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七十八話

 虚空に舞う、鮮血。

 袈裟懸けに振り下ろされたヴァルターのその一撃は、私の目から見てもまごう事なき致命傷を与えていた。


 臓器にまで届いたであろう容赦ない一撃。

 しかし、どうしてか胸騒ぎ(、、、)がした。

 〝亡霊〟を倒した。切り札だったであろう〝魔人〟も倒した。外にいる〝華凶〟も恐らくユリウスが始末している。けれどもあの〝華凶〟がこれで終わりにするはずが無いと。


 最後に一手、何かを残しているのではないのか。そんな予感がすべての手段を尽く打ち砕かれたにもかかわらず、不敵な笑みを浮かべる白髪頭の男の表情を見ていると無性に掻き立てられる。


 そして次の瞬間。

 その懸念は現実のものとなった。


「……道連れですか」


 ヴァルターが彼を斬りつけた瞬間、ピシリと音を立てて洞の至る場所に亀裂が生じたその音を見逃す私ではなかった。やがて、がらがらと何かが崩れ落ちていく音が何処からともなく聞こえて来る。


 そして、〝華凶〟のやり口を知る私だからこそ、瞬時にその答えにたどり着いていた。


 つまりは、〝生体リンク〟。


 ヴァルターと対峙した場合、どれ程策を講じようと絶対に勝てるという確信がどうしても持てなかったのだろう。


 故に、彼は仕掛けを施した。

 己の命が果てる瞬間、この洞も崩壊させる事で対峙した相手を道連れに出来る様に、無機物と己の命を一蓮托生として。


「ふ、っ、ふふふふふッ、そこの貴女はやはり、随分と聡いですねえ……」


 身体から垂れ流れる鮮血を押さえるように、胸部に手を当てながらも蹌踉めきながら二歩、三歩と白髪頭の男が後退。


 けれども、そんな彼に対してヴァルターはトドメの追撃を行おうとして、


「…………」


 しかし、すんでのところでその手を止めていた。


 私の声が届いたというより、恐らくヴァルター自身も気付いたのだろう。私達のいるこの洞が、崩壊を始めたという事実に。

 次いで、ヴァルターは天井を見上げた。


「————くひひ、くひひひひ、無理ですよぉ? この洞は貴方じゃあ壊せない造りに僕が変えてますからねえ」


 あの一撃はまごう事なき致命傷であった筈だ。

 しかし、白髪頭の男はにもかかわらず不気味な笑いをこれでもかと言わんばかりに響かせる。


 ヴァルターが壊せない造りに変えている。

 その一言のお陰で私の頭の中で一つの可能性が浮かび上がった。

 もしや、この洞にはあれが含まれているのではないのか、と。


 脳裏に浮かぶとある鉱石、その名称。


「……ウェル鉱石ですか」


 通称、衝吸石。

 マナや魔法を除いた攻撃による衝撃を吸収してしまう世にも珍しい鉱石。

 それが、ウェル鉱石。恐らく、それらがこの洞に数多く意図的に組み込まれているのだろう。だとすれば、ヴァルターでは(、、、、、、、)壊せないという物言いにも納得がいく。


「……おや、それも分かってしまいますか。しかし、であるならば私が貴女に多くの〝亡霊〟を相手させた理由も分かったのではありませんかねえ?」


 ニタニタと、不快感を催す笑みが私に向けられた。血の気も失せ、もう立ってるだけでも限界だろうに、よくやる。


 基本的に、実態を持たない〝亡霊〟を倒す手段はたった一つ。魔力を用いて消滅させる。それ以外に手段は存在しない。


 そして、衝吸石などと呼ばれるウェル鉱石を破壊する手段も同様にたった一つ。

 魔力を用いて魔法もしくはマナをぶつける。たったそれだけ。


 だから普段であれば何一つとして問題はないんだけれど……しかし、今の私はガス欠状態だ。

 殆ど、魔力が残っていない。


 そして同時、悟る。

 あの白髪頭の男は激情して〝亡霊〟を私達にぶつけたのではなく、彼の本当の目的は、私の魔力を消費させる為だったのでは無いのか、と。


「ええ、ええ。そうですとも。〝亡霊〟を持ち出したのは貴女の魔力を根こそぎ使わせる(、、、、)為ですからねえっ!? ……しかし驚きましたよ。余裕を持って用意した筈の〝亡霊〟を貴女ひとりで倒し切ってしまったのですから」


