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三十三話

「ガヴァリス」

「んぁ?」

「どうにも、スェベリア王が出張ってくるらしいぞ」

「……おいおい。そろそろ誰かしら出てくるとは思っていたが、よりにもよってスェベリアの餓鬼かよ。サテリカのジジイ共もすっかり耄碌しちまったな」


 広がる原野——枯れた大地。

 無骨に角ばった岩に腰掛け、パンを齧り、咀嚼する男の名はガヴァリス。

 〝鬼火のガヴァリス〟と呼ばれる()帝国軍人の男である。


 そして、そんな彼に話しかける男の名はフェリド。帝国に籍を置いていた頃、ガヴァリスの副官として活躍していた人物である。


「だが、オレらからすれば好都合だ。思いあがったスェベリアの餓鬼を殺せば晴れて戦争突入だからな。スェベリアとサテリカが争い、疲弊したところを狙ってオレらが仕掛ける——勿論、帝国兵としてだ。そこで無視できない程の武功をあげりゃ、上の連中もオレを再び迎えざるを得んだろ」

「……しかし、ガヴァリス。相手はあのスェベリア王だぞ? そう簡単に殺せる相手ではないと思うが」

「問題ねえよ。確かに強えのかもしれん。だが、所詮は餓鬼だ。所詮は、〝鬼才〟に憧れただけの馬鹿な餓鬼だ。苦戦はするだろうが、間違っても殺せない相手じゃねえ。強いだけで生き残れる程、この世界は甘かねえよ」

「……〝鬼才〟?」

「おっと、テメェは知らなかったか? もう、17年も前か。スェベリアに〝鬼才〟なんて異名を付けられた奴がいてな。オレと同様、戦力の向上を図った帝国上層部の連中から引き抜きの声が掛かる予定(、、)だった人間だ」


 今現在、トラフ帝国にて将軍位や首脳として挙げられる人間の実に半数は17年前から行われてきた引き抜きによって帝国に身を寄せた者達である。

 そして、将軍位を以前まで賜っていたガヴァリスもまた、その一人であった。


「名を、アメリア・メセルディア」

「……アメリア? 女性、なのか?」

「らしいぜ。オレは見た事ねえがな。風の噂じゃあ、スェベリアきっての武闘派貴族、メセルディア侯爵家の最高傑作だ、マナ使い七人相手に一人で大立ち回りをしただ、一振りで地面を割っただ、馬鹿みてえな噂ばかり残してたヤツだったな」

「……だから、目を付けた、と」

「とはいえ、引き抜きの話は結局、お釈迦になっちまったがな」

「それはどうして」

「死んだからさ。政争に巻き込まれた当時の第三王子を庇って死んだ。ただそれだけ。そしてだからこそ、きっとあの餓鬼は憧れてるんだろうよ」


 国の頭たる王にもかかわらず、剣を握り、武威を証明し続けている。

 それは実力主義を謳うスェベリアの方針を誰しもに示すためと言われているが、ガヴァリスはそう考えてはいなかった。


「アメリアという騎士に、な。故に剣を握っている。大方、もう守られるだけじゃねえ。もう誰も失わねえ。そんな考えを念頭に置いてるんだろうなァ……く、はは、はははははっ! はははははハハハハ!!!」


 ガヴァリスは哂う。

 一部からは賢王とまで呼ばれるヴァルターをこれ以上なく嘲笑う。

 腹を抱えて破顔し、嘲弄する。


「ほんっと、笑わせてくれるぜあの餓鬼はよ。オレの言いてえ事がテメェにゃ分かるだろう? フェリド!! だからあの餓鬼は怖くねえのさ! だからあの餓鬼をオレは殺せると断じられるのさ!!」

「……成る程、な」

「一人で何もかも出来ると信じて疑わない。そして実際にしようと試みる。そう考える思い上がった馬鹿は、オレらからすりゃただのカモだ」


 武威を示そうとする。

 己の存在意義を証明しようとする。


 何故ならば、その身はある一人の人間に守られたものであるから。己を守ってくれた人間の死は、決して無意味なものではないとヴァルター・ヴィア・スェベリアは誰よりも証明したいから。

 だからこそ、生き急ぐ。


「他の奴らに伝えておけ。盛大な祭りが始まる、とな」


* * * *


「〝鬼火のガヴァリス〟、でしたか」


 ポツリと、私は呟いた。

 黒の外套をすっぽりと頭から被り、走って移動をする六名の集団。

 傍目から見れば怪しさしかないその集団に、私とヴァルターは紛れ込んでいた。


 言わずもがな、今し方呟いた〝鬼火のガヴァリス〟と呼ばれる人物の討伐を行う為に。


「……そこまで厄介な人間なんですか?」


 私は隣を走るクライグさんにそう尋ねる。

 「やるならとっととやった方がいい」というヴァルターの意見もあり、サテリカ王であるディランさんとのやり取りを終えた後、息をつく間すら惜しんで向かっているわけなのだが、そのせいで討伐対象についての情報も私だけが得ていなかったというわけである。


