道
「君に剣は似合わない。僕と結婚をするべきだ」
アレンの言葉が頭の中でこだまする。「結婚するべきだ、するべきだ」のリフレイン。
ええい、うっとおしい!!
頭に血が上り、怒り心頭で顔が熱い、霜焼けたように耳が痛い。身体が思うように動かない?!
「なっ、なっ」
本当に怒った時は、息が苦しくなり、言葉にならないと知った。
滑稽だ。惨めだ。
そんな俺を横目に、レティーシアは大笑い。
呑気なものだ。
これは、立派な浮気だ。
そう、浮気!!
そして、これは、二股だ!
なんて、恐ろしい……。
根源的に許せない行為に、わなわなと身体が震える。
「さっき、将来を誓い合ってたじゃない」
ゼーハーと息を吐き出す。顔を上げると、また苦しくなりそう。だから、上目遣いで、そっと覗く。
さぞ、たじろいでいる違いない……、バカ……。
「君にしか、まだ結婚は申し込んでないぞ」
アレンは、平然といってのける。
レティーシアも、
「まあ、そうよね」
と動じない。
こいつら、揶揄ってやがるな! バカ!
そして、「まだ」とはなんだ!
まったく誠意を感じないぞ!
「あなたとレティーシアは、一緒に死ぬんでしょ」
ふん、わたしちゃんと聞いてたんだからね。レティーシアの「一緒に死んでくれる?」に、アレンの「今じゃない、ずっと先だ」とか、それって、一生を共にするってことじゃないの? いや、そのままよっ!
「何を言っている? そんなの当たり前だ」
「ええ、そうね。信じてるわよ、アレン」
あわわわ、なに、この人たち、怖い……。
「さあ、君の返事を聞かせてくれ」
返事って、返事って……。
わたしは、男よ!
「結婚とか、まだ考えてないわよっ!」
絶対にしないし、ありえないのよっ!
ぽわーっとした光に身体が包まれたみたいに、視界が淡い光で閉ざされた。
なっ!
彼の気配が近い……。
畳み掛けようとしてきた、アレンの命を救ったのはレティーシアだった。
「もうそれぐらいに、してあげて、アレン。あなたの、過保護は行き過ぎよ」
過保護の意味は、よく分からないけど、それ以上、近づいてたら、斬ってたわよ。
「それと、セシルちゃん、魔力が漏れてるわよ」
えっ、わたし、いや、俺に魔力あったっけ……。
「男の姿の時には、無かったのに、不思議よね」
「ジェヴォーダンの獣だから、魔力ぐらいあるさ」
そう返事しつつ、少し焦った。まあ、剣があれば大丈夫だから、魔力なんていらない。
早く、本当の身体が治れば良いのに……。
それにしても、
「あんた、命拾いしたな」
アレン、お前が立ってるとこは、俺の間合い。いつでも、命を奪える位置だ。
「言葉違いは、気をつけた方がいい」
アレンには、危機感がない。
何が、言葉遣いだ。
これが、正常なんだよ。
力の差は、教えた方が良い。
「俺は、男だ!」
剣先を、アレンの喉元で寸止め。
これで、奴も思い知るに違いないって……?!
あれ?!
剣が鞘から抜けない。
わたしの剣の握りに、彼の手が添えられて邪魔をしている。
あわわわわ……?!
「アレンは、強いわよ。セシルちゃん」
レティーシアの強いは、信用できませんっ!
護衛隊長も強いって、言ってたじゃない!
「そうね、アレンは、朝稽古の時の、セシルくんと同じくらい、強いわよ」
朝稽古の時って……、そんなに強くないじゃん。
それでも、
「バカにするのは、いい加減にして」
腹が立ってしょうがない。
「バカにはしてないわ。アレンは、天剣の名を頂いているのよ」
「天剣って、なによっ!」
くそ、アレンの馬鹿力で、剣が抜けないっ。
人間のくせにっ!
「天剣っていうのはね。剣の強さは、表す称号よ。そして、その最高位。ククルース神話に登場する、はじまりと終わりを司る天剣が由来となっている最強の証」
「天剣は、はじまりと終わりの二本よっ!」
だって、わたしは、終わりの……。
「あら、そうなの、初耳よ。どっちにしろ、アレンの強さ、朝稽古のセシルくんと同じくらいなのよ」
レティーシアは、簡単に言う。
確かに、人間は、わたしには届かない。
それでも、朝稽古の時と同等はない。
あれは、ずっと、わたしが追い求めている姿、そのものなのだから……。
あれ? そうだっけ??
「もう、いいわ。結婚なんてしないし、わたしには、剣が必要なの」
なんか、もう、どうでもいい。頭が、こんがらがって、少し痛くなってきた。知恵熱が出たのかもしれない。
それにしても、馬鹿力ねっ!
「君も、強情だな」
「もう、物騒なことはしないから、離して頂戴」
アレンの手が離れる。
彼と触れていた部分の温もりに、風があたる。
ゆっくりと時が流れていくようだ。
早く手を洗わなくっちゃ!
ばい菌が、手についたかもしれないわ。
「今日は、諦めるよ」
いや、今日からずっと諦めろよ!
アレンは表情を緩めたあと真剣になる。
「バラカス隊長が、セシル、君を呼んでいる」
バラカス……、どっかで聞いた名前……。
「あら、バラカス隊長、生きてたのね」
レティーシアの声で思い出す。
無頼漢に殺されたはずの護衛隊長の名前、それがバラカスだ。
生きているってことは、そういうことのはず。
「アレン、それよりも、ちゃんと説明してあげなさい」
いや、今は、バラカスの話が優先じゃ……。
「そうか、姫さまと死を共にするを、セシルは気にしてたな」
そういえば、こいつ、初対面なのに、呼び捨てで馴れ馴れしい。け、け、結婚とか言ってくるし。
「姫と死を共にするのは、騎士であれば当然だ」
当然なの?
「そうよ、だから、彼が信頼できるの」
「僕は、姫さまと死を共にする。それは、レティーシアが、善であれ、悪であれ、誰を敵に回しても、そこが、揺るぐことはない」
アレンは、ドヤ顔で言う。
おまえ、さらっと、姫さまを呼び捨てにしただろ。
「結婚とどう違うのよ」
まったく、とんだ詐欺師だ。
「結婚は、並んで道を歩くことだろ」
アレンは、当たり前のことを聞くなよというノリで、言葉を紡いでいく。
「肩を並べ道を歩く。同調し、時に反発し、話し合いながら進むことだ。死を共にすることを誓うだけではない」
「セシルちゃん、良かったわね」
いやいやいやいや、全然、意味がわからないわ!
それじゃ、
「もし、姫さまが、わたしを殺せって命じたらどうするのよっ!」
結局、彼が言っていることは、どっちも同じに聞こえる。
「そんなことは、あり得ないし、僕が許さない」
ほーらー、やっぱり答えがないじゃないっ!
「セシルちゃん、そんなこと言ってたら、面倒臭い女って言われちゃうわよ」
おい、面倒臭い女ってなによ!
「それじゃ、ガラパゴスの件は任せたからな」
バラカス隊長よっ!
「じゃ、セシルちゃん、お願いね」
何を!
ねぇ、何をどうするのか言って、頂戴、いや、言え!
そして、離れた場所にある、兵舎までの地図を渡された。