令嬢の愛読書
「はぁぁぁ、何て素敵なの」
私は一冊の本を胸に抱えて呟く。
「分かるわ、シノア様」
そんな呟きにキラーンと目を輝かせたのは専属侍女のマキだった。
私が胸に抱いた本は、最近流行りの少女小説の中でも手に入りにくいと言われるラブハルルーラ先生の新作だ。
「やっぱりハルルーラ先生は最高ですわ」
「貸してあげた私に感謝しなさいよ」
「もちろん感謝してるわ。ほんっとマキが侍女で良かったって思ってるもの」
先日発売された本が入手出来ずに落ち込んでいた私に手を差し伸べたのが、自称ラブハルルーラ先生のファンクラブ1号のマキだったのだ。どうやって入手したのかは企業秘密だと教えてくれないが、何故か必ず新刊本を発売日に手に入れている。
ちなみにラブハルルーラ先生の本を私に薦めたのもマキだったりする。
「でもシノア様がこんなにハマってくれるとは思わなかったわ。恋愛なんて興味なさそうだったのにね」
マキが言うのも分からないでもない。
世間での私は人嫌いで通ってるから。
「興味があるもないも、屋敷にあった本は学術書や歴史書とか領地関係の書類ばかりなのよ。あったとして子供向けの絵本くらいで。こんな心がキュンってする素敵なお話なんて知らなかったもの。ハルルーラ先生は奇才ですわ」
私は父を隣国の王族に母をこの国の王妹に持つ由緒正しい血族の一人娘である。
本来なら蝶よ花よと育てられる筈だった。
だが、両親こそが蝶であり花であった為に出生届もないままに屋敷の奥でひっそりと育てられる事となった。
私の存在が屋敷の外に知られたのは2年前。たまたま公務で一緒に馬車に乗っていた両親が事故に遭い亡くなった事が切っ掛けだった。
領主不在の領地を一時的に国が治める事となり、やって来た国選領主が住み始めて子供の幽霊騒ぎが起きたのだ。
その幽霊の正体こそが、深夜の図書室に通っていた私です。
「小説より奇なりを地で生きてるシノア様に言われてもねぇ」
「そう言えばそうね」
マキの呆れたような言葉に、自分の波乱な人生を思い出して苦笑いをしてしまう。
「一応血筋だけは本物だったようですから、こんなお話のような自由恋愛は難しいですわ」
今回の新作は身分違いの騎士と姫の話だった。3年前にデビューしたというラブハルルーラ先生の作品は悪役令嬢シリーズが有名で、学園の図書室にも新刊予約が殺到するくらいに人気なのだ。
あまりの女学生の心理描写の巧みさから現役女学生だとか、はたまた男所帯の職場に詳しい事から男性だとか、自由恋愛マスターと崇められたり色々と噂されているけど正体は不明とか。
「まぁ、なんと言ってもリアルに自由恋愛を求めた蝶と花の結果が私ですしね。良くて政略結婚か最悪修道院かしら」
「シノア様‥」
私は周囲に両親どちらかが外部に作って引き取られた子供だと思われていた。しかし調べてみると其々の王家の特徴を持っている事が分かり、両国から両親の実の子供だと認められたのだった。
父からの隣国の王家のみの持つ紫の瞳も母からの母と同じ光の魔力も、私には不要なモノでしかないのだけれど。
「マーシャに引き取られてたら、自由恋愛もできたのかしらね」
マーシャとは私を育ててくれた乳母の名前だ。
正確には王家の姫さまだった母が12歳になるまで仕えていた乳母だった者だ。母の乳母を辞めて実家で夫と暮らしていたが、私が産まれたその日に母に呼び出され私を育てる様に命令されたと言う。
命令に従う必要など無かったのに、赤ん坊だった私の不憫さに屋敷に残ってくれた優しい人で、私はマーシャを本当の肉親だと思っていた。
発見された当初マーシャと暮らす案もあったけれど、王家の特徴を持つ子供を平民の元にやる訳には行かないとかなんとかで、私は王家縁の一族に引き取られてマーシャは夫の元に戻らされたのだった。
「そんな罰当たりな事、冗談でも言ってはダメですわね」
あれから2年、マーシャは孫に囲まれて幸せだという。一番上の孫が私と同じ歳だと知った時は、それまで何とも感じていなかった両親を恨んだ。
私の為に無駄にした家族との幸せな日々を取り戻せる様に、私の存在がこれ以上邪魔にならない様に、マーシャと連絡を取らない事が私の償いだと思っている。
私は本の中だけで幸せな気分を味わえれば良いの。
『本選び』と同じ世界です。