三十話
「……スェベリアとサテリカは友好国であります。助力を、という事であれば一向に構いません。ですが、ご存知の通り私は陛下の唯一の護衛。流石に、それを受けては拙いでしょう」
面倒事はパスで。
そんな想いを胸に、私はこれ以上ない正論を並べ立てる。しかし、目の前の男にとって私のその返しは想定内であったのだろう。
表情を一切変える事なく、
「……おや? スェベリア王の護衛は四名であるかと思っておりましたが……」
「————チッ」
その言葉に対し、鋭くヴァルターは舌を打ち鳴らす。次いで彼はため息混じりに
「……ただのストーカーだ。あれを数にいれてくれるな」
言葉を言い放つ。
そういえば、確か側仕えどころか護衛の一つ認めようとしないヴァルターの護衛を陰ながら務める人間がどーちゃらこーちゃらなどと言っていたような気がする。
恐らく、四名、という齟齬が生じたのもそれが理由なのだろう。
ヴァルターのあからさまに浮かべる嫌そうな顔から私は全てを悟った。
「俺の護衛はコイツ一人。他はしらん」
散々な言われようである。
姿を目にした事はないけれど、こうして陰ながら護衛を努めてくれている三人の方?がこうしてサテリカまでついて来ているのも、我儘を言い続けるヴァルターのせいだろうに。
「……俺は一度として頼んだ覚えはない」
「へ?」
「顔に出ている。俺のせいだろうが、とな」
「……失礼いたしました」
声に出してないはずなのに。
と思い、つい素っ頓狂な声が漏れてしまう。
どうにも顔に出ていたらしい。
「しかし困りましたなあ。そういう事であれば、確かにお嬢さんの言う通り————」
「————構わん」
わたしの申し出は些か配慮に欠けていたか、とでも言おうとしていたのか。
しかし、その言葉は最後まで紡がれる事なく遮られていた。
他でもない、ヴァルターによって。
「スェベリアとサテリカは友好国だ。こうして縁談を断るにあたり、それなりに此方にも負い目のようなものがある。困っているのであれば是非とも、助力させて貰おうか」
ただ————。と、言葉は続く。
「勿論、此方は唯一の護衛であるフローラを送り出すんだ。条件を一つだけ付けさせて貰う」
「条件、ですか」
「なぁに、簡単な話だ。その討伐に、俺も参加させろ。ただそれだけだ」
直後、水を打ったように静寂が迸った。
その理由は言わずもがな、ヴァルターによる爆弾発言のせいである。
危険な場所であると分かるだろうに、進んでそこに向かおうとする馬鹿がどこにいるというのだ。しかも、ヴァルターは国王陛下という立場。
最早その発言はアホとしか言いようがない。
「……流石にそれはまずいでしょう」
苦笑いをする初老の男。
私も彼のその発言には全面賛成であったので、その通りだと心の中で全力肯定。
しかし。
「そもそも、これはお前の提案だろうが? クライグ・レイガード」
どうにも、男の名はクライグ・レイガードさんと言うらしい。
クライグといえばトリクラウドさんがやけに尊奉していた人物の名なのだが、ヴァルターは彼の顔を知っていたようだ。
「それはそうなのですけども。ヴァルター殿まで加わるともなると……色々と問題が生まれるでしょう?」
そうだそうだと口を真一文字に引き結びながらも、クライグさんの言葉に肯定を続ける私はその視線を続け様、彼の側で佇んでいたサテリカ王——ディランさんへと向けた。
貴方からも何か言ってやってくれ。
そう訴えかける私であったが、何故か彼は腕を組んだままヴァルターとクライグさんのやり取りを黙って見つめている。
……いや、なんでだよ。早く止めろよ。
「問題か」
「御身に何かがあっては、国家間の問題へと発展してしまいます。それは幾らなんでもお分かりになられている事でしょう?」
「ああ、分かる。そのくらいは分かるさ。だが、それがどうした?」
何が分かったのか私は無性にヴァルターに問いただしたくなった。けれど、ここで私が口を挟むと収拾がつかなくなりそうであったのでぐっ、と堪える。比較的マトモそうなクライグさんに任せとけば何とかなるだろう戦法である。
「そもそも前提が間違っている。何より、いつからお前は俺の身を案じられる立場になったんだ? 〝剣聖〟——クライグ・レイガード」
「…………」
ヴァルターのその言葉に、クライグさんはどうしてか黙り込んだ。
まるで、既に格付けは済んでいる。
そう言わんばかりに、クライグさんは口を引き結んでいた。
「話が分かる奴は嫌いじゃない。だからこそ、これだけは言わせて貰おうか。たとえ誰の言であれ、死んでもこれを曲げる気はない。コイツは俺の目の届くところに置く。守るだけ守って、勝手に逝かれるのはもう散々なんだ。故に剣を学んだ。ただ、その為だけに」
勝手に行く……?
