大切な気持ち
移動に必要な馬車は、アダマス神父が準備していた。
整備された街道を走る馬車が、身体を小刻みに揺する。窓を流れる田園を眺めていると肩の力が抜けるのを感じた。
隣に座るウルフへ身体を預けると丁度良い。いや、馬車の冷たく角ばった木材よりマシだから、求めてしまうのだ。
勘違いすんな!
それに、彼の羽織っている革製の外套に頬を寄せてみると、落ち着いて冷静になれる、不思議な感覚。
「なあ、その剣、まだ使っているのか?」
ウルフの口調が固い。神父たちと向かい合って座っているからだ。さすがは、狼男、油断はない。
この剣とは長い付き合いだ。
「見た目の悪いボロい剣だ。でも、頑丈で頼りなる。立派で新しいものより……、そうだな……、俺は、この剣が好きだ」
どこがどうと問われれば困る。気がついたら、いつも手にしていた。そして、手放すと不安になってしまう。
「俺は、この剣を手放さない。ずっと一緒の大好きな相棒だ」
いつの間にか好きになる。理由が不確かなのに存在する感情。言葉では言い表せない気持ち、だからこそ、大切にしたいと切に願う。
ん?
ウルフの脇を拳で軽く突く。
「おい、返事をしろ!」
さっきより、コイツ、硬くなって無いか?
カチコチの岩みたいに、真っ直ぐ前を向いたまま動かない。
「嬉しいと緊張するんだな」
なんだ、コイツ?
むむむ。
ウルフの真向かいにはシスターのリリスが座っている。
彼女の胸の揺れること、揺れること、それはもう、圧巻の光景。健全な男子ならご褒美だろう。
シスターという清純な服装から溢れ出るエロスは、女慣れをしていない、ウルフには強烈な刺激に違いない。
まさに、彼にとって、シスターのおっぱいは、兵器として破壊的な性能を有していると言って過言ではない!
「馬鹿っ!」
ウルフの傍へ、強めの一撃を入れてやる。
ウルフよ、目を覚ませ! 迂闊過ぎるぞ!
しかし、コイツ、ほんとっ、頑丈だな、ビクともせん!
「セシル、その剣なんだけどな……」
あっ、そっちの話ね。
「剣を変える気はねぇよ、馬鹿。これは、もう、俺の半身だからな。絶対に手放さないし、ずっとずっと大切にすると誓っている」
この剣、そんなにボロいか……。どこか、鍛冶屋が有れば、手入れに出すか……。
マジで落ち込むわぁ。
「セシル、お前は、忘れてるかもだけど、その剣は、元々、俺のだ」
は?
「やっぱ忘れてやがる。小さい頃、譲れ、譲れとうるさいから、お前に託したんだ」
ななな?!
「そうか、それがお前の半身で、大好きとか」
おい、泣くな! 泣くな!
「俺のことみたいで……」
キーー、コイツ、バッカじゃないの!
「お前が、剣と一緒の訳ないじゃん!」
なんか、神父たちの視線が生暖かくないか?
いやいやいや、待て待て待て!
お前も返事をしろ!
ウルフの肩を両手で押す!
「俺は、嬉しいよ、セシルゥー」
だから泣くなって!
「だから勘違いをするな! 大好きなのは剣のことだ! お、お前なんか」
ウルフが涙を拭っている。
なんか、あれだな……。
俺の一言で泣くなんて、馬鹿な奴。
「親友、そうただの親友だかんな」
男同士でも、親友なんて言うのは気恥ずかしい。
顔が熱くなる。これは、照れだと自覚した。
「ねぇ、あなた達、目の前で、いちゃいちゃするのやめてくれる」
リリスが、大きくため息を吐き出し、足を組み替えた。
破廉恥な奴。なんでも、かんでも恋愛に結びつけるなと言いたい。
「これは、友情を確かめ合ったんだ!」
男同士の会話に割って入ってくるな!
「はいはい、そうそう、友情ねぇ。あなた達は、お似合いよ、お・に・あ・い!」
うっわー、感じ、わっるー!
「そんな剣は、捨てなさい」
アダマス神父も、神父だ!
さっきから言ってんじゃん、この剣が好きだって!
そこは、譲らん!
「あなたには、【終わりの天剣】が相応しい。バラカスも、それで斬ったはずです。そんな剣で、どうこう出来る訳がない」
「斬ったのは、この剣だ!」
正確には、【終わりの天剣】をまとったを加えるべきだろう。同時に、天剣は、この身を裂いた。
俺の本体である男の姿はズタボロだ。
回復する兆しすら感じない有様。
「天剣でなく、その剣だと。そんな名すら無い、汚い剣ですと」
「汚い言うな!」
鍛冶屋ほどの手入れは出来ないが、ちゃんと磨いている! 失礼だ、謝れ!
「【終わりの天剣】は、セシルの身体も引き裂いた。だから、そんな剣は必要ない!」
流石だ、ウルフ! 良し!
「切り裂いた? ならアビスでの仕事は良いきっかけになるでしょう」
「そこで、俺が、この剣を捨てると言いたげだな」
なんだ、コイツ、馬鹿にすんな!
「そうです。当たり前じゃないですか、私が知る、天魔のセシルは、【終わりの天剣】が大好きなのだから」
アダマス神父は、そう言うと目を閉じた。
それ以降、静かだ。
寝たのか? 寝たの?
コイツ、寝やがった!
嫌いだ!
後悔をすんなよ! 馬鹿!
本能と意志の目的地は一致した。そこで、どうするかは違うかも知れない。
本能のまま動く、そんな獣には、決してならん!
気がつくと、隣のウルフが、コクコクと身体を揺らしている。ガクンと頭が大きく揺れた。寝ぼけまなこになると、また身体を揺らす。
見ていて飽きない奴だ、面白い。
馬車が大きく揺れた。
お尻が座席から飛び跳ねる。
膝に大きな衝撃、それはとてもとても柔らか優しく落ちてきたようにも感じられた。
ウルフの頭が、膝に落ちてきたのだ。
スヤスヤという寝息、子供のよう。
彼が寝返りをうつ、太もものざわつきがこそばゆく、あわわと肩が震えてしまう。
今日は、勘弁してやる。
馬車の旅路は長くなりそうだ。だから、俺も目を閉じることにした。