六十八話
「ざっ、とこんなもん」
ふふん、と鼻を得意げに鳴らしながら私は眼前の光景に満悦する。
ちりちりと肌を刺すような熱気。
突撃させた〝炎狼〟の炎が周辺の木々に燃え移り、所々黒焦げになってはいたが必要不可欠の犠牲であったと勝手に納得。
えげつねぇ……。
なんて感想がすぐ側から聞こえてきてはいたけれど、亡霊相手に手加減をしていては逆にこっちが命の危機に晒される恐れがある。
だから、亡霊は一撃決殺。
どかんと一撃で始末しなければならないのだ。
「…………流石はスェベリア、って言えば良いのかな」
とんでもない人がゴロゴロいるね。
と、一瞬にして中々に見晴らしが良くなってしまった周囲をぐるりと見回しながらアクセアさんは若干、どこか引きつつもそう言葉を口にしていた。
そして自覚する。
……ちょっとだけやり過ぎたかも。
木っ端微塵となりパラパラとグリムリーパーの外套だったであろう残骸が砂煙と共に舞う光景を見つめながら私は心の中でちょっとだけ後悔した。
「……ぁ、えと、亡霊の対処だけは慣れてる、と言いますか」
ほ、ほら! 私の場合、人よりもずっと魔力保有量が多いので適任だったんですよ!
と、言葉と一緒に視線で必死に言い訳を続けるも、やべぇよこいつ。みたいな感情は依然として向けられたまま。
レゼルネさんだけは少し前に〝炎狼〟で亡霊を瞬殺した光景を目にしていたからだろう。
あまり驚いてはいなかった。レゼルネさんの存在だけが私の心のオアシスである。
「……ま、フローラの事情を深く聞くつもりはないけれど、お陰でレゼルネが君を連れて来た理由がよく分かった」
確かにこれ程であれば自分がレゼルネの立場であったとしても同じ選択をしただろうから。
と、勝手に納得をされる。
その点に限り、亡霊を容赦なく叩きのめした甲斐があったかな。って思ったけど、それ以上に距離が遠ざかった気しかしないのでやっぱりマイナスである。
「……そうですか」
得意とする事を認められる事は素直に嬉しい。
だけれど、なんか違うのだ。
これは、何か違う。
とはいえ、である。
「結構な数、潜んでましたね」
「……だから言ったろ。潜んでる、ってよ」
〝炎狼〟をグリムリーパーに仕向けるや否や、黒い影がその場から離脱せんと散り散りに何処かへと駆け出していった姿を薄らと私も視認していた。
数はおよそ七くらいだっただろうか。
「向かった先は恐らく、ここから北東の方角」
バラバラに散開するように潜んでいた気配は消えたけれど、淀みのない足取りで誰もが北東の方角に向かっていた事は先の攻撃の最中に確認している。
だから、どうしますか?
