十八話
————何一つ守れもしない。
私がこうしてライバードさんの申し出を受けた理由こそが、その一言の存在があったから。
事実として、私には守り切れなかった過去がある。守ろうにも、守れなかった煤けたセピア色の過去が。
しかしそれでも騎士として生きた記憶があるからなのだろうか。何一つ守れもしないと告げられただけにもかかわらず、ただ聞き入れる、というのは何処か釈然としなかった。
何より、己自身すらもその瞬間は気付いていなかったが右手は剣へと伸びていた。
きっと私自身、自覚が無かったというだけで「剣」というものに誇りを抱いているのだろう。
だから、二度目の生にもかかわらず、その「剣」を断ち切るどころか前世と同様に抱え込んだ。
故に————私は聞き流せなかったのだろう。
しゃらり、と鳴る鉄の音。
抜剣すると共に聞こえる心地の良い金属音は私の鼓膜に何処までも染み込んだ。
「私は問題ありません。いつでもどうぞ」
怯懦になるどころか、泰然自若に淡々と言い放つ。気後れといった感情は何処にも存在していない。元より、この身は騎士であった。
今更、騎士の一人を前にした程度。仕合の一つで感情を乱す時期はとうの昔に過ぎ去っている。
手にする得物はヴァルターに用意して貰っていたものではなく、仕合用にと手渡された模擬剣。
未だ手に馴染んでこそいないが、特別扱い辛いというわけでもない。
だから今はこれで十分。素直にそう思った。
「…………」
手首を返しながら、具合を確かめる。
そんな行為を繰り返す私をジッと見詰め続ける視線が一つ。
それは、私の目の前に佇む男——ライバードさんから向けられていたものであった。
あれだけ挑発をしてきた張本人だというのに、教練場についた途端、借りてきた猫のように口を閉ざしてしまった。
そして、私が剣を手にするや否や、こうして注意深く観察を続けている。
剣に対しては真面目な人なのだろう。
そう思うと、少しだけあの挑発にも納得がいく。17の騎士でも無い小娘が剣を引っ提げていたのだ。だから、馬鹿にするなと怒りたくなるのも分からないでもなかった。
「……いや、先手は譲ろう」
「それは私が女だから、ですか?」
反射的に言葉が口を衝いて出た。
何故ならば、聞き飽きるほどに耳にしてきた発言であったから。
女であるから。女だから。
騎士以前に、剣を握った瞬間より、その固定観念が幾度となく私の神経を逆撫でしてくれた。
そしてそれは今生でも変わらないのだという。
嫌う言葉だというのに懐かしさからか、くすりと笑みが漏れた。
「……いえ、これは愚問でしたね。そういう事であるならば、お言葉に甘えさせていただきます」
女だからと侮られる。
幾度となくその行為を他でも無い私は味わってきたでは無いか。
本当に、いまさらだ。
だから私は割り切る。
それに、ここ17年、まともに剣を振るっていない。
ハンデをくれると言ってるのだ。
なら、有り難く貰っておこう。
「限りなく我流に近い剣の為、お目汚しでございますがお許し下さい」
前口上を述べ、私はぶん、と剣を振るい、目の前の光景を一度真横に断ち斬る。
誰かに己の剣を見せるのは、はたしていつ振りだろうか。そんな感傷に浸りながら、小さく口角を歪めた。
「では————」
相も変わらず、女だからと舐め腐りやがって。
口にこそしないけれど、心の中でそう毒突きながら私はぐっ、と剣を握る右手に力を込める。
続け様、足にも。
そして次の瞬間——。
「————っ」
息を呑む音と共に、強烈な金属音が響き渡った。
二度目の人生。
それも元騎士という立場。
色々と反則染みているけれど、性別で侮ってくれた報いだ。ちょっとくらい痛い目みろ。
そんな想いを前面に出しながらギリギリと悲鳴をあげる模造剣の柄を持つ手に力を込める。
肉薄に要した時間は瞬く間。
その恐るべき速度に驚いていたからなのだろう。今しがた刃を合わせ、私としのぎを削るライバードさんは驚愕に目を剥いていた。
程なく、どちらとも無く剣が弾かれ——しかし、再度お互いに迫らせる剣。
二度目の衝突の際には、お互いに容赦がなりを潜めたのだろう。火花が辺りに散り、落ちた。
そして拮抗状態は続き、ギチギチと込めた力により、震える剣からは刃音が漏れ出ている。
「な、ん————だと?」
あの挑発具合から察するに、私は剣をまともに扱えない女だと思われていたのだろう。
だからこそ、想定外過ぎたのか。
一旦距離を取り、立て直そうと試みるライバードさんであったが、私の剣はそれを許さない。
蛇のように絡み付き、退くという選択肢を容赦なく封殺する。
驚愕に重なる驚愕。
あり得ない光景に上書きされ続けていたせいか、思考が満足に追いついていない彼の隙を突くように、
「女だからって侮るからこうなる。見た目で判断すんな餓鬼んちょ」
前世の頃の年齢が今のヴァルターと確か同い年だから……。
あああ……! 考えないようにしてたのに!!
このクソ餓鬼め!!
と、私は20程度だろうライバードに向けて、仕合中である事をいいことに乱雑な口調で胸中で燻っていた想いをぶつけてやる事にした。
「こな、くそ……ッ!!!」
みしり、と模擬剣が悲鳴をあげることに構わず、力を込める。
しかし、それでもやはり元来の膂力の差は想いなどで埋まるような都合良いものではない。
だから少しだけ反則染みた行為を用いて———
「マ、ナだと……ッ!?」
————うわっ、バレないように気を付けたのにライバードさん気付いちゃうんだ。
驚愕続きのライバードの表情に満悦していた私は悪びれる事もなく、小声で嘘でしょとばかりに声をもらす。
そして、一瞬にして手に纏わり付いた光——ライバードさんがマナと呼んだ存在の助けもあり、本来の膂力の関係が逆転。
力強く踏ん張った事で足下が僅かにひび割れるも、そんな事、今はこれっぽっちも関係がない。
————女に力負けして無様に吹っ飛んじゃえ。
意地の悪い事を考えながら、私はそのまま剣を振り下ろした。