第60話
結局一睡もすることなく朝を迎えた。カーテンの隙間から陽の光が鮮やかに差し込んでくる光景が目に映った時は、煌びやかさに思わず心が揺れると同時に、ただの一度も眠ることなく朝を迎えたことが、言葉につまる罪悪感を覚えさせた。
昨日、コーヒーを飲み終えた後、そういえば大浴場があったなと思いたって行ってみると、夜遅くということもあり誰もいない。そんな時間でも使ってよかったようで、ありがたいことに貸し切り状態だった。露天風呂こそなかったが、内湯でありながら岩風呂があるこの浴場は見事というべきであり、じんわりと身に染みわたるなんとも言えない幸福感は、久しぶりに得た感覚だった。
「おはようございます!今日もいい天気、いい日になりますね!」
「ああ。そうだな、いい日になる。」
珍しく?ごねることなくスッと目を覚ましたリンカさん。寝起きになると、ぐずるごねる二度寝が鉄板であったが、いざこうして何事もなく優等生が如く起きてしまうと、それはそれで拍子抜けではある。いや、ならどうしろと言われたらどうしようもないんだが。
「おや、マサツカさん、元気なさそうですね。大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。ごねることもなく二度寝もせずに起きたリンカさんを見て、複雑な気分になっただけだ。たまにあるだろ?珍しい物を見た時のなんとも言えない気分。だから気にするな。」
「む。それはどういう意味でしょうか。弟子が傷つくかもしれませんよ。ぶーぶー言います。ぶーぶー。」
「はいはい。」
珍しくスムーズに起きても、リンカさんはリンカさんのままであった。よし、本人確認終了。一瞬命を狙う刺客が成り代わっているのかと警戒したが、そんなことはなさそうだ。命を狙う刺客といえば、俺がこんな体になる原因を作ったと言える、あいつらは結局なんだったんだ?あのめちゃくちゃ重い狼に、ファイアを連打してきた人間、その他気配だけ感じたような気がしたが、何人かいたな。今思えば、あの狼は岩か土で作った狼型のゴーレムかもしれない。で、魔術を使用できるように魔石を組み込んだとか。何故あの時俺を殺そうとしたのかは全くわからんが、もし仮に、もし仮に今俺を殺そうとしてきたとしても、不意打ちであっても負ける気はしない。逆に生け捕りにして動機を吐かせる。
と、物騒なことを考えたところでそいつらが襲撃してくるわけでも何か有力な手掛かりを持ってくるわけではない。準備をして、リゾートエリアに向かおう。
「かなりうまく飛べるようになったな。」
「師匠の教え方が上手いからです。ありがとうございます!」
リゾートエリアへの道中。人がいないところでは飛行魔術を使って移動していたところだ。リンカさんの飛行魔術はかなり上達しており、もう教えることはない段階まできていた。制止、浮遊、滑空、直進、上昇、高速、低速・・・もう十分だろう。
「これだけできるなら、もう飛行魔術はもう教えることはない。よくやった。」
「ありがとうございます!これで二人とも飛んで移動できますね!」
「そうだ。そして移動時間を短縮できる。野宿の回数も減らせるかもな。あと、人の気配は常に探知して、人目を避ける事。間違っても見せびらかすことはないようにな。」
「はい、もちろんです。」
そう、飛びながら移動するのはいいとして、人に目撃されるのは避けたい。後で何か面倒事になるのは困るし、ヒサナカさん探しに支障が出るのは駄目だ。
「できればステルスの魔術が使えたら便利なんだがな。」
「ステルス?それはなんですか?」
「光の魔術の応用になると思うんだが、光の屈折を利用して、自分の姿を隠す、見えなくする魔術だ。まだ実現できてなくて色々試しているところだが、実現できれば戦い方の幅がかなり広がる筈だ。」
「・・・おおー。まわりから見えなくなる、ということでいいですか?」
「そうだ。ただ、例えば俺達二人が同時に使用するとお互い見えなくなる。気配探知を常に発動しておくか、完全に見えなくするんじゃなくて少しだけ見えるようにするとか、工夫は必要になるな。」
「え、えーと。お互い透明人間みたいになるとわからなくなるから、なんらかの方法で把握できるようにしよう、みたいなことで合ってますか?」
「その考えで合っている。完成までまだかかりそうだが、できたら見せる。」
「ぜひお願いします!なんだかおもしろそうですね。」
まあ、実現できればな。意外とこれが難しい。
その後、飛んで歩いてを繰り返し、リゾートエリアを目指した。意外と、ではないな。リゾートへの道とあって人通りが多く、なかなか飛行魔術は使えなかった。そのためか、リゾートエリアには到着できたのはできたが昼前の到着となった。安易に一時間もかからず着くと甘く考えていたが、それでも徒歩よりも速いようで、大体半分ほどの時間で到着できたようだ。
