三十九話
「あのガヴァリスを、こうもあっさりと……。これはお見事としか言いようがありませんなあ」
気付けば、恨み言を吐きながら衰弱し、目の前で命を散らしたガヴァリスが最後だったのか。
フェリドを始めとした他の部下達も軒並み斬り伏せられていた。
……どうやら、私が最後らしい。
「……トドメは陛下がさしちゃいましたけどね」
若干、不貞腐れたように言ってやる。
背後をとってわざわざ不意を討たずとも、私一人で倒せたというのに。
「まぁまぁ、臣下想いの良き君主ではありませんか」
ぶーぶー、と口を尖らせる私を見兼ねてか、クライグさんがどうしてかヴァルターを庇うような言葉を言い放っていた。
てめえ、ヴァルターが一国の王だからって露骨に媚び売りやがって。
と、半眼で訴えかけてやると堪らずクライグさんは苦笑いを浮かべる。
「〝炎狼〟、でしたか。あれほど膨大な数のアレが展開されるや否や、フェリドを一瞬で斬り伏せて「クライグ・レイガード」」
何かを喋ろうとしてくれていたクライグさんの声を、まるで咎めでもするかのように名を呼び、ヴァルターが無理矢理に遮った。
「口は災いのもとという言葉を知らないのかお前は。……いらん事を言うな」
「おっ、と。これは失礼いたしました」
……え? そこまで言っておいてお預けなの?
私だけお預けなの? え、あり得なくない!?
「お前が気にする必要はない。忘れておけ」
「……そうですか」
クライグさんの言葉を制止したヴァルターの行動から察するに、私にはどうあっても続けられたであろう発言を教えてはくれないのだろう。
不承不承といった様子で私は返事をし、無理矢理に己を納得させる事にした。
そして、ぐるりと視線を一回り。
周囲に敵らしき姿がいない事を確認してから
「ところで、陛下」
「知らん」
「……あの、まだ何も言ってないんですけど」
ヴァルターを呼ぶと、即座に返答がくる。
まるで私がそろそろ話し掛けるのではと予測していたのではないのか、と勘繰ってしまう程の素早さだ。
……多分、ヴァルターのヤツ、私が何を聞こうとしてるか知ってやがる。
その上で、抜け抜けと「知らん」などとほざいてるのだ。つい、ぶん殴ってやろうかと思った。
「……あの時の名前の件ですが、」
「知らん。俺は忘れた。他のやつに聞け」
いや、その反応は絶対覚えてるでしょ!
他のやつに聞けって、それあんたの発言なんだよ! 他の人に聞いて分かる話じゃないって事は分かってるでしょ!?
しかし、当の本人はといえば、私の必死の無言の圧力をガン無視。
あろう事か、クライグさんに話しかける始末である。ふざけ。
「あー、それと、クライグ・レイガード」
「む? 何でしょうかな? ヴァルター殿」
「今回の討伐の対価だが……分かっているだろうな?」
「勿論ですとも。〝鬼火〟達は商人を始めとしたサテリカ国民に甚大な被害を及ぼしておりました。ですから、ヴァルター殿やフローラ殿は今やサテリカの恩人。誰一人として文句は言わせません。〝剣聖〟の名に誓って、王宮で交わしたあの約束は果たさせていただきますとも」
「ならいいんだ」
サテリカのトップは王であるディランさん。
しかし、他の騎士達からの信頼が最も厚い人物は〝剣聖〟と呼ばれるクライグさんなのだろう。
連れてきていた他のメンツからの態度や、私に突っかかってきたトリクラウドさん。そして、あえてこの場で約束の確認を行ったヴァルターの言葉から、私はそんな答えを導き出していた。
「時に、ヴァルター殿」
「ん?」
「これは、ヴァルター殿が思い描いていたシナリオ通りの展開ですかな?」
何を思ってか、クライグさんはそんな言葉を言い放つ。
「恩人であれば、彼女を嘲る人間は滅多なことがない限り現れる事はないでしょうなあ。被害も目に見えて増えていたからこそ、それは尚更に」
つまり。
クライグさんはヴァルターに持ちかけられていた縁談。そして〝鬼火〟による盗賊紛いの略奪行為。その討伐。それに私を巻き込み、こうして、事を収束させた。
全てを承知し、その上で己の頭の中で最善のシナリオをサテリカに辿り着く前から描いていたのではないのか。
全てを知った上で。否、知っていたからこそ、赴いたのではないのかと。クライグさんは問うていた。
「偶々だ。全てが、偶々。流石にそれは勘繰りすぎだ」
縁談の話の是非について答えんと赴いた時点で、寸分違わず〝鬼火〟を倒してみせたこの場面まで予測出来るなぞ、それはもう人間業ではない。そう言わんばかりにヴァルターは小さく笑う。
しかし、今回の一件は全てがヴァルターにとって都合が良いように動いている。
だからこそ、クライグさんはそう思わざるを得なかったのだろう。
「全く……おっかない人ですなあ。相変わらず、底が知れない。だからこそ、陛下から度々縁談を持ち掛けられるんですよ」
以前、ヴァルターは言っていた。
サテリカは、成長の著しいスェベリアの利権に一枚噛みたいから俺に縁談を持ちかけたのだろう、と。人材、資源。そういったものが目的なのだと。
しかし、今のクライグさんの言い草ではまるでサテリカはヴァルターと縁を繋いでおきたい。
その一心で話を持ってきていたかのように聞こえてしまう。
……きっと、それは嘘ではないのだろう。
期せずして見せつけられたヴァルターの戦闘技能が未だ脳裏に焼き付いていたからか。
私はそう思ってしまっていた。
「いい迷惑だ」
「でしょうなぁ」
直後、微笑ましいものでも見るかのような視線が私に向けられる。
いや、だからさ。言いたい事があるなら言葉にしてよ。さっきからそんなんばっかじゃん! 悶々とする事しか出来ないこっちの身にもなれ!!
