五十八話
「————それくらいなら別に構わないけど?」
昨日酒場を訪れていた他のメンバーと共に暇そうに駄弁っていたアクセアさんを見つけるや否や、〝千年草〟の話を持ち掛けると、そう言って彼は快諾してくれていた。
————ただ。
「でもその場合、フローラの同行は認められない。僕達が取ってくる。それが条件だ」
私がアクセアさんに向かって言った言葉は「手伝って欲しい」であった。
取ってきて欲しい、ではなく手伝って欲しい。
似ているようで全く似ていないその言葉。
あえてそう言い放った私の意図を正確に把握したのだろう。
返ってきた言葉は協力はする。でも、私がついてくる事はダメ。という至極当然な対応であった。
「……ですよねえ」
思わず顔が引き攣る。
けれど、〝千年草〟が自生しているフォーゲルに足を踏み入れる為にはアクセアさん、もしくは彼と同レベルの立ち位置にいる〝ギルド〟所属の人間に手を借りなければならない。
そんな縁が二回も三回も転がってくるとは流石の私も思う事はできなくて。
「私の用事なのに全部任せるってのはあんまり気乗りしないんですけどね……」
それに、アクセアさんが私を気遣っているが為に「ダメ」と言っているのは明らか。
危ない場所として認知されているところに、実力もまともに知らないような人間を連れ歩く事は出来ない。と拒絶したアクセアさんの言い分はどこまでも正しくて。
「……フォーゲルじゃなきゃ連れて行ってあげられたんだけどね。あそこはちょっと……あたしも今回はアクセアの意見に同意させて貰うわ」
酒場で一度顔を合わせていた女性————普段は基本的にアクセアさんと行動を共にしているというレゼルネさんは難しい顔で悩ましげに唸っていたが、彼女も「ダメ」であると。
そして残るは最後の一人。
「っ、と、オイオイ。そんな縋るような視線を向けんでくれ。心が痛いだろ……そっちの二人が無理って言ってんなら俺に覆す事は出来ねえんだ。悪りぃな」
へらりと軽薄な笑みを貼り付け、男——サイナスは謝罪を口にする。
仮に私の意見に彼が賛同したとしても二対一。
勝ち目がねえの分かってくれるよな? と言わんばかりの視線を向けられては私もこれ以上、あーだこーだとぐずる気は失せていた。
「……色々と事情があるんだろうし、〝千年草〟をどうして必要としてるかは聞かないでおく。その上で、だ。フォーゲルについて少し説明がしたい。あそこの入り口には見張りがいるから〝もしも〟なんて事は起こり得ないけど、それでも一応ね」
仮に私が暴走を起こし、定められた〝ギルド〟ランクでないにもかかわらずフォーゲルに足を踏み入れようとしても無理であると前置きをした上でアクセアさんはそう言って優しく諭してくれる。
……流石にそこまで無茶苦茶やる気は更々なかったんだけど、彼の目にはそうは映らなかったらしい。きっと相当危なっかしい奴に見えたのだろう。……本当に心外である。
だけど、他にこれといって予定があるわけでもなし。私は真面目にアクセアさんの話に耳を傾ける事にした。
「フォーゲルに立ち入る人間に対して〝ギルド〟側が規制を掛けている理由は単純明快で、一年前、当時Aランクだった者が『フォーゲルで複数体の亡霊をみた』と〝ギルド〟に報告したのが全ての始まり」
喧騒溢れる〝ギルド〟——その施設の中。
私達はその隅にて言葉を交わしている為、比較的、雑音は小さく、アクセアさんの声はよく聞こえていた。
ただ、この時この瞬間だけはあまりそれは嬉しくなかった。
……何故ならば、私、怪談とかそういう話が嫌いだったから、という子供染みた理由が原因である。
「その日から度々、人が失踪するという出来事がフォーゲルに向かった人間に限定して頻繁に起こるようになったんだ。そして、その者達は例外なく日を置いて変死体として見つかってる。……だから〝ギルド〟が動いたんだ」
変死体。
その言葉に私はふと、疑問を抱いた。
亡霊とはその名の通りの意味で、亡者の霊である。
レイス、スペクター、リッチー等。
