四十三話
……とはいえ。
別に私はアメリア・メセルディアとしての父——シャムロック・メセルディアの事が特別嫌いというわけではない。
ただ、会い辛い。
その一言に尽きるだけ。
勿論、父には多大な恩を感じている。
騎士だなんだと自由勝手気ままに生きることが出来たのも、父のおかげ。私自身、問題児扱いを受けていた事もあり、その後始末等の事を考えると負い目のようなものもある。
けれど。
「私はもう、アメリア・メセルディアじゃない」
私は、フローラ・ウェイベイアだ。
だからこそ、本来であれば接点の無いシャムロック・メセルディアに会わなければいけないと、義理立てをする必要は無いと思えた。
……もっとも、それはユリウスからメセルディアの家宝を私が受け取っていなければの話。
「って事を見越して渡してきたんだろうなぁ……」
思わず頭を抱えた。
これがただの偶然なのか。
伊達に十年近く共に過ごしてきたワケではなかったという事なのか。
確証は何も無いのに、私はきっと後者なんだろうなぁとため息を吐いた。
ユリウスと別れ、私がやって来ていたのは王宮に位置する図書館の中。
急にため息を吐いたり、項垂れたり、頭を抱えたりと私が起こす行動の全てがまさしく変人のソレなのだが、幸運な事に図書館は極めてひと気が少ない場所。
見咎められる事はなく、その為、私の奇行はまだ続く。
「あー、面倒臭」
何よりも自分の性格が面倒臭い。
幼少の頃の経験は中々頭から離れないとはよく言ったもので、なまじ、武家で育てられていたからか、私自身が『義理』というものをそれなりに重んじてしまっているのだ。
ヴァルターの時も然り。
私はアメリア・メセルディアではないと割り切って尚、罪悪感に駆られる程の負い目があったからこそ、義理立てをした。
本当に、面倒臭い性格をしていると自分の事ながら思う。
ただ、それら全てを無視して厚顔無恥に生きていこうと思っても、それはそれで自身に腹が立つ。
結局、私には肯く事しか選択肢はないのだ。
他でもない私が選択肢の幅を狭めているから。
「ヴァルターに……あー……」
恐らく、ヴァルターはシャムロックの教えを受けている。サテリカにて剣を合わせた際、その片鱗が垣間見えていた。十中八九、手解きを受けたのだろう。
ならば、この件をヴァルターに相談する事は悪手としか言いようがない。
だから私は途中で言葉を打ち切った。
結局、どうしたものかと悩み続ける羽目になり、それが続く事一時間。
「……何をしてるんだアイツ」
偶々図書館にやって来ていた騎士——ライバードさんにその奇行を目の当たりにされ、その後当分の間、距離を取られる事になるのだが、彼の存在に私は最後まで気付く事はなかった。
* * * *
「あの、陛下。これ、は……?」
結局その後、何の収獲も得られないままその場を後にした私は執務室へと赴き、ヴァルターの政務の手伝いをしていたのだが、そんな折。
一枚の招待状のような紙を見つけた。
私がそれに目を惹かれた理由は、記載されていた日時。それが丁度、一ヶ月後に控えた最悪の一日にドンピシャに当て嵌っていたから。
そして勿論、欠席のところに丸が付けられている。政務嫌いを地で行くヴァルターに今日も揺らぎはない。流石の一言である。
「……ん? あぁ、それか。ミスレナ商国で開催されるイベントの招待状だ」
背もたれに身体を預けながら、ヴァルターは机に落としていた視線を私へと向ける。
ミスレナ商国。
それは文字通り、商業の街として知られる国であり、世界で唯一、商人が仕切っている国であった。ミスレナに王は存在せず、3人の豪商と呼ばれる者達が国を取り仕切っている。
流石にその者達の名前は覚えていないけれど、あまりの珍しさに私も思わず興味を抱いてしまった時期があったのだ。
故に、その国の事は記憶に残っていた。
「商業の国だからな。年がら年中催しをやってるぞ。大方、人を呼び込みたいんだろ。毎度断ってるにもかかわらず、こうして毎度の如く俺の下に招待状を送ってくる。実に商魂逞しい奴らだ」
どうせ向こうもヴァルターが来るとは毛程も思っていない。何かの拍子で来る事になればラッキー程度なのだろう。
ヴァルターの口からは断るのが当たり前と言わんばかりの言い草が聞こえて来た。
「……で、それがどうかしたか? お前が興味を惹かれる内容ではないと思うが」
