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獣の姫

 決断をするのは、いっだって自分自身。恐れるな、勇敢であれ! その想いをしっかり刻め!


 剣が迷う。なにも無い空を斬ってしまう。

 頂きを極めた鋭さも、奪うものがないと虚しく思える。


 素振りは苦手だ。目標がない。相手が見えない。


 ここに至っても、天上の片鱗すら垣間見ることが出来なかった……。


 稽古の後、汗をタオルで拭っていると、アレンとすれ違う。そこで、加勢してくれたことのお礼を述べた。それは、当たり前のこと、それ以上でも、それ以下でもない。


 それからだ、アレンが面倒くさい。


 ハァー……。


 呆れるほど、ため息が出てしまう。


 食卓を囲む、アレンとレティーシア、そこに俺が加わる。開け放たれた窓のカーテンは、揺れていた。


 騒がしい雑音も一緒に換気して欲しい。

 それも無理なので、聞き流す。


「さあ、誰と結婚をするのかハッキリと決めてくれないか!」

 アレンは、さっきからずっとこうだ。


 正直、うざい……。


 レティーシアは、死んだ魚のような目で俺を見ていた。彼女は、食事を口に運ばす、さっきからずっと皿の端をフォークでコツコツと突いている。


 姫さまのくせに、行儀が悪い。


 こうも、しつこく浮気をされると彼女も思うところがあるのだろうと納得させた。


「それで、なんでセシルちゃんのままなの」

 その目、怖いよ、レティーシア……。


「さあ、何でだろう」

 あははは……。


「可笑しくないわ」

「さあ、早く結婚を」

「うるさいわ、アレンは黙ってて」

 アレンの扱いが雑だよ、レティーシア……。


「また、死んだんでしょ?」

 あっ、俺のベーコン……。


 レティーシアに皿を取り上げられた……。

 彼女は、戦いの詳細を知らない、俺がトドメを刺すのは、恐らくアレンもちゃんと見てないだろう。


 なら、ここは、誤魔化せる!


「嫌だな、そうそう死ぬわけないじゃん」

 それ、ベーコンを返せ!


 その手は空振り、レティーシアに油断はない。


「嘘はダメよ! ウルフくんに聞いたわよ」

 ちっ、ウルフのお喋りめ……。後で、覚えてろよ!


 そういえば……。


「あれ、ウルフは、まだ寝ているのか」

「やだ、気になる?」

 レティーシアが皿を戻してくれた。


「ウルフくんなら、もういないわよ」


 そうか、あいつ……。


「逃げたわけじゃないわよ」

 レティーシアが凄く嬉しそう。


 ウルフの奴、捕まったのか……。罪は、ちゃんと償えよ。まあ、面会には、行ってやろう。なんなら証言台に立ってもいい。


 あいつのお陰で勝てたんだ、ちゃんと証言をすれば罪も軽くなるさ……。


「寂しい?」


 ベーコンを丸々一枚、男らしく口へ放り込む。

 もぐもぐ、ん? ちょっと胡椒が効き過ぎじゃないか……。


 鼻をずずっとすすり、コップの水を飲む。


「直ぐに戻ってくるわ」


 直ぐって、何年だ? いや、直ぐって言うくらいだ……。

「一年より短いのか?」


 レティーシアは大笑い、ついでに、「ねぇ、アレン、今の聞いた?」と彼の肩を叩くものだから、アレンが咳き込んでいる。


 そんなに、長いのか……。町は半壊、きっと被害は甚大だ。


 死人だって……。


「そうそう、アレンが頑張ったから、怪我人しか出てないわ」

 それも、返答に困る。怪我だって十分に辛い。


 死に至る過程の途上で踏みとどまっただけ。

 むしろ、痛みは、長い苦しみを与えてしまう。


 それでも、生きていれば、景色は変わる。可能性は終わらない。


 痛みは死の足音だ。何度も、経験した俺なら、怪我だけで済んで良かったとは、どうしても思えない。


「ごめんなさい……」

「なんで、謝るのよ。お陰で、国の力は誇示出来るわ。あれを倒した手柄を、アレンに譲ってくれればの話だけどね」

「そんなもの、いらない」

 兵士になったのは、剣で飯が食えるからだ。だからといって、出世なんて望んでない。


「そう言ってくれると助かるわ」

 レティーシアは、テーブルに、両膝をついた。


「ねぇ、ウルフくんのこと知りたい?」


 そうだな、アイツの刑期は知りたいかも。

 フンフンと頷く。


「セシルちゃんを追っていたらしいわよ」

 フンフン?


「バラカスと町で偶然、出会ったらしいわ」

 ウルフの奴、言い訳が上手い!


 それに騙されるレティーシアも、チョロすぎ!


「あら、嬉しそうな顔をしちゃって!」

 嬉しそう? 俺が? 何で?


