二十七話
「な、何故だ……!!」
まさか断られるとはこれっぽっちも思っていなかったのか。心底驚いたような表情を見せるトリクラウドさんであったが、肩慣らしとはいえ、あれだけ敵意丸出しだった人にそれをお願いをする馬鹿がどこにいようか。
少なくとも、私は勘弁願いたい。
「何故と言われましても……」
頭を悩ませる。
ここで貶そうものならば間違いなく食い下がり。虚飾に満ちた賛辞でトリクラウドさんを持ち上げてその場逃れを試みても恐らく————ならば剣を合わせようではないか。
という言葉に帰結する。
何を言っても結果は変わらない。
ならもういっそ、ストレートに本音をぶちまけるか。という結論に至った私は
「私には必要ありませんので、こうして遠慮させて頂いたわけなのですが」
「必要ないだと……? クライグ殿との立ち合い程度、素振りだけで十分と言うか!! この無礼者が!!!」
め、面倒臭っ……。
先程から度々名前のあがるクライグさんをトリクラウドさんは尊奉でもしているのか、やけに一々突っかかってくる。
ここで面倒ごとを起こしてヴァルターに迷惑をかけるわけにもいかないし、とっとと部屋に戻るか。と、踵を返そうと——する私の眼前へ即座に移動を遂げるトリクラウドさん。
その行為に対し、私があからさまに嫌そうな顔をしてやると「き、騎士たる者が背を向けるとはなんたる事か……!!」と、全く相手にしようとしない私に向かって彼は怒鳴り散らす。
さっきは女が騎士など笑わせるなどと騎士である事を認めない的な事を言っておきながら今度は騎士として振る舞えと。立ち合えと言われたならばそれに応えろと。
……本当に、無茶苦茶である。
「……敵前逃亡じゃあるまいし」
ぼそりと一言だけ呟きながら私は視線を移す。
トリクラウドさん本人から——彼が腰に下げている剣鞘。そして、手にする剣へ————。
別に私自身、誰かと剣を合わせる事自体が嫌なわけではない。
寧ろ、約一時間弱後に控える腕試しの前に誰かがウォーミングアップがてら剣の相手をしてくれると言ってくれたのならば、私は喜んでお願いした事だろう。よろしくお願いいたします、と。
しかし、それは相手がユリウスやライバードさんのような人の場合。
私の目から見て、まともな剣士であったならばの話。
————私の瞳には貴族らしさをありありと表す装飾だらけの剣が映った。
だから思わず、
「その剣、随分と重そうですね」
呆れ混じりに私はそう口にしてしまう。
「ふふはっ、確かに、この剣は女の身である貴様には満足に振れんかもなあ」
ここでこの返しが来る時点でお察しである。
剣を振るのに邪魔じゃないの? それ。を、そんなに重そうな剣を扱えるなんて! なんて男らしいの!! という意味合いに誤認する時点で最早、会話を続ける気すら失せてしまう。
いや、元々無かったんだけども。
「……えぇ、そうでしょうね」
私にも選ぶ権利はある。
邪魔臭い装飾だらけのキラキラした剣など、こちらから願い下げであった。
「まぁ安心するがいい。立ち合いとはいえ、此方は寸止めだ」
まだ諦めてないんかい、と思わずツッコミを入れたくなるしつこさである。
そもそも、重い剣を振れる振れないなんてものは実力には全く関係はない。
だというのに、勝ち誇った顔を見せられても反応に困るだけである。切にやめて欲しい。
「ですから————」
私はその申し出を受ける気はないと。
何度目か分からない断りを入れようとして。
「……はっ」
何を思ってなのか、嘲った笑い声が向けられた。
「やはり、貴様は中身の伴わない騎士であったか」
挑発の言葉が私の耳朶を叩く。
「怖いのだろう? 剣を向けられる事すらも。それはそうだろうなあ。女騎士など、存在自体が舐め腐っている。所詮はお飾りというわけだ」
「…………」
小さなため息がもれた。
だから、そう言った言葉には慣れてるんだよと思いつつも、そういえばアメリア・メセルディアとしてなんとか・トリクラウドさんと立ち合った時も確かこんな挑発されたっけと思い返す。
案外、今しがた私の目の前に立つボルドー・トリクラウドさんはあの時の男の息子だったりするのかもしれない。
ワカメ頭といい、同一人物と言われても思わず頷いてしまいそうになる程の一致具合なのだから。
「気骨の欠片すら見当たらない女が一国の王に仕える側近の騎士であるだと? 笑わせるっ! 若き俊才と謳われたスェベリア王も堕ちたものだなッ!! 斯様な能無しの騎士を側に置くなぞ!!」
散々な言われようである。
クライグと呼ばれていた者との立ち合いの前に肩慣らしをしておかないかと言われ、ただ断っただけでどうしてここまで言われなければならないのか。
恐らく、それが本来の彼の目的なのだろう。
挑発し、私をその気にさせる。
その上で、私をトリクラウドさんがけちょんけちょんにでもして、この者はクライグさんと戦うに値しない人物です。とでも言いたいのだろう。
とはいえ私自身、別に自分が強いとは思ってもないし、騎士という立場だって今生は無理矢理にねじ込まれたようなものだ。
故に多少の罵詈雑言は見逃す気概も持ち合わせている。
だけれど。
だからと言って腹が立たないというわけではない。見栄だけを重視したナマクラを手に、お前は騎士足り得ないと言われもすればそりゃ腹も立つ。こんな私だけれど、これでも騎士として生きてきた人間である。本音を言えば今すぐぶん殴ってやりたいくらいであった。
「能無し、ですか」
そう言われる覚えはある。
覚えがあるからこそ、贖罪であるとしてこうして私はヴァルターの側仕えを引き受けた。
「確かに、そうかもしれません。ですがそれは決して貴方に言われる筋合いではない」
それを私に言って良い人間はヴァルターと、真っ当に騎士として生きている人間だけ。
嗚呼、だめだ。自制がきかなくなってきてる。
今更でしかないけれど、もしかすると転生した事で精神年齢も引っ張られているのかもしれない。
前までは『うるっさい! 黙れ! ばーかばーか!!』って心の中で思うだけである程度感情は収まってたのに。
「ほ、ぅ?」
馬鹿め。挑発にまんまと乗ってきたぞコイツ。
そんな心情がトリクラウドさんの表情から見て取れた。相手の望んだ通りに事を進めるのは癪でしかなかったけれど、
「そこまで仰るのでしたら、分かりました。その申し出をお受けいたします」
きっと、のらりくらりと相手にする事を拒み続けてもしつこく付き纏わられるだけだろう。
だったらいっそ、とっととボコボコに叩きのめして黙らせるかこのワカメと考えは纏まった。
ついでにあの鬱陶しい剣も叩き折ってやろう。
そんな物騒な事を考える私をよそに、トリクラウドさんは「言質は取ったぞ」と言いながら気持ちの悪い笑みを浮かべていた。