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三十二話

 ————〝鬼火のガヴァリス〟


 クライグさん曰く、サテリカにて盗賊紛いの事をしている人間。その首謀者はそんな異名を取った人間らしい。

 聞けば、随分と歳を重ねている人間であるようだが、私からすれば誰ですかその人って感じである。残念ながら名前に全く心当たりはなかった。


「厄介な人間、というから誰かと思えば。成る程〝鬼火〟、か」


 しかし、ヴァルターはその名前に心当たりがあったのか。訳知り顔でそう呟いていた。


「……ご存知なんですか?」

「大概の人間は知っているだろうさ。〝鬼火のガヴァリス〟と言えば名の通った帝国軍人だからな」


 サテリカ王国に隣接するスェベリアではないもう一国。名を、トラフ帝国。


 ヴァルター曰く、名の挙がったガヴァリスさんはトラフ帝国の人間なのだという。


「とはいえ、〝鬼火〟は将軍職に就いていなかったか? とてもじゃないが盗賊紛いの事をするとは思えないが……」

「どうやら政争に負け、追い出されたようで」


 クライグさんが答える。


「サテリカを煽り、戦争に持ち込んだ上で己の再起を図っている、といったところでしょう。人間性は兎も角、〝鬼火〟の戦闘能力はまごう事なき本物でしたからな」

「……サテリカも厄介な事に巻き込まれたな」

「全くです」

「だが、それであれば〝鬼火〟一人を倒せば済む話だろう? サテリカにも優秀な人間はいる。あんたや他のマナ使いを動員し、連携を取りつつ、自慢の王家直属兵を使って包囲でもして押し潰せば事は済んだと思うが?」

「ええ。そうでしょうなあ。如何に〝鬼火〟とはいえ、全盛は過ぎている。確かにヴァルター殿の言う通りにすれば被害も出たでしょうが、〝鬼火〟を潰す事は出来るでしょう。しかしその場合、問題が生まれてしまうのです」


 問題だと?

