四話
「時に————」
一体どういう事なのだと目を丸くする私の事など知らんとばかりにヴァルターは続けざまに言葉を紡ぐ。
「————お前は剣を振れるか」
「剣、ですか」
どうして私に話しかけているんだ。
そんな疑問で脳内は埋め尽くされていたけれど、だからと言って国王陛下からの質問を無視するわけにもいかない。
周囲からはどうしてお前なんかに陛下が。という無数にのぼる懐疑の視線を向けられており、はっきり言って気が気でない。
フィールですらも驚き、貴女、一体どんな手品を使ったのよと言わんばかりに私を見詰めていた。
……答えがあるのなら私が聞きたいよ。
「…………」
口を閉じ、考え込む。
果たしてなんと言うのが正解なのか。
振れるか。振れないか。
貴族の子女として発言するならば、ここは間違いなく振れないと言うべきである。
だがしかし。
仮に剣が振れるとして、貴族の子女にその能力を求めるだろうか。……いや、それは無いだろう。
つまり、これは確認なのだ。
野蛮な貴族令嬢か、そうで無いかの。
それに、ヴァルターが私の正体に気付いてる筈はない。私は転生をしたのだ。いくら聡いと言えど彼が気付ける余地は何処にもありはしない。
どうしてピンポイントで私にそんな問い掛けをしてきたのか。という懸念事項は残るが、きっとこれは偶々なのだろう。
……そうでもなければ、今まで一度としてフローラ・ウェイベイアとしてヴァルターと出会った事すらないのに説明がつかないからだ。
よって。
ヴァルターと関わる気のない私が選ぶべき選択肢はただ一つ。
「嗜み程度ではありますが」
そう言って、前世にて騎士をやっていた弊害か。暇さえあれば剣を振り、剣だこが出来てしまっていた己の手を見遣りながら控えめにそう口にする。
完璧である。
一切の隙がない完璧な回答である。
……筈なのに。
「そうか。ならお前、今日付で俺の女官をやれ」
何故か予想とは180度異なった答えがやってきた。思わずぴくぴくと頰を引きつらせた私はきっと悪くない。
「にょ、女官、ですか……?」
恐らく聞き間違いか何かだろう。
そんな希望的観測を切に願いながら問い返すと「そうだ」と即座に返事が戻ってくる。
「いい加減、側仕えの一人や二人作れと周りの者が煩くてな。耳障りなものだからと丁度人を探していたところだったんだが……」
————いるではないか。良さげな者が。
と、にやりと笑うヴァルターに、だから何でそこで私が選ばれるんだよと無性に叫び散らしたくなった。
「名はなんという?」
「……フローラ・ウェイベイアと、申します」
ここで名乗らないという不敬をするわけにもいかず、不承不承とばかりに私が名乗るとヴァルターは気をよくでもしたのか、
「そうか。それでは、ウェイベイア卿には俺から一報を入れておこう」
やめてくれと、そう言ってやりたかった。
ただでさえ、公爵殿と縁を結んで来いと言って送り出した父親である。陛下の女官に任命されたときけば、あの父ならばどうぞどうぞと二つ返事をするに違いない。くそが。
これで名も知られ、周囲の人間を置いてきぼりに今日からヴァルターの女官を私がする事で決まったと思われたその時であった。
「……陛下」
不審さを前面に押し出しながら、ヴァルターを呼ぶ声がひとつ。
それは、今回のパーティーの主役であったミシェル公爵閣下のものであった。