方。人間は個である限り、必ず欲と理不尽を巻き起こす。なら、人類の意志を統一して万能感に浸り続けていれば、そこに争いなんてないじゃない? 飢えて苦しむことも、実験と称して切り刻まれる痛みも、全てを共有できる人間という名の群体になるの。このクソッタレた出来の悪い世界を、アタシが作り直してあげようってのに、誰も彼も理解しないんだから嫌になるわねぇ」


 その言葉に反応するように、ラライアが口を出す。


「それで星を堕とすんだから、こっちから見れば完全にイカれてるんだよ。世界を滅ぼして新世界の神にでもなるつもりかい?」


 その問いかけに、されど魔女は当然のように笑った。


「ええ、なるわよ? 人間の意志の総体とは、つまり神と同義じゃない? この世界の人間は失敗作よ。人間はもっと美しくなれるわ。花のように咲くことができるはずなの。輝ける星が世界を取り込んで新たなる形を定めれば、きっと世界は美しくなれる。魔女も、人間も、支配者の『世界』すらも消し飛ばして、古い人間達の魂を元に、新しい人類をアタシが産む。そして甘くて幸せで完全で完璧な、あの理想郷を作り出すの!」


 ゾッとするような、穏やかな狂気の願望。

 夜の闇のような瞳には、ただグルグルと巡る小さな星だけが輝いている。


「理想を語るのは結構だが、随分と喋るじゃないかい。ホームシックにでも罹ったのかい? キンラカンティ」


 煙を吐きながら横目で見てくる金の瞳に、キンラカンティは惑星の瞳で見返して、ゆっくりと微笑んだ。


「そうね、カプセルの中が恋しいわ、ラライア。アタシの世界のように、全ての人間は脳を制御される方が幸せなのよ」


 虚無的で空っぽの笑み。

 諳んじるような内容は、ラライアから見れば悍ましいという一言しかない。

 嘆息しながら、ラライアは天を仰ぐ。


「世界が違いすぎるってのも問題だねぇ」


 魔女は、この世界に縛られている。世界を渡ることができるのも、首輪と鎖に縛られた制限付きだからこそ許される。

 だから、前世の世界を見に行くことは許されても、住むことはできない。必ずこの世界に戻されるのが、魔女の業だ。


(幸せしか許されない人間ってのも異常な光景だが、それが普通なやつにとっちゃ、この世界は間違いってことかね)


 おそらくキンラカンティにとって、ラライアの前世の世界に対しても、同じことが言えるだろう。SF世界らしき彼女の前世の価値観から見れば、人間が個で動いている時点で不合理であり、もっとも先進的で正しいのは、彼女の世界の法則だけなのだ。

 異常であり続ける世界に住まうというのは、当人にとって、とてつもない苦痛を齎す。それもまた、前世を持つ存在に付きまとう、永遠に苛まれる違和感のひとつ。

 遅れていると見下す世界だからこそ、もっとも正しい姿にしようと、魔女達でさえそれを押し付け合っているのが現状だ。


(まあ、こいつの場合は完璧な幸福への禁断症状、っていう方が正しいのかもしれないがねぇ)


 麻薬漬けになっていても、元のそれとは全く違う、とは当人の言だ。一時的な多幸感などでは決して満たされないそれは、永遠に彼女の脳を支配し続けるのだろう。まさに幸福中毒だ。

 ヤク中魔女とは笑えない、と、ラライアが胸中で思っている最中、黙していたヴォレスティエラが口を開いた。

 

「前世を持たぬ我には、其方らの苦悩など終ぞ理解できぬが、再び星を落とすのならば受けて立つまで。ラム・キンラカンティ。其方の悩みなど知ったことではないが、暴走するのならば再び我らが止めようぞ」


 それは、下手な同情などどこにも無い、ただ自身の為すべきことを述べる無機質なもの。

 それを見つめたキンラカンティは、一拍の後に、二へラッと笑みを浮かべた。


「…………あ〜〜あ!! 真逆のヴォレっちにそこまで言われるとなんだか癪だわ〜! やっぱアタシちゃんは邪悪なる災厄の魔女って事で〜、ララっちのお弟子さんと仲良しこよしでダンスでも踊りたいわね〜! 共に世界を破滅させるべく悪しき企みなんかしちゃったりして〜!」

「……」

「セイラーノと同じく、我も何が来ようと受けて立とう。我らには、無限の時間があるのだからな」

「だからこうして、無駄話に耽っていられるわけだしね」


 そう言いあう双方は、対立し合いながらも、どこか親しげである。

 永遠を生きる魔女同士、敵対者でありながら、同時に親しき友人でもあるのだろう。


 そして先ほどまでの不穏な空気はどこへやら、次いで楽しく話し合い始めた。


「んで、それはそうと、この泥みたいに暗い魔女はどうすんの〜? そっちのオマケのおっさんも」

「あたしは契約者への生き餌にすればいいと思うんだけど、あんた達はどうしたい? この世界で、魔女の力で好き勝手やった馬鹿と、国から見放された人でなし。どうしようと、あたし達の胸の内ひとつさ」

「そんじゃ〜アタシちゃんは実験したいで〜す! 魔女の力って〜精神が壊れても消えるものかな〜って、前々から気になってたんだよね〜! あ、あと脳をくっ付けてもその怪物は魔女って言えるのかな〜って!」

「悪趣味な。武具の試し切り用の巻き藁代わりで十分であろう。実際の肉ならば、切れ味の如何も分かりやすいというもの。再生を付与すれば百年は使えるだろう」

「……」

「セイラっちは標本だってさ。永遠に氷漬けにして、魔女の博物館に飾ろうって! もちろん意識のあるままね〜!」

「全員、悪趣味に思えるのは気のせいかねぇ?」


 そうケラケラと笑い合う、人外の魔女達の談笑。

 自身の進退を、話のつまみ代わりに決められるそれに、アイシャとナーゼスはただ、震えることしかできない。許されない。


「どうして、どうしてこうなったの……こ、この世界は、私の物だったはずなのに……! こんな、結末……嫌よ、嫌、誰か助けてよぉ……!」

「ああ、もうおしまいだ……! あんな娘など拾わねば良かった……魔女など作らねば良かった……あああぁぁぁぁっ……!!」


 どれだけ後悔しても、もはや遅く。

 この世界で最悪にして最強の存在を敵に回す恐ろしさを、愚かな二人はようやく悟ったのである。



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