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二十四話

「……成る程。どうにもヴァルター殿はその者を随分と可愛がられているようだ」


 ディランさんは流し目で私の事を注視しながら、そう口にする。


「ええ。スェベリア(うち)は実力主義ですから。力があるのであれば女であろうと取り立てる。それが私の方針です」

「それはそれは、誠に素晴らしい事ですなあ。ふむ、分かりました。それでは、ヴァルター殿の仰っていた条件を此方は呑みましょうぞ」


 いや、まって。

 勝手に当事者にさせられた私は一言も良いとは言ってないんだけれど。という私の心境を無視し、ディランさんは「ですが、」と強く言葉を強調しながら言葉を続けた。


「しかし、ヴァルター殿の言葉を疑うわけではありませんがもし、その者の実力が偽りであった時、どうなさるおつもりでしょうや」

「万が一にもありません。ですが、もしそんな事にもなれば、私はディラン殿に虚偽の事実を申してしまったという事になってしまう。その時は勿論、相応の対応をさせて頂きますとも」

「ふむ。であるならば此方はもう何も申しますまい。それでは、一時間後にまた此処へお越し下され。満足に実力を出し切れる場所と、相手を用意しておきましょうぞ」



* * * *



「……あの、馬鹿なんですか?」


 ところ変わって、王宮に位置する客間の一室。

 疲れたと言わんばかりに踏ん反り返るヴァルターに向かって不敬過ぎる言葉を叩き付けていた。


「……あの狸爺、しつこ過ぎるんだ。天然資源や、次世代の人材発掘。日々、目に見えて発展していくスェベリアの利権に一枚噛みたいんだろうな。縁談、縁談、縁談ってもうノイローゼになりそうだ」

「だからって、こんなやり方を取らなくとも、陛下が何処かの御令嬢でも娶れば済んだ話じゃありませんか」


 わざわざこんな面倒臭い理由付けをした挙句、博打でしかない方法を取るよりソレはよっぽど現実的な筈だ。


「ほぉ、まぁ別にお前が良いと言うのであれば俺はそれでも構わんが……王という地位もロクでもないが妃は妃でロクでもないぞ?」

「……なんでそこで私を見るんですか」

「お前の提案ではないか」

「……もういいです」


 呆れる私をよそに、ヴァルターはけらけらと面白おかしそうに笑っている。


 私を揶揄う事がそんなに楽しいか!

 この性悪クソガキめ。


「でも真面目な話、どうして陛下はあんな条件を相手側に突き付けたんですか」

「あんな条件?」

「女だからと嘲るな云々のヤツですよ」

「ああ、それはあれだ。お前に面倒事をこうして押し付けてしまっている手前、褒美が何もなし、ではやる気も出ないだろう? 馬の目の前に人参をぶら下げるようなものだ。気にするな」


 ……その割に、あの発言の時ばかりは随分と感情が込められていたような気がしたのだけれど私の気のせいだったのだろうか。

 そんな疑問が浮かび上がる。


「……やる気だけではどうにもならない事だって世の中にはあるんですよ」


 どうしてあんな安請け合いをしたのだろうか。

 そもそも、ヴァルターは私の剣の技量は全く知らないだろうに、どうしてあんなにも信用しているのか。ほとほと理解に苦しむ。


「そうだな。女だからと躍起になってる連中を是非とも、やる気だけではどうにもならないとぶちのめしてやってきてくれ」

「ですから……」


 そうじゃなくてと言おうとして。

 次の瞬間、


「お前は、嫌ではないのか?」


 予想外の言葉が私の鼓膜を揺らした。


「手を見れば分かる。それは女の手ではない。剣士の手だ。どんな想いで振るってたのかは知らん。だが、少なからず剣に思い入れはあるのだろう? だというのに、何も知らない連中が女だからと大半の奴らはお前を馬鹿にする。嘲る。蔑む。腹は立たないのか?」

「全くない、といえば嘘になります。ですが、それとこれとは話が別でしょう」

「そうか? 俺は縁談を白紙にできる代わり、お前は鬱陶しい視線を向けられなくなる。お互いに利があると俺は思ったんだがな」

「……前提条件がそもそも成り立っていません。陛下の期待に応えられる程、私は強い人間ではありませんので」


 私がそう口にすると、どうしてか、やはりなと言わんばかりに腹を抱えて笑い出した。


「お前はもう少し、他者から己がどう見られているのか、それを考えたほうがいい。謙遜も行き過ぎると嫌味に聞こえるぞ」


 ……だから、そもそも私はヴァルターにちっとも実力を見せてないのに、その自信と信頼はどっからくるんだよと。

 私は散々言ったからな。ヴァルターが今回の件で尻拭いする羽目になっても知らないからなと心の中で悪態を吐きながら私はもう何を言っても無駄かと閉口する事にした。



* * * *



「時に、団長」

「んぁ?」

「……陛下はどっから見つけて来たんですか、あんな化け物を」

「というと?」

「……フローラ・ウェイベイアの事ですよ」

「あぁ~、あの嬢ちゃんねえ」


 フローラとヴァルターが居なくなった王宮にて、世にも珍しい女騎士然とした身格好で普段過ごしていたフローラの事を男——ライバード・ツヴァイスはユリウス・メセルディアに尋ねていた。


