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十六話

「……お噂はかねがね伺っております。フローラ・ウェイベイア殿」


 きっとその噂はロクでもないものなのだろう。

 敵意をこうもむき出しにされているとそう思わざるを得ない。


 だがしかし、ヴァルターの手前、貴族令嬢ではなく女官扱いをしなければならないと念頭に置いているのか。

 呼ばれた敬称は嬢。ではなく殿。

 私の前では一応、公私を混ぜるつもりはないらしい。


「お初にお目にかかります。ツヴァイス卿」


 そう言って、私は一礼をする。


「先程の会話は聞いていたかと思うが、陛下は随分と貴女を信頼されているようだ。……しかしいかんせん、此方は陛下が貴女を信頼するに至った出来事というものを目にしていない」


 ぶっちゃけ、私もそれ知らないんです。

 とは、流石にこの状況下では口が裂けても言えなかった。


「加えて、貴女は女性だ。陛下の護衛であろうとなかろうと、女性の騎士という存在は未だ偏見の目で見られている」

「……何が言いたいのですか?」

「簡単な話です。貴女には、証明して頂きたいのです。陛下の言う、実力というものを」

「…………」


 私はおもわず口ごもる。


「このままでは、貴女も周りの人間から向けられる懐疑のせいで肩身の狭い思いをし続ける事でしょう。それを払拭しては頂けませんか」


 これは挑発だ。

 私が彼からの申し出を受けさせるための挑発。

 しかし、彼の言う言葉には一理あった。

 ……とはいえ。


「……そう、ですね」


 私は歯切れの悪い返事をする。

 それは決して、逃げたいから、という理由だからではない。ただ単に己が経験した過去の事例に基づいた反応だった。


 仮に負ければ、やはり女かと蔑まれ。

 反対に勝ってしまえば、やれ小細工だ、やれ調子が悪かっただ、やれ女だから花を持たせてやっただ。

 そう言われ話にならなかった過去がある。


 だから、払拭して頂きたいなどと言われても申し出を受けるつもりはなかった。

 それに、騎士として生きていた前世の私ならば兎も角、今の私が剣を振るって実力を証明する。

 その行為はきっと侮辱でしかない。


 こんな中途半端な今の私が騎士として真っ当に生き続けてきた彼らの前に剣士として立つ。

 それは、あまりに冒涜に過ぎる。だからこそ、私は歯切れの悪い返事を続ける事しか出来なかったのだ。


「……貴女の考えはよく分かりました」


 申し出を受けるつもりはない。

 そう捉えたのだろう。

 呆れ混じりにライバードさんは言葉を吐き捨てる。


「やはり貴女は陛下に取り入っただけの者でしたか。全く、そのような服までわざわざ身に纏い……ご苦労な事だ」


 言葉遣いが乱雑なものに変わる。

 取り繕う必要性すらもないと彼自身の中で断じたのだろう。


「あれだけご自身の側仕えを拒んでいた陛下が直々に仕えろと願った人間。加えて、ハーメリアからも芯の通った女性だと聞いていたのだが……容姿にでも惑わされ、盲になっていただけだったようだな」


 彼は恐れ多くも、ヴァルターと。

 そしてハーメリアを嘲弄する。


「剣を抜き、実力を証明する事すらできない。全く、陛下の側仕えが聞いて呆れる」


 盛大に。

 これ以上なく蔑まれる私であったけど、それでも言い返そうとは思えなかった。

 別に、私が蔑まれるのはこれが初めてではなかったから。ずっと、ずっと爪弾きにされていた過去があるせいで今更その程度と思ってしまっている。だからなのだろう。わざわざ剣を抜く必要があるとは思えなかった。


 私がこうして護衛をしているのも、贖罪故。

 あの時、あの瞬間、守ると言っておきながら先に死んでしまった事に対する贖罪。

 私の剣は守る必要性がある時に守れればそれでいい。そう、考えていたからなのだろう。

 なの、に。


「実力のひとつも無いというのに、お前に剣など無用の長物だろう。言い返す意気地もない奴が騎士の真似事をするな。何一つ守れもしない者に————」


 そこで、無意識に手が出ていた。

 ヴァルターが女官兼、俺の護衛なのだから剣が必要だろう。

 そう言って用意をしてくれた剣。

 腰に下げていたそれを瞬く間に鞘ごと抜き、刃先にあたる部分を私はライバードさんに向けていた。


「実力があるとは言いませんが、それでも、こうして護衛の任を引き受けたからには守るつもりでいます」


 どうしてヴァルターが私に護衛を頼んだのか。

 どうして彼が私を強いというのか。

 どうして、どうして、と考えれば考えるほど疑問ばかりであると自覚させられてしまう。


 けれどそれでも、守ろうと思っている。

 それだけは揺らがない。

 ヴァルターを含め、誰も知らないだろうけど、それが私なりの贖罪であるから。

 あの時、守りきれなかった私の、贖罪。


 だから堪えきれず、こうして手が出てしまったのだろう。


「それと、不敬が過ぎますよツヴァイス卿。私を蔑むのは構いませんが、陛下に向かってその言い草は如何なものかと存じます」


 そう言って、私は向けていた剣を下ろす。


 こうなった原因は何か。

 決まっている。私が原因だ。


 前世から、ずっと女であるから。女だからと毎度の如く性別が私の足を引っ張ってきた。

 本当に、どうせ生まれ変わるのならば女から男にでも性転換してくれてたら話はもっと簡単だったのに。などと思いながら


「……どうして、そうまでして数日前まで貴族令嬢でしかなかった私の実力を知りたいのかは分かりませんが」


 いくら前世が騎士であったとはいえ、本職の騎士に今の私が勝てるはずもないだろうに。

 その当たり前の思考が、つい先程のヴァルターの発言のせいで失われてしまっている。


 本当に厄介な事をしてくれたな。


 感情を込めてヴァルターを見遣ると、彼は心底楽しそうに私を見つめていた。

 ……何が面白いのやら。


「一度だけ。これ一度きりにしていただけるのであればお受け致します」


 とはいえ、私が見せびらかせるものなんて何もないのだが。だが、そう言っても彼らは納得してはくれないだろう。致し方なしというやつだ。


 こちとら全盛期であっても、追われる王子殿下一人、満足に逃すことの出来なかった木っ端の元騎士でしかないというのに、過度な期待をかけないでくれ。

 そう思う私の想いはきっと、未だ誰の元にも届いてはいないのだろう。

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