大好き……、大嫌い
「心配したんだから」
レティーシアが抱きつくのは良い。これは、最高のシュチュエーション。この機会に、彼女の胸に飛び込むのも有りかもしれない。
いや、有りだな! それが、男として当然の礼儀!
だが、これはなんだ!
頬をジョリジョリとする、こ・れ・だ!
「おい、ウルフ、いい加減、離れろ」
出来るだけ、冷静に、落ち着いて、落ち着いて。
隣のベットから、物凄い、圧を感じる……。
これは、アレンの眼光……。彼はまだ、ウルフを疑っているらしい……。
いや、その疑いは、間違いではない。
だから、ウルフの失礼は大目にみて、落ち着け! 俺!
「そんな顔をするな、心配したんだぜ」
だぁ〜かぁ〜らぁー、ジョリジョリはやめろ、ウルフ!
「髭くらい、剃っとけ!」
思わず声が大きくなった! うっわぁー、アレンの奴、凄え睨んでる……。
もはや、このでっかいワンコのように馴れ馴れしい、ウルフを黙って差し出すしかない……、かも……。
「あらあら、そんな邪険にしたら、ウルフくんが可哀想よ、セシルちゃん」
レティーシアは甘い、甘すぎる!
そろそろ、ガツンといかなきゃ、ダメ。誰が、上なのかを教えなきゃ!
「こいつは可哀想じゃない。それに頑丈だから、少々、荒っぽくしても大丈夫」
おい、ウルフ、笑うな! 俺は、睨んでるんだ!
ジョリジョリするから、怒ってるんだぞ!
「まあまあ、裸のセシルちゃんを抱えて運んで来てくれたのよ、もっと感謝をしなきゃ」
裸?!
「おい!」
俺は、ウルフをガッツリ睨む!
だから、お前は笑うな! 嬉しそうにすんな!
「セシル、俺は、心配したんだぜ……。お前は、ぶっ倒れるし、気を失って目を覚まさねぇし……」
やっとウルフは、距離をとってくれた。
ついでに、両肩を掴んで離さない、お前の腕もどけて欲しい……。
奴の顔が真正面。あれ? 目の下にくまがある……。
だから、なんだ!
それは、それ、これは、これだ!!
そして、そこのアレン! 何が、悔しいのか知らんが、シーツを噛むのは、やめなさい!
「おい、裸を見たのか?」
「見てない」
おい、顔をそらすな!
しかし、どっと疲れるな……。
身体のあちこちが痛い、それに、目覚めたばかりなのに、欠伸が出ちゃう。
それに、どうせ、コイツだって、俺の裸なんて見ても、何も感じはしない。いくら外見が、女の子でも、中身が男なんだからな……。
コイツは満身創痍の身体で、俺を運んでくれたのだ……。ジョリジョリされた頬が痒くてたまらず、そこをポリポリとかいた。
「まあ、なんだ……、いろいろと、ありがとな。お前が隣に居てくれて、良かった」
「セシルゥ〜、礼なんて、言うなよぉ」
おい、泣くな、泣くな!
「だからって、勘違いされたら、困るからな。今度、何か、奢ってやる」
こいつ、食いしん坊だから、金が足りるか心配。
「礼なんて、要らねえよ。それに、もうご褒美は、貰った」
「ご褒美って何だよ!」
「お前の裸、ちょっと見た」
ご褒美になってるよ、俺の裸がぁ……。
やっぱり、ウルフは、変態で馬鹿の馬鹿だ!
「お前って、ほんと馬鹿だな」
ベットからアレンが転げ落ちた。
「貴様ぁー、死んで詫びろ!」
人類最強という噂で、しかも「天剣」という肩書きを持つ、騎士のアレンが、駄々をこねる子供のように病室の床を転げ回る。さっきから、何だよ、お前。ちょっとキモいぞ……。
気がつくと、ウルフが落ち込んでいた。
「セシル、汚物を見るような顔で、俺を見ないでくれ」
どうやら、表情に出てしまったらしい。まあ、それは、お前に対する感情じゃないけどな……。
でも、誤解はそのまま、その方がウルフのお仕置きになると知った。
そっか、こいつ、こういう顔をすれば、嫌がるのか……。
「あら、セシルちゃん嬉しそうね」
まあ、これでウルフを制したも同然だからな。
しかし、ウルフの奴も回復が早い。
「セシルも気にすんなって、親友なら裸を見られたって平気だろ、お前が男ならな」
「ふん、勘違いすんな、お前なんかが親友であってたまるか!」
布団の中に潜り込んだ。
「そうよ、セシルちゃん、騙されたらダメよ」
レティーシアは、そう言うと、アレンがベットに戻るのを手伝いに行った。
手のかかる人類最強だ。
でも、アレンのおかげで助かった。回復したら、ちゃんと礼を言わないと……。
布団から顔を出すと、彼は、ベットに戻っていた。
レティーシアが楽しそうに笑う。
ウルフと目が合う。
「まだ、眠いのか?」
「お前もだろ?」
何だよ、この間は……。
何か、話せよ、馬鹿!
