五十四話 ヴァルターside
「————見に行ってやれよ」
不意に、声が聞こえた。
それは呆れ混じりに、それでいながら仕方なさげに、微笑ましいものでも見るかのような笑みと共に俺へ向けられたものだった。
「殺気を馬鹿みたいにばら撒いてる嬢ちゃんが気になんだろ? なら、行けば良い。俺はあのハーメリアじゃねぇんだからよ」
単にユリウスがハーメリアを毛嫌いしており、同一の対応をする事を嫌っているという事もある。ただ、やはり俺への対応は文官であるルイスと武官であるユリウスとでは全く違う。
確たる違いはこういった部分。
技量を信用している分、ユリウスは基本的には自由に行動をさせてくれる。
培った経験、技量を文字の上からしか判断しようがないルイスの場合はやはり明らかにユリウスより行動に制限がかかってしまう。
「……あいつ程の技量があれば何も心配する事はないだろ」
仮に、怪しい人間を見つけていたとしても、今のフローラ・ウェイベイアに勝てる人間は一体、何人いるだろうか。
「おいおい、それ本気で言ってんのかよ?」
「…………」
俺は口を真一文字に引き結び、黙り込む。
「殺気をばら撒く行為ってのはいわば、威嚇行為だ。怪しい奴をとっ捕まえようとしてる奴ってのは大抵、殺気を隠す。真逆もいいとこだ」
だからこそ、殺気を撒き散らしているのは他の理由があるからで。
「ヴァル坊のそういうとこは嫌いじゃねえが、手を差し伸べられると楽になるって事も多々あるもんだ」
とはいえ、大事な事は相手の口から言ってくれるまで慎重に待つ。そういう態度は美徳だと思うぜと、ユリウスは言う。
「あの嬢ちゃんの事だ。自分が気に掛けられてると知りゃ、多少踏み込まれたとしても無下にはしねぇさ。相手がヴァル坊なら尚更な」
……どうして、ここで俺ならと言うのだろうか。
少しだけ疑問に思った。けれど、その疑問は続けられたユリウスの言葉によって霧散する。
「自分の臣下なんだろ? 行ってやれよ」
「……言われずとも分かってる」
受けた恩はどんな形であれ、ちゃんと返すと決めている。それがアメリア相手なら、尚更だ。
立て掛けていた剣を手に取り、椅子に腰掛けていた俺は立ち上がる。
「ただ、まぁ……一時間以内には帰って来てくれよ」
あんまり長いと俺も出向かなきゃいけなくなる。流石にそれは勘弁してくれよと言わんばかりに苦笑いするユリウスに対し、「そのつもりだ」と短い返事を一度。
そして俺はユリウスに背を向け、その場を後にした。
去り際、何気なくぼやいたであろうユリウスの言葉はどうしてか、どうしようもなく頭に残って。幾度となく俺の脳内で木霊する。
「アメリアのヤツ、弱音とか全然吐いてくんねぇんだよなぁ。だからこっちが行動を見て判断するしかなくて……ったく、変わらなさ過ぎてもう笑うしかねぇよ」
懐かしいにも程があると。
どこか楽しげな色をのせてひとりごちたユリウスのそんな言葉に、俺も微かに破顔しつつ、終始同意をしていた。
————違いない、と。
* * * *
部屋に戻る。
そう言っておきながら外に出かけて行ったフローラを見つけるのはあまりに容易かった。
なにせ、四方八方に殺気をばら撒いているのだ。これでは見つけろと言っているようなものである。何より、俺は魔力の察知能力においては当時、数多の天才を差し置いて〝鬼才〟と呼ばれたあのアメリア・メセルディアですら舌を巻いたほどに鋭いのだ。
恐らく無自覚なのだろう殺気と共に漏れ出る魔力の残滓。……はっきり言ってこれだけの条件が揃っておいて俺に見つけられないわけがない。心の底からそう思った。
そして案の定、俺の予想通りフローラはすぐに見つかった。夜闇に紛れながらも彼女は悩ましげな表情を浮かべ、何やらひとりごちている。
すぐ様、俺は駆け寄って声の一つでも投げ掛けてやろうと思ったのに、どうしてかその考えは一瞬のうちにして霧散した。
「…………」
どうしてか、声をかけるべきでは無いような、そんな気がしたのだ。
どこか儚く。どこか、アメリア・メセルディアらしくない、そんな様子を目にしてしまったせいで。
……言ってしまえば、チグハグなのだ。
持ち前の魔力の多さや質。無自覚に垂れ流される殺気の濃密さ。どれもアメリア・メセルディアらしいのに、何故か瞳に映る彼女が、儚い存在に思えて仕方がない。だからこそ、その違和感はより顕著に浮き彫りとなってしまう。
……幸か不幸か、彼女がアメリア・メセルディアであり、フローラ・ウェイベイアであるという明確な自覚を俺が持てたのは丁度この時からだった。
『そんなに殺気をばら撒いて……お前は一体、どこの戦場帰りだ』
普段なら、冗談まじりにそんな言葉を言えただろうに、今はどうしてか掛けるべき言葉が上手く見つからない。
「…………」
……いや、違うだろうが。それは違うだろうがと、同じ言葉を俺は脳内で反芻する。
フローラをこちら側の世界に無理矢理引き込んだのは俺だ。俺の事情で、俺の自己満足の為に俺は彼女を無理矢理引き込んだ。
何の為に?
————恩を、返す為に。
だったらこの状況は僥倖だ。
どうすればいいのかと頭を悩ませ、足踏みしてどうする。
もう、十七年前の俺じゃない。
無力な俺ではないというのに。
暗示でも掛けるように、俺は繰り返す。
大切だからこそ、間違いは許されない。
コワレモノでも扱うように、俺はゆっくりと前へ踏み出し、手を差し伸べることにした。
俺は、もう気を遣われるだけの存在じゃないから。だから、彼女の名前を呼ぼうとして——。
「……こんな夜中に一人で出歩くだなんて、ご自身の立場をお忘れですか? ————陛下」
俺が言葉を発するより先に声がやって来る。
それは、まごうことなき普段通りのフローラであった。一瞬前の儚さは見事に掻き消えており、あれは俺の見間違いではないのかと己自身を思わず疑ってしまう程に、彼女らしかった。
「忘れてない。……というか、俺がこうして出てきた理由はお前がさっきから殺気を撒き散らしてるからだぞ。俺の場合は出歩きたくて出歩いているわけじゃない」
俺がどうすればと散々悩み抜いていたのが思わず馬鹿らしくなった。きっと、彼女は何かを抱えていたとしても、恐らく自己解決してしまう。そんな感想を抱いた。
もしくは、最後の最期まで見栄を張り続けるのだ。彼女はそういうヤツだから。
でも、今回はソレを俺は許容しない。
ダメだと明確な言葉を叩き付け、拒絶する。
だって、それを許容してしまえば何の為に俺がフローラを手元に置いているのか、分からなくなるだろうが。
だから————。
言葉をそれから二、三交わし、俺は彼女の力になる事にした。
「————だから、少しだけ付き合え」
助けを呼んでもいい人がいる。
縋ってもいい人がいる。
ひとりじゃない。
胸に溜まったナニカを吐き出せる相手がいる。
たった、それだけの事。
でもきっと、それだけで救われる事もあるだろうから。
俺は、それだけで救われたから。
だから。
「偶にはいいだろ。こんな機会なんて滅多にないだろうから」
お前が素直に頼ってくれるとは思ってないが、それでも、今度は俺が。
少しずつでも恩を返せたらいいなと、そう思ったんだ。
ブックマーク、☆評価よろしくお願いします!!