 故に、こうして向かう道中にて疑問を解消するべく私は尋ねていた。


「〝鬼火〟単身であれば問題はありません。ただ————」

「————〝鬼火〟の副官だった男や、そいつと共に帝国を後にしたかつての部下共が合わさっているから厄介なんだろうよ。〝狼鬼隊〟、だったか。〝鬼火〟の部隊はそんな異名を付けられる程厄介な部隊だったと聞いてる」


 そして、疑問に対しヴァルターが答えた。

 ヴァルター意外と詳しいんだと思いながらも、ふぅんと耳にした言葉を頭にインプット。

 にしても張り切っているのか、彼はといえば先へ先へと我先に進んでいた筈だというのに、気づけば私のすぐ隣にいた。

 進む速度を緩めてくれたのだろう。


 ……こうしていざ、走るなどして漸く理解に至るが、私の身体能力の劣化は思った以上に著しい。

 ヴァルターだけにとどまらず、クライグさんを始めとした他のサテリカの方からも私という存在に気を遣われている事は一目瞭然。

 だから、出直してユリウスなりライバードさんなりを私の代わりとして連れてくれば良いのにって言ったんだよ。


 と、王宮を後にする直前にヴァルターに対し、意見していた際の言葉を思い返す。

 にべもなく理不尽に却下された記憶はまだ新しい。


「成る程。でしたら、さっさと頭を潰すべきですね。それで、誰が頭を潰すんですか?」


 ここでいう頭とは、リーダー若しくは対象の集団の頭脳的存在のどちらか。

 どれだけ早い段階で頭を潰せるかどうか。

 それが今回の討伐の命運を分けるだろう。


「そこは勿論、臨機応変でいくしかないでしょうなあ。下手に物事を決め過ぎていても拙いでしょうからねえ」


 決め過ぎていたせいでそこに固執し、それが致命的なミスに繋がった。という話は別に珍しいものでもない。


「……それもそうですね」


 だからこそ、少しばかり大丈夫なの? これ。って気持ちも僅かながらあったものの、私は首肯した。


 先の問い掛けには一応、これはあくまでもサテリカの問題なのだから、一番厄介そうなヤツをこっちに回すなよ。という牽制もあったのだが、見事に失敗に終わっていた。


「そういえば今更ですけどもまだ、お嬢さんのお名前を伺っていませんでしたね」

「……あぁ、申し遅れました。フローラ・ウェイベイアと申します」

「ウェイベイア、というと伯爵家の、あのウェイベイアで?」

「あのが、何を指すのかは存じ上げませんが、ウェイベイア伯爵家でしたら私の生家になりますね」


 ヴァルターの口からではあったが、クライグさんの名前を耳にしておきながら未だ私は自己紹介の一つすら終えてなかった事に漸く気付く。


「……いえ、てっきり武家の御息女とばかり思っていたものでして」


 ウェイベイア伯爵家は前世の生家であるメセルディア侯爵家とは異なり、主に文官を輩出する御家であった。

 身体的な能力も、あまり自覚はないけれど意外と血筋に引っ張られているのかもしれない。


 そんな事を考える私をよそに、信じられないものを見たと言わんばかりの視線を向けてくる人間がクライグさんを含めて四人。

 それはヴァルターと私を除いた全員であった。


 ……言いたい事があるなら言葉にしてよ。


 と、ジト目を向けると見事に全員が私から目を逸らし始める。おい。


「……いえ、よく息ひとつ切らす事なく付いてこられるなあと思いまして」

「それは皆さんがペースを落としてくれているからで」

「多少はまぁ、ですけど……」


 事実を言っただけの筈なのに何故かクライグさんはうーんと難しい顔をして唸り始める。

 何かおかしな事を言っただろうかと思うも、心当たりはない。

 そんな折。


 ————軽く流してるとはいえ、世界に武を轟かせるスェベリア王や、サテリカの精鋭と比べられる位置にいるという事実にフローラさんは気付いてないんですかねえ。


 なんて言葉が小声で私の鼓膜を揺らす。


 思わず、私の額に冷や汗が流れたような、そんな錯覚に見舞われた。


「…………」


 一応、私は嗜み程度に剣を扱えるだけの令嬢扱いである。

 今更でしかないけれど、色々と過去を隠すにせよ周囲への気回しや取り繕いがガバガバではないかと今更ながらに気付くも、ここで「……疲れてきたかもしれません」などと言おうものならば更に怪しまれる事請け合いだ。


 なのでひとまず。


「……父にある程度仕込まれたので」


 父親のせいにする事にした。

 そもそも、全ての事の発端はあの父親のせいである。面倒ごとは全て父親に押し付けておこう。

 私の心境は全会一致でそう決まった。

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星斬りの剣士
― 新着の感想 ―
[一言] 強いだけで生き残れない世界で生き残ってきたんよね、ヴァルターは。 でもなんでもかんでも1人でやろうとするのは悪癖、よくないよね。1人でやれることには限界があり、むしろ他の人の力をどれだけ引…
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