「……剣の技量は兎も角、あのマナの量。あれは僕ですらドン引きするレベルです」


 そう言うライバードの手には一振りの剣が握られていた。それは、先日の仕合の際にフローラが使っていた模擬剣である。勿論、あの時付いてしまったヒビは未だ変わりない。

 しかし、ヒビ割れた部分から塗装のようなものが剥がれ、青白の光沢が顔を覗かせている。


「だよなぁ。まぁ安心しろ。俺もドン引きしてっから。ついでに言えばあの日の為だけにマナに対し、比較的耐久性のあるミスリル(、、、、)を使用した剣を一流の職人に頼んでただの鉄の模擬剣に偽装してたヴァル坊に対しても俺はドン引きしてるぜ」


 全てがヴァルターの計画通りであったと知らされたのは全てが終わった後の事。


「ヴァル坊曰く、あの嬢ちゃんは俺の妹の生まれ変わりらしいんだが、まああのマナの量を見ちまってはそう思うのも分からなくはねえ。ミスリルを手加減して尚、折っちまうってまじで頭おかしいよな……ほんっと、アメリアみてぇなヤツだ」

「妹、というとメセルディアの鬼才、アメリア・メセルディアですか」

「応よ。頭おかしいくらい強いのに、時世が時世だからか、馬鹿みてえに謙虚だったんだこれが。で、その謙虚さがまた悪辣でなぁ」


 実際にその身でアメリアと対峙した経験のあるユリウスだからこそ、その事実を正しく認識していた。


「謙虚過ぎる故に、強者のオーラが全く感じられねえんだ。剣士ってもんは相手と対峙すりゃ技量の高いヤツなら大体、こんくらいの強さだろうなって相手の力量を察する事ができる。けれど、アメリアからはそれが全く感じ取れなくてな。そのせいで初見だと誰もが勘違いをすんだ。で、誰もが返り討ちにあうんだ。まじで詐欺だぜあれは」

「道理で……」

「そのせいもあって相手は毎度の如くアメリアをナメてかかっちまう。そのせいでアメリアは自分が女だからと手加減されてると誤認する。その繰り返しなんだわ。だからアイツは最後まで謙虚だった。謙虚な天才程怖えもんはねえよ」


 そして、彼らは今、話題の渦中となっていたアメリアの生まれ変わりと疑われているフローラがいるであろう隣国——サテリカに想いを馳せた。


 ヴァルター曰く、フローラの実力を己の縁談を白紙にするために使うらしい。

 そう、二人には既に伝えられていた。

 だからこそ、


「ま、どこの誰かは知らねえが、ご愁傷様としか言いようがねえな。今はまだ、勘が鈍ってるだろうし俺でも何とか太刀打ち出来るかもしんねえが、剣士としての勘を取り戻しちまったらたとえ俺とお前の二人掛かりであっても手に負えねえだろうよ」

「……そこまでですか」

「そりゃあメセルディア(うち)の家宝もあげちまったし、鬼に金棒状態のアメリアに勝てるかよーー!」

「……それ、団長のせいじゃないですか」

「うっせ。別にいいだろ。味方同士なんだからよ」

「ま、あ、そうなんですけどね。にしても、陛下は何を考えてらっしゃるのだか」


 全くもって分からない。

 そう言わんばかりにライバードは表情を歪めていた。


「これまで陛下は縁談に対して体調が優れないだ、不穏分子がなんだかんだと理由をつけて先延ばしにしていたじゃないですか」

「そうだなあ」

「どうして、あの少女が来た途端、赴こうと思ったんでしょう」


 ————簡単な話だ。そうした方が都合が良いからだ。アメリアや、当時の俺のようなヤツが苦しまないで済む、暮らしやすい国をつくりたい。そう願う俺にとって、どこまでも都合が良いからだ。


「……さぁてな。俺も知らねえよ。気になるんなら、それは直接ヴァル坊に聞いてみな」


 未だ耳に残るヴァルターの声を堪能しながら、ユリウスは抜け抜けとそう宣った。

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