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七十五話

「————ん」


 やって来る違和感。直後、理解する。

 その正体は、全身を突き刺すような殺気であった。


 洞に足を踏み入れてから一度として感じなかった死神もかくやという段違いの殺気。その発露。


 ただ、同時に疑問も抱いた。

 ここまで露骨に殺気をあらわにするという事は余程の自信家であるか、考えなしの馬鹿と相場は決まってる。しかし、私達は今、暗殺者集団の根城にいる。ならば、油断はしないが懸命だろう。


「迸れ————〝白雷〟」


 やがて、一言。

 魔力の節約を考えながら使用していた魔法を再度発動。ばちり、と音を立てて私の腕の付近で白い火花を散らす〝白雷〟によって暗がりの視界が薄く照らされる。


 あれは、なんだろうか。


 そう考えた一瞬の間に、ナニカは恐るべき速度で此方に接近。

 黒い塊。そう、辛うじて認識か出来た。


 殺意の出どころは間違いなくアレから。

 危険度も先程までの下っ端とは比べるまでもない。そして、ナニカの矛先は私——ではなく、ヴァルターだろうか。


 カタチは人型。

 けれど、人間というには些か異質に過ぎる。

 魔力の質、加えて魔力量。

 人間の域を遥かに凌駕し、最早、〝亡霊〟のような魔物と言われた方が納得がいく。


 そして気付けば既に間合いは十数メートル。

 私という存在は眼中になく、相手の双眸はヴァルターに焦点をあてて離さない事は足取りから容易に察することが出来る。


 幽鬼を思わせる程の顔色の悪さ。

 見え隠れする肌は灰色。

 

 ……気味が悪い。

 思わずそんな感想を抱かざるを得なかったが、それよりも今の私の心境は苛立ち(、、、)の方が優に上回っていた。


 あの得体の知れないナニカは易々と私の側を通り抜けられると思っているのだろうか。

 私を無視してヴァルターを殺せると、そう本気で思ってるのだろうか。


 ————……ふざけんな。


「申し訳ないけど、ここから先へ通すわけにはいかないんだよね」


 ゆったりと、精一杯の苦笑いを浮かべながらも呑気にそう告げる私であったが、右の手はユリウスから譲り受けた無銘の剣へと伸びていた。


 シン、と静まり返った洞の奥。

 それ故に私の声はよく響いたけれど、言葉が返って来る気配は一向に感じられない。

 そしてつまり、それが答え。


「前から一体。魔力の質からして、人間ではないだろうな」

「……分かってますよ」


 微塵も己が殺されると思っていないのか。

 普段と変わらぬ様子でヴァルターが私の背後からそう指摘してくれていた。


 程なく抜剣。

 手に纏わりついていた〝白雷〟が、とぐろを巻くように螺旋状にぐるぐると手にする無銘の剣にまで伝播する。


 そして、あと数秒もせずに私の下付近にたどり着くと予想して、躊躇うことなく思い切り踏み込む。

 続け様、コンマ以下の速度にて振り抜く凶刃(やいば)。しかしながら、私のその一撃は、防がれる。その証左と言わんばかりに甲高く響き渡る衝突音。


「魔力、剣————?」


 抱いた感情は驚愕。

 けれど、それは決して防がれた事に対する驚愕ではなかった。


「ッ、おっ、と……!!」


 だが、その疑問を丁寧にどうしてだろうかとじっくり吟味している余裕はない。


 ……いや、吟味するまでもない。その答えは単純明快だった。ヴァルターも言っていた事だろうがと私は自分自身を無理矢理に納得させる。


 「人間」のナリをしておきながら、〝亡霊〟しか扱えないとされる魔力剣を扱えてる理由。それは目の前の人間ぽいものの正体が〝亡霊〟であるからに他ならない。


「————!!!」


 直後、言葉にならない呻き声と共に極限とも言える殺意が私に向けられる。

 気付けば、私の脳天を叩き割らんと直ぐそこまで剣は迫っていた。……だけど。


「……バレバレの一撃ほど、怖くないものは無いんだけど?」


 明らかにソレと分かる嘲弄を顔に貼り付け、私は左へ身を翻して回避。

 やがてやって来る地面を叩き割る轟音と、勢いよく周囲へ飛び散る砂礫を一顧だにせず、横一直線に剣を走らせる。


「っ、て、まじ、で……?」


 二度目の驚愕。

 走高跳のような要領にて、相手は跳躍し、身を虚空に躍らせる事で私の一撃を回避。


 ……なんつー、挙動してんのコイツ。


 思わずそんな感想を抱いた私は悪くない。


 そしてそのまま足が地についていない状態で、身体を捻り、勢いを少しでも多く乗せた状態を作って放たれる一閃。白い軌跡が、迸る。


「……まぁ、でも、関係ないんだけどね(、、、、、、、、、)


