騎士
「結局、剣は手放さないのね」
レティーシアも、お馬鹿さんだ。
護衛だから当然でしょ!
店を出て、道を歩いてる最中、レティーシアは、あーだ、こーだと言ってくる。
「女の子なんだから、そういうとこ、治した方が良いわよ。ホントッ、可愛いのが、台無しよ!」
アホか!
言い返すタイミングで、邪魔が入るものだから、口をつぐむと、吐き出そうとしていた空気で、頬が膨らんだ。
結果、リスみたいにモグモグとなってしまう。
話しかけてきた見知らぬ男をキッと睨む。
お前のせいだかんな!
その鋭い眼光に、奴も怯んだ様子で頭をボリボリとかく。
「ねぇ、暇なら町を案内しようか?」
人と話すときは、目をちゃんと見てほしい。
堂々としていない怪しい奴。
悪いことを企んでいるに違いない。
俺が手を出す前に、レティーシアがバッサリと切る。
「町には、詳しいから大丈夫です」
悪巧みを看破された男は、項垂れた。
見え見えなんだよ。ばーか、ぱーか!
間合いに気配!
馬鹿な、ここまで迫られるとは……。
不覚にも、あごをクイッと持ち上げられてしまう。殺気が無かったとはいえ、ここまで懐に入って来られたのは初めてだ。
「お食事でも如何かな、可愛いお嬢さん」
誰かに合図を飛ばしたのか、男は片目をつむった。
ぐぬぬぬぬっと、睨み返しても、動じることがない。
なんて肝が据わった奴!
堂々としていて、とんでもなく怪しい!
きっと悪い奴に違いない!
それにしても、あごを持ち上げられると上手に話せなくなる。息もしにくいし、言葉がうまく出て来なくなるのだ。
レティーシアも動き出した。
「ちょっと、妹に触らないで頂戴!」
妹? そういう設定なの?
パーンという大きな音!
レティーシアが物理的な実力行使に出た。
どうもビンタをしたらしい。
男が頬を押さえている。
「なによ、人を呼ぶわよ!」
彼女は、そう言うが、人を呼ぶ必要はない。
そら、とどめだ、蹴っちゃえ!
「くそっ、俺は、胸がない奴は趣味じゃ無いんだ!」
男は、失礼な事を言い残し、股を押さえながら、走り去った。
レティーシアの胸は、十分に大きい。その程よい弾力と柔らかさを頬が覚えているぐらいだ。
これで無いと言い切るのは、もはや愚かと言うしかない。
「あら、羨ましいの?」
あんな捨て台詞を聞いた後なのに、彼女は余裕だ。胸の膨らみを、見せびらかすように持ち上げた。
「それにしても失礼よね。セシルちゃんも、ブラを付ければ良いのよ」
は?
あの男、俺のことを言ったのか?
自分の胸元を覗いてみる。
ちゃんとあるぞ!
谷間だって、寄せれば出来るっ、つーの!
「いたっ!」
「もうっ、人前でやめてよ! 恥ずかしいじゃない!」
レティーシアに叩かれた頭を自分でヨシヨシをしながら、周りを見回す。誰も彼も、プイッと横を向く。
俺は、よほど下品な行動をしてしまったらしい。
少し反省をしようと思う。
そして、なぜ、こうなる!
勢いのまま下着屋に直行。
「こちらがピッタリのサイズでございます」
女性店員が試着室のカーテンを開ける。
胸を締め付ける違和感が気になってしょうがない。
「ピッタリよ! ピッタリ!」
レティーシアは飛び跳ねた。それからは、なすがまま。
ぐぬぬぬぬ。
服を着せられ、姿見の鏡で自分の姿を見せられる。
「後は、これを履いて頂戴」
「それだけは、嫌だぁーー!」
逃げる俺を、レティーシアが追いかける。
俺、逃げる。
小ちゃいパンツを持ったレティーシア、追いかける。
誰だよ、あの変態!!
どれぐらいの時が経っただろう。
俺がペタンと座ると、彼女もペタリと床に腰を下ろした。
ハァー、ハァー、ハァー。
レティーシアも、俺同様に息が乱れている。
彼女は、額の汗を拭きながら
「どうしても、嫌なのね」
「どうしても嫌だ」
男として、パンツだけは譲れない!