 内心で押し留めていた感情が無意識のうちに顔に出てしまっていたのか。満悦な様子で男は言葉をたて並べる。

 その通りである、と。


「ですが、貴女の魔力は底をついた。いやぁ! 残念でしたねえ!? あれだけの〝亡霊〟に対して貴女は良くやりましたよ。ですが、それでも! 僕の方が一枚上手————」


 しかし、それでもこれだけは言わせて欲しい。

 〝華凶〟に対して、私ほど警戒している(、、、、、、)人間もいないと。

 だから、


「————それは、どうでしょうね」


 食い下がる。

 お前の思い通りに事が運ぶわけがないでしょと、相手を小馬鹿にしたような笑みを貼り付けながら、私は言葉を続けた。


 私が〝華凶(お前ら)〟を前にして、魔力を全て使い切る。なんて馬鹿な真似をするわけないじゃん。と。


「……おや。それは、一体どういう」


 戦う最中、一番隙を見せてしまう瞬間というやつはいつだろうか。

 答えは、決まってる。

 相手の行動を、己の常識に当て嵌めて考えてしまったその瞬間である。


 常に、相手は何かしらの予想外な手段を手に、虎視眈眈と相手が隙を見せるその瞬間を待ち望んでいる。そう考えなければ間違いなく足をすくわれてしまう。


 そしてその考えを持ち得ていなかったが故に、彼は誤認した。

 顔は蒼白。魔力が欠乏しているのは火を見るより明らか。そんな状態にもかかわらず、まさか魔力を残しているとは思いもしなかったのだろう。


 ヴァルターのように特別魔力に対して聡くはないから、彼は分からない。


 だからこそ、


「————魔力凝縮砲(マナバーン)


 この一手が通じてしまう(、、、、、、)

 対策をしていた(、、、、、、、)とは夢にも思わない。ううん、思えないのだ。



 白髪頭の男の言葉を待たず、私は手のひらを洞へと向けてそう言い放つ。

 続け様、響く轟音。


 魔力を込めた必殺の一撃が、白髪頭の男の脇を通過した。狙い穿とうと試みた場所より少しだけ右を魔力凝縮砲(ソレ)は通過した。


「……おっしい。ちゃんと、狙ったつもりだったんだけどな」


 疲労が正確さを欠かせた。

 外した理由が一目瞭然であったからこそ、私は自嘲するようにそう呟いた。


「…………」


 言葉は一向に聞こえてこない。

 鼓膜を揺らすのは崩壊を知らせる壊音だけ。


 万全を期したと判断した策が打ち破られ、挙句、僅かな誤差で己の生死が分かれた。その事実が何処までも白髪頭の男から冷静さを欠かせていたのだろう。それは、表情から見て取れた。


「でも、次は当てる。だから、」


 呆然とする彼に対して、再度焦点を合わせ————しかし、


「……って、……ぇ、ちょっ、」


 私の視界がぐるんと動き、地についていた足が何故か離れてしまう。

 突然のその出来事に、驚愕の声をあげたのも束の間。


 そういえば、あの白髪頭の男に魔力凝縮砲(マナバーン)を撃つ際、まるで撃つと知っていたかのように私の視界から外れていたヴァルターは一体何処にいったのだろうかという疑問がふと、思い浮かび————そして次の瞬間、否応なしに理解させられる。


「……もう少し周りを見ろ。さっさと此処から出るぞ」


 先の魔力凝縮砲(マナバーン)により、ポッカリと空いた丸型の穴を見遣りつつ、呆れ混じりに私の側で彼が言う。

 それも、私の身体を左の腕で強引に脇に抱えながらの一言。恐らくは、魔力の使い過ぎ故に独特の倦怠感に襲われていた私を気遣っての行為なのだろうが、それをあえてヴァルターが口にする事はなく。


 私の意見など、知らんと言わんばかりに本格的に崩壊を始めた洞から脱出するべく、彼は駆け始めていた。


「……で、すが」


 抱き抱えられた状態。

 それでも尚、私は〝華凶〟のような連中は、ちゃんとトドメを刺しておかないと後々に大きな懸念となり得る。だから、ここで————。


 ……そう、言おうとして。

 けれど私は、直前で喉元まで出かかっていた言葉を飲み込んだ。


「……い、え。何でもありません」


 〝華凶〟には、ヴァルターも少なくない因縁があるとは知っていた。けど、そのヴァルターが捨て置くという選択肢を選び取ったのだ。

 ……なら、助けられた(、、、、、)私がどうこう言うべき事ではない。


 だから私は、口を噤む事にした。


 これが前世の頃であったならば。

 きっと、何事もなくあの男を斬り伏せられていたのだろう。しかし現実、アメリア・メセルディアだった頃の私はもう何処にもいない。


 仮にあのまま白髪頭の男に二度目の魔力凝縮砲(マナバーン)を撃ち込んでいた場合、始末こそ出来ていただろうが間違いなく私は逃げ遅れていた事だろう。


 だからきっと、ヴァルターはこうして半ば強引に私を洞から連れ出したのだ。

 優先順位を、見誤るなと言わんばかりに。

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星斬りの剣士
― 新着の感想 ―
[一言] まさかまだ魔力を残してたとは流石の凶華でも気付かないわなー。 止めは差せなかったが無事に脱出ですね!
[良い点] 奥の手は最後の最後まで取って置く ですねw
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