六十三話
もし仮に。
アメリア・メセルディアを知る人間に、彼女がどうして〝鬼才〟と呼ばれていたのか。
そのワケを尋ねたならば、まず間違いなくこんな答えが返ってくる事だろう。
魔力量を始めとした全ての戦闘に繋がる技能が高次にある、と。
加えて———。
『アイツは他人の技をパクんのがとんでもなくうめぇ。〝貪狼〟のように何でも、とまではいかねぇが、それでもアホみてぇにうめぇんだ。そして持ち前の膨大な魔力量を用いて、パクった他人の技をより高次のものに変えて繰り出しやがる。故に、〝鬼才〟。本当に、悪辣にも程がある』
そして、最後に一つ。
『東南戦役の英雄、ハイザ・ボルセネリア。武家であり、世界有数の剣の一族として知られるメセルディア侯爵家。その歴代最強とまで謳われたシャムロック・メセルディア。……そして、当時、騎士団長を務めていた〝怪傑〟アハト・ユグリアーテ。その三人がいれば、スェベリアは戦で万が一にも負ける事はないと称えられたその三人が、口を揃えてアイツを〝鬼才〟と称えた。……それ程までに、とんでもなかったんだよ』
剣の一族であるメセルディアの人間故に、誰もが誤認するが、〝鬼才〟の真骨頂ってのは間違いなく————。
すぅ、と息を吸い込む。
そして思考を落ち着かせながら、剣の柄を握る手に力を込めて————言葉を紡ぐ。
五体もの亡霊を相手にするならば、マナを纏わせた剣で斬るだけより、間違いなくコレすらも用いた方が効率的であると判断して。
「四方八方————」
それは、とある男が使っていた技。
きっと、こんな感じ。
そんな曖昧な感覚で、私はその技を繰り出す。
ヴァルターとかが見たならば、相変わらずと言われてしまうだろう、アメリア・メセルディアのお家芸。アメリアであった頃、当たり前のように使っていたからヴァルターの前では使わなかったけれど、今、この場にヴァルターはいない。
向こうは私の正体に気付いてるっぽいし、最早隠しても仕方がないんだけれど、あの時はまだ確信に至れてなかったから使えなかった。
だけど、今は————一切関係がない。
「おいおいおいおい……!?」
そんな馬鹿なと、本来の使い手の事を知っていたのか。見張りの男が驚愕に目を見開いていたけれど、それに構わず私はソレを完成させる。
「————喰らい尽くしてよ、〝炎狼〟」
それは、トラフ帝国に籍を置き、〝鬼火のガヴァリス〟と呼ばれ、恐れられた元将軍の最も代表的な技。私がその解号を告げると同時、ぶわりと周囲から濃密過ぎる炎が燃え上がる。
何であんたがそれを使えるのだと。
私の事を凝視してくる見張りの男に、使えちゃうんだから仕方ないじゃんと呆れに似た感情を一瞬だけ向け————目の前の五体の亡霊に集中。
そして。
上半身から下は存在していない骸骨の亡霊達の姿が揺らめいた。
「チィ————……!! 来、るっ、視覚に騙されんじゃねェぞ!!!」
直後。
亡霊の姿は不自然に揺らめきはしたものの、目の前には依然としてその姿はそこにある。
だというのに。
背後から音がした。
じゃらり、と金属同士が擦れた際に鳴るような、そんな音が。
同時。
すぐ側で声があがった。
「フローラさん後ろっ!!!」
それはレゼルネさんの声。
視覚を欺いた上での、背後からの一撃。
確かにそれは驚異だ。己を殺し得る致命傷にだって十二分になるだろう。
……ただ、既に場に、〝炎狼〟は存在している。
そこかしこから放たれる熱気。
鼓膜を揺らす幻聴のような遠吠え。
狼を象った炎は分裂に分裂を繰り返し、気付けばその数、既に百に迫る勢い。
そして。
「……普通、背後は狙わないものなんだけどね」
私は苦笑いしながら、ひとりごちる。
けれど、決してそれは卑怯だなんだと罵りたくて言ったわけではなくて。
「特に、私みたいな臆病者の背後を狙うのは藪蛇だと思うけどな」
伸び迫る影色の鋭利なナニカを身を翻す事で躱しつつ、私は嘲りながら言ってみせる。
だって————。
「私、死角には細心の注意を払ってるから」
これでも一応、私は死を怖がってる側の人間。
だから死なないように準備する。
その行為はどこまでも当たり前で。
故に、死角を狙った時点でその居場所が判明し、狙ってきた対象を確実に仕留める仕掛けが作動する。
「そこに、いるよね。弾けろ————」
もし、この場に〝鬼火のガヴァリス〟がいたならばまず間違いなくこう言った事だろう。
そんな使い方をするんじゃねぇよ! と。
とはいえ、死人に口無し。
本人はもう死んじゃったんだから素知らぬ顔でありがたく有効活用しちゃえ。
というのが私の意見である。
名付けて魔力凝縮砲〝炎狼〟エディション。