私、自由行動した事あったっけと思考を巡らせるが……心当たりはない。
守るだけ守ってとは護衛という意味だろうか。
イマイチ理解が出来なかった。
「だから、俺の側に置く。それに、尋常な立ち合いの下、俺に敗北した騎士が一丁前に俺の身を案じるな」
「は、はははっ!! ははぁ、それを言われては耳が痛いですなあ」
「なんなら誓書でも残してやる。それで俺の同行にも文句は出なくなるだろ」
何かとんとん拍子で勝手に二人の中で話が纏まってきていたが、私は猛反対である。
何より、私の中のヴァルターは7歳の頃で時が止まっているからだろうけど、戦えるというイメージが一切ないのだ。だから、ヴァルターを付いて来させるなよ! そういう事なら私、絶対やらないからな。という断固の意思を見せようとするも、
「それに、そっちのサテリカ王は兎も角、ハナからどうせあんたは俺を巻き込みたかったんだろうが」
「はて?」
ヴァルターのその言葉にクライグさんは呆けていた。
……一体、どういう事だろうか。
私には話が全く見えていなかった。
「魂胆が見え見えなんだよ。どうせ、その首謀者とやらが面倒臭い奴なんだろう? ……臣下の失言であれば最悪、王が失礼したと言って頭を下げれば済む話。運が良ければその失言が実を結ぶ」
わざわざこうして腹芸をしなくてはいけない。だから俺は国王が嫌いなんだと彼の表情が全てを物語っていた。
「だが、この展開に持ち込むにあたり、ある程度のラインは決めてたんだろうさ。言葉通り、俺に何かがあれば国家間の問題に発展するからな。……とどのつまり、お前がクライグ・レイガードに認められたんだろうよ」
そしてヴァルターの視線は私へと向く。
「私が、ですか?」
「ああ。お前という存在は、俺の足枷足り得ない、とな」
そこまでヴァルターが説明をしたところで、弾けたように笑い声が場に轟いた。
「は、はははっ!! ははははははは!!! わははははっ!!! ほら見ろ。だから我は言っておったのだ。ヴァルター殿は甘くないと。全てをお見通しであったというわけだ。いやはや、これで未だ24。末恐ろしいとはまさにこの事でしょうな」
「……初めからディラン殿はこのつもりだったのでしょう? ディラン殿の事だ。私が赴くと聞き及んだ時、条件を整え、既に助力の段取りを組んでいた筈だ」
「……敵いませんなあ」
「その計画を変更したのは……コイツの存在があったからですか」
そう言って私に視線が集まる。
え? 私のせいなの? と、目を丸くすると、何故かクライグさんとディランさんから微笑ましいものを見守るような笑みが向けられた。
いや、笑顔とかいいから理由を言ってよ。
「一方的に頭を下げて頼み込む事が出来るのであればどれだけ楽な事か。しかし、王という立場がそれを許さない。だからこそ、ある程度の面目を立たせないといけない。それがたとえ見せ掛けだけであろうとも、最低限五分五分の条件程度には」
隣でやけに難しい話をするヴァルターの言葉を聞き流しながら、私はというと。
つまりアレか?
ヴァルターがその盗賊紛いの事をしている人達相手に立ち向かうという事だろうか? と漸く話に追いついていたところであった。
「……あの」
話の内容を理解した私は恐る恐る、ヴァルターとディラン殿の会話に割り込んだ。
そして、
「私は、反対です」
素直に、王が前に出るべきではないとして意見を述べる。
「まあ、臣下であればその言葉を述べるのが当然でしょうなあ。とはいえ、件の人物がとても厄介な人間でして」
自国では手に負えないから友好国に頼る。
その考え方は理解出来る。
しかし、だ。
「話は分かります。ですが、陛下自身を巻き込むのは、」
幾らなんでも拙すぎるだろう、と。
少し前までヴァルターの身を案じていたクライグさんは一体何処にいったんだよと胸中で悪態をつく私に対し、
「おや? その様子だともしやご存知ないのですかな」
クライグさんに代わり、ディランさんが声をあげた。
「ヴァルター殿は、数多くのマナ使いを抱えるスェベリアの中でも群を抜いて腕が立つ剣士でもありましてな」