十九話
「……へぇ」
剣は確かに振り抜いた。
そして、力負けしたライバードさんは押し返されていたのだが、足を力強く踏ん張っていたせいか、押し返せたのは数メートル程度。
吹っ飛んだとは言い難いレベルであった。
————……結構、力込めたつもりだったんだけどな。
それをあえて口にすると負けた気しかしなくなるので、私は胸中に留める事にした。
マナの存在を隠そうとしていたこと。
鍛錬らしい鍛錬を17年サボっていたこと。
言い訳をしようと思えば出来るだろうけど、女だなんだとグチグチ言ってんじゃねえと指摘した手前、私がグチグチ言ってはどの口が、となってしまうので口籠る。
「……お強い、ですね」
教練場の床となっている砂礫がほんの僅かに先程の攻防によって巻き上がってこそいるものの、視界は良好。
足跡を刻み付けながらも耐え切ってみせたライバードさんに称賛を送る。
素直に、凄いなと思ったから。
あれだけ侮っていたにもかかわらず、瞬時にマナの存在を看破して続く一撃に備えてみせた。
きっと、将来有望な騎士なのだろう。
「……ああも自由にマナを扱える者を見たのは、これで5回目だ」
会話がすれ違う。
強いという賛辞の言葉には耳も貸さず、彼の意識は先程私が使っていたマナにのみ向いていた。
マナとは、摩訶不思議なナニカとして世間に認知されている。基本的には爆発的に身体能力を向上させる手段として知られているのだが、いかんせん使用者は驚く程に少ない。
だから、なのだろう。
「……誰から教わったんだ」
「我流ですので」
「……………」
ライバードさんはむすっ、とした表情を作る。
私がマナについて話す気はないと判断したのだろう。しかし、私のマナは本当に誰から教わる事もなく、気付いたら出来ていた。使えるようになっていた偶然の産物である。
故に決して嘘を吐いてるわけではないのだが、ライバードさんはそう受け取ってはいないのだろう。不機嫌そうな顔がその全てを物語っていた。
「そういう事ならば、此方で勝手に判断させて貰う」
「ご随意にどうぞ」
マナは希少な存在だからこそ、どうしても指導者に似通ってしまう。
そして、その指導者もごく僅か。
今がどうなっているかは知らないけれど、17年前は私を含めてマナを扱える人は王国に7人いたかどうかのレベルだった。
だからこそ、マナを扱える人間は重宝される。
とはいえ、今私が言ったように偶然使えるようになった者も少なからずいる為、別に不自然な事ではないのだが、彼は納得していないのだろう。
「…………」
無言で再度構える。
十数メートルもの距離越しに見えるライバードさんの様子に、当初のような侮りといった感情はもう見受けられない。
その瞬間。
ようやく彼に剣を振るう事の出来る人間であるとして認められたような気がした。だからか、少しだけ歓喜の感情が己の中に存在していた。
「……ん」
睨み合う数秒間。
どちらが仕掛けるか。備えるか。
その駆け引きが始まった事で今一度気を引き締めながら、私はくぐもった声をもらす。
こんなやり取りはいつぶりだろうか。
勘は鈍っていないか。大丈夫だろうか。
カウンターは。
ぶわっ、と吹き出た感情と相談をしながら正眼に構えた剣を手にする腕に力がこもる。
しかし、そこである事実に気が付いてしまった。故に。
「————参りました」
構えていた剣を下ろし、私はなんの脈絡もなく白旗を振った。
「なん————っ!!」
なんだと、と。
叫ぼうとしていたであろうライバードさんだったが、突如として告げられた降参宣言のせいで上手く言葉になっていなかったがそれでも、
「剣に、ヒビが。己の得物にまで気を回せていなかった私の負けです」
そう言って、手にする模擬剣の腹をライバードさんにも見えるように突き出す。頭の中からすっかり抜け落ちていたが、これは模擬剣。本来の剣と同じように扱っては折れてしまうのは自明の理であった。
もっとも、模擬剣はひび割れてこそいるが恐らくあと一撃程度ならば耐えてくれた事だろう。
しかし、私は一撃を見舞う事なく降参を選んだ。
その理由は、己が熱くなり過ぎていた事に加え、これ以上ともなると一介の貴族令嬢でしかない筈なのに。という矛盾が生まれてしまう。
剣がひび割れてしまった事は、案外私にとって都合が良かった。
「……そういう事か。であれば————陛下!!」
剣がひび割れては続行不可。
そのことに関しては理解を示してくれたライバードさんは何を思ってか、遠くで眺めていたであろうヴァルターの名を呼んだ。
「この者に新たな剣を————」
————貸し与えても宜しいでしょうか、と。
叫ぼうとしたところに割り込む一つの声。
「もう良いだろうが。なぁ? ライバード」
年齢は40を少し過ぎたあたりだろうか。
貫禄のようなものが滲み出ていた。
大声を上げ、ライバードさんの言葉を遮った人物を私は知っていた。
「これは模擬仕合ではなく、ただ実力を見るために行われたもんだったはずだ。お前はあれでも不満って言うのかよ?」
名を、ユリウス・メセルディア。
前世の私の兄だった人物である。
メセルディア侯爵家のトレードマークとも言える燃えるような赤髪。それを目にして、少しだけ懐かしさに襲われた。
いつ、教練場へ足を踏み入れたのか。
それは知らないけれど、口振りからして先程までのやり取りを観戦していたのだろう。
「それ、は」
言い淀む。
二度剣を合わせただけであるが、ライバードさんにとってはそれだけで十分過ぎたと。
浮かべる表情が物語っている。
「防戦続きで悶々としてんのは分かるが、本来の目的を見失ってんじゃねえよ」
スタスタと足早に近寄ってくるユリウスは、程なくライバードさんの下へと辿り着き。
ゴツン、と。
ライバードさんの頭に拳骨を落としていた。
「ぃ、っ————!?」
相当痛かったのだろう。
苦痛に目を細めるライバードさんを見て私ですら同情した。
なにせ、ゴツンって音私のとこまで聞こえてたし。
「あー、そうだそうだ」
ふと、思い出したかのように。
拳骨をかましていたユリウスは何を思ってか、肩越しに私の方へと振り向いた。
「良いもん見せて貰ったぜ嬢ちゃん。このクソ餓鬼、周りから天才だなんだって持て囃されててなぁ。なまじ実力があった分、困ってたんだが、ほんっと助かったぜ。こいつの鼻っ柱折ってくれてよ」
私、別に勝ったわけではないんだけどなあ、と思いながらも、ユリウスからするとアレで十分であったのだろう。
痛い目みろ!って剣を思いっきり振ったら模擬剣にヒビが入っちゃったってだけなのに私は何故か感謝をされていた。
私としても少し釈然としなかったけど、向こうがこれで良いと言ってくれてるのだ。それで良いじゃないかと私は納得する事にした。