四十二話
事の始まりは、私の下に届いた一通の手紙。
その内容を破棄しないで律儀に読んでしまったからだと今から一時間後の私は語る。
ヴァルターの側仕えをするようになって早半年。偶に会いに来てくれるフィーこと、フィール・レイベッカと以前と変わらず親交を深めながらも、王宮生活に馴染み始めていたそんな頃。
私の下に一通の手紙が届いた。
差出人の名はユベル・ウェイベイア。
つまり、フローラ・ウェイベイアとしての父からであった。
そこに不穏な気配を感じ取ったのは言わずもがな。ヴァルターの側仕えに指名されるや否や、二つ返事で了承し、娘を売り渡したようなクソ親父である。そこで私の意思が第一とでも言ってくれていたならば印象は変わっていただろうが、現実、それどころか諸手を挙げて喜んでいたようなヤツである。警戒するなと言う方が無理な話だ。
『大切な話がある。近いうち、迎えにいく』
ぺりぺりぺりっと封を開け、手にする一枚の羊皮紙。実に長ったらしい手紙であったが、それを簡単に要約するとそんな感じ。
正直、嫌な予感しかしなかった。
* * * *
「————で、なんですけども。大切な話って何だと思います?」
「いや、完全に聞く人間を間違ってんだろ嬢ちゃん……。なんで俺に聞くんだよ……」
この手紙を見なかった事にしようか。
それとも馬鹿正直に父の迎えを待つべきか。堂々巡りに陥りながらも部屋を後にする私であったのだが、運がいいのか悪いのか。
ちょうどばったりと会話相手の男——ユリウス・メセルディアに出くわした為、これ幸いと尋ねていた。
「偶々いたからですけど」
「……あー、そうかい」
ユリウスに尋ねたかったわけではなく、誰かしらにこの悩みを打ち明けたかっただけだと知るや否や、彼はひときわ大きな溜息を吐いた。「そういうのはヴァル坊に言ってやれよ」と何故かユリウスは文句のような言葉を漏らしていたけど、なんでここでヴァルターが出てくるのか。
私にはさっぱり理解が出来なかった。
「というか、嬢ちゃんは親父さんと仲が良くねえのか?」
「…………」
つい、言葉に詰まる。
仲が特別悪いというわけではないが、あれを仲が良いとは間違っても言わないだろう。
そんな考えを巡らせ——最終的に出した答えは
「微妙、だと思います」
そんな曖昧な回答であった。
実に不明瞭である。
「微妙、微妙……ねぇ。……あー、分かった。何となくだが理解した」
言葉の裏に隠された事情を察しでもしたのか。
どこか訳知り顔で苦笑いを浮かべながらユリウスはそう述べる。
実際は、世界有数の武家で育った私が突然、文官の家に転生し、どう接すれば良いのかが分からず、勝手に私がひとり孤立。
その差異に悩んでいたせいで家族との折り合いもあまり良くはなく……といった背景があるのだけど、それをユリウスが知っている筈はないだろうと私は判断。
はてさて、彼がどのような事情を汲み取ってくれたのかは知り得ないけれど、納得してくれてるのならそれで良いかと私は取り敢えず割り切る事にした。
「それ、で。だから困ってるってわけか。特別仲の良いわけでもねぇ親父さんからの突然の手紙。ちょっとどころじゃねえ厄介事の匂いがするぞ、と」
「……ええ」
「……これまでの嬢ちゃんの境遇やら、現状やらを踏まえた上で、多分ドンピシャにちけぇ……いや、多分間違いなくこれって答えが思い浮かんだんだが」
……かく言う私も薄々は気付いてる。
でもその答えから逃避をしたくてあえて鈍そうというか、偶々出会ったユリウスに聞いたのになんでこんな時だけ勘が良くなるんだよ。
「……一応聞きます」
元々、父からの命でミシェル公爵閣下の婚約者探しのパーティーに参加する事になった私。
しかし、その目論見はかなわず、なれど、ひょんな事からこれまで一度として側仕えすら拒んできたヴァルターの側仕えとして王宮で働く事になってしまった。
周りからすれば何でこいつが!みたいな感情が燻っているだろうがそれも一部に限った話。
そしてこれまた違う一部の人間は考えるのだ。
私を利用すれば、ヴァルターとお近づきになれるのでは、と。
ここまでくれば答えまではあと一歩。
