七十二話
「そんじゃま、俺はちょいとここの外を見回りしてくっから、嬢ちゃんとヴァル坊は二人で先に中入っててくんねえか」
そう、ユリウスが言う。
「私が陛下と、ですか」
ここはユリウスがヴァルターと共に行くものだとばかり思ってた。
外の見回り程度なら私でも大丈夫だろ、みたいなノリで任されるんだろうなぁって。
「応よ。なにせ嬢ちゃんはヴァル坊の護衛、だろ? 俺は言っちまえば、オマケだからなぁ。ヴァル坊の隣には嬢ちゃんがいるのが本来の姿ってもんだ」
言われてみれば確かにと納得してしまう。
ユリウスとヴァルターがこれから先も二人一緒になって行動すると私が考えていた訳は、ユリウスの方がヴァルターから為人に限らず、実力においても信用も信頼もあると私が無意識のうちに決め付けていたからか。
はたまた、ミスレナにやって来てからというもの、ヴァルターとユリウスが二人で行動していたからか。
「それに、ここは因縁のある奴等が行くのが筋ってもんだろ?」
全てを見透かしたように、訳知り顔で笑みを貼り付けながらユリウスがくつくつと喉を鳴らす。
「そら、外は俺が何とかしてやっからとっとと行ってこいよ」
少し強めに背中を押され、つんのめりそうになって、蹈鞴を踏む。
「ヴァル坊の事、任せたぜ」
「……言われずとも分かってます」
「そりゃ重畳」
ヴァルターはといえば、俺に心配なぞいらんとばかりに半眼で私とユリウスを見詰めていたけれど、それについては構っていてはキリが無いので、見なかった事にする。
「当初の目的からは随分と離れちゃいましたが……行きますか」
〝千年草〟を採って来るはずが、気付けば暗殺者集団を始末するという事に目的がすり替わってしまっていた事に対し、「何やってんだろ私」とこの事態に呆れる。
ただ、あくまで私が仕えている相手はヴァルターである。ヴァルターの身の危険があるならば、何を差し置いてでもそれを優先する。
それが当然だから、この行動は間違ってはいないんだろうと勝手に自己完結を済ませ、私はヴァルターと共に歩を前へと進めた。
* * * *
「ったく、〝ど〟がつく程の不器用な奴らだよなあ」
もどかしいったらありゃしねえ。
何度目か分からない抱いたその感情を、ユリウスは洞に続く道へ背を向けながら胸中で吐き捨てる。
「嬢ちゃんの方は大体予想出来るが、恐らく罪悪感があるから付き従っていて。ヴァル坊はそれを見透かしてるが故に強くは踏み込めねえ。嬢ちゃんに対して執着心見せてる癖に、いざ本人目の前にしたらただの遠慮しぃのヘタレじゃねえか」
ケタケタと笑う。
独身の俺を時折ネタにしてやがるが、てめぇらも俺と大して変わんねえよと、既にその場を後にしていた二人に向けて言葉を溢す。
「だがまぁ? そんなヘタレだろうが実力は折り紙付き。片やスェベリア現最強と、もう一人は言質は貰ってねえが、十中八九、十の時に騎士団に入団した未だ破られてねえ最年少記録持ちのあの〝鬼才〟だ。てめぇらが幾ら束になろうが、勝てるわけねえだろうが」
笑う。
どう足掻こうが、その結果だけは不変なんだよとどこまでも面白おかしそうにユリウスは嗤う。
「んで、その事実はこっから挟み撃ちを試みたところで変わらねえ。だから、俺で満足しとけよ。なぁ? 〝華凶〟?」
何もない場所に向かってユリウスは傲岸に言い放つ。
つい先程、ヴァルターは洞の奥から魔力の反応があると言った。ただそれは、洞の奥からだけとは一言も言っていない。
故に、伊達に長い付き合いでないユリウスは察することが出来た。あえてその言い方を選んだという事は、外にまだ幾らか潜んでいる連中がいる、と。
言葉に従うようにじっくりと注意を向けてみれば、ごろごろといるではないかと確信した上で、彼はそう口にしていたのだ。
その一切の逡巡すら感じられない物言いに観念したのか。はたまた、先へ向かったヴァルター達の背後を突く機会を失うわけにはいかなかったのか。
どこからともなくガサリと音を立てて、ゾロゾロと黒の外套に身を包んだ者達が現れる。
その数、約二十。
「————そこを退け、ユリウス・メセルディア」
ユリウスの前に姿を見せるや否や、顔に傷痕を残しながらも精悍さ残る男が、無機質な声でそう言い放っていた。