と、言葉はそこで止めて無言でサイナスさんからアクセアさんへと視線を移し、伺いを立てる。
「……〝ギルド〟からの協力が得られるのなら、一度戻るべきなんだろうけれど、それは無理なんだろう?」
「ええ。恐らく」
「……なら、選択肢はあってないようなもんだ————先を行く。何より、奥へ進んだBランクの人間と見張り役の人間が心配だ。助けられるのなら助けたい」
私の頼み事を二つ返事で了承してくれた時から思ってはいたけれど、アクセアさんは天晴れと言わざるを得ないレベルのお人好しである。
「分かりました。では、私も微力ながらついていかせて頂きます」
「助かるよ」
「……いえ。元はと言えば私が原因ですし」
私が〝千年草〟を手に入れたいからとクラナッハさんの依頼をアクセアさんに持ってきさえしていなければ、まず間違いなくこうはなってない。
勿論、その場合、今よりも酷い事になってはいただろうけれど、それでもアクセアさん達に迷惑を掛けるような事にはなっていなかった。
「それはもう、気にしなくて良いからさ。何より、フローラがいなかったらきっともっと大変な事になってた」
なぁ? と言ってアクセアさんはサイナスさんとレゼルネさんに同意を求め——彼らがそれに応える。
そうされてしまっては、私からはもう何も言える筈がなくて。
「〝ギルド〟は頼れない。けれど手を貸してくれと頼まれてる。こうして一度関わってしまった以上、見て見ぬ振りは後味が悪過ぎる。だったら、僕達がやれる事はたった一つ。————さっさと終わらせに向かおうか」
* * * *
「————聞いてないぞ。あんな化け物がいるなんて話は」
「身なりから察するに、アイツはミスレナの人間じゃないと思うなア。恐らく、他国の人間だネ」
「……ったく。ンな事は言われずとも分かってらァな!? にしてもあの亡霊を一撃でぶっ殺すってそりゃもう人間技じゃねェぞ!?」
外套を頭からすっぽりと被った男達は身を包む外套をばさばさと、はためかせながらもそう言って口々に話し、疾走する。
……それはまるで、何かから逃げるように。
「……あの亡霊がたったの一撃だ。恐らく、他の亡霊を差し向けようがあの女の障害たり得ないだろう。とすれば、引くか隙を突いて始末する他ないだろう」
複数の切り傷が相貌に刻まれているのが特徴である痩躯の男はそう言って歯噛みする。
「……だが、おれの勘を信じるのなら、あの女、剣も相当できる筈だ」
「……オイオイ。幾ら何でも冗談キツイだろうが!? アレで剣まで出来るとなりゃ、いよいよ手がつけらんねェだろうがよ!?」
「腰に剣が下げられていた。恐らくはあれは名剣の類だろう。少なくとも、おれの目には見掛け倒しの装飾物には見えなかった」
隣を走る坊主頭の若年の男はあり得ねェ! と言わんばかりに悲鳴染みた声を上げた。
「こりゃ、頭に言わなきゃいけないんじゃなイ? 流石に、あそこまでぶっ壊れてる奴の相手はボク達じゃムリムリ。加えて、あのアクセアまでいル。手に負えるレベルにないヨ、これはサ」
割りに合わない相手どころの話じゃないヨと、独特のイントネーションで言葉を紡ぐ小柄の少年は諦念の感情を前面に出し、あらわにしていた。
「……確かにな。ただ、一つ、気になる点がある」
「あン?」
「あの女、おれの耳がイカれてなければ——〝炎狼〟と。そう言っていた」
「それがどうし————ぁあ、そういう事かよ」
「あの女はどうして、トラフ帝国にいた〝鬼火のガヴァリス〟の技を使える?」
「どうしてってそりゃ、トラフ帝国の人間だから、って考えるのが普通じゃないかなア」
あぁ、そうだな。普通に考えるなら、そうとしか答えようがないなと、痩躯の男は己に向けられた言葉に同調する。
ただ、しかし。
「あの粗雑で傲慢の二文字が服を着て歩いていたようなヤツが、人に己の技を教えるとはどうやっても考え難い」
「だが現実、あの女は〝炎狼〟を使ってたンだろ?」
「……嗚呼。だからそこでおれは一つ、仮説を立ててみた。頭から昔、こんな話を聞いたんだが……先代の〝華凶〟の頭は、とある〝鬼才〟にぶち殺されたらしい。そしてそいつは、〝貪狼〟なんて二つ名を付けられた化け物を退けた事から、裏の世界でも頭一つ抜けて有名になっていた」
「それがどうしたンだよ?」
「……考えたくは無いがあの女、あの化け物共と同じ類の人間の可能性がある」
彼らが亡霊と呼ぶとっておきを一撃で跡形もなく塵にしてしまうような規格外。
その可能性は十二分にあると、背中を粟立たせながらも、男は言う。
「〝貪狼〟や、〝鬼才〟と呼ばれていた化け物共のように敵の技を盗めるような輩かもしれない」