第52話
「走れ!休むな!死なないから走れ!」
「も、むり」
走れ、休むな、死なないから走れ。んー、自分で言っておいてなんだが、どこかで聞いたことがあるような?気のせいか?
まぁいいか。で、目の前の奴らは苦しんでいる。そう、苦悶と苦痛を掛け合わせたその先にある絶望を顔面に貼りつけ、苦しみもがいている。おかしいな、俺達はただトレーニングをしているだけだ。まずは基礎体力がどれ位あるのか知りたいから、旅の装備のまま、魔術を使わないことを条件に走りながら進んでみた。ただ、本当にそれだけ。
それで、最初の数㎞は付いて来れていたが、少し速度をあげると、五人とも苦悶の表情を浮かべ出し、脱落者が増えることに。まず、装備が重いのだろう、ガートが脱落、あーあ、顔からいったな。次に体力が少ないのであろう、後衛のエミリーとルル、で、今ルウェイルがダウン。なので、残りはエルガーだけだ。脱落した奴らは、放っておくわけにはいかないから、浮遊魔術で浮かせながら運んでいる。
「おま、どうなってんだ!浮かせながら、オエ!」
「汚いな。喋る位ならまだ余裕あるだろ。速度あげるぞ。」
「ま、ま、」
なんだ?ママに会いたくなったか?何か言い残して、喋らなくなった。そして、しばらくしたらエルガーもダウン。あーあ、ぶっ倒れてしまった。
うーん。多分走ったのは10㎞程、最初に脱落したガートでだいたい7㎞位か。まあ、これでも耐えた方か。基礎体力はこれから鍛えていくとしよう。
ちなみに、リンカさんはぴったり俺の横に付いて来てたし、今も余裕そうだ。
「今までのマサツカさんの鍛錬に比べたら、これ位余裕です!」
だ、そうだ。そういえば、飛行魔術を教える時、魔術を維持し続けるトレーニングとして体力作りもしていたから、その成果が出たのだろうか。にしても、そんなにハードではなかったと思うが。
「マサツカさん、無自覚って罪ですよ。」
「ん?どこがそんなに厳しかったんだ?」
「飛ぶ練習といって、走り込み、筋力トレーニング、詠唱無しの魔術発動・・・詠唱無しは今もできていませんが・・・特に走り込みの量がとんでもなかったです。」
「仕方ないだろ。飛行魔術が使えるようになるまでは、走った方が早い。早く進めるし、走るだけで鍛錬になるんだから、良いことだらけじゃないか。」
「・・・なるほど、天然なんですね。」
「言うじゃないか。だが、結果として少しずつではあるが、強くなった筈だ。何も困ることはない。」
「そう言われると、確かに。ありがとうございます!」
「わかればいい。」
そういえば、飛行魔術の練習中、リンカさんが何か言っていたような気がする。確か、ウゲー、むりー、あー、だったか。もはやゾンビだな。本当はあれでもかなり緩くしているつもりだ。あの師匠に比べたら、俺の鍛錬なんざ慈悲の塊の筈だ。感謝しながらむせび泣け。
で、肝心のエルガー達だ。基礎体力はド底辺雑魚級、としておこう。それはもういい。いいんだが、いまだにバテたままだ。おい、ガート。お前は一番最初に抜けたから、休憩も長かったはずだ。
「体中が・・・痛い。動かねぇ。」
「一番休んだだろうが。早く立て!魔物の大群が追って来ても、同じことが言えるか?できるか?死ぬか?わかったらさっさと立て!」
と発破をかけるも、駄目だ。ルウェイルもルルも同じく動けない。エミリーは返事もできない。エルガーは、何とか立ち上がったがそこまでだった。立ち上がっても歩くことはできないようだ。
仕方ないな。
ヒール
これでどうだ?
