いつまで「まーだだよ」と言われるのか
読者の好みが激しく別れるオチなので記載必須でしょうが、ネタバレになるのでそのキーワードを意図して省いております。
その要素が苦手な読者の方には、先んじて「すみませんでした!」と謝らせて頂きます。
街と言うには田舎で、田舎と言うには建物が建ち並ぶ、そんな田舎町。
そこに古くからある幼稚園。
今は1クラス20人の児童と3人の先生で運営される、児童は全120名の大きな幼稚園。
敷地はその数に相応しく、プロ用のサッカーコート3面分は有るだろう。
そんな所に勤めている彼は、幼稚園の先生。
男で幼稚園の先生になると、そんな趣味なのかとよく言われる。
完全に誤解で、ただの健全な子供好きってだけ。
何をやっても愛らしい子供達が、笑顔で元気に育って巣立って行く過程を、こうやって見守るのが何よりの幸福だと感じるだけの男。
同僚の女性の先生達も「男手があると助かるわぁ」なんて行ってくれて、便利に使われているだけだとしても、自身の居場所があるって意味だけで十分満足だ。
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「もーいーかい?」
今は子供達の運動の時間。
運動をさせるにも、学生みたく50㍍や100㍍を○本とか指示しても面白くないだろうし、そもそもの話で子供達には無茶だろう。
なのでこう言った時の常套手段。
運動するのと変わらない運動量の遊びで、子供達を飽きさせず走らせる。
運動は大切だ。
子供達が健康に育つには、とても重要な要素だ。
だから先生達もまざって、一緒に遊んで見守る。
その為にこうして、かくれんぼの鬼をしている。
もしかくれんぼで見つかっても、鬼にタッチされるまで負けにならないルールの時もあるけど、今回はベーシックな見つかった時点で負けのやつ。
見つかってそれを宣言された瞬間に、鬼に捕まった(負けた)とするやつ。
それで全員見つかったら、最初に見つかった子が鬼になるルールの。
『まーだだよ!』
園内の木に額をあてて目を閉じる俺に、子供達の元気な声が遠くから聞こえて、知らず口許が弛む。
今頃は必死になって、決められた範囲の中でどこに隠れるかを考えているのだろう。
だがしかし、俺たち教員は隠れられる場所をほぼ全て把握している。
もちろんそれは、子供達の安全の為。
子供達は、普段から想像できないトラブルを呼び込む事がある。
教員からすれば可愛い子供達を怪我なんてさせたくないし、そう言ったトラブルの種になりそうな物を出来るだけ無くそうと、園内の様子を確認して回るからだ。
子供が隠れそうな場所など、最初からお見通し。
だからって何も考えずに「見ーつけた!」としていってしまえば、そんなのは大人気ない。
それになにより、子供達が楽しめないだろう。
だからこそ、子供達を見つける順番や見つけるペースは重要になる。
今はそれを念頭に置いて、まず呼び掛けだ。
「もーいーかい?」
広い園内に響くよう、はっきり伸びやかな声を意識して、声を張る。
『まーだだよ!』
沢山の子供達の声を聞き分け、次の鬼に任命する子を選ぶ。
出来れば鬼の役が好きな子を。
でも毎回同じ子を最初に捕まえると、それはそれで各所で問題になるから、ちゃんとバラけるよう意識して。
「もーいーかい?」
『まーだだよ!』と返されてから10秒を口に出して数え、再び問いかけた。
今日は少し回数が多い。 相当に気合いを入れて隠れたい子が居るのだろう。
そう思って返事を待っていたのだが、どうにも様子がおかしい。
《まーだだよ》
子供達の返事がひとり分しか聴こえないのだ。
「もーいーかい?」
もう一度問いかける。
するとやはり、奇妙な事になっている。
《まーだだよ》
声が、近くから聴こえるのだ。
しかも普段から聞きなれている、低い位置からの声じゃない。
俺と同じ位の高さから聴こえるのだ。
だが今の俺は、かくれんぼの鬼。
目を開けて振り向くなんて、子供達を裏切る行為は出来ない。
「もーいーかい?」
この声は誰なのだろうか?
正体を探るみたいに、俺の耳に神経を集中させる。
《まぁだだよ》
………………ぞくっ、とした。
誰かが、全く分からない。
先生仲間の誰とも違う声。
顔をあわせた事のある園長一族とも違う。
子供達の保護者にも居ない。
「もーいーかい?」
《まぁだだよ》
……なんだ、この現実感が酷く薄い声は。
ひそひそ声なのに、距離が有ってもはっきり聞こえる声は。
「もーいーかい?」
聴こえた瞬間に、今度は足がぞくっとした、この声は。
《まぁだだよ》
…………今度は腿やふくらはぎがぞくっと。
しかも返事をされる度に、近づいてきていると感じる、声。
なんなんだ、この高くもあり低くもある声は。
「もーいーかい?」
《まぁだだよ》
…………腰と腹。
なんなんだ、感情豊かなのに平坦に聴こえるこの声は。
「もーいーかい?」
《まぁだだよ》
…………っ!? 胸と背筋が凍えた。
なんなんだ。 この男の声に聴こえるのに、女の声でもあると感じる、この声は。
「もーいーかい?」
《……まぁだだよ》
………………っ!!? 首から上が全て震えた。
しかもその声は、耳許でささやくように聴こえた。
なんなんだ、さっきの間は。
「もーいーかい?」
《もういーよー……クスクス》
よしっ! その返事を待っていた!!
返事自体は離れた所からだったし、これは捕まえてみろって挑戦だな?
その正体もろとも、捕まえてやるっ!!
そう思い木から額を離し、目を開いて振り向く!
すると――――
「ねーねー、おねーさんはだれー? あたらしいせんせー?」
俺の受け持っている子供達が、目の前にいた。
「カッコいー! 誰のおねーさんなんだろうね?」
しかも子供達は、いつの間に背が伸びたのか、かくれんぼを始める前よりも近いところから声が聴こえる。
「ねー、せんせーみたいなカッコーのおねーさん!
ここにいたせんせーがいないんだけど、知らない?」
「………………は?」
全く、訳が分からなかった。
俺は、いつの間にか女になっていた。
実際にこんなキッカケでTSしたら、怖いでしょうね。
怖いでしょうけど、当人以外は別にそれほど困る事じゃないと言う。
女性が極めて多い職場に、男性が抜けて新しく女性が加わりましたってだけだし。
なお、謎の声でゾクゾクしてたのは、そのゾクゾクした部分が男性の体から女性に変わっていく過程。
もちろん謎の声の正体は、ホラーらしく語りません。
人物もなんとなく書かれている場合が多いですし、それを踏襲して、顔だのファッションだのは描写せず。
変わった後のプロポーションは、皆様のご想像にお任せしますって事で。
以上。 ホラーらしいオチではありませんが、現実的に考えたら怖いって意味でのホラーを、ひとつ投稿させて頂きましたって事で。