ぎろり、と割と本気で睥睨。
「怖い、怖い」と半笑いをしながらクライグさんは両手を軽くあげた。
勘弁して下さいとでも言いたいのだろうか。
「良き臣下をお持ちのようで」
「だろう?」
臣下、とは私の事なのだろう。
褒められた事が嬉しかったのか、少しだけ上機嫌にヴァルターは口角を曲げた。
「……それで、陛下。その良き臣下からの質問には答えてくださらないのですか」
若干キレ気味に。
これだけは譲れないと言わんばかりの眼光を以て再度問い掛ける。
その必死さを目にしたからか、クライグさんは苦笑い。私は知りませんと己が意見を主張するように目を逸らしていた。
「随分としつこいなお前も……。とはいえ、だ。今回、こういったゴタゴタに巻き込んでしまった事に対するお前への報酬を未だ決めかねていたところでもある」
「……つまり?」
「スェベリアの方針はどこまでも実力主義。無理矢理にでも聞きたいのであれば、相応の実力を示せ」
要するに、実力を示せば素直に教えてくれる、と。
そこでふと思う。
……〝鬼火のガヴァリス〟を倒した事実はそれに合致しないのだろうかと。
「〝鬼火〟程度ではダメだ。せめてユリウスクラスでなければ話にもならん」
「…………」
なに、私の心を勝手に読んでんの。
無言で私は訴える。
「クライグ・レイガード」
「如何いたしましたか?」
「今回の討伐の報酬について、もうひとつ加えて欲しいものが出来た」
「余程の無理難題でなければ御承りしましょう」
「なに、以前、顔を合わせる際に使わせて貰ったあの場所を数時間。それと、刃の無い模擬剣を二振り貸して貰いたい」
つまり、ヴァルター直々に私の相手をする、と。刃を落とした剣を使うから加減もいらない。
存分に掛かって来い、と。
……良い度胸してんじゃん。
「その程度であれば問題はありません。陛下にはその旨を私の方から伝えておきましょう」
クライグさんも、私達の話のやり取りから全てを察したのだろう。面白おかしそうに他の方と一緒になって笑っていた。
「助かる。それと、フローラ」
「何でしょう?」
「これはあくまで仕合であって殺し合いでは無い。マナと魔法の使用は厳禁。純粋に剣のみでの力比べとする。それで問題ないか」
「ありません」
即答する。
この身は元とはいえ、剣の一族と言われていたメセルディア侯爵家の人間。
たとえマナが無くともあの気弱な王子だったヴァルター程度、倒せない筈がない。いくら劣化してるとはいえ、引き分け程度に持ち込む事は十分可能である。
……取り敢えず、その万が一にも負けるはずがないと言わんばかりに伸びた鼻っ柱を折ってやろう。私の今後の方針は満場一致でそう決まった。
主君だからといって手加減してあげると思ってるんなら大間違い。
ひとまずその性根の腐り切った口からどうにかして、ヴァルターが何故、私がアメリアであると知っていたのかを聞き出す必要性がある。
「言質は取ったぞ。お前がもし負ければ今回の一件はただ働きとする上、スェベリアに帰国してから二度ほど俺の言う事を聞いて貰う。分かったか」
「ですから、問題ありませんと————」
言ってるじゃないか。
と、言おうとして気付く。
なんか勝手に条件が二つも三つも加えられている事に。
「————え? ……ちょっ、まっ」
「よし。交渉成立だな。そこに転がってる死体の処理はサテリカに任せる。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
それを最後にヴァルターは踵を返し、来た道を戻り始めんと、地面を蹴って走り出す。
「おーい。何してんだ。早くついて来い護衛」
「ついて来させる気なんて微塵も無いくせによくもまあそんな言葉が言えますねぇ……っ!!」
肩越しに振り返り、そんな言葉を抜け抜けと宣うヴァルターに対し、割と本気で殺意を覚えた。
大人げ無いと言われようとも絶対に叩き潰す。これは決定事項だ。泣いて後悔しろ性悪陛下。
私はその瞬間、心にそう誓った。
一章完結まで予約投稿させて頂きました。
その為、文字数表記が若干増えております。
ご了承くださいませ!
また、ブックマーク、☆評価も宜しければお願いしますっ!!