「おいおい、なに寝ぼけた事言ってんだ? そりゃ出来ねえ相談って分かんねえもんかね? これでも俺はスェベリアの騎士でな。王を守るのは当然だろうが?」
「そこを退けばお前は特別に見逃してやろうと言ってるんだ。大人しく言葉に従っておいた方が良いと思うが」
「ほぉ? なら、余計な世話だと言葉を返してやろうか」
明らかにそれと分かる嘲弄を表情に貼り付け、ユリウスはどこまでも挑発を続ける。
既に右の手は腰に下げていた剣へと伸びており、いつでも戦闘に移れる臨戦態勢。
そこに妥協する意思が入り込む余地はどこにも無かった。
「……どうやら、お前らは我々を随分と舐め腐っているようだが————」
「————ハ、てめぇらはどうにも随分と酷え勘違いをしてるらしい。この世界に、俺らほど〝華凶〟を高く評価してる人間もいねえと思うぜ?」
高く評価してるが故に、捨て置かない。放置しない。確実に、殺して始末しようと試みる。
その理由は言わずもがな、後顧の憂いを断つ為に。
「……フン」
ユリウスと言葉を交わしていた男は呆れ混じりに鼻を鳴らす。
やがて、倒して進むしか道はないと悟ったのか、すらりと銀に輝く短刀を引き抜いた。
しかし、ところどころ毒々しい色合を持つその正体は恐らく————猛毒。
「はん、相変わらず狡い真似してんのな。ま、暗殺者集団なんだから当然と言やぁ当然なんだが、それでもやっぱ、程度が知れるとしか言いようがねぇわな」
ユリウスはまだ、侮辱をする。
彼らは陰の人間。
卑怯、外道はお手の物。それは分かっている。
だから、戦えぬ子供を庇う人間に対し、その隙を嬉々として突き、十数人で囲んで考え得る限り全ての手法を使って一人の規格外を道連れにまで持ち込んだその結果は、腹立たしくもあったがユリウスも認めるところであった。
しかし、認めたからといって恨みが全く無いわけではない。
寧ろ、感情として前面にこそ出ていないが、恨みだらけであった。
「いいぜ? こいよ」
不敵に笑う。
そして、程なくすぅ、と大きく息を吸い込み、ユリウスは宣言するべく声を張り上げた。
「俺の名はユリウス・メセルディアッ!! ヴァル坊の世話してるうちに多方から俺も恨み買っちまっててなァ? 自分でいうのもアレだが、この首には結構な値が付いてると思うぜ? それこそ、卑怯な手を散々使った癖に、歴代最強とやらの頭とその腰巾着共を失いながらも得た実績よりもよォ? いやぁ、お互いに残念だったな、あの時の事はよ」
嘲り嗤う。
声音すらも調整して、それはどこまでも神経を逆撫でるように。
「……だま、れ」
その挑発に反応を見せる声が一つ。
ユリウスは知っていた。
二十年前まで栄華を誇っていた暗殺者集団————〝華凶〟は当時、〝鬼才〟と呼ばれていた人間を殺した代わりに、頭領を含む上層部の人間の殆どを投じるも失ってしまうという失態を晒してしまっていた事を。
そのせいで衰退の一途を辿っていた事も。
極め付けに、数年前には〝華凶〟は残った戦力の大部分ですらもヴァルターに滅茶苦茶にされている。最早、虫の息。
故に声を張り上げてユリウスは言うのだ。
俺を倒せば、その流れは変わるかもしれねえぜ? と。
直後————。
ざり、と大地を擦るような音が僅かに場に響くと同時。
「この人数差を前に、余裕見せ過ぎなんだよユリウス・メセルディアァァァアッ!!!」
気付けばユリウスと対峙していたうち、一人が怒りに身を任せ、彼の目の前へと躍り出ていた。
手には毒が塗りたくられた凶刃が。
擦りでもすれば致命傷。
まるで瞬間移動をしたのではと錯覚する程の速度で肉薄した男であったが、
「————まずは、一人。堪え性がねえやつは楽で助かるぜ。なぁ? ええ?」
直後、斬られた本人ですら知覚するまでもなく、鮮紅色の液体が宙を舞っていた。
その場にいた人間の視線が一斉にユリウスの右手へと集まり、そこには引き抜かれた得物が握られていた。
いつ抜いたのか。
それすらも悟らせないまさしく神速の抜剣によって男の身体は泣き別れていた。
「そら、じっとしてねぇでとっとと挑発に乗ってこいよ〝華凶〟」
左の手を突き出し、手のひらは上へ。
そして、相変わらず挑発を続けるべく、中指を立ててクイクイとそれを動かす。
「特別に、俺が力の差ってやつを教えてやっからよォ————?」