六話
それから数十分後。
あれ以降、これといった騒ぎもなく終わりを迎えた今回のパーティーであったのだが、ヴァルターから後で使いを向かわせると言われていた私がではさようならと出来る筈もなく。
ささっ、こちらです。と執事服を着た初老の男性に部屋に案内をされた後、予め待機していたメイドに採寸をされ、服を着させられる事更に数十分。
「……はぁ」
そのおかげでくたくたに疲れ切ってしまっていた私は心労を隠そうともせず、部屋の隅で深いため息を吐いていた。
「……ま、メイド服を着させられるよりよっぽどマシなんだけどさ」
自分自身がそんな柄ではない事は分かっている。だからこそ、誰も私の言葉なんて聞いていない事を良いことに、側に置かれた服に目を向けて本音を呟いていた。
「メイド、じゃなくて女官だから、これであって、る? いや、でもこれ……んんん」
前世の私が身に纏っていた女性用の騎士服によく似たデザインをした服に対し、眉根を寄せて唸る。
女官というのだから身の回りの世話でもしなければならないのかと思っていた。しかし、蓋を開けてみればこうして騎士服のようなものを着させられている。
はっきりいって、何がどうなっているのか全く理解が追い付いていなかった。
そもそも一体、何故彼は私に女官をと言ってきたのか。というか、剣を振れるかと聞いた意味は? にもかかわらず、どうして騎士ではなく女官?
考えれば考えるほどドツボにハマっていく。
「うん。まっったく、分かんない」
そして私は思考をやめた。
ここで今の私の生家であるウェイベイア伯爵家が何かをやらかしていて、その人質にと私が選ばれたから。
そんな分かり易い『答え』が転がっていたならばどれ程良かった事か。
今の父親は国王陛下や公爵閣下など、己より爵位が上のものに私が気に入られたと聞いたならばどうぞどうぞと二つ返事で送り出すようなヤツである。
とてもじゃないが、王家に背くだとか人質を必要とされる程の何かをやらかしているとは思えない。
パーティーの終わり際。
『……貴女、一体何をやらかしたのよ』
などとフィールから理不尽に責め立てられていた私であるが、断じて私は何もやらかしてはいない。そもそも、それは私のセリフである。
一体、私は何をやらかしたというのか。
叶うのであれば、私が私自身に聞いてやりたかった。
そんな諦念塗れの考え事をする最中。
「女官を務めて貰うにあたり、部屋を用意させて頂いております。お疲れのところ大変恐縮ですが、ご案内しても?」
採寸の際、外で待機をしていた初老の男性が終わったと知るや否や、ドアから顔を覗かせ、優しげな笑みと共にそう問い掛けてきていた。
名を、ロバーツというらしい。
この部屋へと案内された際にそう、彼が私に対し名乗ってくれていた。
「あの」
そんな彼に向けて、私は問い掛けの是非を答えるより先に、それとは全く異なる言葉を口にする。
「ロバーツさん。私はどうして、陛下に女官になってくれと頼まれたのでしょうか」
17年前。
騎士として王宮に勤めていた私は、当然の事ながら当時、王宮にいた者達の顔と名前を覚えていた。しかし、その記憶にこのロバーツと名乗った男は何処にも存在していない。
きっと彼は、私が死んでから王宮にて奉公を始めた者の一人なのだろう。
だから、私が知り得ない事を知っているのではと思った。故の、彼への質問だった。
「どうして、ですか」
不思議そうに首を傾げる。
そりゃそうだ。
はっきりいって、国王陛下の側仕えなど栄転でしかないというのに、当人である私はそれを受け入れるどころか、こうしてどうしてなのかと不思議がっている。
しかもだ。
私はミシェル公爵閣下との良き縁を結ばんが為に王宮へ赴いていたであろう者の一人である。
素直に諸手を挙げて喜んで然るべき人間だというのに、それをせず、挙句正反対の反応を見せている。彼が首を傾げるのも無理はなかった。