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二十六話

「な、なんなんだこの不敬極まりない女は……」


 惜しかったなぁ、などと考えながら悪びれる事なくポリポリと頭を掻く私に対し、信じられないとばかりに男は驚愕に声を震わせる。


 トリクラウド侯爵家。

 言われてもみれば確かにそれが不思議と一番しっくりとくる。

 別に私自身、記憶力が特別悪い方では無いと思うんだけど、いかんせん、興味がないとさっぱり覚えられない。


 そんな折。

 私はふと疑問に思う。


 どうしてか当たり前のようにこうしてトリクラウド侯爵家の名前が口を衝いて出てきたわけなのだが、私の目の前で口を尖らせているのは今の(、、)私と同世代の青年である。


 私がボコボコに叩きのめした男は生きているならば今はもう40程度のオッサンな筈である。

 若作りをいかに頑張っていたとしても流石にこれは無理があるだろう。


 はてさて、私の目の前にいるこの青年は一体誰なのだろうか。


「……どちら様ですか?」

「つい先程お前が口にしていたではないか! トリクラウド侯爵家と!! 揶揄っているのか……? 不敬にも程があるぞ貴様……!! 冗談はその身なりだけにしろッ!!」


 容赦なく叫び散らされる怒声。

 じんじんと響くその声に、私は思わず顔を顰め、後ずさる。


「……あー、それもそうでしたね。失礼いたしました。トリクラウド卿」


 前世の記憶が混じり込んでるからこう、物事がややこしくなってしまう。

 しかし一度家名を口にしてしまった手前、何事も無かったかのように今更取り繕おうとも手遅れ。故に、私は知っていたていで話を合わせる事にした。


「それで————何用でしょうか?」


 彼は言った。

 ——女騎士がいると聞いて飛んできてみれば、と。ならば彼は先程偶然を装ったていの言葉を口にこそしていたがつまり、ハナから私が目的であったのだろう。


 しかし、今回はヴァルター付きの側仕え兼護衛。アメリア・メセルディアとしてサテリカを訪れた時とは話が違う。

 どれだけ不満を持たれようとも、どれだけ馬鹿な貴族だろうと誰しもが一歩引いて事を考えるだろう。その上で、私の下に彼が訪れたのだとすると……では一体、何の用だろうか、と。

 


「……一度しか言わん。スェベリア王を連れて貴様諸共とっとと祖国へ帰れ」

「どうしてですか?」

「クライグ殿のお手を煩わせるまでもなく、結果が見え透いているからだ。大方、勝てないと分かった上で貴様を連れて来たのだろう? 女が相手であったともなれば醜聞も幾分か広めやすい。……貴様が剣士の真似事をするのは構わんがな、それはスェベリアの中でのみに留めろ。女の身で我が物顔で剣を振り、剰えクライグ殿の前に立つだと? 侮辱にも程がある!!」


 クライグ殿。

 会話の中で唯一出てきた人の名前であるが、他国どころか自国にすらあまり興味を抱いていなかった弊害か。その名は寡聞にして知らないが、トリクラウドさんの言い方から察するに随分と偉い方なのだろう。


 しかし、私の心境は変わらず穏やか。

 言わずもがな、そう言った物言いに悲しきかな、慣れているからだ。


「確かに、私が力試しをされる程の者かと問われれば……首を傾けざるを得ません。ですが、今回の件について私に決定権はありません。どうぞ、トリクラウド卿自身でヴァルター国王陛下にお申し付け下さい」

「……それが出来ないから貴様のところにわざわざ来たのだろうが」


 そもそも今回の一件は私が決めた事ではない。

 むしろ私は被害者と言っていいくらいだ。


 だから文句があるのならヴァルターに言いに行けと言ってやるとどうしてか、トリクラウドさんは苦虫を噛み潰したような表情を向けてくる。


 ヴァルターに直接言う度胸はないからか。

 はたまた、面倒ごとに発展してしまうかもしれないからと尻込みをしたのか。

 何はともあれ、いい迷惑である。


「でしたら尚更、お分かりになって頂けてる筈かと存じますが、私もトリクラウド卿と同じ立場にあります。ただのいち臣下でしかない私が陛下の決定をどうして覆せましょうか?」


 覆す覆さないは兎も角、言うだけであれば出来そうな気もしなくも無かったがあえてそれを口にする必要はないだろう。


「…………っ」


 減らず口を、と言わんばかりにぎり、とトリクラウドさんは下唇を強く噛み締めていた。

 こちとら女騎士だからって事で何回因縁付けられてきたと思ってんだ。なめすぎなんだよ。


「ヴァルター国王陛下がいらっしゃる場所が分からないのでしたら、折角ですし私がご案内致しますが?」


 これでチェックメイト。

 さっさと私の前からいなくなってくれワカメ頭くん。と心の中で勝ち誇りながら私は言う。


 やはり、国王陛下の盾は偉大すぎる。

 以前までならば決定打となり得る一言が無かったが為に口論——そして決闘。

 という流れに幾度となく発展してしまっていたのだが、ヴァルターという手札を持っているだけで向こうは勝手に黙り込んでくれるのだ。


「……ならば、仕方あるまい」


 言葉からは諦念の色が見て取れた。

 流石のトリクラウドさんもヴァルターを引き合いに出されてはこれ以上何も言えないと判断したのだろう————と、思っていたのだが。


 何故か聞こえてくる鉄の音。

 それは彼が腰に下げていた剣が抜かれた事により生まれた音であった。


 …………は?


「聞けば、仕合の件についてはサテリカについて間もなく決まった事だと伺っている。剣を振っていたのもそれ故だろう?」


 ここでスェベリアを発つ直前にユリウスから貰った剣の具合を確かめているなどとほざこうものならば、今より更に厄介な事になりそうな予感しか無かったのでその言葉に私は苦笑いし、茶を濁す。

 そして上手い事、トリクラウドさんはそれが肯定の意であると勘違い。


 ああ、そうだろうな。と鷹揚に頷いていた。


「折角だ。この僕、由緒正しきトリクラウド侯爵家が嫡男、ボルドー・トリクラウドが貴様の相手をしてやろうではないか! なに、心配はいらん。トリクラウド侯爵家の家訓に、たとえ相手が女であれ、目の前に立ちはだかったならば、けちょんけちょんのボコボコにしてやれというものがある! 特に、四文字の名前のやつには遠慮はいらんと父上からも厳命されている!」


 ボルドー・トリクラウド。

 何処かで聞き覚えあったかなと頭を悩ませるも、心当たりはない。

 恐らく、私が昔けちょんけちょんに叩きのめした者の親類か何かだろう。


 にしても、無茶苦茶な家訓である。

 後半の方なんて私怨丸出しだ。

 恥ずかしくはないのだろうか。


「偶然にも、貴様の名前も四文字だ。なぁ? フローラ・ウェイベイアぁ?」


 なんでこの人私の名前知ってんの?

 と、一瞬思ったが私をこの庭園に案内してくれたメイドにそう言えば名乗っていたんだったと思い出す。

 場所に留まらず名前まで聞き出したらしい。


「と、いうわけだ。なぁに、これはあくまでクライグ殿の前で貴様が醜態を晒さないで済むようにと思った僕の気遣いだ。遠慮はいらん。さぁ——」


 まだまだ何か言いたそうにしていたけど、聞く事すら面倒臭くなって来たので私はそこで遮るように右の掌を突き出す。


「ご遠慮いたします」


 そして——私はいらん、と突っぱねた。

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