「ブラは良いのに?」
ぐぬぬぬぬ。
「それは、それだ」
「なんで?」
「姿が戻った時、困るだろ?」
「ブラも困るわよ?」
ぐぬぬぬぬ。
「まあ、良いわ、騎士の詰所に行って保護をしてもらうわよ」
はあ、なんだかんだで力が抜ける。
そして、店を出る。
直ぐに、この様だ。
人気の無い路地裏、空は青いのに、ここは暗い。
「おいおい、さっきは、よくもぶってくれたな」
ついさっき、見知った顔だ。
「なによ、あなた達、そこをどいて頂戴」
レティーシアの声で、奴はニヤリと笑う。
するとどうだ、いかにもチンピラといった男たちが、わいわい、ゾロゾロと集まってくる。
「おいおい、二人とも、偉く美人さんじゃないか」
「たまんねぇーぜ」
餌をお預けされた野良犬のように、とても下品。
「抵抗をするなよ。そうすれば、気持ちが良いだけだぜ。特に、妹の初めては、じっくりと、俺様が直々に教えてやるよ」
妹? そういえば、レティーシアの脳内設定ではそうなっていたな。
それにしても、殺意の無い欲望だけの視線というものは、気持ちが悪い。エロの対象が、自分なのだから、なおさらだ。
「妹は、強いわよ」
レティーシアがドーンと言い返す。
殺しても構わないだろう。
姫さまに無礼を働いているのだから、手討ちにあうのは当然だ。
「強がりを言いやがって、このクソ女が! そんなに、言うなら、妹は、泣かせてやるよ。その後に、ぶっ込んで、男ってもんを、たっぷりと教えてやる!」
下品な奴、引くわー。
「おい、そこまでにしとけ、手加減は得意じゃない」
この姿だと特にだ。
「おい、聞いたか!」
「聞いた! 聞いた!」
「なあ、兄貴、最初は、俺にやらせてくれよ。ここで、ヒーヒー、泣かせてやる!」
リーダー格が顎で合図をした。
のっしのっしっと、でぶっちょが歩いてくる。暴力的な気迫、いや性的な欲望で頭が一杯なのだろう。よだれを拭くのも忘れ、手にした鉄パイプを大きく振りかぶって迫ってきた。
まるでスローモーションだ。てんでなっていない、何もかもが遅いし、足りていない。
交わすのは容易い。それもおっくう。
無防備なので反撃も簡単。それも論外だ。
鉄パイプは、俺の頭に直撃した。
少し痛い。金属音が甲高く響く。
弾き返された鉄パイプの勢いは、でぶっちょへ直接伝わり、その顔を歪めさせ、身体をよろけさせた。
「おい、なんだこいつ、硬いぞ」
でぶっちょは、パイプを見つめている。
「おい、ヒーヒーと泣くなよ」
そのパイプを掴む、それから、そこに力を込めて握ると、それはグニャと潰れて折れた。
「ヒーーッ!」
でぶっちょが悲鳴を上げる。
そこに、グーパンチを入れると、そのまま吹っ飛んでいった。
人間は弱い。
「このお、化け物が!」
弱いことを他人のせいする。相手が強すぎるのだと……。
剣を鞘から抜く。
二人目の命を奪う。
胴体は二つに切り裂かれ、肉片となり、道に転がった。
さて、なで斬りの始まりだ。
空気が凍ったように、気配が静かになる。
チンピラたちの顔が青い。
こいつら、戦意を失ったな。
なんて、情けない男たちだ。
「おい、すまない、勘弁をしてくれ、ちょっとふざけただけだ」
は?
リーダー格の男が謝罪をした。
でぶっちょの生死は不明だが、お前が焚きつけたせいで、少なくとも一人が死んでいる。
お前が与えた暴力を振るう為の大義でだ。
お粗末で下品な理由と目的だが、それを簡単に取り下げられては、浮かばれないというもの。
なのに、なのにだ。
残った奴ら全員、謝罪を口にする。
その程度の覚悟で、他人を不幸に巻き込むな!
「教えてやるよ。お前ら、全員、最初から俺の間合いにいるってな」
剣の届く間合い。その範囲内の生死は、俺が司っている。
お母さんは、命を奪うのは良くないと、よく口にしていた。
相手が人間の時は、特に大目に見ろとも……。
「本当の剣を教えてあげる」
わたしの才能は、命を奪うこと、それを、誰にも否定はさせない!
「セシル、もう、やめなさい」
レティーシアの声。
土壇場で怖気ついたのね。
わたしにとって、瞬間は永遠。あなたが瞬きする間に全ては終わるわ。
「もう良い、あとは、僕たちの仕事だ」
青年に肩を掴まれ、はっとした。
姿形が可憐でも、獣は、獣なのだ。
ジェヴォーダンの獣、命に価値を見出さない、醜い化け物。
命を奪う以外は、無価値な存在。
剣を鞘に納める。
チンピラどもは、騎士たちが連行をした。
「これは、君が斬ったのか?」
道端に転がった死体は見るに耐えない状態になっていた。
小さく頷く。
「君に剣は似合わない」
青年は言う。
絶対零度。
何もない、あの深淵がとても恋しく懐かしく思えるのが不思議でならない。
昼下がりの町は活気にみなぎっている。
商店の軒先では、売り子が客を呼び込むのに必死な様子。所々では、輪になって噂話に忙しい人たちの姿もあった。
大通りを抜け、角をいくつか曲がると、大きな建物が視界に入ってくる。よく手入れされた庭まである立派な建物だ。
そこが、目的地。
騎士の詰所に着いたのだ。
部屋に通された俺とレティーシアは、あの青年騎士に出迎えられた。
「ねぇ、一緒に死んでくれる?」
レティーシアの唐突で、物騒な言葉は、俺に向けられてはいない。
冗談ともとれる口調、なのに重みを感じてしまう。
青年騎士は、さも当たり前のように返事をする。
「いいよ、でも、もっと先だ」
誰だよ、こいつ?
いや、それは聞くまでもない。
「あなたが、アレンね」
彼が、微笑むから、プイッと横を向いた。
「シア、この可愛いらしいお嬢さんは誰だい?」
「セシルちゃんよ。事情があって、あたしの従者になってもらったの」
「そうか、それでも、やっぱり、君に剣は似合わないよ」
彼が握手を求めてきた。
躊躇すると、彼は言葉を続ける。
「アレン・クロフォード、アレンと気軽に読んでもらって構わない」
ちっ、なにが気軽に呼んでもらって構わないだ。
仕方なく、彼と握手。
「君に剣は似合わない。僕と結婚をするべきだ」
おい、こいつ、何を言ってるの!
誰か、説明をしてーーーーっ!