五十二話
「————で、あのクソ野郎のせいでおれは告白してもねぇのに振られたってワケだ。許せるか!? 許せねぇよなぁ!?」
「許せませんね」
「だろぉ!?」
ギルドランク〝A+〟のメンバーであるアクセアさんを交えての歓談。
気付けば外はすっかり日が落ちており、酒場には人が溢れて喧騒に満ちていた。
店主であるリッキーさんがクソッ!やってらんねぇっ!といって営業中にもかかわらずグビグビっと酒を呷り始めたあたりでアクセアの仲間と思しき二人は酒場を密かに後にしていた。
恐らくはこうなると面倒臭くなると悟っていたからなのだろう。当初はアクセアさんも帰ろうとしていたのだが、仲間の二人に全員が帰るとバレるだろうがとか言われて生贄にされていた。
「ったく、あの野郎は口が軽すぎんだ。おれは二度とあのクソ野郎だけは信用しねえと決めたね」
どうにも、十年ほど前。
ギルドに属していたリッキーさんはとある依頼を受ける際にユリウスと行動する事になった事が一度だけあったらしく。
アクセアさんのように複数人の仲間と共に依頼をこなしていたリッキーさんには想い人がいたと。その人にどう想いを伝えるべきか。
悩みに悩んでいたところに、二枚目俳優のような顔立ちだけは割りかし良いユリウスが登場。
さぞ、恋愛経験が豊富だろうと思い、頼ったリッキーさんであったが、口の軽いユリウスはその事を相手側に話してしまったらしい。
結果。
想いを伝えてもいないのに振られて距離を置かれてしまったと。
あれ? それじゃあはなから、想いを伝えても玉砕してたんじゃない? とか思うけど、それを言うのはナンセンス。
ここは口の軽いユリウスを責め立てるのがベターな回答だ。実際、その口の軽さのせいで私も被害を受けている。つまり、悪いのはユリウスなのだ。
「ええ、ええ。私も二度と相談するもんかって思ってます! あのクソ野郎め!!」
「おぉ……、分かってくれるかお嬢ちゃん! かぁーっ、きっと将来、お嬢ちゃんは良い女になるぜぇ。クソな男を見抜ける女は良い女って相場が決まってっからなぁ」
この機会に乗じて溜まっていた鬱憤を吐き出さんと、クソ野郎! と叫んでやると感極まったようにリッキーさんは今日はおれの奢りだといって機嫌良くオレンジジュースを注いでくれた。
実に気前の良い人である。
隣でちびちびと酒を呷るアクセアさんは遠い目で此方を見詰めていたけれど関係ない。
「リッキーさん、任せておいて下さい。いつか私が二度とあのクソ野郎が口を滑らせられないように、ボコボコに叩きのめしておきますから」
しゅっ、しゅっ、とシャドーボクシングみたいな真似をする私。
オレンジジュースしか飲んでない筈だけどもしかすると私も酔っているのかもしれない。
そして丁度、店の扉に備え付けられた鈴が鳴る。どうやら新たなお客さんらしい。
随分と繁盛してるなあと思いながらも私は構わずリッキーさんと談笑を続ける。
「そりゃあ良い! あのいけ好かねえツラを是非ともボコボコにしてやってくれ!」
「ふふふ、ユリウスのクソ野郎の弱点は熟知してますからね! あいつの弱点は初撃を様子見してしまうその一点です!」
なんでお前がそんな事を知っているんだと素面であったら突っ込まれていただろうが、此処にいるのは顔を真っ赤に上気させたリッキーさんと、おいおいそんな事言っちゃっていいのかよと何故か心配そうに私を見詰めるアクセアさんだけだ。
問題は何一つとしてない。
店に入ってきた新規のお客さんが足音を立ててリッキーさんの下に近づいて来る。
背を向けている為、顔は確認出来ないけれど、注文だろうか。えぇい、後にしてよ。
そう言わんばかりに私は捲し立てる。
「待ちの姿勢だとどうしても反応が一瞬遅れますからね、そこを狙って後ろからズドンと一撃不意打ちをかませばイチコロです!」
「すげぇ、すげぇよお嬢ちゃん! 完璧じゃねぇか」
「油断してる人の足を掬う事ほど愉快な事もありませんからね。やはり、騎士団長となって天狗になってるあの鼻っ柱をここらで——」
同時。
ひゅん、という突として聞こえてきた風の音と共に私の頭部に衝撃がやってきた。
そしてそこで、言葉が止まる。
止めたのではない。物理的に止まったのだ。
「———へぶっ」
軽めに顔面を机に叩き付けられ、女の子が出しちゃいけないような声が出た。
この感じ、剣の鞘だろうか。……超痛い。
