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二十三話

 馬車を走らせる事数日。

 目的地であったサテリカ、その中心部に位置する王宮の一室にて。


 厳かな空気の中、会談が行われていた。


「————それで、何がお気に召しませんでしたかな」


 強かな老獪。

 ヴァルターに向かってそう発言をした初老の男性に対し、私はそんな印象をまず初めに抱いた。

 心の中で思っただけなのにどうしてか、ギロリと睨まれたけれど、きっと私が女だったからだろう。全く、世知辛い世の中である。


「カレア王女殿下は可憐であって、それでいて聡明なお方だ。妃にと迎えるのであればこれ以上ないお方でしょう」


 らしくない美辞麗句を並べる男は言わずと知れたスェベリア王国現国王、ヴァルター・ヴィア・スェベリアである。

 普段の彼を知っている私の耳にその言葉はこれ以上なく安っぽく聞こえてしまう。

 全く、不思議な事もあったものだ。


「では何故、ヴァルター殿は今回の縁談をお断りになられるのですかな? 聞く限り、何処にも断る理由はないように思えるが……」

「……それ、は」


 言い淀むヴァルター。

 しかし、これは決して、理由に困ったからではない。ただの演出である。

 お前も話を合わせろと事前にヴァルターと打ち合わせをさせられた為、私は知っている。これは、演技であると。


「それは?」

「それは、()の側が危険であるからです」

「……危険、と」


 ヴァルターの予定では、のらりくらりと上手い事縁談を躱し、最悪でも引き延ばしを図る事で縁談を纏められる前にさっさと退位してやろうというハラらしい。

 たとえどれだけ器量の良い姫であろうと、ヴァルターは拒絶の意思を曲げる気はないようだ。

 勿論、その理由を私には伝えられていない。


「ディラン殿は私がどうやって王位に就いたか。ご存知なかったでしょうか」


 ヴァルターと向かい合う初老の男性——ディラン・フィル・サテリカに対し、そう問いかけるも、男はその質問に首を横に振った。


「知っていますとも。己に敵対していた兄を含む親族、大貴族を例外なく、斬刑に処した苛烈な若き俊才。なれど、その反面、幼子に罪はないとして温情をみせ、成人を迎えると共に家を興させているとか何とか」

「……それなりに脚色が入り混じっているようにも思えましたが、ええ。大方、その通りです」

「国も随分と日々、発展に向かわれておられる。治安も良いと聞く。スェベリアでない他国に娘を嫁がせるより、よっぽど危険が無いように思えるが、如何か」


 二人の会話を鵜呑みにするならば、ヴァルターは随分と優良物件のように思える。

 というか、事実、優良物件なのだろう。


 性格がちょっとひん曲がってる気もしなくも無いが、王は一癖、二癖あるような者ばかり。

 この程度は許容範囲内なのだろう。


 気立ての良い王女様であるのならばいっそ、娶っちゃえば良いのにと私は思うのだけれど、ヴァルターは違うらしい。

 馬車の中でそれを言ったら本気で睨まれたのでもう二度と言わないでおこうと心の中で誓った記憶はまだ新しい。


「ええ。ディラン殿の仰る通りであると存じます。ですがそれは、私の側でなければ、という条件付きですがね」

「……ふむ」

「ご存知の通り、私は王位に就く際に多くの人間を斬刑に処しました。国の中に潜む膿を出す為、必要不可欠な行為であったと、今も後悔はしておりません。ですが、そのせいで多くの人間に今も尚、恨まれている」


 ヴァルターが処した大貴族との付き合いがあった商人。遠い縁者。

 例を挙げればキリがない程にいると彼は言う。


「私が側に人を置かない理由がそれです。私のせいで臣下が巻き込まれるのは忍びない」


 ————そもそもどうして、信の置けない人間を己の側に置かねばならんのだ?


 真顔で。当たり前のように。呆れながら。


 そう言い放った男と本当に同一人物なのだろうかと思わず疑ってしまった私はきっと悪くない。


 目を伏せて悲しげに言葉を述べるその表情はひどく同情を誘うものであった。

 成る程。ヴァルター殿が側に人を置かなかった理由はそれ故であったのかと。ディランさんの護衛役として控えていた騎士達までもうんうんと頷いていた。


 けれど、私だけは演技と知っていたからだろう。他国の王の前で堂々と嘘を並べるヴァルターを見て素直にすげぇと思ってしまった。ああは絶対になりたくはなかったけれど、凄いと私は本心から思った。


