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三十五話

 森を抜けた先————そこには果てしない荒野が広がっていた。

 次いで、立ち尽くす巨漢の男と、痩躯の男。合わせて二人の人間が私達の視界に映り込んだ。


「本当に、此処まで来ちまうとはな。なぁ? ヴァルター・ヴィア・スェベリア」


 野太い声が鼓膜を揺らす。

 頭からすっぽりと顔を隠すように外套を被っているというのに、無精髭を生やした巨漢の男は何を思ってか相貌が見えていないにもかかわらずそう宣っていた。


「此処に来るまでにオレの部下に会っただろう? あいつら、オレの部下の中でも頭ひとつ抜けて隠形に長けてるヤツらだったんだが、それを瞬殺……つまり、分かるだろォ?」


 魔力探知に特別長けているヴァルターがいない限り、瞬殺はあり得ない。

 男はそう言いたいのだろう。

 つまり、あの二人組は当て馬であり、ヴァルターがやって来ているか否かを確認する為の判断材料でもあった、と。


 しかしその場合、一点ばかり疑問が湧く。

 そして丁度、抱いた疑問をヴァルターが代わりに尋ねてくれていた。


「まるで俺がいると知っていたと言わんばかりの口振りだな————〝鬼火〟」


 成る程。

 目の前の巨漢の男こそが件の元帝国軍人——〝鬼火のガヴァリス〟という事らしい。


 煤けた軍服に身を包むその姿は何処か見窄らしくあるものの、どうしてかその煤けた軍服を含め、〝鬼火のガヴァリス〟であるような。

 そんな奇妙な感想を我ながら抱いてしまった。


「そりゃ聞き捨てならねえなァ。だったら逆に聞いてやるよ。何でオレらがテメェの存在を知らねえと思った? えぇ?」


 幾ら何でも情報伝達が早過ぎる。

 そう思う私であったが、頭の中で幾らあり得ないと否定しようとも、目の前の現実が覆る事の方がもっとあり得ない。

 その事実を理解しているからだろう。

 思いの外、あっさりと聞こえて来る言葉を受け入れる事が出来た。


「ここまで言えばわかんだろ? つまり————袋の鼠っつーわけだ」


 ガヴァリスは意気揚々と言葉を吐き捨てる。

 己の勝利を信じて疑っていないのだろう。


 直後、キィン、という親しみ深い金切音が耳朶を叩いた。足下に大きく広がる白銀色の魔法陣。

 事前に準備していたのだろう。

 魔法の発動があまりに迅速を極めていた。


 目的は、拡散。

 個々撃破を狙うつもりなのだろう。まるで躱して下さいと言わんばかりに展開された魔法陣を前に、そう結論付けた。

 そして、わざわざこんな真似をするという事はつまり、彼らには個々撃破にすれば倒し切れるという自信がある、という事なのだろう。


「フローラ。お前、どっちに行く」


 ヴァルターにそう問われる。

 ガヴァリスか、副官のフェリドか。

 お前はどちらを相手にしたいか、という問い掛けなのだろう。


「…………」


 刹那の逡巡。

 

