五十一話
第二章登場。
前書き人物紹介!!
*シャムロック・メセルディア
主人公であるフローラ・ウェイベイアの前世であるアメリア・メセルディアの実の父。
*北の魔女システィア
ヴァルターに大きな貸しを作っている謎な魔女。
〝千年草〟を取ってきてくれと主人公とヴァルターに頼み事をした張本人。
*ニコラス
ミスレナ商国に店を構える鍛冶屋の店主。
剣の声が聞こえるらしい、ちょっとヤバいやつ。
*エドガー
ミスレナ商国を取り仕切る三人の豪商、その一人。
*血塗れのバミューダ
エドガーの護衛を務める傭兵の一人。
二つ名が付けられる程度に強いキャラ。
*リッキー
ミスレナ商国に店を構える酒場の店主。
ユリウスとは犬猿の仲なスキンヘッドおじさん。
「あのクソ野郎の知己ってこたぁ、お嬢ちゃん。あの騎士団の関係者か何かか」
ユリウスの名前すら口にせず、クソ野郎呼び。
リッキーさんとユリウスの間に因縁染みた何かがある事は最早、疑いようのない事実であった。
スェベリアの騎士団。
それも最高位————騎士団長であるユリウスと、他国にまで行動を共にする。
まず間違いなく騎士団由縁の人間であるとリッキーさんは断じているようであった。
そしてその考えはドンピシャに当たっている。
「ま、ぁ、関わりがないと言えば嘘になりますね」
苛立ちをあらわにするリッキーさんを前に、私は茶を濁した。すると、彼の機嫌をあからさまに窺うような私の態度を見兼ねてか。
はあぁぁ、と大きな溜息を吐いた後、何を思ってか。悪りぃ。と謝罪をされた。
「……あのクソ野郎の名前を聞くとどうにも苛立って仕方がねえ。だが、お嬢ちゃんに当たる気はなかったんだ。キツイ態度をとってすまねぇな」
「いえ、お気になさらないで下さい。彼には私も思うところがありますので」
かくいう私もユリウスの事はリッキーさんと同様にクソ野郎と思っている。
ハーメリアに喋りやがった件についてはまだちゃんと覚えている。当分は引きずる予定なので、その気持ちは分かるよ。みたいな雰囲気醸し出しながらうんうんと私は頷いた。
「……ん? って事は、だ。あのクソ野郎、大会に出場でもすんのか?」
「いえ、恐らくそれは無いかと。今は別件で行動を共にしてはいませんが、大会に参加するなんて話は一度も出て来なかったので」
「ほぉ。……まぁ、態々大会に参加してまで自己顕示欲に浸りてえってやつじゃぁねえか」
名門メセルディア侯爵家現当主でもあるからこそ、金銭に困っているという事もない。
リッキーさんの目から見てもユリウスが武闘大会に参加する理由は見当たらなかったらしい。
「とすると、なんだぁ? あのクソ野郎、厄介事でも抱え込んできやがったか?」
騎士団長という立場の人間が勝手気ままに他国へやって来るとは考え難い。ならば、厄介事でも持ち込んできたのでは無いか。
そう結論付けるリッキーさんの考えは道理であった。しかし、今回ばかりは私が腹いせにユリウスを巻き込んだだけである。
「彼はただの付き添いですよ」
だから申し訳程度に庇っておく事にした。
「……もしかして、お嬢ちゃんが何処かお偉いとこのご令嬢だったりするのか?」
「そう見えます?」
「いや、悪りぃ、見えねえわ」
「それが答えですよ」
苦笑いを浮かべながらそう言ってやると、リッキーさんはどっ、と笑い出した。
そりゃそうだ。
酒場に一人でやってきて水割りを頼むお嬢様だなんて聞いた事がない。
しかも、剣を腰に下げてると来た。
もう無茶苦茶である。
そしてそんな無茶苦茶なやつが私、フローラ・ウェイベイアという名ばかりの貴族令嬢であった。固定観念に囚われている貴族諸侯が聞けば悲鳴をあげて卒倒でもしてしまいそうだ。
「それに、私の護衛であるならユリウス殿は私の側から離れてはくれませんよ」
恐らく今の私ではユリウスの監視の目を掻い潜って一人行動、なんて真似はきっと出来やしない。まず間違いなく捕獲される。
だから自嘲気味に私はそう言った。
「中身はクソ野郎だが、剣の腕だけは立派なモンだったしな、あの野郎」
「そういう事です」
忌々しそうに言葉を紡ぐリッキーさんの言う通り、騎士団長の名は伊達ではないのだ。
フローラ・ウェイベイアとして直接剣を合わせた事はないけれど、多分勝てない。
……17年鍛錬をサボらなかった人間と、ひたすらサボり続けた人間の差はちょっとやそっとで埋まるものではないのだ。
こんな事になるなら、多少不自然に思われようとも、もう少し剣を握っておくんだった。
胸中で愚痴をこぼしながらオレンジジュースの入ったグラスを私は傾ける。
残りはあと少し。
意外と美味しいし、もう一杯お代わりをしておくかなと、そう思った時だった。
賑やかな声が酒場の入り口から聞こえてくる。
声は……三人分だろうか。
「やぁ、リッキー。今日は一段と寂れてるねぇ」
「うるっせぇ。まだ開店してから一時間も経ってねぇってテメェも知ってんだろうが」
ここは人気のスイーツ店じゃねえんだよとリッキーさんは乱暴に言葉を吐き捨てる。
すると程なく、それもそうだ。と言ってわっはっはと快活に笑う声が場に響き、私の鼓膜をも揺らした。
そして、声の主だろう男性はそのままリッキーさんの下へと直行。
どしん、と私の隣の席に腰を下ろした。
歳は30前半だろうか。
