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第十話 さよなら、王子様


「おっと、そう言ってる間にも、逃がしゃしないよボンクラめ」


 不意に煙管を振ったラライアの煙が広間を翻り、入口付近で声が上がる。

 見れば、煙が質量を保つかのようにアルストールを縛り上げ、引きずって来た。

 顔色が真っ青の無様なアルストールへ、扇を固く握る王妃が眉を顰めた。


「アルストール、貴方、何故にこそこそと逃げようとしていたのですか」

「に、逃げようなどと……そ、そんなわけないじゃないですか!」

「ではどうして、パーティでこの母へ挨拶もなしに抜け出そうと? 答えなさい」

「そ、それは……あ、貴方には関係のないことでしょう! お、女が男の行動に口出しをしないでいただきたい! これは男である俺の問題なんですからっ!」


 相変わらずな物言いに、流石の王妃も呆れたように長大な、もの凄くながーいため息を吐いて、隣の王を見た。王と王妃は、アイコンタクトで何かを頷き合っているようだ。

 そんな両者を気にもせず、ラライアは次はお前だと言わんばかりに煙管を向ける。


「メインディッシュが終わったから、あとはデザートだ。ボンクラ王子」

「な、なにを……俺の行動は全て悪しき魔女によって……」

「下らない言い訳は結構! あんたの所業が以前から続いていたのは明らかなんだよ!」


 そしてラライアが説明するのは、アルストールの行い。ヴェスティアへの数々の嫌がらせに、それを見て喜んでいたという、暗い性癖を暴露した。

 当然のように非難の声が上がる中、アルストールは歯を食いしばって叫ぶ。


「そ、そのような事実は存在しない! お、俺はいつだってヴェスティアを愛して……」

「魔女の真名に掛けて、あんたはヴェスティアという娘を執拗に苛めていた! 側近達に命じて嫌がらせを行い、悪評を流させて弄んでいた!」


 魔女の印の肯定に、今度こそアルストールは絶句したようだ。

 そして頭上に映されるのは、アルストールが側近達へヴェスティアを貶める噂を流させたり、ヴェスティアの私物を窓から投げ捨てる光景だ。


「そんな男が愛しているだって? どこまでもふざけたボンクラだねぇ、何でもかんでも愛と宣えば女が騙されると思ってるんじゃないよ!」

「こ、このっ……ヴェスティア! 俺は確かに君を愛していたんだ! それはわかってくれるよな!? 君への婚約破棄だって全てはアイシャの洗脳のせいなんだ! 俺を愛している君なら、わかってくれるよな!?」

「……」


 ヴェスティアは、無機質な瞳でアルストールを見ている。

 一切の興味がないかのように、どうでも良さげに口を開く。


「アルストール様、私が貴方を愛しているのだろうと思っているようですけど、全然違いますわ」

「え」

「確かに、婚約当時は愛しておりました。ですが、この五年間、貴方から与えられた所業は私の愛を容易く上回っていたのです。愛なんて、とうの昔に冷め切っていました」

「な、何を言っているんだヴェスティア……」

「贈り物どころか花一つ渡されたこともなく、ドレスの一着も贈られず、影から嫌がらせをされ、挙げ句パーティで私から逃げ回るような男に、いったいどんな愛を抱けと? ただの甲斐性なしのヘタレ男じゃありませんか」


 ズケズケと物を言われて、アルストールは再び言葉が出ないようだった。

 一方、ヴェスティアの告発に、周囲の貴族はざわめいた。


「まぁ、ドレスすら贈られてないなんて……」

「でも我が家の息子から聞いた話では、アイシャへは何着も送っていたそうですわよ? 今夜のパーティでも、王家の紋章をあしらった服を纏っていましたけども……」

「なんと恥知らずな……」


 貴族の世界では、一族に迎えられる者へ家紋を入れた衣服やアクセサリーを送るのは、常識なのだ。その家の物を身につけ、その家に帰属する家族となる事を、周囲へ知らしめる意味合いもある。

 婚約者へそれを行わず、愛人へそれを行っていたというのならば、それはもはや貴族の世界であっても、恥知らずの常識外れ。

 一方、待っていたかのように反応するのは、絶対零度の目線を送る王妃。


「アルストール、貴方、婚約費として幾つもの物品を購入していたようですけど、まさかそれらを横領していたのですか? そのアイシャとやらへ、婚約費を横流ししていたと?」