「誰が誰に不意打ちかますってぇ?」
ちょーっとばかし苛立ちの含んだ声が聞こえる。知った声だった。
顔は見えないけど多分、私が意気揚々に不意打ちかまそうとしてた人間だと思う。
「……じょ、冗談です」
「だよなぁ? 話に夢中になって不意打ち食らわされたヤツの言葉じゃねぇもんな」
机に突っ伏しながら私は言う。
ぐうの音も出ない正論だった。
「ついでに言うと、嬢ちゃんの弱点は敵意のない相手には気を抜き過ぎるところだ。今回は良いが、護衛役なら護衛対象以外の人間は全員疑ってかかれ。じゃないと今度は敵の前でこうして無様な姿をさらす羽目になんぜ」
「……肝に銘じておきます」
「ならよし」
頭に乗せられていた鞘が退けられる。
突っ伏した状態のまま振り向くと、そこには案の定、ユリウスの姿があった。
そして隣には目深に外套を被り込んだ男が一人。
私がヴァルターの護衛役に任命されて間もなく、城を抜け出して外に出た際に使っていた外套であった為、それが誰なのかは一瞬で理解した。
「よ、用事は終わったんですか」
「ああ、終わった。だから迎えに来たんだが、何やらカウンター付近で話が盛り上がっててな。ちょっと聞き耳を立ててみれば、隙だらけのヤツが誰かに不意打ちをかますって宣ってるじゃねぇか。こりゃさぞ、危機察知能力に優れてるのかと思ってみれば————」
このザマだと言って、ユリウスはにんまりと意地の悪い笑みを浮かべる。
……こ、この野郎!
やっぱりこいつ、クソ野郎だ。
私はユリウスのクソ具合を再認識すると同時、すっぽりと外套を被り込んだヴァルターの身体が小刻みに震えている事を見逃さなかった。
恐らく、不意打ちをかます!! と言った矢先、逆に不意を打たれた私の様子が彼のツボに入ったのだろう。お前ら覚えとけよ……。
「よぅ。久しぶりだなリッキー」
「どのツラ下げておれの店にやって来やがったこのクソ野郎」
すっかり空気となってしまっていたリッキーさんにユリウスが声を掛ける。
しかし、当然の如く嫌悪感は丸出しだ。
「あの時の事は散々、悪りぃって謝ったじゃねぇか。それに、あの子は既婚者だったみてぇだし、どのみち実るもんでもなかっただろうがよ」
「それ! それ言うなっつってんだろ!!!」
「煩えなあ。というか、俺があの不毛過ぎる恋を玉砕させてやったんだ。心残りなく次に進めるようにしてやった俺は感謝されても良いと思うんだがな」
「安心しな、おれがテメェに感謝する時は一生やってこねえからよ。そら、五十度のウォッカ注いでやっからそこ座れや」
割と本気で下戸のユリウスを殺しにくるリッキーさんに苦笑いを向けながらも私は、懐にしまって置いた巾着袋に手を伸ばす。
そしてそこから衣服を買った際のお釣りである銀貨五枚を手で掴み、カウンターに乗せてから立ち上がる。
「あん?」
不思議そうな表情を浮かべるリッキーさん。
「お代です。これで足りますか?」
「いや、だから今回はおれの奢りでいいって言ったろ」
確かにそうは言われていたけれど、数時間居座っておきながら一切お金を落とさないとは如何なものなのかと思ってしまうのだ。
という事で、お金は払う。
それにヴァルターが顔を隠している事から察するに、あまりこんなひと気の多い場所に彼を留めさせておくわけにもいかない。
だから早々に私は立ち上がったのだ。
「安心して下さい。これはユリウスの金です」
「よし分かった。貰っといてやろう」
この潔さ、嫌いじゃない。
「じゃ、また来ますね」
「おうよ。そこのクソ野郎抜きならいつでも大歓迎だ」
いつまで引きずるつもりなんだよと呆れるユリウスであったが、気にも留めていないのか。
そのぼやきに対する返事はない。
そうやってネチネチ過去の事引きずるから頭がハゲるんだよとユリウスがまぁた余計な事を言って「これはスキンヘッドなんだよ! くそが!!」とリッキーさんに怒鳴り散らされていたがもう私の知った事ではない。
去り際、またなと言わんばかりに左の手を私に向かって挙げ、ひらひらと振ってみせるアクセアさんに会釈をしてから、私は酒場を後にした。
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人物紹介については、あのままとさせていただきます!
人物が分からなくなった等、また何かあれば感想下されば対応いたしますので!!