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三十四話

『簡単なハンドサインを決めておきましょう』


 不意に、映像が重なり合う。

 過去と、現在。本来は重なり合う筈のない記憶が交錯し、私の瞳に映し出される過去の思い出に一人懐かしむ。やって来た一瞬の懐古を前に私は思わず破顔した。続くように聞こえてきたそれは、まごう事なき私の声であったから。


『敵を探知したらこの合図。一人ならこれ。二人ならこれ。三人以上ならこれ。加えてやって来る方角が右なら……って、殿下。……私の話、ちゃんと聞いてますか?』


 魔力の探知に長けていたヴァルターの能力を知るや否や、私は何よりも先に彼へ簡単なハンドサインを教えていた。

 あの時は敵側に声に出してしまうと、小声であってもそれを聞き取るような地獄耳を持ったヤツがいたからこそ、私はまず先にハンドサインを彼に教えていた。


 指で矢印を作り、数を知らせる。

 やって来る方角が右からなら右手で。

 左からなら——左手で。


 ほんと、それだけのその場凌ぎでしかない急拵えのハンドサイン。だったのに。


「————」


 並の兵士では十数秒で姿が見えなくなってしまうような速度で移動を続ける事約数十分。

 あと少しで国境付近、といったところで皆より少し前を走るヴァルターが突如として左の手で私達に見えるように矢印を作った。

 人差し指と、中指の二本を使った矢印。

 つまり、左方向から二人来る、という合図。


 ……まだそんな安易なハンドサイン使ってるのかよと、そう思った。

 そして、何の打ち合わせもしてないのにそのハンドサインで分かるもんか。使うなら予め言っておけよと胸中にてヴァルターを責め立てる。


 けれど。


「フローラ殿?」


 身体は反射的に動いていた。

 塊になって動いていたにもかかわらず、突としてその集団から左に逸れ、外れた私に対してどうかしたのかと尋ねるクライグさんに言葉を返す事もなく腰に下げていた無銘の剣を抜く。

 即座に纏わせるマナ。

 青白に輝き始める剣身を目にし、どこからとも無く驚きの声が上がる。


 そして続け様、木陰から舌を打ち鳴らす音が聞こえて来た。


「ち、ィっ—————!! まず、ぃッ!! 場所がバレてやがるッ!!!」


 数は二。

 姿を現した男達は私と同様、顔を隠す為か外套を着込んでいた。


 声から判断するに男なのだろう。

 手には短刀が握られ、足下には薄らと魔法陣が浮かび上がっている。成る程、魔法使いか。


 魔法陣は未だ不完全。

 恐らく、ヴァルターの探知があまりに迅速を極め過ぎていたのだろう。故に、魔法発動までの時間が絶対的に足りていない。


「……流石はヴァルター」


 彼の魔力に対する聡さのお陰でまるで此方は透視でもしているかのような動きが出来る。

 隠形をしていようが、全てお見通し。


 相手からすれば本当に理不尽の塊だよなあと思いながら、私は足に力を込める。

 巡らせる魔力。

 マナとして纏わせ————思い切り土塊を蹴り飛ばし、肉薄を開始。

 淡く輝く青光は剣身どころか、足下にまで及んだ。


「マナ使いか……! だが、単身で向かってくるってんなら————」

「遅い」


 男が言葉を口にし、身構えた時。

 既に私は背後に回り込み、得物を手にする右腕を振るい始めていた。

 目に映るは見覚えのある服。

 帝国所属を示す軍服であった。


 ならば、容赦はいらないか、と判断。


「ん、なッ——!?」


 肩越しに振り返ろうとする男の行動を待たず、一振り——一閃。

 ごり、と骨を削る感触が剣越しに己の手にまで届いた。あまり気分の良いものでは無いが、人死に感傷的になる年頃はとうの昔に過ぎている。

 容赦を覚えてしまえばそれだけ己の周囲に危険が付き纏う。その事実を私は誰よりも知悉していた。故に、血飛沫を噴き散らしながら崩れ落ちる男を一瞥すらする事なく捨て置き、続け様、左足を軸として身体を旋回。


「き、さまあああぁぁァアアッ!!!」


 猛り吼えるもう一人の男が立ち向かってくるも、直線的過ぎるその行動に侮蔑の感情を向けながら脚撃。

 その一撃は丁度、ピンポイントに頸椎に入り込んだ。次いで、ボキリ、と鈍い音を立て、苦しそうに喘ぎながらまた一人と倒れ込む。


「……呆気ない」


 動いた事でズレてしまった外套を被り直しながら、そう呟く私に対し、


「お見事、ですなあ」


 いつの間にやら足を止めていたクライグさんが労いの言葉を掛けてくれていた。


「いえ。末端の人間でしょうし、このくらい」

「だからと言ってああも無駄なく二人を瞬殺出来る人間はそう多くはおりませんでしょう。いやはや、強いとは思っていましたが、よもやここまでとは」


 マナ使いであれば誰でも瞬殺出来そうな人を二人始末した程度で褒められてはこう、胸の奥が無性に擽ったく思えてしまう。


「安心して背中を任せられそうです。————それで、ヴァルター殿」


 怪我でも与えられたならば上出来。

 そんな考えで当て馬のような役割を負っていたであろう二人の男を私に任せ、先へと駆け走っていた筈のヴァルターはいつの間にやら引き返していたのか。


「敵の数は幾ら程でしたかね」

「ざっと30から40ってところだ。一人頭七人といったところか」


 どうにも、クライグさんはヴァルターの特技を知っているらしい。


 ヴァルターの特技は魔力を察知する事。

 しかし、その特技には唯一欠点が存在し、それがある一定距離まで近づかなければ察知出来ないというもの。


 先程のハンドサインも、ギリギリだった理由がこの欠点故、である。


「……少しだけ、多いやもしれませんねえ」


 つまりそれは、手に負えないかもしれない。

 そう言っているも同義であった。


「ああ。だから、〝鬼火〟とその副官を相手する奴を決めておいた方がいい。向こうは既に備えはしているとでも言いたいのか。此方の存在を薄々は分かってるだろうに、動こうともしない。身内が二人、殺されているのに、だ」