「ば、バカを言わないでください! 婚約費とはつまり俺の恋愛事に使える費用ではありませんか! アイシャへのプレゼントに使って何が悪いというのです!?」


 大きなため息が二つ、響いた。

 王妃とヴェスティアは、目の前のアホへ心底から呆れたような眼差しを送る。


「アルストール様、婚約費は婚約者へのみ使用できる予算であって、浮気相手への貢ぎ物へ使えるわけがありません。そんな事もご存じないのですか?」

「わかっていた事ですが、お前は本当に馬鹿なのですね。この母であっても、もはや庇いきれません」

「なっ……!」


 戸惑うアホを尻目に、王妃は視線を向ける。

 向けた先にいるのは、王妃の実家であるアンセル侯爵家の当主。

 老齢の貴族は、冷や汗の滲みまくった顔で、王妃を睨みつけていた。


「アンセル侯爵、王太子の教育はこのように失敗していたようですが、責任を取る覚悟はおありですか?」

「なにを……スヴェアノーラ! お、女のお前が出しゃばって、この私を……」

「では、男として、家の責任と共に沈んでくださいませ、お父様」


 冷酷なそれに、親子の情は欠片も見られない。

 そういえば、アルストールの五歳からの教育は全て、王妃の実家であるアンセル家が主導で行なっていたのだったなぁ、とヴェスティアは噂話を思い出す。実の親子のはずなのだが、なにやら確執がありそうだな、と。

 そんな実父をもはや見もせずに、王妃は扇で口を隠しながら、隣の国王へ尋ねた。


「陛下、王太子がこの様子では、次期国王など夢物語でしょう。国の法規すら理解していない王など、国を乱すだけかと」

「……うむ、まさか横領までしていたとはな。我が息子ながら情けない」

「ち、父上まで……!?」


 国王は立ち上がり、鋭い瞳でアルストールを睨め付ける。


「アルストール、此度の騒動と国の予算を着服していた責任により、王太子の位を剥奪する! 更に婚約者であるヴェスティア・ナーゼスを恣意的に貶め、長年その名誉を棄損し続けた事実はあまりにも悪質である。よって王族籍よりも除籍し、国外追放とする!」


 ざわり、と広間が大きく揺れた。今までの勢力図がひっくり返るかのようなそれに、どの貴族もが動揺で狼狽えていたのだ。


「へ、陛下! そ、それはあまりにも厳しいのではないですか!」

「左様ですぞ! アルストール様はこれまで王族としての義務を務め続けていた身……王族籍すらも剥奪するほどの重罪とは到底、思えませぬ!」


 そんな貴族達の言葉に、国王はすっと目を細めた。


「ほぅ、では申せ。我が顔に泥を塗った愚息の行為のどこに、正当性があると?」

「それは……貴族の子息への名誉毀損ならともかく、未婚の女性への嫌がらせ程度、しかも廃絶する家ならばさして問題はありません! ナーゼス嬢に傷を付けたわけではないのですから……」


「愚か者がっ!!」


 ビリビリと、その一喝は広間中の貴族を黙らせた。

 国王は怒りの表情で、言い訳がましい貴族達を睥睨した。


「女ならば嫌がらせをして良いと? 体に傷を付けなければ問題はないだと? では聞くが、この私が貴様らの娘達を連れ出して貶める遊びをしたとして、貴様らは文句は言わぬのだろうな? そのせいで娘達が自刃したとしても、私を責めはしないのだろうな?」

「それは……」

「未婚だから、女だから、廃絶するから。そんな理由で人としての倫理を疎かにするな馬鹿者どもが!! 民は我が体、貴族とて民の一人、罪もない民の心身を戯れに痛めつける行為を肯定する者はこの国、この私への逆心である!!」


 王の一喝に、誰も声を上げることはできない。王太子教育に失敗したアンセル侯爵であっても、それは同じだ。

 その只中で、冷酷な国王は述べる。


「この処遇は決定事項である! 以後、王位継承権は妹のシェリナースが継ぎ、かの者が王太子となる。再び男児が生まれる事がなければ、次の王はシェリナースである!」 


 男系主義のこの国では、まさしく異例の事。

 今までの常識とは全く違うそれに、誰もが唖然となっている最中、アルストールは自身の足場が崩れ落ちたかのように呆然と座り込んだ。何かを言おうとしているのだが、言葉にならないようだ。

