四十八話
「————ところで。キミ、どこの国の人なの?」
代金である銀貨一枚を手渡し、約十分前から始まっていた作業。
手馴れた様子で剣の手入れを行いながらも、ニコラスはそんな問いを投げ掛けてきていた。
手入れをする為、カウンターの奥に引っ込んでいるので背を此方に向けたままの会話である。
「スェベリアです」
「あぁ、あの常識外れの王様がいる国か。確か名は————ヴァルター・ヴィア・スェベリア」
「よくご存じで」
「己が身を使って戦う王なんて彼くらいのものだろうしね」
王とは国の心臓だ。
故に、普通の感性を持っていれば、出来る限り王を危険に晒す真似はさせられない。
そう考える。臣下も、勿論、王自身も。
けれど、ヴァルターだけはその常識という枠組みの中から明らかに逸脱している。
それがどうしたと一蹴し、己が実力を証明した挙句、護衛はいらんと宣う。
その手順があまりに筋が通り過ぎているせいで誰も強く言う事ができない。だからこそ、あの現状は一向に改善される余地がない。それこそ、私の時のような気紛れでも無い限り。
最早、騎士団の人間の殆どは諦めてすらいる始末だ。
「それはそうと、スェベリアは確か超が付くほどの実力主義だったと思うんだけど……」
意味深に言葉がそこで区切られる。
「スェベリアの人間って事はキミも強いのかな? 見たところ、騎士のようだし」
興味本位。
向けられた声音の調子で私はそう判断した。
「……さぁ、どうでしょう」
少し悩んでから、言葉を濁す。
「謙虚なんだね」
「事実ですから」
慢心し、優越に浸れる程の武威が己にあるわけでなし。私はただ運良くマナという才能と剣の指導者に恵まれていただけの人間。
それに、私は棚ぼたでヴァルターの護衛になった身。騎士としての正式な試験を潜り抜けたわけでもない私が強いなどとほざいては、ユリウスを始めとした他の騎士達に面目が立たなくなる。
「ふぅん。じゃ、そういう事にしとくよ」
問い詰めるつもりはないが、私の言葉を全面的に信じる気はないらしい。
言葉に猜疑のような感情がどこと無く含まれている事は私から見ても明らかであった。
「それで、スェベリアの騎士さんはミスレナにどんな用があったの?」
「……探し物です」
「探し物かあ」
ここで馬鹿正直に父が持ってくる縁談から逃げる為です。などと言おうものならば腹を抱えて笑われる事請け合いであったので、あえて探し物と答える。
なんて答えようかと、ほんの少しばかり逡巡した為、不自然な間が生まれてしまったのだけど、ニコラスは気付いてないのか。
それを指摘する様子はない。
「ちなみに、どんな物を探してるのか……って聞いても良かったのかな」
「『千年草』と呼ばれる薬草を」
「へぇ、『千年草』」
ぴたり、と。
言葉を口にしたニコラスの手が不意に止まる。
「こりゃあまた、珍しい物を探す人もいたもんだ」
「……知ってるんですか?」
「フォーゲルの山頂に咲いてるってアレでしょ?」
実物がどんな物かは知らない。
ただ、〝北の魔女システィア〟がフォーゲルという山にあると言っていた事は頭の中にちゃんと入っていた為、その言葉に対して「ええ」と言って首肯。
「年がら年中咲いてる花ってイメージしか無かったんだけど、あれ、薬草だったんだね」
止まっていた手が再び動き出す。
しゃっ、しゃっ、と剣を研ぐ音がまた木霊を始めた。
「でも、『千年草』が欲しいなら恐らく、キミの場合は依頼を出すくらいしか、入手する手段はないかも」
「どうしてですか?」
「『千年草』が自生してる山が、なんだけどさ。あそこ、〝ギルド〟の連中が通行を制限してるんだよ。要するに、〝ギルド〟所属の……それも、そこそこ上のヤツじゃないと今は立ち入る事出来なかったんじゃなかったかな」
————〝ギルド〟。
どこと無く聞いた事のあるような言葉の響きではあるが、何の事だかちんぷんかんぷん。
「ギルド、ですか……」と呟き、頭を悩ませる事数秒。〝ギルド〟に関する知識が私の中に無いことを察してくれたのか
「……あー、スェベリアは騎士団があるから〝ギルド〟はないんだっけ」
救いの手が差し伸べられる。
「ミスレナは商人の国だからね、色々と特殊なんだ。だから、騎士も兵士もいない。でもその代わり、傭兵が数多く駐在してる上、〝ギルド〟なんて組織が存在してる。〝ギルド〟はね、簡単に言ってしまうと、魔物や野盗。つまり、外敵を排除してくれる人達の集まりだよ」
「……成る程」
外敵を排除する役目を負った者達が通行を制限する場所。つまり——危険地帯。
そんな結論が頭の中で導き出される。
ヴァルターやユリウスも言っていた。
〝北の魔女システィア〟の依頼は面倒臭い、と。ならば、そうであったとしても何ら不思議な事はない。
「とは言っても、実はもう一つだけ入手する手段があるんだけどねぇ……」
……あんまりオススメはしないし、無いに等しい手段だけども。と、ニコラスが前置きをする。
「限られた人間の通行しか受け付けてない場所でも、同行というカタチでなら、立ち入りが許されてるんだ。当然、基本的には荷物持ちだとか、そんな役割を負った上で、になると思うけどね」
