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三十七話

「————ウェイベイア伯爵家が嫡女、フローラ・ウェイベイア」

「聞いた、事もねえ」


 そりゃそうだろうねと思う。

 何故ならば今日、この瞬間までフローラ・ウェイベイアは一度として剣士として表舞台へ姿を現した事はなかったから。


 そして、既に相貌を隠し、己の正体を不詳とする機能を完全に失ったと判断した私は目深に被っていたフードを脱ぎながら名乗る。


「……オイオイ、まじで女かよ。ったく……」


 あらわになる私の相貌。

 外套に押し込んでいた髪を外気にさらけ出しながら一度、かぶりを振る。


 やってきた言葉は聞き慣れたモノ。

 しかし、侮辱というよりそれは勘弁してくれ、といった意味合いで言い放たれたものなのだろう。ひどく顔を顰めるガヴァリスの表情からそう察する事が出来た。


「何か不都合でも?」

「あるに決まってんだろうが」


 あえてそう聞いてやると即座に返事がくる。

 軽薄な笑みを浮かべながら、最早使い物にならないだろう、火傷痕が刻まれた両腕をガヴァリスは見遣りながら————直後、赤の光が薄らと帯びる。

 転瞬、ざり、と砂を蹴る音と共に私の視界からガヴァリスの姿が化かされでもしたかのように掻き消えた。


 発声源が眼前から——背後へ移動。


「女相手に致命傷を負った挙句、不意をついたとも知られりゃオレの格が下がっちまうだろうがッ!? えぇッ!!?」


 乱暴に叫び散らされる怒声。

 そこに、当初の慢心は最早一片とて混じり込んでいない。逼迫するこの状況がガヴァリスから余裕を根こそぎ奪っていったのだろう。

 しかし。


「ざぁんねん。それ、見えてるよ(、、、、、)


 振り返りざまに、一閃。

 ガキンッ、と甲高い金属音と共にどちらとも無く弾かれ、数多の火花が視界に映り込む。


 膂力の差は火を見るより明らか。

 にもかかわらず、ガヴァリスの振るう一撃は華奢な細腕から繰り出された私の剣に対し攻め切れない。両腕の負傷を踏まえても、おかしいと。恐らくガヴァリスはそんな疑問を抱いたのだろう。