「……では、〝鬼火〟を」


 あの様子からしてガヴァリスはヴァルターを待ち望んでいたような節がある。

 ヴァルターに対する何らかの対抗手段を手にしていると考えて間違い無いだろう。

 ならば、臣下として選ぶべき選択肢はこれしかない。


「過保護だな」

「心配されたくないのなら、進んで前に出ようとしないで下さい」


 楽観的に構え、笑うヴァルターに対し、私は呆れの感情を投げ付ける。


「手が欲しくなったらいつでも叫べよ。特別に俺が駆け付けてやろう」

「……それは私のセリフです」


 臣下を助けるために王が我が身ひとつで駆け付けるなぞ、聞いた事もない。

 ……どっちが過保護なんだか。

 そんな事を思いながら、今や今やと発動を待ち望む魔法陣から逃げるように——散開。


 直後。

 ずど、んッ、と一度に留まらず連続して天から落雷のようなものが展開された魔法陣に向かって降り注ぐ。

 起こる激震。響く轟音。視界を眩ませる雷光。


 展開された魔法が合図だと言わんばかりに、周囲で魔法による隠形をしていたであろう者達の姿が続々とあらわとなった。

 数にして約30。

 しかしそれらをクライグさん達に全部任せ、私はマナを全身に巡らせて肉薄。


「オイオイ、オレの相手はスェベリアの餓鬼じゃねぇのかよォ!!! ったく、舐められたもんだなァ!?」


 ……うるっさ。


 内心で毒づき、ぐっ、と一層外套を目深に被り直しながら狭い視界の中、私は目の前で煩く哮る男を見遣った。


 見た感じ、ヴァルター以外には誰も警戒はしていない典型的な慢心タイプ。

 他の有象無象に負けるなどとは毛ほども思っていないのだろう。


 なら、十二分に倒せるか、と判断。


 相手が慢心している今、斬り込みさえすれば、帝国の元将軍だろうと私にも十分勝機はある。

 故に。


「よりにもよって、このオレ相手に真っ向からのサシだと!? 余程死にてぇらしい————」


 緩慢な動作で剣を抜くガヴァリスを一瞥。


 既に十分踏み込んだ。

 私とガヴァリスの距離は約1mにまで詰まっている。ここならば、届くだろう。


「————ごちゃごちゃうっさいんだよ」


 胸に抱いた感情を声に変えて、言葉を唾棄。

 連動するように振り抜く——マナを纏った無銘の剣。覆う青光は否応無しに彼の目を惹いた。


「ぁ、ン?」


 疑念に塗れた声だった。

 あまりに洗練され過ぎた(、、、、、)マナの扱い故か。女の声であったからか。己の想像を上回るナニカを目にしたからなのか。

 答えはわからない。

 けれどその瞬間、確かに私はガヴァリスという男の想像の上を行ったのだ。


 そして響く————剣撃の音。

 耳朶を容赦なく殴りつけてくる金属音が一度、二度と響き渡る。

 散る火花。軋む擦過音。

 剣撃の音が響くたび、マナの残滓である青光すらも飛沫のように視界に入り混じる。


「て、メェ」


 間一髪、私の攻撃を防いだガヴァリスは忌々しそうに表情を歪め、距離を取ろうと後退を試みる。しかし、私はそれを許さない。

 踏み込み、前進。

 距離を詰めながら、斬り上げる。


「……ん」


 剣から手に伝う斬り裂いたという感触。

 高速の連撃により、流石に対応し切れなかったのだろう。だが、与えたであろう傷はあまりに浅かった。


 直後、ぴんっ、と鮮紅色の液体が続け様に飛び散るも、薄皮一枚程度と判断。

 迸る青白の軌跡に目を若干細めながら、無銘の剣を握る右の手——ではなく、空いていた左の掌を焦燥に駆られるガヴァリスへ向ける。


「流石は元将軍。こちとら本気で剣を振ってるんだけどね。ここまで防がれちゃうってほんと、自信失うんだけど。……でも慢心は怖いねえ」


 にたり、と酷薄に私は相貌を歪める。


 アメリア・メセルディアといえば、メセルディアの鬼才と周囲から認知され、その異名で呼ばれる事が多くを占めていたが、決して付けられた異名はそれひとつではなかった。


 特に、ユリウスや他の騎士が好んで呼んでいた異名のひとつにこんなものがある。


 ————『歩く魔力砲台』。


 本来、マナを扱うには恐ろしい精度の魔力操作の技術を必要とする為、基本的にマナを使いながらの魔法放出は原則、出来ないという常識が知られている。


 書物曰く、ここ数百年の間でマナを使いながら魔力を放出する馬鹿げた真似が出来たのはたった一人。

 アメリア・メセルディアであった私ただひとり。それ故に、付けられた異名が『初見殺し』。


 最早、異名の大セール状態である。


「〝鬼火〟か、なんだか知らないけど、ここであなたは退場」


 ガヴァリスもマナを使えたのかもしれない。

 だが、マナを使うには恐ろしいくらいの集中力を要する。こうも一瞬の間隙すら与えない猛攻の前に、マナへ集中力を注ぐ事はそれこそ、〝例外〟のような存在でない限りまず不可能。


 バックステップで躱し続けていたガヴァリスは未だ足が地に着いておらず、表情を歪める事くらいしか出来ていない。

 おまけに、火だ、水だなんだと凝った事をせず、私はただ魔力を衝撃波として撃ち出そうとしているだけなので発動に要する時間は僅か3秒。


「本当は剣の腕を戻しておきたいし、まともに相手をしてあげても良かったんだけど……今回はヴァルターがいるから(、、、、)さ。だから、ばいばい————魔力凝縮砲(マナバーン)


 青白の光が、眼前一帯を覆い尽くす。

 次いで聞こえる轟音。

 ぐじゅり、と肉が焼ける音が鼓膜を揺らした。




 そして、青白の光により、視界が遮られる事約2秒。


 余波により吹かれる颶風に私は目を細めながら、ま、こんなもんでしょと魔力を放出した事により、独特の倦怠感に襲われながらも「終わった、終わった」と呟き、私は背を向ける。

 しかし。


「……て、メェ、一体、何もんだ」


 んー? と、肩越しに振り返ると、そこには抉れた地面の上に一人の男が立っていた。

 煤けた軍服は更に焼け焦げ、見るだけでも思わず顔を歪めてしまうような痛々しい傷跡が刻まれた肌が顔を覗かせる。


 ……あれぇ、直撃したよね?


 と、自問——。


 ガヴァリスという男の力量を私も測り損なった事に加え、魔力の量も含めて、自身の劣化が思いの外著しかった。と、自答。


 ……成る程、それなら道理だ。


 慢心を突いた電光石火は失敗。

 どうやらヴァルターの手助けにはまだ、私はいけないらしい。

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