表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/13

罪人

 天剣てんけんが告げる。

 そして、世界は動きはじめた。


 ククルース神話の最初の一節。そこには、神は描かれていなかった。


 それ以外の、はじまりにあった出来事は、誰も知るよしもない。


 ウルフが手を伸ばす。その手より速く、俺は一歩踏み出す。足の指に力が入り、靴底の内張りに出来る隙間に違和感を感じた。


 疑惑の護衛隊長、バラカスは、余裕の様子。


 葉巻の煙を、ゆっくりと吹き出す。

 その威風堂々とした体格は、王族の護衛隊長として十分な武勇を持っている風に見える。


 そう思っていたのは、間違いだ。


「お前がセシルか?」

「そうだ」

 バラカスは、葉巻を真下に投げ捨て、踏み消した。


「それで、どっちにつく? いや、逃げてもいいぜ」


 そういえば、俺が斬った五人も、逃げろと言っていた。それと、レティーシアを俺に預けたのは、コイツだ。


 バラカスは、最初から俺が一族と、

「知っていたのか?」

「男でセシルという名は、珍しいからな」


 だよね……。


 しかし、両親は、なぜ、俺にセシルという名を与えた? その疑問も、赤子の頃、身体が弱くて、一度や二度、死んだに違いないと納得させていた。


 セシルという名は嫌いだ。今のこの女の子の姿も納得がいかない。どちらも、男の俺を否定している……。


「長老たちが、臆病者のセシルちゃんが逃げ出したって心配してたぜ。だから、気を回して標的の姫を預け、あとはお前が逃げれば、全てが丸く収まる」

「は?」

 意味が不明だ。臆病者と馬鹿にされるのは構わない。そんな、ちっぽけな自尊心は、とうに捨てた。


「逃げたお前が野党を手引きしたことになる。多少、俺の信頼が揺らぐが、構わんさ、この国にも利用価値はあるからな。それに、お前だって一族の役に立ったことになるんだぞ」

「利用?」

「これだから、女は鈍いな。お前だって手柄になったんだぞ」

 性別は関係ない! それに、俺は、男だ!


「手柄なんていらない。それよりも、国を利用するとは、どういう意味だ!」


「たく……、面倒臭い女だな! いいか、お前だって護衛の、死体は見ただろ?」

 馬車の周りには、同僚たちの死体があった。急いで離れたので、いちいち顔は確認してないが、気の良い奴らだったと思う。


「この地位があれば、兵の生き死には、自由なんだぜ。いろいろと出来るし、一族も、その後ろ盾も大喜びだ」

「違う! それは、兵の生き死にではない!」

「お前だって、五人を殺した。町で殺されたチンピラだって、どうせお前の仕業なんだろ?」


 違う!


「女は馬鹿でわがままだから困る。殺しなんてそんなもんだ。だから、セシルちゃんは、一族のもとに帰りな」


 違う、違う、違う!


 俺が斬った奴らと、コイツが犠牲にした兵たちは違う!


 だって、あんた、兵から信頼されてただろ!

 レティーシアだって、あんたが強いって自信を持ってたんだ。


 殺したという結果が同じでも、俺とあんたは違う。


 許せない!


「おい、セシル、落ち着け!」

「ウルフ、近寄るな! 誰であれ、斬る!」

 俺の気迫で土煙りが上がる。それは、魔力の高まりなのかもしれない。


 前を見据える。次に、ゆっくりと剣を抜いた。


「この件の依頼主は、帝国だ。この意味は、ジェヴォーダンの血を引く者なら理解できるはずだ」


 戦争が大好きな帝国が背後にいるらしい……。

「それが、どうした!」


 剣先を奴の中心に合わせる。

「これは、一族の総意ということだ」


 だからなんだ!

 どうせ、一族に俺の居場所なんてない……。


 それに、お前は生かしておけない!


 腰を落とす。

 そして、呼吸を静かに整えた。


「おい、ウルフ、聞いていたか?」

 バラカスの奴、どこを見ている!


「バラカスさん、コイツは何も理解していない。だから、見逃してやってくれ」

「ウルフ、それでは遅い。帝国は、もう犠牲を出している」


 それは、お前の責任だ。

 償いは、お前がすべきで俺ではない。


 視界には、バラカスが一人。

 静寂が広がっていく。


「バラカスさん、長老達は、セシルの可能性を評価している!」


 もう、俺の心は動じない。


 バラカスは、「黙れ、ウルフ!」と怒鳴る。

 そして、「手に入らない美しい宝石は、砕いた方がいい」と俺を真っ直ぐ睨んできた。


 そして、「何より、その方が面白い」と獰猛な笑みをたたえる。


 とんだ、茶番だ。もう、付き合う義理はない。


 全てが止まる。

 その中で、俺だけが動いていた。


 瞬間は永遠だ。いつだって、はじまりと終わりは、そこに同時に存在をしている。


 あとは、剣を走らせて、終わりを告げるのが、()()()()仕事。


 剣が止まる?!

 それは、初めての感覚。


 嬉しくて笑いが込み上げてくる。


 なのに、バラカスは残念そうな顔をする。

「そんな古い剣を使うからこうなる。悪いことは言わん、支給してやった剣に変えろ」


 遠い昔から、いつだって、これ一本だ。

 手にしっくりと馴染み、どんな無理も聞いてくれる。


 決して折れないつるぎ

 それが、これだ。


「おい、なにが可笑しい?」

「そこが、俺の間合いだからだ」


 硬いからなんだと言いたい。

 結構なことではないか!


 信頼を裏切ったお前の罪。

 そのデカい図体に叩き込んでやる!


 そこが俺の間合いの内にあり。時の刻みが止まらないのは、瞬間が積み重なっていくということ。


 そこに、終わりを刻むまで、剣を走らせる。

 ただ、それだけでいい。


 何度でも、何度でも!


「おい、無駄なことはよせ」

 バラカスは、そう言うが、触れることも、反撃することも、出来はしまい。


 俺は知っている。身体が硬くても、痛いものは痛い。そして、他人に見えない痛みは、蓄積されるものだ。


 心の強いものは、我慢して耐えてしまうかも知れない。


 奴は、卑怯者だ。


 そういう奴は、痛みを声にだす。


「ぐわっ」

 バラカスが悲鳴を上げた。

「やめろ!」

 やめない!


 誰に向かって命令をしているんだよ!


 俺の剣の勢いに、巨漢が吹っ飛び、兵舎の壁を突き破った。


 これで、終わりだとつまらない。


 土煙が上がる、瓦礫の山から、バラカスの影が現れる。まだ起き上がってくる、その根性は、誉めてつかわす。


 ふと、ウルフを見ると、彼の顔は青ざめていた。

「バラカスさんが、吹っ飛ばされるなんて……」


 ハッキリと姿に現したバラカスの身体に傷は無かった。呆れるぐらい頑丈な奴……。


「伝説級の俺が一方的にやられるとは信じられん」「なら、本当に伝説にしてやるよ」

「調子に乗るなよ、小娘が! 女でも、もう容赦はしない!」


 魔力を帯びたバラカスの身体が、淡く輝く。奴の雄叫びが大きく響く。

「俺の本気を見て、後悔をするなよ! 町ごと、吹っ飛ばしてやる!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