九話
「……広っ」
採寸の後、ロバーツさんに案内された場所は女官であるからか比較的国王陛下であるヴァルターの執務室から近い場所に位置するひと部屋。
しかし、ドア越しに存在していた部屋のあまりの広さに私は思わず驚嘆してしまっていた。
軽く10人は窮屈な思いをしないで過ごせるであろうスペース。室内はこれまで誰も使っていなかったのか、もの寂しくはあるが、それでも必要最低限の家具は設えられていた。
「フローラ様にはこの部屋を使って頂くようにと陛下から言い付かっております」
ロバーツさんのその言葉で、私は二度目の驚愕をしてしまう。
「…………ここに私一人で、という事でしょうか」
そんな問いを投げかけた理由は、見る限り、寝具は一人分しか部屋に用意されていなかったからだ。
しかし、既に誰かがこの部屋を使っていて、私の分の物をまだ用意出来ていないという線も考えられた。だが、私のそんな疑問に対し、
「ええ。そうですが?」
何を当たり前の事をとばかりにロバーツさんは頷いた。
「ここは元々、陛下の側仕えをする者の為に用意されていた部屋なのですが……」
そう言って彼は言い淀む。
そういえば確か、ヴァルターは執拗に己の側仕えという存在を拒み続けていたのだったか。
と、思い出し、私は言い辛そうにしていたロバーツさんに「……そういう事ですか」と苦笑いを向け、理解しましたと表情だけで伝えた。
「ですので、もしかすると今後、人が増える事があるやもしれませんが、その際は何卒宜しくお願いいたします」
元々、複数人の女官で使用する筈だった部屋。
そこで漸く、ああ成る程、そういう事だったのかと理解に至る。
「それでは、私はこれにて」
部屋までの案内を終えたロバーツさんはそう言って踵を返し、私の下を去って行った。
「……ん」
取り敢えず、部屋の中に入るかと思い、中へと足を踏み入れるも手荷物すらまともにありはしないのでやる事など何一つとしてない。
部屋を観察しようにも、家具も両手で数え切れる程度の無駄にだだっ広いだけの殺風景を前に、何をしろと言うのか。
せめて、実家に置いている私の私物を手配、もしくは取りに戻っても良いかと聞くべきであったか。
……いやいや、あの場でそんな事を言える筈もないじゃないかと、私はひとりため息を吐いた。
「取り敢えず……、これをどうにかしなきゃよね」
そう言って私は視線を下に落とす。
動き辛い煌びやかな赤を基調としたドレスが目に映った。
「普段着をこれ、にするわけにもいかないし」
パーティー用のドレスがこれからの私の普段着だなんて考えたくもない。
そんな目立つ格好ではおちおち外にも出られないじゃないかと頭を悩ませる。
かと言って、普段着を欲しがろうとも買いに行く為の金銭を生憎今は持ち合わせていない。
こんな事なら私をパーティーへと送ってくれたウェイベイアの従者達に金銭を貸して貰えば良かったと私は今更ながら後悔をした。
となると、先程まで採寸をし、2日後には出来上がると言われていた騎士服めいたあの服の完成を待つべきか。
そんなこんなで八方塞がり。
うむむ、唸る私であったが丁度その時。
「入るぞ」
私が是非を言うより先にそう告げた声の主が部屋のドアノブを回して押し開ける。
数時間前に聞いたばかりの声。
私の前に現れた人物はヴァルター・ヴィア・スェベリア。つまり、国王陛下であった。
————……でか。
あの時は距離が空いていたが、今はかなりの至近距離。故に、私は不敬にもまず何よりも先にそんな感想を抱いていた。
私が知っているヴァルターは130cmくらいで、私よりもずっとずっと背が小さい子供だったのに。それが今では頭ひとつ以上の身長差があり、見上げなければ視線は合わない。
あれから随分と成長したんだなあと、人知れず感傷に浸る。しかしそれも刹那。
「これから何か用事はあったか」
「い、え。ありませんけれど……」
「そうか。なら、少し俺に付き合えフローラ・ウェイベイア」
「それは一向に構いませんが、」
一体何の用事なのだろうかと尋ねようとした私の思考を読みでもしたのか。
「俺にとっても、お前にとってもそれなりに大事な話がある。……それと、お前もその姿では不便極まりないだろう? それは今日付けで女官にと唐突に頼み込んだ俺の落ち度だ。だからその代わりに俺が用立ててやろう。分かったら今から外へ行くぞ。ついて来いフローラ・ウェイベイア」
パーティー用のドレス姿の私をみて、ヴァルターはそう言った。
お前の意見なぞ知らんとばかりにまくし立て、今すぐにでも外へ向かおうとする彼であったが、
「ですが、」
私はその申し出に対し、お手を煩わせるわけにはいかないと断りを入れようとする。
「俺が好きでやろうとしている事だ。俺を納得させられるだけの理由がないのなら素直に受け入れろ」
しかし、私のその発言は見事に封殺。
まともに取り合ってはくれなかった。
まじで横暴。
私を「さん」付けで呼んでいたあの頃のヴァルターはどこに行ったのだと無性に私は嘆きたくなった。