感情のままに
不覚!
あの女の子を見失ってしまったのだ。
傷だらけの子……、入浴中でもすぐに……、すぐに行動すべきだった……。
何を考えた? 他人の目? 結果の良し悪し? 事情? なによりも、怒りの矛先は、自らへ。
後悔も検証も後でしろ!
理論はいらない、直情で動け、結果の責を取る覚悟を決めろ!
「あなた、ちょっと待ちなさい!」
リリスに身体を掴まれた。
関係ない! 急げば、まだ風呂屋の近くにあるはずだ!
リリスごと前へ、前へと足を踏み出す!
「もうっ! あんた、ちょっと落ち着きなさい!」
風呂屋を出たところ、リリスの叫びが響き渡る!
「落ち着く? そんな言葉は知らん!」
「いや、知っとけよ!」
強い衝撃が脳天から落ちてきた!
くっそー! むっちゃ痛いぜ!
しかし、頑丈な、この身体に感謝して進め!
前方に壁、なにやらたくましい胸板にぶつかってしまった。
コイツが拳骨を落とした犯人だ!
「剣に頼るくせはなおせ」
良く知っている声、胸板から伸びてきた腕が俺を包む込む。
くせぇ胸板だ。
しかも、ウルフの奴、俺を見下ろしてやがる。
目が合う。
静寂、それは、攻防の証!
そこに、割って入ってくるのはリリスの声。
「もう、こんな所で、あんたたち見つめ合わないでよ!」
睨み合いだ!
「お母さん、カップルが抱き合ってるよ」
「シッ! まあくん、邪魔したらダメよ!」
「くっそー、あいつらイチャイチャしやがって」
「嫁にしたい」
にっ、に、にらみあいだっ!
「お、おい、ウルフ、落ち着いたから、は、離せ……」
そうだ、早く離せってばっ!
「おっ、おう」
ウルフは不器用に動いた。きっとそれは石鹸でちゃんと身体を洗ってないせいだ。
服についたほこりを払う。ズレたワンピの肩紐を整えた。
「やっと話を聞いて貰えそうですね」
アダマス神父が風呂屋から出てきた。
彼から石鹸の香りがする。男のくせにキモい。違うと思う。
無視しよう!
「女の子を探してるけど、見た?」
これは、ウルフに聞いている。
なのに、
「そうですか。出会いましたか」
とアダマスが答えた。
ウザい!
風呂屋から出て来た女性客が、キャッキャッと騒ぐ。
「ねぇ、あの神父さん、頭良さげでカッコ良くない」
「あっちの人の方が地味だけど優しそうで強そうよ」
一人目は、ダメ!
二人目は、まあ良し!
「ねぇ、あの背の小さな子、可愛いわね」
「強そうな人の彼女かしら?」
何を言う、けしからん!
「彼氏だ!」
あっ! 間違えた!
ギョッとする顔を初めて見た。彼女たちだけでない、みんなが固まっている。
ウルフに肩を叩かれた。
「宿に帰ろうぜ」
結局、俺の勢いは空回り、話は宿屋に持ち越された。
あの女の子のことは、アダマス神父たちが事情を知っていた。
彼は恥じることなく全てを話す。
「全ては、こちらの手はず通りです。ククル教を頼って下されば、あの子を、奴隷商会から買って孤児院で引き取る手はず整えましょう。奴隷の取引は法に反してないから、これしか無いですよ」
「無料ではないだろ?」
アダマス神父の提案に質問を返したのはウルフ。
神父は全てを話した。売られ先のことも、背中の傷の理由。
買い手は、幼くて従順な子を求めているらしい。
痛みと恐怖で言葉を奪う。それが完成し、傷が癒えたら引き渡す。その後は、言語化や、ましてや思い描くなど、到底出来ない。
外道が堂々と道を歩く。
「答える必要はない」
いや、
「奴隷商会の場所を教えろ」
「セシルさんは、良い顔する。案内はします。そこからは、あなただ」
アダマス神父が饒舌な間、シスターのリリスは寡黙を貫いていた。