彼は、にこりと微笑むと布団を軽く叩く。
ちょっと、気持ち悪いな……と思う。
彼を目で追う。少し離れた椅子に座る。
おい、こっち見んなよ!
だから、早く寝ろって!
やがて、椅子に座った彼の上体がこくりこくりと揺れ始めた。
まったく、最初から大人しくしとけって。
そして、今は、良い夢を見ていて欲しい。
そう願い、ゆっくりと瞳を閉じると深い眠りに落ちていく。
深い深い眠り、遠い遠い昔の記憶。
何もない、真っ白な部屋。
愛想がない白い壁に、椅子ひとつしかない寂しい部屋。
大好きな人がいる。ただ、それだけで、世界は変わる。壁は白いキャンパスに、家具がなくとも風景が踊りだし、わたしを誘ってくれる。
母さまが、座る椅子へと、後押しをしてくれる。
感情は、「きぁーー! 母さま!」とそのまま悲鳴になり、原動力を得た身体は、動かそうとする意識よりも早く、勝手に勢いよく駆け出した。
「あらあら、今日もセシルなのね」
えへへへ……。
母さまの膝に手を回して抱きつくと自然と腰が揺れてしまう。鼻がむず痒くて、母さまの膝にこすりつけた。
「もう、しょうがない子」
抱きかかえられ、彼女の膝の上に据えらる。
母さまの膝の上で、ぽんぽんとお尻を跳ねさせる。
これが、わたしだけの特権。
誰にも譲りたくない居場所だ!
見上げれば、天井が近い。足を交互にバタバタと揺らすと、近くなった天井の、その向こうを思い描く。
高く高く、深い深い青い青空がどこまで広がっていく。どこにだって行けるし、何にだって、きっとなれるわ!
「相変わらず、落ち着きのない子ね……、女の子なんだから、ちゃんとしないと……」
わたしの頭を、優しい手つきで、撫でるようにして髪をとかしてくれた。
心地よさがまぶたを押し下げる。
母さまの胸に頬をつけ、顔を埋めた。
瞳を閉じる。甘い香りが鼻の中を通り抜けた。
大きく息を吸って、肺にためる。
この匂い好きだ。
大好き……。
「あまり、お兄ちゃんを困らせてはダメよ」
多分、双子の兄さまのことね……。
だって、それ以外の人は、よく知らないもの。兄弟、姉妹は数えきれない程、沢山いるから、覚えきれないわ。
でもね、でもね、母さまと一緒なのは、いつも、わたし。
えへへへ。
「またあ、そんな顔して、可愛いのに、台無しじゃない」
母さまの胸……、柔らかい……。
顔をぐりぐりとすると、優しく弾き返してくれる。
頭をぽんぽんと二回、叩かれ、見上げると母さまの顔が近い。
母さまの瞳、とても綺麗……。
「剣は好き?」
「うん!」
母さまが微笑む。だから、嬉しい!
剣が好きなのは、ほんと。
だって、あの子は、わたしを、上手にエスコートして踊らせる。お兄ちゃんは……、そうね、下手くそだわ。
ちゃんと剣の言う通りに動けば良いのに……。
何も考える必要ないじゃない。
「セシルは、お兄ちゃんと違って無邪気なのね」
むじゃき? 知らない言葉、でも、母さまが、包み込んでくれる。だから、難しいことは考えない。知らなくても大丈夫なんだから安心よ!
「お兄ちゃんとセシルは、双子で剣も対なのよ。だから、仲良くしなくちゃね」
「セシルは、お兄ちゃんと仲良しだよ」
秘密だけど、お兄ちゃんも好き。
だって、いつも朝稽古のご褒美をわたしに……。
違うわ、お兄ちゃんより、わたしの方が上手なんだから。だから、勝っちゃうんだわ!
母さまが子守唄を歌う。目を瞑ると、世界が広がる。そして、深い眠りに落ちていく。
母さまの声。
「あなたなら、ちゃんと終わらせてくれるわ」
いつも、意味不明。でも考える必要はない。導かれるままに進め!
嫌な夢を見た。
多分、獣の夢。独占欲の強い、無邪気な女の子の記憶。
嫌いだ。この姿も、何もかも……。
剣は、意志を持って、ちゃんと自分で振るべきなんだ。……のように……。だから……。
ベットから出る。
清潔感をまとった空気に身体が締め付けられる。
ことりの鳴き声。
日差しの角度は、まだ低い。
太陽は天空を目指し、これから昇るところだ。
剣を手に取る。
朝稽古をしよう。
たまらなく、そう思う。