記載されている内容は——武闘大会。
あー、死んでも参加したくないね、これは。
という言葉が喉元まで出かかったが、すんでのところでゴクリとのみ込む。
剣は嫌いじゃないけれど、私自身が見世物になるのは死ぬ程嫌い。だから、ヴァルターのその言葉に肯定しかけてたけど、これを逃してしまえば、前世か今生どちらかの父に会わなければならないという地獄過ぎる選択肢の中から選ぶ羽目になる。
悲しい事に、安易にそうですと返事が出来ない事情が私にはあった。
私がしなければならない事は大きく纏めて二つ。
望んだ事ではないにせよ、家宝を譲って貰った事に対する義理立て。
そして、ユベル・ウェイベイアが持ってくるであろう縁談から逃れる事。
それに関しては特にこれといった義理はないので三十六計逃げるに如かず。
逃げるが勝ちである。
「そうなんですけど、ね……」
だったら、メセルディアの方に向かえばいいじゃないかと一瞬、思ってしまうのだが、その場合だと父であるユベルと出会う可能性が格段に上がってしまう。
何故ならば、私の帰る場所といえば王宮か実家であるウェイベイアしかないからだ。会いたくないのであれば、是が非でも国外と言わずとも、遠くに逃げる必要があった。
……本当にユリウスの奴、厄介な事をしてくれたものである。
「……ん」
あからさまに言い淀む私の姿を見てヴァルターは何かを察してくれたのか。
数秒ばかり私の顔を注視。
「……ま、偶の慰安も必要か」
「……良いんですか?」
「語りたくない事の一つや二つくらい、誰にでもあるだろうさ」
つまり、事情を聞く事もなく、私を送り出してくれる、と。
なんという事だろうか。
正直、ヴァルターがここまで物分かりの良い人とは思ってもみなかった。
「陛下……」
感動したと言わんばかりの視線をヴァルターに向けながら、心の中で感涙にむせぶ。
「それでは、側仕えの件についてはハーメリア卿に私から————」
これでも一応、私は一国の王の側仕え。
数日とはいえ、離れるからにはこの事を誰かに伝えなければならない。
ああ、そうだ。ハーメリアにこの事を伝えて代理を立ててもらおう。そう思っての発言だったのに、何故かヴァルターは首を傾げている。
いや、なんで。
「……どうしてそこでルイスの名前が出てくる」
「え、いや、だって——」
そこでようやく気づく。
そういえば、ヴァルターは側仕えの存在を嫌っていたではないか、と。
嗚呼っ、そうだった。
すっかり失念していた。
これは私の配慮が足らなかったと後悔をした数秒後。私が先の言葉に対する謝罪をするより早く、言葉がやって来た。
「何を勘違いしてるのかは知らんが、俺もついていくに決まってるだろう」
ちょっと何を言ってるのか意味が分からなかった。私の耳がおかしくなったのかもしれない。
「……そもそも、これは俺宛の招待状なんだが」
招待された人間の護衛だけ向かうなど、そんなおかしな話があるかと言い咎められる。
……言われてもみればその通りであった。
「まぁ、お前がミスレナに行きたいと願う気持ちは分からんでもない」
呆れ混じりにため息を一度。
そんなヴァルターの手にはいつの間にやら、一枚の手紙のようなものが掴まれていた。
それは何処かで見た事あるような紙。そして見覚えしかない字。極め付きにウェイベイア伯爵家の家紋の印。
……おいコラ。と、声が出かかった。
私の込み入った事情をお前も知ってるのかよと。
「俺の下にも届いていてな。まぁ何と無くだが……察した」
「……お気遣いありがとうございます」
とはいえ、考えてもみればそれが道理であった。私の今の立場はウェイベイア伯爵家の子女ではなく、国王であるヴァルターの直臣という立場。たとえ父親であれ、伺いを立てる事は必須であるだろう。
「それで、なんだが……助けてやろうか」
にやりと笑みを深め、悪役さながらの笑顔をヴァルターは浮かべている。
後々、この事をダシに恩着せがましい態度を取られるであろう事は考えるまでもない。
だがしかし。
たとえそんなロクでもない未来がやってくる事になろうとも、通りたくない道というものは存在しているのだ。
そして、現在進行形で悪どい笑みを浮かべるヴァルターは間違いなくそれを知った上で宣っている。
……やっぱりこいつ、性格がひん曲がってると、そう思わずにはいられなかった。
ブックマーク、☆評価よろしくお願いします!!!