表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

死ぬまで

銭湯と金銭

作者: 蛹繭

私は生きること、それに意味は、ないと思う。


人の生に付加価値を積み重ねていく。

これは本人の努力と行動次第なのだ。


人間は自己満足を得るために、生きている。

種の繁栄は果たされ、秩序による支配と世界平和を目指している。

究極論としては、停滞だ。

人間は停滞を望んだ。


私はその停滞の中で、個々に満足のいく結果を模索している。

だけど、私はまだ見つけていない。


私は、呆けた面で天井を見る。


眼前で揺れる湯気と肌を伝う温もり。

ああ、気持ちがいい。

この、気持ちよさ。

これを味わうために働いている人もいるんだ。


私の欲望を満たすめには、お金が要る。


銭湯に入るためには成人二百六十円。

そこから石鹸、シャンプー、リンス、タオル。

風呂上りには冷えた牛乳を一本。


しめて千円ほど。

日本国ではおおよそ1時間働けば、手に入る金額だ。


少ない額だろうか?

いいや、決して少なくない。

むしろ大金だろう。


何せ価値がほぼ平らな世の中だ。

若い身体を売る以外の労働。

つまり単純作業に、希少性はないのだ。


というか、連中が労働を安く買い叩いている。

この理由が最もだと思う。

支払う側だから、条件付けをする権利がある。

売る側にも、選ぶ権利がある。


双方納得している、はず。

私は、違うけれど。


ただ呆けて天井をみるためにも、お金は要る。

それ以上に、生きるにはお金がかかる。


生きることに意味なんてないのに。


しかし、生まれてきた以上、何かを創造したくてたまらない。

それによって、金銭を産みたい。

社会貢献を成したい。

誰かに認められ、褒められたい。

そして、受け入れられたい。


私は、なんて傲慢なんだろう。

それが人間としてあるべき姿だと思いたい。


私は、聖人君子のように生きられない。

私は、私の欲望を満たすために生きる。

私は、私の生に意味を付加する。


ふっ、と目を細める。

わかってるじゃない。

全部わかってるのに、殻に閉じこもって。


他人を気にするのは大切なことだ。

適度なプレッシャーは、自己の成長につながる。


感情が安定すること、揺らがない精神が目標へ近づけてくれる。

そう、他者は私を成長させてくれる起爆剤になる。


だけれども、裏切られ見放された。

私は耐えられなかった。


私は食事を拒否、登校もやめて引き篭もった。

私は、生きることを諦めた。

ゆっくり、死んでいくことを願った。


それが一番楽だった、のだろう。


だが、残念。

私が許さない。

あなたが私を創った以上、楽には逝かせない。


足掻いて、もがいて、無我夢中で生に執着してもらう。

白くて遠い、あの場所にはまだ逝かせない。


あなたがどれだけ恵まれているのか。

あなたがどれだけ愛されているのか。


すべて理解できていないんだろう。


ため息が湯気の中へと消えていく。

くだらない。

生こそが素晴らしい価値そのものだから。


死する時の快感は絶頂の数倍、数百倍だとも言うらしい。

死ぬために生きて。

生きるために死ぬ。

生の営みの中で変わらぬ循環の中で。

一度の権利しかないのだ。


生き返ることは極僅かな人間にしか体験できない。

何度も死ねるのならば、なんとも楽しいことだろう。


立ち上がり、脱衣所へ向かう。

バスタオルを身に纏い、硬貨を手渡す。

引き換えに氷塊のような瓶を受け取る。

名物のペンギン牛乳だ。


私は腰に手を当て、一気にそれを飲み干す。

まろやかでいながら、確かな濃厚さを脳に届けてくれる。

たまらず身体が震えてしまう。


生きる喜び。

喰い、遊び、死ぬ。


なんて贅沢なのだろう、人間は。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