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天魔のセシル

 数日後、出立する日、支度を整え隊舎を出た丁度その時、二人の訪問者が、目の前に訪れた。


 服装から素性は直ぐに判明する。


 神父とシスターの二人。大陸最大の信者を有するククル教団から訪問者だ。


 確か、この辺りの教区長はクロノ司教、いや、今は大司教だったか……。あれは、生理的に苦手だ。


「背中に隠れろ」

 ウルフの言葉に甘えて、彼の背に回る。


 訪問者に、クロノ大司教はいない。遠目では、俺が誰かは分からないと思う。


「ウルフくん、久しぶりですね」

「ああ、アダマス神父、こんな辺境まで、何用ですか」

「あら、あなたが狼男ワーウルフのウルフくんね。聞いていたより、色男」

 シスターのくせに色ぽっい声をしている。


 男としての好奇心がウルフの背中から顔を覗かせる。


 むむ、中々の美人で巨乳だ。


「ウルフくん、あなたのたくましい背中から、可愛い子が顔を出してるわよ。バラカスを倒したのはアレンだなんて、嘘の報告はダメよ」

 彼女は、破廉恥な胸を揺らしながらウルフに近づくとウルフの顎に長い指で触れた。


 ウルフの喉元がゴクリと動く。俺の手は、剣の鞘に触れていた。


「シスター、リリス、悪い癖です。挑発するのは、まだ早い」

 アダマス神父が、彼女をウルフから引き剥がす。その際、リリスがアレンの顎から指を撫でるように離したのを、俺は見逃せない。


 むむむ、コイツ、鼻の下が伸びてないか? そんなどうでも良いことまで見えるくらい、俺の目は良いし、油断はない。


「殺意は抑えてください。あなただって、ここでの荒事は、本意ではないてしょ?」

「勘違いするなよ。コイツが、誰に欲情しても、俺には関係ない」


 妙な間が空いた。

 静かだ……、小鳥の鳴き声。庭で芝をつつく小鳥が突然、羽ばたいた。


 神父が口を開く。

「それは、それは、お許し下さい。あなたが、セシルさんで間違いないですね」

 色白で整った顔。瞳は真っ直ぐに俺を見ている。


 無言を肯定の返事とした。


 通りを子供たちがはしゃぎながら駆けて抜ける。そんな雑音ですら貴重だと感じる。


 リリスはその光景を蔑むように見送った。

「あんなに威張ってたバラカスも、こんなおチビさんに殺されちゃうなんて、やっぱり大きくても、トカゲはトカゲってことかしら」


 そのバラカスのせいで町は半壊だ。隊舎の周りの被害は少ないが、少し離れた場所は酷い有様になっている。


 資材を山積みした馬車が門の外を横切る。大勢の人が様々な繋がりを持って生きている。


 シスターが腕組みをすると、その豊かな胸が持ち上がって強調された。それを凝視してしまうのは男のさがなので仕方がない。


 だが、今の俺に油断はない。

 断じてない!


「なあ、お前らは、俺について来るのか? それとも、連れて行くのか?」

 ウルフの足を強く踏む。コイツ、シスターの胸を凝視しすぎ! この迂闊うかつ者め!


 ウルフの顔が歪む。

 俺は、しっかりと前を見る。


 集中しろ!


「あら、ウルフくん、可哀想」

「どっちだ!」


 門の外から人の視線。少し騒ぎが大きくなってきたか……。


 だか、気にするな!

 準備は出来たか!


 万端だ! 標的は見定めた。


 剣の軌跡は、もう、見えている。


「目的は、あなたです。ついて行くか、連れて行くかは、難しいですね」

「レティーシアに興味はないのか?」

「教団の優先順位は、あなたが先ですよ、セシルさん」

 アダマス神父の手が、俺の頬に伸びてくる。


 その手は、俺には届かない。


「気安く触らないで頂きたい」

 ウルフが、神父の手を叩き落として、割って入ってくる。


 コイツ、盾としては優秀だな。


 うむ、良し!


 レティーシアに興味が無いなら、引いた軌跡は消してやる。


 隊舎の方から、アレン達、騎士が出て来た。


 レティーシアも一緒にって話だったけと……。

「アレン、予定変更だ。レティーシアのことは、任せたぞ!」


 背中で別れを告げて、門を出た。


 神父は、アレンと一言、二言、言葉を交わしたようだ。


「それで、あなたの目的地を聞いていない」

「ジェヴォーダンに戻る」


「それは良い答えです。途中、寄り道をして頂けるならついて行きましょう」


 寄り道?


「教団なら行かないぞ」

「いえいえ、わざわざお越し頂かなくてても結構です」

「もったいぶった言い方は、やめろ」

「そうですよアダマス神父、セシルは察しが悪くて鈍感だ」

 肩に手を回してきた、ウルフの手を叩いた。イタタタッと手を振っている彼は無視し、アダマス神父の顔をジッと見る。


 すれ違う人々の中には、神父に祈るようにして頭を下げる者もいる。中には、立ち止まり、シスター、リリスに見惚れて鼻の下を伸ばすウルフのような奴もいた。


 空は晴れ渡り、復興と共に平穏が戻っていく、そんな期待を抱ける光景だ。


 それが、とても危うい。どんな穏やかな天気でも、必ず嵐はやって来る。


 そう思わせる何かが、直ぐ近くにいる。


 神父がまとう空気には、暗雲が潜んでいた。それも黒くて重い不気味な空気……。


「なに、簡単な魔女狩りです。小国、アビスにお仕置きをするだけ、ちょっとした寄り道でしょ」

 神父の残忍な笑みが、沢山を殺すと宣言している。


「そんな物騒は、お断りだ」


 それは当然の答え。標的を見定めるのは自分自身。いつだって剣先は正しい位置に置く。


 そう決めている!


「アビスは、教団の主神、ククル様を否定しています」

「俺は、ククル教の信者じゃない」


 それは剣先を向ける理由には、到底なり得ない。


「ジェヴォーダンが、ククルースの民、その成れの果てでもですか?」

 そんなことは、幼い頃から知っている常識。残念だけど、俺の中で信仰は芽生えていない。


「じゃあ言い換えます。あなたの大好きなお母さまを否定しているのです。神話の記憶ぐらいあるでしょう。私たち神話級の獣を宿すジェヴォーダンなら当然のことなのだから」


 大好きな母さまが否定された……。


「おい、セシル大丈夫か?!」

 ウルフの肩に、この身を寄せて身体を支える。

「意味が分からない」


 だから神父に従う理由にならない。

 なのに、本能は、アビスに行けと命じている。


「逃げていては罪は償えません。創世神話に終わりを告げる。それが、あなたの役目だ、天魔のセシル」


 天魔のセシル……、嫌な呼び名だ……。

 だから嫌いなんだ。この姿を受け入れることが出来ない。


 納得のないまま、剣を振る。

 それは、決断を人に委ねるということ。


 覚悟がないということだ!


 それなしに剣を振ってはいけない、そう決めていた。


 なのに、身体はコクリと頷き神父に同意する。

 本能がそれを許してしまうのだ。

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