「急に、楽になりました。何が・・・」
「ホントです!助かりましたぁ~」
「でも、何があったの?さっきは窒息しそうだったけど、今は息もできるし。」
「なんでもいい、助かったな!」
「俺がヒールをかけておいた。これで動けるだろ。さ、走れ。」
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「返事がないな。お前ら、どうした?もう動けるだろ?」
「どうか、どうかお願いします~。助けてください。」
「エミリー、ヒールで回復しただろ。もう既に助けているじゃないか。言葉も話せるだろ。なら余裕もあるし、もう大丈夫だ。本当にきついなら、言葉は出てこない。お前達は訓練課程とはいえ、帝国のトップなんだろ?さ、ついて来い。」
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なんだ、急に静かになったな。
「冗談だ。ここで休憩して、次は技術といこう。」
ドサ バタ ガシャン
おいおい、リンカさん以外全員倒れちまった。おかしいな、ヒールは効いている筈だが。
「マサツカさん、脅かしすぎです。多分、皆の心が折れています。」
「心が折れた?それは死んだのか?」
「いえ、生きてますよ。心は折れてしまったかもしれませんが。マサツカさん、多分わかって言ってますよね?」
「さあ?なんのことだ?」
「私はわかりますよ。わかって言ってますよね。お茶目さん。」
若干リンカさんが引いているが、それでもボケるのは忘れていない。なかなか肝が据わっているじゃないか。
「マサツカ、お前一体どんな修羅場を抜けてきた?!」
「なんだ?何を言ってるのかわからん。エルガー、ボケてないでわかる言葉を話せ。」
動けるようになったらこれだ。こちらの過去や手の内はあまりさらしたくない。こういうときは、おちょくり返して煙にまくに限る。
「マサツカにリンカ、俺達と一緒に走っているのに、お前達は全くバテている様子がない。特にマサツカ、あの浮かせる魔術は何だ?あの魔術を、しかも複数を対象に使いながら、あの速さで平然と走れるのはおかしい。」
「浮かせるやつ?あれは秘密だ。いいな、前にも言ったかもしれんが、他言無用だ。あと、修羅場かどうかなんて、人によって感じ方が違うから俺にはわからん。」
と言ったが、俺があのイカれた師匠から受けた仕打ちは、充分修羅場に値するだろう。まぁ、それもわざわざ言う必要はない。変にヴァルディスの野郎に興味をもたれても、面倒なことにしかならなさそうだしな。これぞ触らぬ何とかに祟りなし。奴には大人しく森に引き籠っていてもらおう。
「強さの秘密は明かせないってことだな。悪かった、訊いた俺が野暮だった。」
「かまわん。気にしちゃいない。」
傭兵達の強さについて、余計な詮索はしないのが暗黙のルールだ。よくわかっているじゃないか。
「で、サナカまでは後どれ位かわかるか?」
「まだだいぶ先だが、あれだけ走ったから、次の街までは昼過ぎには着けると思うぞ。一応言っておくが、普通徒歩であそこまでの強行はしないからな。」
「よかったじゃないか。早く進めるし強くなれる。無理せず普通、なんて言っていたら、いつまでも強くなれない。ここまでいいことだらけじゃないか。」
「うげぇ。鬼だな。」
「そう言うな。元々そっちが依頼してきたんだ。諦めろ。」
「その中に、俺を鍛えるというのは入ってなかったつもりなんだが・・・。」
「何か言ったか?ん?」
「いや、言ってない。勘弁してくれ。」
と、ぼやきまくりのエルガーだが、なんやかんやで一番食らいついているのもエルガーだ。その実力と根性、ド底辺雑魚級の割にはそこそこできると、一応認めておこう。
さて、昼飯を食って休憩し、再び進む。途中、進みながらルルとエミリーに無詠唱を教えてみたが、なるほど、今のままじゃ全くダメだ。
「詠唱なしなんて・・・無理すぎます!泣きそうです。」
「泣いてもいい。むしろ泣け。で、なぜ無理とわかる?」
「なぜって・・・できる自分が想像できません。」
「なら、想像してみろ。ルルもエミリーも、帝国のトップランクなんだろ。お前達ができないなら、帝国の将来を担う若手の誰もできないことになるんじゃないか?」
「そんなこと言われても。ひー!助けて!」
ルルはともかく、エミリーの弱音が多すぎる。こいつ、これまで才能メインで、あまり苦労なくトップまでたどり着いたのかもしれない。だが、こういうのこそ鍛えがいも伸びしろもある、筈。
「エミリー、これまで一番苦しかったことはなんだ?」
「今です!今が一番苦しいです!」
「なら、それを乗り越えたら、更に強くなれるんじゃないのか?才能はずば抜けてると思うぞ。」
「訓練ではこんなに辛いことはなかったです。実戦がこんなに過酷だったなんて。」
「そうだ。実戦は過酷だ。そして、油断したら、いや、油断しなくても死ぬこともある。だから、できることは全部やって強くなって、死ぬ確率をさげる。甘い訓練で実戦で死ぬより、厳しい訓練で実戦は生き残る方が何倍もいいだろう。」
「それは、そうです。」
「そういうことだ。励め。ルルもそのへんはわかっているな。」
「はい、わかります。まずは詠唱なし、初級からでもやってみせます。」
「そうだ、それでいい。」
少し厳しいかもしれないが、ルルとエミリーの表情が、少しだけではあるが、弱いなりの反骨心のようなものが見えるようになった。そうだ、これでいい。あとは、ルウェイルとガートとエルガーは、次の街に着いたら模擬戦だ。
彼らにとっては嫌で嫌で仕方ないだろうが、俺は楽しみだ。
ルルとエミリーの無詠唱の練習をしながら、泣き言を聞きながら、時折リンカさんにも無詠唱を伝授しながら、なんやかんやしている内に、次の街が見えてきた。