要するに、フォーゲルと呼ばれる山に立ち入る予定の人物に、荷物持ちとして雇われさえすれば私も立ち入る事が出来る、と。
「ここを出てすぐ右手に見える大きな建物。それがギルドだからもし、依頼をするなり、『千年草』を取りに行くなりしたいなら是非とも一度は行ってみるといいよ。それと……はい、完成」
剣の手入れが終わったのか。
中腰になってひたすら剣を研いでいたニコラスは側に置いていた鞘を手に取り、露出した剣身をすすす、と静かに収めてゆく。
「何か聞きたい事があればいつでもおいでよ。剣の手入れついででよければ、いつでも話は聞くしさ」
ミスレナに関する疑問なら多分、大体は答えられると思うから。
言葉を口にしながら踵を返し、奥に引っ込んでいたニコラスはカウンターへと戻ってくる。
「あぁ、それと、その服からは着替えたほうがいいと思うよ。スェベリアならまだしも、ミスレナでの騎士服は……ちょっと目立ち過ぎると思うから」
そう言ってニコラスは苦笑い。
「……ご忠告ありがとうございます」
ヴァルターやユリウスと共に行動するのであれば不自然ではなかっただろうが、一人行動ともなれば、騎士服で出歩こうものなら奇異の視線に晒されてしまう。
……道理で鍛冶屋に来る道中も不自然なくらい多くの視線を向けられていたわけだと、彼の言葉のおかげで疑問が解消される。
ひとまず……服屋に向かおう。
これからの予定は取り敢えずそれで決定。
そうと決まれば、早くラフな格好に着替えたいという衝動に無性に襲われた。
「それじゃあ、気が向いたらまた来ます」
そう言って私はカウンターの上に置かれた無銘の剣を受け取り、再び腰に下げる。
しっくりとくるこの重量感。
やっぱり安心感が違う。
「そうしてくれると有り難いね。なにぶん、うちは客足がコレだからさ」
言葉に対し、今度は私が苦笑いを浮かべながら出口に続くドアへと向かい、押し開ける。
そして、私は鍛冶屋を後にした。
「さぁて。今日はもう店じまいにするかな」
長めに伸びた後ろ髪をかき集め——腕に付けていた黒のゴムでぐるりと一括り。
それにより、髪で隠れていた筈の————尖った形状の耳があらわとなる。
フローラが後にした数分後。
そう言って店じまいの準備に取り掛かるニコラスは、ぽつぽつと言葉をもらしながら手を動かしていた。
「にしても、随分とプライドの高そうな剣だったなあ」
剣の声が聞こえる。
フローラに向かって言っていたその言葉に、嘘偽りは含まれていない。
そしてそれ故に、最初から最後までフローラが気づかぬまま、ニコラスと無銘の剣による対話が人知れず行われていた。
ニコラスが無銘の剣に対して尋ねた事はたったの三つだけ。
キミの持ち主は本当に、彼女なのか。
だとすれば、これ程までに荒い使いを受けて、不満はないのか。
————もし、不満があるのであれば、ボクがキミを使ってあげてもいいけど?
その、三点。
しかし、無銘の剣がニコラスに返した言葉は全てが一蹴するもの。
自身の主は間違いなく彼女、フローラ・ウェイベイアであり。
荒い使いに見えてしまうのはそれだけ、彼女が自身に信を置いている証。剣が折れるかもしれないと気遣われた時点でソイツは最早、剣としては終わっていると鼻高々に言い放ち。
三つ目の問いに関しては、オマエは二度とワタシに話しかけるな。虫唾が走る。
と、一方的に会話は打ち切られていた。
「……偶にいるんだよねえ、冗談が通じない剣がさあ」
ニコラスには悪癖があった。
それは、自身の目から見ても格が高いと思えた剣を見ると、意地悪をしたくなるという悪癖。
得物である剣と、使い手がつり合ってないだ何だと言いたくなるというとんでもなく下らない癖だ。
特に、自身の技量ではなく得物に頼り切りな剣士を見てしまうともう口は止まってくれない。
……と、いう事もあり、客足がこれ程までに寂しいのだが、ニコラスの持論の一つに、優秀な人間ほど一癖も二癖もあるというものがある。
そして不幸中の幸いか、現実、ニコラスは人としては底辺だが、鍛冶師としては優秀な人間であった。
それ故について回る一部の太客。
彼らが落としてくれる莫大な金銭のお陰でこうして店が存続出来ていた、という具合である。
「にしても、あれ程格の高い剣が一人の人間——それも、女性に対してあんなに懐いてる姿を見せるのも……まぁ、珍しいよね」
さて。
持ち主の女性——フローラ・ウェイベイアの技量は一体どれほどのものなのか。
気にならないといえば嘘になる。
剣を打つ鍛冶師としてニコラスは、剣に対する興味は言わずもがな、使い手に対しても殆ど変わらない熱量を向けていた。
「……ちょーっと、興味が湧いた」
ターゲットロック。
もし、この場にフローラがいたならば間違いなく言っていた事だろう。
は? 言ってる意味わかんないんだけど。と。
しかし、悲しきかな、この場には既に彼女の姿はない。つまり、知る由はないという事だ。
「お客は殆ど来ないし、暇つぶしには持ってこい」
まるで数十分前のフローラの言葉をなぞるように、ニコラスが言葉を口にしていた。
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