 と、そこで彼と目線が合い、アルストールは這いずるようにヴェスティアへ縋り付いてくる。


「ヴェスティア……た、たのむ、どうか、どうか父上へ言ってやってくれ……! ま、間違いなんだ、全部、全部、お、俺が望んでやっていたわけじゃ……」


 どこまでも無様で、独り善がりなそれ。

 ここへ来てまで謝罪の一つもない事実に、期待すらしていなかったヴェスティアは眉を顰めて離れる。


「触らないで、気持ち悪い」

「え……」

「貴方、人間的に無理なのよ。自分勝手に幼児みたいな行動をして、責任が取れなければ俺は悪くない、ばっかり。責任の意味すら学ばなかったのね」

「ヴェ、ヴェスティア……!」

「さようなら。貴方のお綺麗な顔なら、庶民の間でも生きていけるわよ。貴方の見下していた、女みたいな生き方でね」


 相手の手を振り切って、ヴェスティアはラライアの元へと戻った。もはや、振り返りはしない。

 それに、ラライアはプカリと煙を吐きながら、ニヤッと口端を吊り上げた。


「満足したかい?」

「……ええ、いろいろと吹っ切れました」


 もう、俗世に未練はない。

 ぶん殴りたいやつはぶん殴り、ふざけた男は失墜した。もはや、これ以上は何も求めない。


「そりゃよかった。それと、ちょうどいい時間のようだ」


 ラライアの言葉と同時に、ヴェスティアは、ふと入り口から気配を感じて振り向いた。


 同時に、多数の輝ける何かが、広間の中へと踊り込んできた。

 人々が悲鳴をあげる最中、その彩り鮮やかな半透明のそれら……小さな妖精のようなそれらは、ヴェスティアの前にて動きを止めて、それを差し出してくる。


「え、え?」

「来たね。さあヴェスティア、あんたの杖だよ」


 輝ける妖精達に抱かれているそれは、背丈よりも長い、黒い材質の杖。

 複雑な意匠の掘り込まれたそれは、不思議とヴェスティアの目を引き付けて止まなかった。

 自然、手を差し伸べて受け取ったそれは、まるで魂の片割れのように、しっくりと吸い付くように収まっている。

 頷いたラライアは、フィナーレとばかりに声を張り上げた。


「それでは貴族諸兄の皆様方、今宵最後の演目でございます!」


 ラライアが煙管を振れば、周囲に黒い煙が舞い飛んで、不思議な燐光を周囲に散らした。

 まるで花火のように煌めくその中で、ラライアは杖を持つヴェスティアへ向けて、自身の杖である煙管を突きつけた。


「それでは……我が名、スノ・ノエス・セラ=ラライア・アマルティア・ヴェナの名において、『ト・ノエス・ドウ=(闇の黒杖に)ヴェスティア・ヴェナ(して獣の魔女)』たる汝を、今この時より、我が唯一の後継魔女として認める!」


 その瞬間、世界が輝きに包まれたかのようだった。

 天から祝福を捧げるかのように、数多の人ならざる姿がそこにあった。

 空舞う妖精や、小人の精霊、炎を纏った駿馬が広間を駆け抜け、いななきを上げている。

 隣の影の人狼もまた、祝福するかのように遠吠えを上げて後、その体がブワリと実態を保ったかのように現れる。黒い毛並み、赤い瞳を持つ人型の狼男は、まるで仕えるかのようにヴェスティアの足元に跪いて、頭を垂れた。

 その只中で、ヴェスティアは自身の本能で、己の役割を理解する。


 嗚呼、魔女とはこの世ならざる領域とこの世界を繋ぐ、架け橋のようなものなのだ。

 眼の前の存在たちこそが、自分が見守り、声を交わすべき者達なのである。


 魔女の役割を理解したヴェスティアは、黒い杖を掲げてから、コンっと地面を一つ突く。

 刹那、広間中を染め上げるのは、影より溢れる小さな小鳥の群れ。

 黒い小鳥は羽を散らしながら影から影へと身を躍らせ、広間中を巡って去っていく。


「黒き獣の魔女、ト・ノエス・ドウ=ヴェスティア・ヴェナ。魔女としてラライア様の弟子として、この国ゼータシアへ、永久の忠誠を誓います」


 軽やかに王と王妃へ向かって、完璧な一礼を披露する。

 それに、立ち上がった王と王妃は満足げに頷き、胸に手を当てて返礼をする。


「確かに受け取った。新たなる魔女ヴェスティア、そなたの師と同じく、偉大なる魔女となることを期待しよう」

「そして双方が永久の友好を築けるよう、願いましょう」


 知っていたかのような王と王妃の態度に、誰もがポカンと口を開けて見つめていた。

 ヴェスティアは唖然騒然な貴族達へと振り返ってから、再び礼をしながら宣言する。


「この時より、この国の後継魔女となりました、ヴェスティアと申します。皆様方とは国ぐるみで末永きお付き合いとなりましょうが、どうぞよろしくお願いいたします。ああ、既に一部の方には、とても(・・・)お世話になりましたけども、ね」

 

 そう言われ、一部の心当たりのある者たちは、明らかに顔を引き攣らせた。皆、ヴェスティアへ嫌がらせを働いた、家庭教師や生徒たちである。


 その者たちを見回して、ヴェスティアは薔薇が咲いたかのような、見事な笑みを浮かべたのである。



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