「————〝炎狼型魔力凝縮砲〟」
転瞬。
私のすぐ背後が赤く明滅し、〝炎狼〟だったものが風船のように膨張を始める。
そして————音を立てて〝炎狼〟が破裂。
次いで轟ッ!!! と、勢い良く炎が噴き出し——燃え盛る。
「まずは、一体」
レゼルネさんと見張りの男が、んな馬鹿な、と言わんばかりに、あんぐりと口を開けたり、不自然なくらい瞬きを繰り返していたけれど、こればかりは相性の問題としか言いようがない。
現に、アメリアとして騎士団に所属していた頃、みんな嫌がるから、なんて理由で亡霊の処理は全て私がやって。みたいなクソ過ぎる風潮があったし。
……本当に誰なんだよ、あんな風潮作ってたヤツ。
「————で、多分あそこにもう一体」
きっとそこにいる気がする。
そんな曖昧過ぎる感覚であったけれど、どうしてか、私が見詰めた先に亡霊が潜んでいるような、そんな気がしたのだ。
だから————ざり、と音を立てつつも跳躍。
程なく、唐竹一閃。命中。
そして続け様、と試みようとしたところでぴたりと私の足が止まる。
「…………って、あれ」
気付けば、視覚を欺く為か、存在していた五体もの骸骨の亡霊の姿は消えており、その存在すらも忽然と跡形もなく消え失せていた。
どうやら、狩り損ねた残りの三体は逃げてしまったらしい。
……勝手に現れて襲い掛かっておいて、おめおめと逃げるなんて良い度胸である。
これはもう、追い討ちを掛けに向かわないと。ボコボコのボッコボコにしなければ。
と。
思ったところで漸く我に返る。
そして疑問に思う。
どうしてそんなにレゼルネさんと見張りの男の方はこいつマジか。みたいな視線を私に向けているのだろうか、と。
「……以前、アクセアと話してた時にスェベリアから来たって言ってたわよね」
ふと、レゼルネさんからそんな問いが向けられる。
「もしかして貴女、騎士団関係者?」
「……えっ、と」
訝しむような瞳を向けられ、思わず視線が上の空になってしまう。
女だから騎士とは思われていないのだろう。
その最後の一線だけはギリギリのラインで踏み止まったらしい。
けれど、私がそれに準ずる立場にあるとレゼルネさんは予想したらしくて。
「あそこは、人外の巣窟って聞いてるわ。……特に、今代の王——ヴァルター・ヴィア・スェベリアが王位についてからは、更にとんでもない事になってるって」
そしてそもそも————。
「何より、〝マナ〟を使える人間は、ごく僅か。……ただの剣士というには、流石に無理があるわよ」
あまりに身近な存在であるが為に、マナの希少性を忘れ掛ける癖があるんだけれど、そもそもマナを扱える人間は限りなく少ないのだ。
「……別に責めてるわけじゃないわ。貴女は何も嘘は言ってないし、さっきの様子を見る限り、隠そうともしてなかったでしょうから」
ここで鍛冶屋の店主であるニコラスさんの下へは騎士服で向かいましたとは口が裂けても言えないのでお口チャック。
最早、少しは隠せよと怒られるくらいの勢いである。
「……ただ、ひとつだけ、頼み事をしても良いかしら」
一度、来た道を視線だけで振り返り。
再度私とレゼルネさんが見合わせる。
そして、
「恐らく、そこの彼が言った言葉は大方正しいと思うの。討伐令が出なかった事をはじめとして、だとすれば色々と辻褄が合う。……だから、その腕を見込んで、手を貸して貰えないかしら。アクセアとサイナスの実力を疑ってるわけじゃないのだけれど、流石に今回は、どうしてか嫌な予感がする」
懇願するような視線で彼女はそう言った。
けれど、それは違う。
頭を下げて、頼む人間が、違う。
「この話を持ってきたのは……、アクセアさん達を巻き込んだのは私です。どうしてその申し出を断れましょうか。何より、本来であれば私が真っ先に頼み込むべき立場でした」
ここまで複雑で、物騒に事が進んでいたなんて私も知らなかった。
知っていたならば、誰かを巻き込もうとは思わなかった。
クラナッハさんの依頼はどうのこうのとアクセアさん達は言っていたが、それでもこれは私の責。だから、私にできる事ならと二つ返事で了承したんだけれど。
「待った待った」
そこに割り込む声がひとつ。
見張りの男である。
「……話半分でいいんだが、さっき言ってた良からぬ連中。その連中の正体の目星がおれらの中ではもうついててな。奥に向かうってんなら、一応話しておく」
見張り役の俺までも向かうわけにはいかねェからと言って、彼は話し始めた。
「そいつらの名は————〝華凶〟。スェベリアの人間であるあんたは勿論知ってると思うが、あんたんとこの王様がぶち殺した暗殺者集団、恐らくその生き残りだ」