 と、ヴァルターはクライグさんの言葉に対し、怪訝に顔を歪めた。


「〝鬼火〟が活動の拠点としている場所が、国境付近なのです」

「それの何が問————……あぁ、そういう事か」

「ええ。軍を動員しては、帝国に宣戦布告と取られかねないのです」


 言い掛けていた言葉を中断し、納得の色を浮かべるヴァルターに対し、クライグさんはため息混じりに補足をした。

 本当に勘弁してほしい。

 表情がクライグさんの心境をありありと物語っている。


 だけれど、よく考えて欲しい。

 さも当然のようにヴァルターは言っていたが、サテリカの精鋭を総動員し、押し潰す。

 確かにそれが一番効率的なんだろうがつまり、〝鬼火〟と呼ばれるガヴァリスとやらはそこまでしなければならない人間という事。


 たった一人にそこまで手を掛けなければならないという事は普通であればあり得ない。


 だからこそ改めて、本当に大丈夫なのかという不安が私の中にどっ、と押し寄せた。


「……だから、俺、というわけか」


 求められていたのは強大な戦力を誇る個々人。

 故に、武で名を轟かせていたヴァルターに彼らは目をつけた、と。


「ま、大丈夫だろ」

「……何が大丈夫なんですか」


 楽観的にそう口にするヴァルターに向けて、私はすかさず意見をする。

 責め立てるように、半眼で。


「別に一人でも問題はなかっただろうが、今の俺には護衛がいる」


 機嫌よさげに笑いながら、ヴァルターは私と目を合わせる。

 だから、その自信は一体どこからやって来るんだよと。もう数える事が億劫になってきたツッコミをしようと試みる私であったが、


「側仕えの一人すら許して来なかった俺であるがな、実は過去に一度だけ、ある奴に護衛を務めてもらった事がある」


 どこか身に覚えのある話が聞こえてきたものだから、私は慌てて口を噤んだ。


「名前は教えてやらんがな、丁度、お前と同じ女騎士だった」


 ……やはりか、と思う。

 きっとそれはアメリア・メセルディアとしての私の事だろう。最後まで守り切れなかったからこそ、怒っているのではないかと、私はそう思っていた。


 なのに何を思ってか、過去の私を語りだしたヴァルターの表情はいつになく穏やかなものであった。


「で、お前からはそいつと同じ匂い(、、)がする」


 コイツの嗅覚は犬か何かかと思いながらも、僅かに焦燥に駆られる心情をひた隠しにする。


 ————もしかして、私の正体に気付いてる? ……ううん、それはあり得ない。

 二つの意見が私の中で現在進行形で鬩ぎ合っていた。


「……だから何だと言うのですか」

「強かったんだ、ソイツは。……とはいえ、当時7つだった俺の目から見て、なんだがな」


 当時7つの子供から見て強い。

 きっと、当時の彼からすればどんな騎士でも強く見えた事だろう。過去の私を褒めでもするのかと思えば、全然褒めてないよこの性悪王さま。

 と、無性に責め立てたくなった私がヴァルターをジト目で見詰めていると彼は面白おかしそうに笑っていた。


「……結局、何が言いたいんですか」

「安心するんだよ。お前といると、何故か安心する。万が一すらも、無いと思える。不思議だな?」

「……根拠が曖昧な安心は安心とは言えません」


 だーめだこいつ。

 と、私は呆れ顔を向ける。

 いくら退位を決めているとはいえ、ヴァルターは一国の王である。


 そんな彼がこれで良いのだろうか。

 さぞ、臣下であるハーメリアやユリウスは苦労させられてきた事だろう。

 人知れず、私は彼らに同情をした。


 そんな折。

 ふと、ある言葉が私の脳裏をよぎる。

 それは、フローラ・ウェイベイアとして私がヴァルターと初めて出会った日に言われた言葉。


 ————後にも先にもただ一人の、俺が心底信頼を寄せていた奴に、な。側に置きたいと思う理由なぞ、それだけで十分すぎる。


 その一人の正体は、もしかしてアメリア・メセルディアではないのかと。

 何故か、そんな考えが浮かんだ。


 けれど、次の瞬間にはその考えが一人の少年の表情に上書きされる。

 そしてやって来る、懐かしい言葉の数々。


『——散々な人生だ』『生きる理由なんてものはない。ただ、惰性に生きてきただけ』『自由なんてものは用意されていない』『僕は王族なんてものに生まれたくなかった』『心底羨ましい。他の者達が』『なぁ、剣士は楽しいか?』『僕も、なれるだろうか』『剣を、学んでみたい』『貴女の父上は高名な騎士と僕の耳にも入ってきていたが』『やめておいた方がいい? それはどうして?』『厳しいから? それは当然じゃないのか?』『なぁ、アメリア————』

『————いつか、僕に剣を教えて欲しい。貴女のような自由な剣士に、僕もなりたいから』


 ————そしていつの日か、隣で。


 一瞬にして脳裏に沸き立ったイメージ。

 当時の光景、匂い、感触。

 全てが鮮明に蘇る。


 一瞬後には何一つ、欠片すら残らない儚いイメージは泡沫の如く消え失せた。

 しかし、私からすればそれだけでもあまりに十分過ぎた。


「…………」


 その一人の正体が、お陰でどうでもよく思えてしまう。

 たとえ理由がなんであれ、何でもいいじゃないか。今の私は、ヴァルターの護衛。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 それで十分じゃないか。


 これは贖罪だ。罪滅ぼしだ。

 守ると言いながら守り切れなかった私の。


『……ご随意にどうぞ』


 約束を何一つ守れなかった、私の。


 臣下として言うべき事は言った。

 ならば後は、付き従い、己に出来る限りの事をする。私に残された選択肢は本当にそれくらい。


 だから。


「俺の勘はよく当たるんだ」

「……そうですか。でしたら、もう私からは何も言いません」


 けらけらと面白おかしそうに笑うヴァルターに付き従う事にした。


「ご随意にどうぞ」


 アメリア・メセルディアの口癖であった一言を、残して。

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