権力の高い者からの圧力に屈しやすい父の性格を踏まえれば、もう答えは出たも同然。
「それってよ、多分、嬢ちゃん宛の縁談——」
「さようなら」
にべもなく吐き捨て、私はユリウスに背を向けた。求めていたのはその答えに対する否定。ド直球ストレートな答えは要らないんだよ。
「おいおいおい、その態度はいくら何でもねぇだろっ!?」
私から聞いておきながら望んだ答えを得られなかったからと言う理由だけでもう知らんと背を向ける。自分の事ながら自己中としか言いようがない行動であると思うがこればかりは仕方がない。
それだけは言うなよと、私が無言の圧を込めた眼光を向けていたのにそれを目敏く察せなかったユリウスが悪いのだ。私は悪くない。
「でもよ、案外悪くない話かもしれねぇじゃねえか」
スタスタと足早に去ろうと試みる私の足をどうしてか、そんな言葉でユリウスは止めようと試みていた。
頭ごなしにそう邪険にしなくてもいいではないか、と。
「玉の輿ってやつかもしらねえぜ?」
「結構です」
私は即答。
揶揄うような口調で問い掛けてくるユリウスの言葉を一刀両断する。
「そりゃまたどうして?」
「……生き辛そうじゃないですか」
ややあって、私は言葉を濁した。
貴族の家に生まれたからには割り切らなければならない部分もある。それは流石の私も自覚してる。
ただ、出来る事ならば避けて通りたい。
それが私の本音。
「ユリウス殿は違うんですか?」
それは暗に、お前も独身でしょ? と指摘してるも同然の言葉であった。
「……なんでそれを嬢ちゃんが知ってんだ」
「結婚とか煩わしく感じそうな人だなあって思ってただけですよ」
「……カマかけただけかよ」
勝手に自滅したユリウスは苦々しい表情を浮かべる。この反応を見る限り、周りからは結婚しろだなんだと言われているのかもしれない。
後々、何かの役に立ちそうな気もしたのでこの情報はインプット。
「まぁ、多少の違いはあるが……俺も大方、そんなとこだ」
ユリウスの場合、侯爵家当主である為、さぞ、縁談には苦労させられてきた事だろう。これ以上は聞いてくれるなと言わんばかりのその面持ちのお陰で胸中で必死に留めているであろう心の叫びが手に取るように分かってしまう。
そんな、折。
「事情は分かった。それで、親父さんが来るのはいつって書いてんだ」
「……助けてくれるんですか?」
「タイミングが上手く噛み合えばの話だけどな」
なんの心境の変化なのだろうか。
ユリウスが助けてくれるとは夢にも思っていなかった私は少しばかり驚愕しつつも手にしていた手紙に視線を落とす。
数秒ほど文字を目で追い、発見する日時。
「えっ、と、今から丁度一ヶ月後、ですね」
「一ヶ月、か。……まぁ、こっちにも予定があっただろうし、一ヶ月後なら寧ろ丁度いいくらい、か」
ぶつぶつと言葉を呟くユリウスであるが、小声でひとりごちているせいで何を言っているのか上手く聞き取れない。
時折、親父。会う。ヴァル坊。そろそろ。痺れを切らす。など。
不穏な気配を漂わせる単語が途切れ途切れに私の鼓膜を揺らしていたけれど、きっと気の所為だろう。そう思いたい。
しかし。
「なぁ、嬢ちゃん」
平坦な声音で紡がれる言葉。
私を父から守ってくれるのかと淡い期待を抱かせてくれたユリウスの口から発せられたのは————
「少し前から俺の親父が嬢ちゃんに会いたいって言って————」
メセルディア家への片道キッププレゼントという全く嬉しくない言葉。
最早、そこから先の発言は一切覚えてない。
何故なら私の頭が続けられる言葉を理解する事を断固として拒んだから。
前門の虎後門の狼。
なんか向こうは私の事を気づいてるっぽいけど、きっと干渉する気はないんだろうとたかを括っていた私の甘い考えは見事に瓦解。
こんな事になるならユリウスに話を打ち明けるんじゃなかったと、私は数分前の己の行動を心底後悔した。
二章開始となりますが、今回は書き溜めゼロな為、更新は不定期となります!!
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