 しかし。

 だがしかし、ここで疑問が生じてしまう。


 己の不始末のせいで臣下を巻き込みたくない。

 だからこそ、姫を娶るどころか側仕えの一人すらも置きたくない。

 そのせいで王が死んでしまったらどうするんだと言う話ではあるのだが、王が現に死んでいない以上、現時点においては美談として十分に聞ける話である。


 だが。


 ではどうして、私という存在がヴァルターの側にいるのか。という問題にぶち当たる。

 案の定、ディランさんを始めとしたサテリカの騎士達もそう思ったのか一斉に私に視線が向いた。

 なんでお前がいるんだよ、みたいな。


「……成る程。大方の話は分かりました。しかし、その場合であるとどうにも疑問がひとつ、残ってしまう。……ところで、そこの者はヴァルター殿にとって一体どういう人間なのでしょうや?」


 疑念と、嫌悪が混ざり合った視線が次々と私に向けられる。


 しかし、ディランさんに俊才とまで呼ばれていたヴァルターの事だ。きっとこうなる未来も読んでいたに違いない。


 話を合わせろ。お前はただ俺の言葉に頷いていれば良い。馬車の中で交わした彼の言葉を私は信じる事にした。


「私の護衛ですが?」

「ほうほう、ヴァルター殿の護衛であられたか」


 成る程。

 確かに私はヴァルターの護衛としてやって来たからね。うんうん、それが正解だね。

 全くもって意味わかんないけどね。


 ……私は頭痛に見舞われていた。


「……聞き間違いですかな? (わたし)の耳には護衛と、そう聞こえたのだが」

「間違っていません。確かに、側に臣下を置く事は忍びないと、そう申し上げました。しかし、物事には何事にも例外が存在する。先程は言葉足らずでしたがつまり、私のせいで臣下が傷ついてしまう事が忍びないのです。強ければ(、、、、)私の側に置こうとも何も問題はありません」

「……ふむ」

「ですが、私が側に置いても良いと思えた人間はわずか二人。騎士団長を務めるユリウス・メセルディア。そして、次期騎士団長と噂されるライバード・ツヴァイスの二人のみです。しかし彼らは騎士団に必要不可欠な人間だ。ですので、今まで私は側仕えを一人として必要として来なかった」


 ……待って。

 ライバードさんってユリウスと肩並べるくらい強い人だったの!? え、ちょ、初耳なんだけど。次期騎士団長とか知らないんだけど。ねぇ、ねえ!!


 と、パニックに陥る私をよそに、話は先へ先へと進んでいく。


「そんな折、一人の女性が現れた。その者は驚く事にあのライバード・ツヴァイスと互角に切り結んだ。故に、私はこうして初めて己の側仕えにと望んだ。改善を試みてはいるものの、未だ深く男尊女卑が染み付いた騎士団にて腐らせるより、私の側仕えをして貰う方がずっと有意義であると私が判断したからこそ、こうして仕えてもらっています」


 びっくりするくらい嘘だらけの発言である。

 よくもまあ、こうも己に都合よく言葉を並べられたものだと最早感嘆の域だ。


「成る程。つまりその者は、あの天才と称されたライバード・ツヴァイスと遜色のない力量である、と」


 ライバードさん超有名人じゃんと私はひとり、驚愕していた。

 他国の王までもその名を知っているとは、相当にやばい人だったのかと今更ながら再認識。


「……縁談とは全く話は異なってしまうが、女ながらにそこまでの力量を持っているのであるならば、興味を唆られてしまいますなあ」


 ヴァルターの言葉を全く信じていないのだろう。言い放たれたその口調は、嘲りが込められていた。そんな事はありえない。出まかせであるとディランさんが思っているであろう事は一目瞭然。


 そして実際に100%嘘で塗り固められているので私としても全くと言って良いほどに苛立たなかった。だって嘘だもの。


「ディラン殿がどうしてもと仰るのであれば、条件付きで彼女の実力を見せる事も吝かではありません」

「条件、と」

「ええ。私の側にいるのであれば、最低でもこの程度の実力者であって欲しい。縁談をああいった理由でお断りさせて頂く以上、これは良い機会でもあります。ですが、私の側仕えをしてくれている彼女に対し、私としても可能な限り報いてやりたいのです」

「成る程、確かにそれが道理でありますな。上の者が下の者に報いてやるのは当然の義務。して、その条件とは?」

「簡単な話です。彼女がこの場にて実力を証明したならば、今後一切、そういった視線を向けないで頂きたい」

「……話が見えてこないのだが」

「女であるからと嘲るその視線を、彼女には向けるなと臣下の方々に厳命して頂きたいのです」

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