「いろいろ聞いたわ。だからって死に急ぐのはダメよ。そうそう、セシルちゃん、次の誕生日で、十六になるそうね」

 レティーシアは、やっと食事に手を付ける。


 フンフンと頷くと、彼女は、ドンドンと話を進めた。


 小さい頃は、ウルフがおままごとに付き合わされたとか。変身が発現してからは、口調と仕草が、やたら乱暴になったとか、有る事無い事、いっぱいだ。


 おままごとが好きなのは、俺じゃない!

 妹が好きだったんだ!


「成人の儀は、もう終わったそうよ。なんで、逃げたの?」


 そんなことは決まっている。

 成人の儀は、男の俺でも大丈夫だ。


 問題は、その後のこと……。


「宝冠の儀が進められなくて、みんなが困ってるって言ってたわ」


 そんなことまで……、ウルフのおしゃべり!

 男ってものは、口数は少なく、物静かな方が格好いいんだぞ!


「ねぇ、帰って上げなさいよ」

 レティーシアは、食事を刺したままのフォークを俺に向ける。


「嫌だね」

 それは、絶対だ!


 宝冠の儀では、ティアラを渡される……。

 そんなもん、男のままでは許されるはずもない。


 皆はきっと俺を殺す。

 ティアラなんか、絶対にいらない。


 断固拒否だ!


「ウルフくん、可愛そう。説得には、時間が掛かりそうね」

「説得も何も、バラカスは、ジェヴォーダンの一族だぞ」

「それが?」

 レティーシアのあざとい仕草。

 小首を傾げて見せたそれに、俺もつられる。


 この娘、鈍くないか?


「あの、ドラゴンは、バラカスだ」

「それで?」

 また首の動きにつられちゃう!


「ジェヴォーダンは、姫さまの敵だ!」

「それが、どうした?」

 今度は、アレンが復活を遂げてしまう。


「僕と結婚をする。君が、ティアラを授かれば、全てが解決ではないか!」

 解決しねーよ!


「セシルちゃん、そんなに顔を歪めると、シワになっちゃうわよ」

「とにかくだ」

 席を立つ。


 扉が開き、見知った顔が入ってくる。

「ウルフ、どこに行ってた?」


 ウルフが帰って来た。

 いろいろな怒りが込み上げてくる!


「きゃー! セシルちゃんたらっ! ねぇねぇ、アレン、今のセシルちゃんの顔を見たっ!」


 そう、これは怒りだ! それは、レティーシアが悲鳴をあげるほど、頭に血が昇っている程。


 きっと顔を真っ赤にして怒っていると誰が見ても思うはず。


「一人にして悪かったな」

 ウルフは、謝った。


 なら良し!


「それで、どこに行ってた?」

「里に報告が必要だろ? あれでも伝説級のドラゴンだからな」

「そんなの後でいいじゃん」

 せっかちな奴だ。どうせ、手紙なんだろ?


 そうそう、コイツ、昔っから食いしん坊だからなぁー。

「ウルフ、早く座れ」


 隣の席をバンバンと叩く!


 彼は、渋々といった様子で……。


 ムカつく!


「ほらほら、座れ座れ!」

 食事が残っている皿を、ずずっとウルフの方へ滑らした。


「そう急かすな。それに、セシル、お前のことは報告をしていない」


 そんなのどうでも良い。


「だから、早く食えって!」

「はいはい」

 彼は、もぐもぐと食事をはじめる。


 大口を開け、派手に上下に口を動かす。

 そういえば、昔からそうだ。いつでも、美味しそうに食べる演技をしてくれる。


 アレンがフォークをテーブルに突き立てる。

「この程度では、僕は諦めない」


 いやいや、諦めろよ!


 レティーシアがウルフを見つめる。

 その視線で、彼は手を止めた。


 こらっ! レティーシア、食いしん坊の食事を邪魔するな!


「お姫さまとの打ち合わせ通りに、ドラゴンを倒したのは、天剣の騎士、アレンと報告に記しました」

「その嘘を信じてくれるかしら?」

 レティーシアは心配そう……。


「僕がドラゴンを倒したのは真実じゃないか!」

 アレンが熱く語る。


 彼の熱弁とともに、物語がはじまった。


 ドラゴンをどう斬り伏せ、そして、倒すまでの物語だ……。


「そして、僕が大地に叩きつけられ、意識を取り戻すとドラゴンは消えていた」


「ちゃんとよく噛んで食えよ、ウルフ」

 水が入ったコップを彼に渡してやる。


 ウルフは、喉をたたきながら食事を水で流し込む。


「おい、僕の話を聞け」


「セシル、どうする? 姫さまの側にいては、お前が夢見る平穏はないぞ」


 俺は、レティーシアの顔を見た。

「今回の件、裏で糸を引いたのは帝国だそうだ」

「もう、知っているわ。それに、王であるお父さまも、同じ考えで間違いありません」


 そうか……、なら!


「ウルフ、わたし、里に帰るわ」

 ウルフが顔を唖然とさせる。


 ティアラなんていらない。


 逃げるから追ってくる。なら、叩き潰すのみ!

 ティアラなんか、粉々に砕いてやる!


「これは、戦争よ!」

 ふふん、どうだ!


 そして、堂々と胸を張り立ち上がった!

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