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二十一話

 ————陛下の側仕えをしている少女は、あのライバードと互角に切り結んだらしい。


 ちらほらと聞こえてくるそんな噂話。

 あれから一日経て、隣国——サテリカに赴く当日となった今日。

 私の姿を見るや否や口々に語られる私に関する噂話。やってくる奇異の視線。

 あれを互角(、、)と言うには些か無理があるんじゃないだろうか。たぶん、ライバードさんもこんな噂話を広められてはお冠だろう。

 間違いなく。


「————気にする必要はねえよ」


 準備に手間取っているヴァルター。

 その私室のドアの前にて立って待っていた私の下に投げ掛けられた一つの声。

 近づいて来る足音と共に私の鼓膜を揺らした砕けた口調であるソレには、聞き覚えがあった。


「……メセルディア卿」

「ユリウスでいい。メセルディアも、卿もいらん」

「では、ユリウス殿、と」


 私は彼の言葉に従い、ならばと殿を付けて呼んだのだがそれでもまだ不満であるのか。

 悩ましげにポリポリと頭を手でかいていたが、しかし、あえてこれ以上は指摘するつもりはないのか。ユリウスは投げやりに一度、二度と首肯を繰り返した。


「それで何だがな、今、王宮で流行りの噂話に関して気を病む必要は嬢ちゃんにゃねえよ。だから気にすんな」


 ……顔に出ていたのだろうか。

 いや、こうして指摘された以上、出ていたのだろう。


 これからは気を付けようと己を戒めてから、彼に対する返事をした。


「……とは言っても、ツヴァイス卿はご納得されてないのでは?」

「……あん?」

「互角に切り結んだ、というのはどう考えても誇張に過ぎます」


 あぁ、そういう事かと。

 ユリウスは小さく笑う。

 それはまるで、その事ならば尚の事、心配無用であると言っているようで。


「そうかねぇ? 俺ぁ、そうは思わねえけどなぁ」

「と、言いますと」

「確かにあれだけ見りゃ、互角とは言い難い。だけどよ、嬢ちゃんも全く本気出してなかっただろう?」

「……そんな事は、ありませんよ」


 少しだけ私は言い淀んでしまう。

 それは決して図星を突かれたからではない。

 いや、僅かながらそれも確かに関係してる。

 けれど、私がこうして言い淀んでしまった理由は、ユリウスが間違いなく私が本気で無かったとどうしてか、確信を抱いていたから。

 言葉越しにもそれがハッキリと分かってしまったからこそ、上手く取り繕う事が出来ていなかった。


「いいや、俺の過大評価でも何でもねえ。これは正当な評価だ。何より、マナってもんは剣に対して馬鹿みてえに負荷をかける代物だ。模擬剣なんつーナマクラ使っといてヒビ程度で済ませてる時点で加減してた事は一目瞭然だわな」

「…………」


 ぐうの音もでない程の正論であった。


「ライバードもそこんところを分かってんだろうよ。現に、こうして噂の火消しをするどころか、放置してやがる。それに、ライバードにとってもこれは良い薬になってくれてる。これで気に病まれるとこっちの立場がねえよ。寧ろ俺は嬢ちゃんに感謝してぇくらいだってのに」

「……ま、ぁ、ツヴァイス卿が問題ないのであれば私は別に構いませんが」


 奇異の視線で見られる事なぞ慣れ切っている。

 前世の場合、その殆どが嫌悪の視線であった分、奇異程度、と鼻で笑えるくらいだ。


「おぉ、そうか。そりゃ助かる。それで、なんだがな。ちょいと嬢ちゃんに頼み事があってな」

「私に、ですか?」


 ここはヴァルターの私室の前。

 てっきり私はユリウスがヴァルターに用があって此処へ訪れたのだとばかり考えていたのだが、どうにも違ったらしい。


「応よ。まぁ、これまでの会話から何となくは察しがついてるかもしれねえが、例の噂について相談があってな。もしよければ、当分の間は話を合わせてくれねえか」

「話を合わせる、ですか」

「ああ、勿論、率先して吹聴しろってわけじゃねえ。噂について肯定する必要はねえが、否定もしねえで欲しい。ただそれだけだ」


 それはきっと、以前ユリウスが去り際に口にしていたライバードさんが「天才」と周りから呼ばれていた、という言葉が起因しているのだろう。

 女と侮り、実力を全く出せなかったとはいえ、不意を突かれて防戦続きとなってしまった。


 その事実が彼にとって、今、良い薬となっていると。だから、噂をそのままにしてくれ、という事なのだろう。


「別に構いませんよ」

「おっと、存外あっさりと許可してくれんのな」

「拒否をする理由がありませんから」


 ライバードさんと互角に戦った。

 じゃあ、俺とも仕合え! と、人が押し寄せて来るのであればまず間違いなく私は断った事だろう。でも、あくまでも噂だけに留まっている。

 もしかすればユリウスが事前に何か通達でもしたのかもしれないが、実害が無いのであれば私としては別にどうでも良かった。


「話がわかる嬢ちゃんで助かったぜ。んじゃ、そういう事で頼むわ。あ、それとこれ、迷惑料な。気兼ねなく受け取ってくれや」


 そう言って差し出されたのはユリウスが手にしていた布に包まれた細長のナニカ。


「ヴァル坊が嬢ちゃんに渡した剣もそれなりに頑丈なんだがな、マナを扱うとあっちゃアレでも心許ねえだろ。嬢ちゃんは貰った剣が折れちまうと罪悪感に殺されでもしそうな性格のようだし、マナ使うときゃ、そっちの剣を使っときな」


 まるで事前に用意していたかのような準備の良さである。何より、マナを満足に耐えられる剣など、ちょっとやそっとの事で用意出来るようなものではない。


「うちの祖父さんもマナを使える人だったらしくな、その名残なのか、置物としてそれが飾られてたんだが、剣は観賞するもんでもねえ。必要としてるヤツが使って、振るってやるべきだ。嬢ちゃんもそう思うだろ?」


 私は布を捲り、慌てて中の物を確認。

 そこには見覚えのある剣があった。


 私がメセルディア侯爵家の人間であった頃にも何度かこの剣を目にした事があった。だからこそ、この剣の存在を知っている。


 無銘の剣。

 なれど、名剣であることは一目瞭然であった。

 何より、これはメセルディア侯爵家が家宝として扱っていたものである。

 だからこそ、私は受け取れませんとユリウスに返そうとした。


 しかし、その時既にユリウスは踵を返し、私に背を向けてその場から遠ざかっていた。

 それはまるで、返品は受け付けねえとばかりに。


「嬢ちゃんはヴァル坊の護衛でもある。守ってる最中に剣が折れでもしたら一大事じゃねえか。別にその剣は特別価値あるもんでもねえし気にすんな」


 彼がいくらそう言おうとも、本来の価値を私は知ってしまっている為、とてもじゃ無いが受け取れなかった。

 なのに、ユリウスは私のその行為を何処までも拒む。そして気付けば、彼との距離はもう随分と遠く離れていた。


「————ったく、剣の技量はライバード並。マナも扱える上、あの無骨なだけの剣に価値をつけるたぁ、嬢ちゃんはアメリアかよ」


 どうしてそこで前世の私の名前が出て来るんだよと。辛うじて聞こえた言葉に言い返してやりたい気持ちでいっぱいだったが、アメリア・メセルディアとフローラ・ウェイベイアを私自身が切り離して考えている。

 だから、言い返す事はあえてしなかった。

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