 迎え撃つ準備は万端、という事なのだろう。

 そして、向こうは此方を殺し切る自信もある、と。だから、悠長に構えてるのだろうとヴァルターは言外に言っていた。


「それでは、」


 そう言ってクライグさんはサテリカから連れて来た残り三人のマナ使いに目をやり、何かを言おうと試みるも


「————だから、俺とフローラの二人で〝鬼火〟とその副官を始末する。なに、心配はいらん。フローラの実力は先程見ていた通りだ」

「……いえ、ですがヴァルター殿」


 ヴァルターが言葉を遮り、被せる。

 それに対して口を挟んだのはクライグさん、ではなく、今の今まで一度として声を出していなかったサテリカ所属のマナ使いの男であった。


 それはあまりに拙いのではないのか、と。

 きっと彼は言おうとしてくれたのだろう。

 しかし、ヴァルターはその言葉すらも封殺。


「手に負えないと判断したからこそ、俺に助力を乞うたのだろうが。だったら、大人しく任せておけ」

「ですが……っ」


 協力してみんなで力を合わせて倒す。

 そんな事が無理である事くらい、つい最近まで護衛をひたすらに拒んでいたヴァルターの行動を考えれば一目瞭然だろうに。


 力を借りたい。

 けれど、可能な限り、危険な目には遭わせたくない。という矛盾を抱えた上での諫言には一片とて説得力は帯びていない。

 ヴァルターを説得する事は不可能である事は私にすら容易に理解ができてしまう。


 そんな彼を見かねてなのか。

 今度はまた、クライグさんが問い掛ける。


「ヴァルター殿。もし仮に、貴殿とフローラ殿の二人で〝鬼火〟と副官であるフェリドを相手にしたとして。勝算は如何程でしょう?」

「く、はっ。くはははっ……」


 何故か笑う。

 笑うところなんてものはどこにも無かっただろうに、何故かヴァルターはクライグさんの言葉に対し、破顔していた。


「全く。全く以て————愚問だな」


 そして、アホらしいと言わんばかりに吐き捨てる。


「そもそも、そこらの雑草を踏み潰すだけだというのにどうして勝率なんてものを答えなければならない?」


 幾らなんでも慢心が過ぎる。過信しすぎだ。

 私を含め、この場にいたヴァルターを除く五人の心境は期せずして一致していた。

 しかし。


 私だけはその言葉に対し、何処となく引っかかりを覚えていた。

 どうしてか、何処かでその傲慢すぎるセリフを聞いたような覚えがあるのだ。


「気から負けてどうする。殺すべき相手であれば、このくらいの大口を叩いて然るべきだ……俺は、そう教わった(、、、、、、)がな」


 そこで漸く私は思い出す。

 確か、幼少の頃のヴァルターを王宮からメセルディア侯爵領へ逃す際、不安そうな表情を浮かべるヴァルターに対し、そんな大口を平気な顔して叩いていた馬鹿な奴がいたのだ。

 だから、何も心配する事はないと言葉を続ける為に、そんな大口を叩いたドアホが。


 …………私だよクソが。


 思わず比喩抜きに顔から火が出るかと思った。


「それに、ここに居る人間の中であれば恐らく(、、、)俺が一番腕が立つ。そうだろう? クライグ・レイガード。ならば、俺が一番厄介な人間を相手にする。当然の帰結だ」

「そう言われては、もう何も言えませんなあ」

「なら、決まりだな」


 ヴァルターは背を向ける。

 木々が生茂る森を抜けた先にある荒野。

 そこが〝鬼火のガヴァリス〟達が拠点としている場所であり、帝国との国境付近にあたる。


「さぁ、て、と。そうと決まったら早いところ終わらせようか」


 コキ、コキと首を左右に曲げて骨を鳴らし、ぐっと力を込めてヴァルターは一度伸びをした。


「頼りにしてるぞ、アメリア(、、、、)

「私は陛下の護衛ですからね。与えられた役目を果たすだ——け、え?」


 顔から表情が抜け落ちる。


 ……待って。今こいつ、私の事をアメリアって言わなかった?


「あ、の、陛下? ……いまの、は」

「ぼさっとするな。置いてくぞ」

「え? ちょ、ま——」


 絶対アメリアだったよね?

 フローラじゃなくてアメリアだったよね?

 え? え? どういう事?


 疑念で頭の中は埋め尽くされていたが、雑念を抱いていてはこの後に支障が出ると知っているからこそ、一度、その考えを捨て置いた。


 きっと私の聞き間違いだろう。

 無理矢理にそう思わせ、自分自身を今だけは納得させる事にした。

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[一言] 索敵能力持ちとかそれなんてチート?
[良い点] あー、もう好き 欲しい言葉に鳥肌立ちます。 何故か涙も止まらない
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