「おおー。海がきれいですね。あっちには山も見えますよ。自然がたくさん、癒されますねー!なんだか、ラルダを思い出します。」
「ああ。なんだろうな、故郷を思い出す。ずっとここにいたいと思うような、不思議な感じがする。」
リゾートエリア。温暖な気候を感じながら目に映るのは、白い砂浜、青く透き通る海、緑鮮やかな山。加えてコテージを思わせる家々があり、元の世界を思わせる光景が広がる。よく見ると、山の頂上付近はうっすら白く染まっているも見つけた。もしかしたら、標高が高い場所は雪が降るのかもしれない。この暖かくちょうどいい気温と海、そこに遠目ではあるが目に入る雪景色は、四季が絶妙なバランスで同居しているようで不思議な感覚を受けた。ただ、この感覚は同時に懐かしさ、ノスタルジー?言葉で表現することが難しいが、ここにいたいと思わせてくれるものだった。
「なんだかいいですねー。ラルダには海はなかったので、泳いでみたいです。あ、登山もしたいです。砂浜にある屋台の料理も食べたいですね。」
「ここはいい所だな。せっかく来たんだしそれも良い。ただ、悪いがまずは目的の迷宮、今では元迷宮か。そこに行きたい。」
「もちろんです。まずはそこに行って、勇者のことを調べましょう。」
元迷宮までは、道中にこれでもか!という程わかりやすい看板があって、迷うことなく到着できた。人も多く屋台もあり、勇者ゆかりの地として大人気の観光地となっているようだ。なんだかなぁ、普通勇者といえば、荘厳で威厳があって、とかザ・英雄とか、もっと称えられたり崇められたり、は言い過ぎかもしれないが、ここまでポップ、いや親近感があるのは予想外だった。
というのも、勇者の姿の詳細こそ伝わっていないから姿を模した物はなかったが、おもちゃの勇者の剣や勇者の盾を持って勇者ごっこをする子ども達、こっちの世界の文字で勇者と書かれたハチマキを付けた大人達をいたるところで見かけた。子供向け大人向け、様々な勇者グッズが屋台で安価で売られており、拍子抜け?妙な親近感?とても不思議な感覚を味わうことになった。このグッズ、ハチマキに加えてストラップの様な物やマントもあり、どうやら売れ行きは好調のようだ。
「すみません。ここで売っている勇者の剣や盾って、本物と同じ形なんですか?」
「お!お客さん達、さては初めてここに来ただろ?剣とか盾とか、ほれ、そこを歩いている人らが着けてるマントもそうだが、全部創作だ。なんせ、物の形とか詳しいことが伝わっていないからな。剣と盾を使っていたらしいというのは伝承としてあるが、マントなんて使っていたかどうかさえ怪しいぜ。で、お二人は記念に何が欲しいんだ?」
ここに来てすぐにカルチャーショックを受けて、よくわからなくなってきたから目の前にある屋台のおっちゃんに訊いてみたら、返ってきたのがこれだ。
え、リンカさん、あなたはこのストラップみたいなのが欲しい?悪いけど、本当に悪いけど、なんか嫌だ。とにかく今はなんか嫌だ。だから諦めてくれ。
「マサツカさん、さっきの付ける札、なんか可愛かったし欲しかったです。買いましょうよー、ブーブー。」
「いや、なんか、とにかく今は待ってほしい。」
屋台のおっちゃんには、おしえてくれたことにお礼を伝えつつも、物は買わずにあの場を離れて今休憩中。
これは多分、元の世界での勇者のイメージとこの世界での勇者の扱いの差、ギャップに理解が追い付いていないのと、こんなところに探している手がかりなんてあるのか?という、淡い期待を粉みじんに粉砕されたかもしれないことに対する焦りや失望だろう。
あー、まだまだ甘い。事実を受け止め、その事実に対して尖ることなく焦ることなく自然体。あの頭のイカレタ師匠に放り込まれた大迷宮で、何度も死にかけて命の危機に瀕した時、ふと思い至ったことだ。それがあったから、メンタルが壊れることなく生きて出られた。なのに今はどうだ、勝手に期待して勝手に失望して。なんとまあ、ものすごく無様だ。これは駄目だ、ここで一旦、初心に戻る必要がある。
ふうーーーーーー、と深呼吸。今は迷宮と違って深呼吸できるだけの安全な環境にいる。それだけでもありがたい。
・・・よし、落ち着いた。
「リンカさん、好きなの買ってもいいぞ。買ったら元迷宮に行く。」
「はい!ありがとうございます!あのカラフルなの、買ってきまーす!」
もしかしたら、リンカさんのような振る舞いが自然体そのものなのかもしれない。故郷では山で野生児のように駆け回っていたらしいし、あながち間違ってはいないだろう。
「買ってきました!どーですかー!似合うでしょ!」
左手にストラップのような物を巻いてドヤ顔をかますこの人は、んー、野生の残念神子だな。ああ、先が思いやられる。