「テメェ……やっぱり、見た目通りの年齢じゃねえな?」


 そんな疑問が聞こえてきた。


 剣を合わせているとはいえ、随分と聡いなと思う。ただ、歳はどうでもいいだろうがと若干の怒りを表情の端々に散りばめながら、私は二度、三度と立て続けに剣を振るう。


「技術と見た目がちぐはぐ過ぎん、だよッ!!」


 ガヴァリスもそれに応戦。

 本来であれば動かす事すら不可能だろうに、マナを巡らせた事により、黒焦げた両腕が辛うじて機能。


 マナとは身体能力を飛躍的に向上させる効果がある。つまり、活性化。


 私自身もマナの使い手である為、そのざまじゃ、動かす代償としてひどい激痛に襲われてるだろうにと哀れみながらも、ふぅん、とその様を一瞥。


「だから?」


 そして先の言葉に対し、嘲笑で返す。


「ったく、まじでやり辛えなァ、オイッ!!!」


 動揺でも誘っていたのだろうか。

 気丈に振る舞う為か、ガヴァリスは獰猛に笑んでいたが、落胆めいた感情が見え隠れしていた。


 動揺なんて、する筈が無い。


 ……勿論、当初は己が前世の記憶を持った稀有な人間であるという事実を隠そうと思っていたし、それに従って行動をしていた。

 それは確かな事実に他ならない。


 けれど、過去が知られたからどうなるというのか。私は私。どこまでも、ただそれだけ。

 このやり取りのせいで私が訳有りであるという事実は間違いなくヴァルターに露見してしまっている。ならば————


「一応私、対人(、、)の経験は人一倍あるからねぇ」


 ————ならば、この場に限り、やりたい放題させて貰おう。


 嫌らしい戦い方が染み込んでるだろうし、物凄く戦い辛いだろうねーと言葉を付け足しながらガヴァリスに倣うように私は獰猛な笑みを浮かべる。


 これでも、メセルディアの嫡女として騎士団に入った当時は毎日のように因縁付けられては決闘騒ぎを起こしていた問題児である。

 冗談抜きに、対人経験は歴代の騎士の中でも一、二を争うのではないだろうか。


「瞳の動き。腕の振り方。爪先の向き。呼気の間隔。それだけ見えてれば次の動作なんて予測出来る。当然でしょ?」

「ハッ、えらく大口を叩くじゃねぇかッ!! じゃあこれはどう対処するよ!! フローラ・ウェイベイアァァァアア!!!」


 ガヴァリスが威勢よく叫び散らす。

 しかし、次に起こした行動は言動とは正反対。

 感情に任せて突撃——ではなく、仕切り直しと言わんばかりに飛び退き、私から距離を取る事であった。


 そして、程なくガヴァリスの両腕に纏わりついていた赤い輝きが消滅。


 何かが来る。

 そう思った直後であった。


 突として展開される——焔を想起させる魔法陣。それに連動するように私の鼓膜をひとつの声が揺らす。


「吠えろ————〝炎狼(カグツチ)〟ッ!!!」


 言葉と共に、ゴゥ、と音を立てて魔法陣から何かが燃え盛る。灼けるような熱さが風に運ばれ、私の肌を撫でた。次いで形成されるシルエット。

 それはまるで狼のようであった。


 瞳に映るその数は、10と少し。

 陽炎のようにその姿は揺らぐ。


「悪ぃが剣は見限らせて貰った!! この腕じゃ万が一にも勝てやしねえ!!!」


 剣では勝てないと悟るや否や、剣という土俵から自ら降り、他の手段へと舵を切る。

 実に思い切りがいい。本心からそう思った。

 ただ——。


「……でも剣士相手にそれは悪手でしょ」


 マナを解除し、魔法を行使する。

 平時であればそれで何も問題はなかっただろうが、今は違う。

 ガヴァリスの両腕はマナがなければまともに動かす事も出来ないような状態だ。


 これでは踏み込まれ、距離を詰められでもすれば一巻の終わりである。馬鹿じゃないのって言葉が喉元付近まで出かかってしまった私は悪くない。


「文句があんならこれを味わってからほざきやがれッ!!!」


 言葉を吐き散らしながら大仰に両腕を広げる。

 私の何気ない小さな呟きは彼の耳に届いていたのだろう。ほんの少しだけこめかみに青筋が浮かんでいた。


 ……いや、だって……普通はそう思うじゃん。

 魔法師は優秀な前衛がいなければ機能しない。

 それはまごう事なき常識なのだから。


「……はいはい」


 呆れ混じりに頷く。

 そんな、折だった。


 10と少しの数しかいなかった狼のようなシルエットがぐにゃりと大きく揺らぐ。


「……ん?」


 次の瞬間、遠吠えのような鳴き声と共に揺らぐ炎が——狼を象った姿が、二つに分離(、、)し、数が倍加。

 そしてそれが重なり、重なり、重なり——繰り返されて。際限を知らないとばかりに増え続け、眼前一帯を〝炎狼〟と呼ばれていた魔法によって埋め尽くされる。

 気付けば、10と少ししか存在していなかった筈が、その数は優に100を超えていた。


「四方、八方————」


 周囲を見渡せば、私は〝炎狼〟とやらに間断なく取り囲まれていて。

 発せられる熱気のようなものに、ピリピリと肌が焼かれる。


「————喰らい尽くせ、〝炎狼(カグツチ)〟」

もし宜しければ↓の☆評価お願いいたします…!!!


また、一章(元々はここで完結予定でした汗)の終盤まで書き終わったので感想欄再度開放させていただきますね。

恐らくもう左右される事はないので!

あと2万字程度で一章は終了予定です。

二章に入るにあたり、少しプロットを練る期間をいただくと思います。ご了承下さいませ(∩ˊ꒳ˋ∩)

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― 新着の感想 ―
[良い点] すごく読みやすかったです。思わず一気読みをしてしまいました。 [一言] 続きがとっても気になります。 次回、楽しみにしております!
[良い点] おじいちゃん大人気なくて草
[良い点] ナルトみたいになってきた笑笑 面白く読ませてもらってますありがとう
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