 余裕綽々と私は言葉を紡いだ。

 剣を握る右手は振り抜いた直後。迫る一撃を防ぐには僅かに時が足らない。


 けれど、ならば左手で対処すれば良いだけの話。


 私は迫る一撃に備えんと左の手を翳し、魔力剣の刃を片手で白刃取り。

 尋常でない膂力にて放たれた一撃であるからか、ずしん、と受け止めた私に圧が加わり、地面が僅かに陥没。


「————〝雷撃(シュラーク)〟」


 しかしそれに構わず、一呼吸入れる間すら惜しんで私が言葉を紡ぐと同時、眩い雷光が轟音を伴って無数に眼前に迸る。


「む」


 直後、白刃取りした魔力剣が随分と軽くなっていた事に気付く。

 どうにも、直前で剣を手放して〝雷撃(シュラーク)〟の回避を優先したらしい。


 獣染みた危機察知能力である。


「…………へえ、やるね。でも、」


 そこで言葉を止める。


「————そこは通さないって言ったよねえ?」


 先の一瞬とも言えるやり取りにて、楽に排除出来る存在でないと判断したのか。

 〝雷撃(シュラーク)〟を回避してみせた相手は私の存在を無視してヴァルターを先に始末すると答えを出したのだろう。


 しかし、それを私は拒む。


 限界まで圧搾した殺意を言葉に変換して言い放ちながら、ヴァルターに殺意を向けるソレを嫌悪する。嫌悪して、威嚇する。そして威嚇して、


「人の忠告は聞いておこうね」


 柄へと更に力を込める。

 勿論、手加減はなし。


 程なくスゥ、と私は息を吸い、〝雷撃(シュラーク)〟を撃ち放った直後に姿を眩ませた敵の位置を予測。そして、緊張感など知らんと言わんばかりに堂々と面白おかしそうに笑うヴァルター。

 その直ぐ側の何もない空間目掛けて————剣を振るう。


 そしてその予測は、


「……ッ、……っ!!」


 見事に的中。


 確かな感触が剣越しにやって来ると同時、火花が私の眼前の景色を鮮やかに彩った。

 なれど、それに構わず休む間もなく次を敢行。

 新たな魔力剣を創造していた敵に対して袈裟斬り、逆袈裟と、間断のない攻めを一呼吸の間で試み、大気をズタズタに斬り裂いてゆく。


 相手が「人間」のナリをしていようと、私の中に僅かな曇りも存在しない。


 私にとっての守るべき対象を殺そうとするのであれば、そこに躊躇など入り込む余地はない。

 たとえそれが、私とそう変わらない「子供」のナリであろうと。


 やがて、上限知らずに苛烈さを増してゆく剣戟の音に、不協和音が混じり込んだ。


「————硬、い?」


 それは、私の攻撃ですら満足に防ぎ切れなかった敵の肌に、刃が走ったと同時に漏らしてしまった私の感想。


 まるで鋼に向かって剣を走らせたような感触に、眉根を寄せる。

 元より、「人間」のナリをしているだけだと判断していたものの、硬い皮膚ともなれば顔を顰めざるを得ない。それも、本気で斬ろうと試みて僅かに刃が肌に食い込む程度の強度を持った肌であるならば。


 そして、私の攻撃がほんの少し鈍くなったその瞬間を見逃す事なく敵は一目散に飛び退き、距離を取っていた。

 そんな折。


「恐らく、魔法か何かだろう。魔力剣が扱えてるんだ。他に何かがあったところで不思議でも何でもないだろうが」


 ヴァルターの言葉がやって来る。

 その的確な指摘に、私は胸中で同意する。

 まず間違いなく彼の言う通りであったから。


「とはいえ、その疑問は恐らく直ぐにでも解消されるだろうがな」


 何を思ってか。

 ヴァルターはそんな事を言い放つ。

 その言葉に何処か嘲りの感情が含まれているような、そんな気がしたのはきっと気のせいではないのだろう。


「前から二人。今度は正真正銘の人間だ」


 後退した敵に注意を全て注ぎ込んでいたからか。ヴァルターが言葉を口にするまでその気配に気付く事が出来ていなかった。


 やがて、くひひひひ、と気色の悪い笑い声が聞こえて来る。その笑い声は思わず、背中が粟立つ程の気持ち悪さであった。


「今度は、〝華凶〟ですかね」

「だろうな。魔力は相変わらず大した事ないが、気は抜くなよ」

「分かってますって」


 なにせ、私は一度殺されている人間。

 ヴァルターのその言葉があろうとなかろうと、気が抜けるはずもなかった。


「いやぁ、お見事ですねえ。この〝魔人〟は割と僕の自信作だったんですが、傷ひとつ与えられないとは」


 暗闇に覆われた視線の先。

 そこからやって来る声音。

 それはどうしてか、何処か愉しげでもあった。


「これは完全な完成品とはいえませんが、恐らく、貴女相手であれば、たとえ完全であったとしてもこの結果に変わりはなかったでしょうねえ」

「なら、諦めて首切ってくれると此方としては大助かりなんだけどね」

「いえいえ、ご冗談を。とはいえ、もし仮に僕が死ぬとすれば、首を切るのではなく、あなた方を巻き込んで自爆しますがねえ」


 はっはっはっは!