亡霊とはいえ様々な種類がいるのだが、それらを一纏めにして亡霊と呼ぶのが常である。
ただ、彼らに殺されたのであればどうして死因が謎であると言わんばかりに『変死体』という言葉をアクセアさんは使ったのだろうか。
しかし、抱いた疑問を私が発するより先に言葉が続けられる。
「〝ギルド〟に亡霊がいると報告をした者のランク————A以上の人間の同行なくしてフォーゲルに立ち入る事は認められない、と」
「……なるほど」
確かに、それならば〝ギルド〟とやらの対応はどこまでも正しく、道理である。
だけれど。
「ですが、それって前提がそもそもおかしくないですか? 先程の話を鵜呑みにするなら、一年前に突然、複数体の亡霊がフォーゲルに出現したという事ですよね?」
それはおかしいんじゃないのかと。
私は眉根を寄せて問い掛けた。
亡霊とは言ってしまえば、死という現象が引き金となって生まれる存在である。
ただ、亡霊が生まれる可能性は極めて低い。
それこそ、数字にすれば1%あるかないか。
何より、人が死ねば必ず亡霊が生まれるなんて事があったならば、今頃世界は亡霊だらけである。
「……そうなるね。でも、それが現実だ」
加えて、アクセアさんの「変死体」という意図的な言葉選び。
「……明らかに人為的ですね」
「だからフォーゲルはダメなんだ。……〝ギルド〟の上の人間はミスレナで開催される武闘大会に合わせてフォーゲルの調査依頼を出すらしいから、どうしても同行したいならそれまで待って貰う事になるね」
明言こそしていないが、アクセアさんの返答は私の言葉を肯定したも同然のものであった。
国を挙げて開催される一大イベント————武闘大会。それ目的にやってきた腕利きの者達を上手く利用するという事なのだろう。
「……いえ。武闘大会が終われば私は帰国する予定ですので」
武闘大会が終わってもミスレナに滞在すると知れば、きっとハーメリアとか、ユリウスあたりが間違いなく許してくれない。私が残るといえばまず間違いなくどさくさに紛れてヴァルターも残ると言い出しかねないからだ。
そうなると巡り巡ってハーメリアがまぁた私を脅しにかかる可能性が多分にある。
たとえば、ヴァルターを連れて帰ってこないと縁談話テイクツーやるぞ。みたいな。
……想像しただけでもつい肌が粟立った。
「そっ、か。まぁ、それがいいよ。今のミスレナは色々とキナ臭いからね」
何らかの思惑が水面下にて、動いてる事は最早疑いようのない事実らしくて。
「何事もなく終わるのなら、それが一番なんだけど……」
きっとそうはいかないと。
まるでハナから分かっているかのような口振りである。それが経験則から来るものなのか。
確たる証拠を持っているからなのか。
「……あの、アクセアさん」
「うん?」
「〝千年草〟を取ってきて貰うまで私がフォーゲルの入り口付近で待っておく事は問題ありませんか?」
「……問題は、ないけど、これまたどうして?」
「他にやる事もないので外にいようかなと。それと、フォーゲルには見張りの方がいるんです、よね? でしたら、色々と話とかも聞きたくて」
今回はユリウスもいるとはいえ、懸念材料は出来る限り潰すか、知っておきたい。
私の事情で巻き込んだからこそ、ヴァルターにもしもの事があってはならない。
人為的に、何か不穏な行為が起こっているならば、それを把握するに越した事はない。
……もしかして、〝北の魔女システィア〟さんが〝千年草〟を取ってきて欲しいと言ってきた理由はこの厄介事に私達を関わらせようとしてたからなんじゃ。などという考えも一瞬ばかり浮かんだけれど、流石にあり得ないだろうとかぶりを振る。
仮にそうであったとしても、何の為にそんな事をするのか。その理由が一切分からない。
よって、今回のコレは偶々であると断定。
「寧ろ、見張りの人間も歓迎だと思うよ。他国の人間の話ってもんは決まって面白く感じるものだからね。向こうも暇してるだろうし、そのくらいなら良いんじゃないかな」
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