四十六話
スェベリア王国からミスレナ商国までは馬車を使う場合、道の関係上必然、遠回りをしなければならなくなり、約十日程時間を要する。
しかし、徒歩なり走るなどすれば、馬車で向かう際に要する距離の約半分程度に抑えられるらしい。
所謂、ショートカットというやつだ。
とはいえ。
幾ら馬車で十日掛かる道のりの半分とはいえ、人の足でその距離を一日で踏破しようと試みる者がいたならば、そいつは間違いなくアホである。
そして、どうして野宿する為の道具をヴァルターも、ユリウスも持ってないんだろうと疑問に思いながらもちゃんとしたワケがあるんだろうと勝手に自分の中で納得をして言葉にしなかった私も————アホであった。
「……はぁ、はぁ、は、ぁ……」
必死に肩で息をする。
気温が低かった事が幸いし、あまり汗はかかなかったものの、体は熱湯を注がれたかのように熱い。
空からは、茜色の斜陽が照らしつけていた。
「おー。流石にヴァル坊の護衛は伊達じゃねえなあ」
数時間前、既に息を切らし始めていた私を見て、「おぶってやろうか?」などと笑いながらほざいてくれたユリウスが平気な顔をして宣った。
ヴァルターもユリウスも、恐らく私が数ヶ月前までただの貴族令嬢だった事実を綺麗さっぱり忘れてやがる。
体力が数ヶ月やそこらでつくワケないじゃん!
抗議してやりたい気持ちでいっぱいだったけど、今はそれをする体力すら惜しいので口籠る。
「そういえばサテリカの時もこんなだったな」って今更私の体力の無さを再認識してるそこの性悪陛下! ……まじで覚えとけよ。
「で、これからどうするよ」
「まずは招待状送ってくれた奴に会いに行く。些か早く着きすぎた気もするが、まぁ、他にも用事があるからそこは問題ない」
通りでこんなにも早く出発したワケだと今更ながら理解をする。
数時間程ぶっ続けで走らされた結果、日暮れ前にして漸く、ミスレナ商国らしき場所を私達は視界に捉えていた。
「ん。なら、日が落ちるまではもう少しばかり時間もあるし別行動といくかぁ」
ユリウスの同行は〝北の魔女システィア〟の依頼の為のようなもの。
だから現状、別行動を取られてもあまり問題は……と思っていた矢先。
「じゃ、そういう事なんで、嬢ちゃんは適当にぶらぶらしといてくれ。やる事が無くなったらリッキーってヤツが営んでる酒場に————」
「……おい。普通逆だろう」
私が指摘するより先にヴァルターが半眼でユリウスを見詰めながら突っ込んだ。
……どうやら、ユリウスが一人行動をするのではなく、私が一人行動であったらしい。
「全員ならまだしも、なんで俺がわざわざユリウスと二人で行動しないと、」
いけないんだと。
そもそも、俺の護衛は私だけだぞとヴァルターが言いかけて、
「んぁ? いや、だってよ。多分嬢ちゃんはミスレナ初めてだろ?」
再び遮られる言葉。
代わりに聞こえてきた言葉は、私にそういえば、と思わせるものであった。
「……そうなのか?」
「え? えーっと、……あー、うーんと、言われてもみればそんな気もするような……」
慌ててアメリア・メセルディアとして生きた頃の記憶含め、掘り返してみるが、ミスレナ商国に訪れた記憶はない。
「……成る程。お前がいるからコイツも気兼ねなく羽を伸ばせるだろう、と?」
「そういうこった。それに、嬢ちゃんの前だからあまり言いたかねえが、嬢ちゃんがいるとちっとばかし面倒な事になる」
私がいるから面倒な事になる、とは一体どういう事なのだろうか。
思わず疑問符が浮かび上がった。
そんな私の様子を横目でユリウスが確認していたからだろう。
「簡潔に言っちまうと……十中八九、乱闘騒ぎになる」
「はい?」
口を衝いて出た素っ頓狂な声。