 と、演技めいた快活な笑いが場に響く。

 勿論、笑えるところなんて何処にも存在していない。お陰で急激に頭が冷えていく感覚に見舞われた。


「ま、この僕が勝てる見込みはないと判断すればまず間違いなく自爆という手段を選んだ事でしょう。ですが、今はまだ、そうする必要性は感じられない。そもそも、あなた方は一つ勘違いをしていらっしゃる」


 よく喋る。

 そう思いつつも、わざわざ手の内を晒してくれるのであればと、先ほどまで剣を交わしていた「人間」のナリをした敵の一挙一動を見逃すまいと私は注視し続けていた。


「貴女が戦っていた〝魔人(コレ)〟は、今の段階であれば万が一にも貴女に勝てる筈もないでしょう。ただ、ヴァルター・ヴィア・スェベリア。貴方は疑問に思いませんでしたか? どうして、〝華凶(我々)〟が、拠点にこの場を選んだのか、と」


 強く疑問に思わなかった事実であるが、あえてそう指摘され、漸く不思議に思う。

 見つかり難い場所だったからなんじゃないのかと、勝手に納得していたけれどあまりにそれは理由としては安易過ぎやしないだろうか、と。


 そして側でヴァルターは周囲に視線を一度巡らせる。彼の表情は何処か険しく、細められた目がその印象を助長していた。


「……成る程な。この洞からは、微量ながら魔力が生まれていたか」

「ハ、ハハっ、流石はスェベリア王ですねえ!! 魔力に対する聡さは随一だ。でしたら、もう僕が何を言いたいのか、ご存知なのでは?」


 本来、魔力というものは生物にしか備わっていないものであるという認識が広まっている。

 ただ、その中にも時折例外が存在しており、偶に魔力を生み出す鉱物といった無機物も存在しているのだ。


 しかし、未だ話は見えてこなかった。

 そんな私をよそに、


「……ここの魔力を吸収してるのか。それも、若干ではあるが、魔力の保有量が膨らんでいるな」


 そう、ヴァルターが述べていた。

 けれど言葉はそれだけで終わらない。


「だが、それがなんだ? 時間をかければかけるほど強くなるとでも言いたいのか? で、それで?」


 嘲る。

 盛大にこれでもかと言わんばかりにヴァルターは彼らを嘲弄する。


「見たところ、人体実験でもソイツに施したか? だが、言わせてもらうがそれはただの浅知恵に過ぎん。その程度で俺を殺せると? もし、本当にそう思っているならば、幸せな頭をしていると言わざるを得んな」


 そして、ヴァルターは前へと一歩踏み出した。

 二歩、三歩と続き、私より前に出ようとしたところで制止を試みる。


「陛下」


 しかし、私のその声は届かない。

 黙殺し、更に前へ出られるだけ。

 まるで今度は俺の番と言わんばかりに、やがてヴァルターは私の前に立つ。


「不服か? なら試せば良いだろうが? 子供でもたどり着く簡単な話だ」


 つい先程までは愉悦に表情歪めて、楽しそうにケタケタ笑っていた白髪の男であるが、ヴァルターに全否定を食らい、挙句、盛大に嘲られたものだからか。

 すっかりその鳴りを潜めてしまっていた。


 暗闇のせいで判然としないが、その相貌は怒っているようにも見える。


 などと思った次の瞬間。

 終始、私が注意を向けていた敵——〝魔人〟の姿が一瞬にして掻き消える。


 それに気づいた私が慌てて割って入ろうとするも、そうするより早く声がやってきた。


「いらん」


 主語はない。

 だから、何に対しての「いらん」なのか。

 その正確な答えは分からないけれど、きっと、「心配」はいらんという事なのだろう。


 次の瞬間。

 私の心配は、轟音と共にとんでもない光景に上書きされる。


「折れろ」

「————……ァ、ガッ!?」


 ……正しく、神速。

 目にも留まらぬ速さで抜剣。

 そこから、間合いをゼロへと刹那の時間で縮めようとした敵の攻撃を避けるや否や、たった一撃当てただけで、敵の姿はくの字に折れ曲がり喀血。


 そしてそのまま遥か後方へと敵の姿が勢い良く飛ばされて行き、程なく凄まじい衝突音が響き渡った。


 スェベリア最強。

 決してそれを疑っていたわけではない。勿論、立場上必要である事は分かるけれど、護衛()っていらなくない? などとつい、思ってしまった私はきっと悪くない。

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星斬りの剣士
― 新着の感想 ―
[良い点] 星斬りの剣士と共に一気読みしました! どっちも面白いです!!! 今後の更新も楽しみです!
[一言] ほらまた一番いいところかっさらっていくー。
[一言] ヴァルター 「(護衛は)いらん」
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