ユリウスよりは若いだろうけど、ヴァルターよりは歳を食ってそうな、そんな感じの男性が横目で確認をする私の瞳に映し出された。
「それで、この女の子は?」
「客だよ。そら、オレンジジュース飲んでんだろうが」
そう言われるや否や、私が手にするグラスへと一斉に視線が向いた。次いで、その視線は私へと移動。
「……どうも」
注目が集まったにもかかわらず、黙り込んでいるのは些か気まずかったので、私は彼らに向かって軽く会釈をした。
その際に映り込んだシルバーのチェーンネックレス。小さなプレートのようなタグが付けられたソレにどうしてか私は目を奪われた。
タグには何やら文字が刻まれている。
小さくよく見えないが、恐らくは——〝A+〟
「何? これが気になるの?」
少しばかり、注視し過ぎていたのだろう。
私の視線に気付いた彼はタグを手で掴み、これ見よがしに私に見せてくれる。
「そこのお嬢ちゃんは他国の人間らしいからな。〝ギルドタグ〟が珍しいんだろうよ。それ、安易に壊されないように魔力も込められてるしなぁ」
ほらよ。と言って、やって来た彼の前にグラスを突き出し、居座るなら注文しろと言わんばかりに目の前に置くリッキーさんは私が向けていた好奇の視線の理由を補足してくれる。
続け様に、二個、三個とリッキーさんは彼と一緒に酒場へと足を踏み入れた二人分のグラスを並べていた。
「テメェらもさっさと座った座った。こう、二人も三人も立たれると圧迫感があんだよ」
「へぇへぇ」
「言われずとも分かってるわよ」
気怠げに返事をする猫背の男と、魔法使いっぽい身格好の女性は、リッキーさんに促された通り、椅子に腰掛け始める。
「で、他国ってちなみに何処だったりする?」
「スェベリアです」
ミスレナにやって来て早三回目になるこのやり取り。どこか意外そうな表情を向けられるのもこれで丁度三回目であった。
「へぇ、スェベリアからか。ミスレナに来た理由はやっぱり武闘大会?」
「ええ。それと、少し別件で用がありまして」
私が明らかに年下であると判断しているからだろう。気さくな態度で話は進んでゆく。
「別件、ねぇ……」
私の双眸に向けられていた視線がまたしても移動。今度は、腰に下げられた無銘の剣へ。
間違っても剣士とは思えないラフな格好をしておきながら、当たり前のように剣が下げられていた事が意外だったのか。
続けられた言葉には、驚愕が含まれており、
「うぇっ!? キミ、もしかして剣士?」
「今はこんな身なりですが、一応剣士です」
「へぇ! 女の子なのに剣を! 偶にそんな物好きがいる事は知ってたけど、キミぐらいの若い女の子が剣士を……」
本当に心底、驚いているようであった。
ただ、そこに侮蔑といった嘲りの感情は見受けられない。
少しだけ珍しい人だなと。私はそう思った。
「もし良かったら、理由とか聞かせて貰えたりしないかなあ?」
「私が剣士になった理由、ですか?」
「そうそう」
ふと、考え込む。
私が剣士になった理由って何なんだろうと。
そして出て来たのは二つの答え。
ヴァルターに護衛をしてくれって頼まれたから。
スェベリア屈指の名門——メセルディア侯爵家に生まれ落ちた事と、貴族令嬢という生き方が自分に合っていないと思った。そんな偶然が偶々合致したから。
どちらも、今思い返してもあまりに無茶苦茶過ぎる理由である。貴族令嬢が性に合ってないから剣士になった。私としては至極普通の考えであると思うけれど、恐らく周囲の人間からすればドン引きレベルである筈だ。
うーん、と悩む素振りを見せながらも、流石にこれは言っちゃいけないヤツだ。馬鹿正直に言うともれなく変人扱いされちゃう。と判断した私は顔を俯かせ、沈痛な面持ちを浮かべる。
この事については触れないで、みたいな雰囲気を出しておけば切り抜けられるだろうっていう安易な考えである。
「……あー、いや、うん。言い難い事もあるだろうし、無理に言う必要はないからさ」
そして私の機転の効いた行動は見事に成功。
完璧な手際であった。
だけど罪悪感が凄い。
口八丁に騙くらかしていたヴァルターの事を私はもう悪く言えないかもしれない。
何故なら、多分、同類だから。
「ま、ぁ、誰にでも事情はあるよな、うんうん。ま、ミスレナにいる間は困った事があれば僕の事を頼ってくれてもいいからさ。あんま命を粗末にするような事だけはやめておきなよ」
私を元気付けようとしてくれているのか。
子供を宥めでもするように彼は言葉を並べ立てて行く。
「一応、これでもギルドランク〝A+〟の人間なものでね」
まぁ、大抵の事は力になれると思うよと言って彼は言葉を締めくくる。
「あぁ、それと、僕の名前はアクセアだ。こうして出会ったのも縁って事で、短い間かもしれないけど仲良くしよう。……えっ、と」
私の名前を知らなかったからだろう。
言葉に詰まり、困り顔で言葉を模索するアクセアを前に私は、
「フローラです。そういう事でしたら是非、頼りにさせて頂きます」
名前を口にする。
けれどあえてウェイベイア姓は名乗らない。
貴族である事に誇りがあるわけでなし。この場においては名乗らない方が私にとってメリットが大きいと判断したから。
「そうか! なら、宜しく頼むよ、フローラ」
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