彼の言葉の意味が私には全くと言っていいほど分からなかった。
しかし、ヴァルターにはその言葉に心当たりがあったのか。不機嫌そうに顔を顰めていた。
「ちなみに、何だが嬢ちゃんは商人って生き物をどう捉え、解釈してるよ?」
「どう捉え、って……世にお金を回す人達、じゃないんですか」
そんな子供でも分かるような問いをされても、と困り果てながら、答えを口にする。
だが、ユリウスからの返答は頭を左右に振り、それは違うと言わんばかりの動作を一度。
「確かにそれであってるが、俺が聞いたのはそういう事じゃねえ」
眉根を寄せる。
言葉の意味がわからない。
「あー……つまり、だ。商人って生き物は極度の拝金主義者って事を言いてぇんだよ。……何より、嬢ちゃん喧嘩っ早いだろ」
売り言葉に買い言葉なきらいがあるだろと。
そんな事は……無いとは言い切れないのが辛いところである。最近で言うとトリなんとかさん。
アメリアの頃で言うと数え切れない程。
……挑発してくるヤツが悪いんだよと私は胸中で毒づいた。
「ミスレナ商国は一応、国って括りにゃなってるが、言っちまえばありゃ国というより街だ。だからミスレナに尽くす騎士は勿論いねえし、いるのは金で動く傭兵共だけだ」
強調するように、ユリウスは繰り返す。
「俺自身、毛嫌いしてるわけじゃあねえが、ありのまま言い表すとすりゃ、あそこにいるのは自分の価値を金って物差しで考える事しかできねえ連中ばかりだ。雇われの傭兵含め、な」
故に。
「ここまで言や分かんだろ。ヴァル坊と嬢ちゃんの二人で商人共の前で行動するとなると、間違いなく何かしらの言葉で煽られる。女を側に付けるなんて、余程金に困ってるだ、幾らでその地位を買ったんだ、みてぇな事をよ」
「……だからと言って何で俺達が気を遣わねばならん。文句を言ってくるならその身を以て分らせてやれば良いだろうが」
「……おい。てめぇ一応国王だろうが。嬢ちゃんが仕えるようになってから偶にあるその暴走何とかしろ。前までの冷静沈着さはどこいったよ」
国家間の問題にまで発展しちまうと、ヴァル坊だけじゃなくて民は勿論、騎士にまで影響があるんだからなと諫めるユリウスの言葉に、ヴァルターは「面倒臭いな」と肩を竦めていた。
最早、〝俊才〟というより〝暴君〟である。
「ま、ぁ、そういう意味じゃ、あの眼鏡が俺を同行させたのは正しい判断だったのかもな」
……誠に不本意でしかないけれど、これまで幾つもの厄介事を引き起こしてきた身としてはまぁ、ユリウスの言いたい事は理解出来る。
昔はただの騎士であったからまだ良かったものの、今は国王の側仕え。
たとえ私に非がまっったく、一ミリとてなかろうと、厄介事を起こせば私だけの問題では済まなくなる。
ヴァルターが認めるか認めないかはさておき、今回はユリウスがこうしている以上、不要不急であるなら護衛は彼に任せるべきなのかもしれない。
それに、当初ユリウスが指摘していたように、ミスレナに訪れたのはこれが初めて。
だからこそ、見て回りたいという気持ちがないといえば嘘になる。
そんな感情が自覚ないまま顔に出ていたのかもしれない。思いの外、あっさりとヴァルターは「……分かった」と不承不承ながら頷いていた。
「別に一人行動が嫌って事ならこっちと合流すりゃいいし、暇で仕方がないなら〝北の魔女〟からの依頼をこなすのもいい。あくまでもこれは提案だ。強制じゃあねえ」
つまり、自由に過ごしてくれと。
もしかするとこれはユリウスなりの罪滅ぼしなのかもしれない。なんて事を考えながら……当面の間、私の一人行動が決定した。
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